25話
テントによるシェルターで人心地ついたあなたたちだが、問題は山積みだ。
先ほど『環境耐性』の呪文を試して分かったが、効果がない。
まったく無いわけではないのだが、吹き付ける風雪の冷たさは変わらない。
テント内部で落ち着いている分には非常に快適になるので全員に使ったが。
「その呪文はあくまで寒暑に耐えるものだ。氷雪や火炎による負傷を避けるものではない。つまり、雪が吹きつける環境ではあまり意味がない」
レウナの言に、なるほどとあなたは頷いた。
雪が降っていない環境であれば問題ないのだろうが。
猛吹雪が襲ってくる環境では無意味なのだろう。
「魔法の防寒では限界がありますし、なにか装備が必要ですね……お姉様はそのままで平気そうですが」
魔法には効果時間と言う限界がある。
そのため、やはりだが装備品でその辺りは補いたい。
このくらいの環境なら、防寒着をキッチリ整えるだけでなんとかなる。
「この大陸で防寒着を入手するのは難しいのではないだろうか?」
レウナのごもっともな発言にあなたは頷いた。
真冬でも気温20度前後がザラなこの大陸で、防寒着の需要があるかと言うと、ない。
というか需要が無さすぎて、制作技術自体が存在しない気もする。
いったいどうしたものか。あなたは悩んだ。
あなた1人ならちょっと上着を羽織るだけでなんとかなるのだが……。
手持ちにあるあなたの防寒着を誰かに貸すにしても、1着しかないし。
「ひとつだけ、手がなくはないんですが……」
フィリアがそのように言い出したので、あなたは耳を傾けた。
現状、あなたの使える手立てでは、この状況を解決する手段はない。
エルグランド産の対氷結ダメージ防具を配布するのはナシだろうし。
「7階梯の呪文に『天候操作』があります。これを使えば、外の猛吹雪を変えられるかも……」
それができればじつにいい。
吹雪さえ止めることができれば『環境耐性』で寒さはしのげる。
さすがに積もった雪の冷たさはどうにもならないが、それくらいなら耐えらえるだろう。たぶん。
「でも、レインさんが動けない状況で使ってもしょうがないですよね……」
では、大事を取って明日の朝まで休憩。あなたはそのように宣言した。
サシャが読書に勤しみ、フィリアもサシャの本を借りて読み耽り。
レインはまだ気絶状態、レウナは添い寝しながらリンゴを齧っている。
あなたはレウナの反対側でレインに添い寝している。
冒険中は自制することにしているが、ちょっとした役得を楽しむくらいは許されるハズだ。
あなたはレインの体の心地よさを堪能しながらレインを温めていた。
「ヒマだな……ところで、この階層はモンスターの心配はないのだろうか?」
あなたは分からないと答えた。この階層の情報はかなり少ない。
少なくともモンスターはいると思うのだが、それは不明だ。
「そうか。あなたたちが知らないのではお手上げだな」
そのあたりが不思議だったのだが、レウナはなぜ迷宮を探索しようとしているのだろう。
明らかにソーラスが目当てで来たという感じではないのだ。
って言うか、迷宮近くにいたから誘ったが、よく考えたらレウナはギルドに属していないと思われる。
連れ込んだ時点でその辺りの規約は違反していることになりそうだ。
「そんな規約があるのか。すまなかった、私の無知だ。迷惑をかけてしまったようだな」
あなたはバレなければセーフだろうと答えた。
どうせ、他の冒険者も多かれ少なかれ似たようなことはしている。
「まぁ、そうだろうとは思うが……私が迷宮を探索している理由は……まぁ、そう言う使命を帯びているのだと思ってくれ」
使命を帯びる。すると、何者かに命じられたのだろうが。
レウナが人類社会のそれに迎合する種類の人間かと言うと、違う気がする。
すると、その使命を与えた者はもしや……。
まさか、神託を受けたのか? あなたはそのように尋ねた。
すると、レウナが静かに頷いた。
「ああ。この大陸の迷宮のいずれかに、恐るべき災厄が眠っているという。それがなんなのかは分からないが……ラズル様が憂慮するほどのものらしい」
とんでもない厄ネタを聞かされ、あなたは呻いた。
超高位の神格が憂慮するほどの災厄が眠っているとは何事か。
「まぁ、実際のところ、ラズル様はアンデッドが死ぬほどお嫌いでいらっしゃるから、たぶん強力なアンデッドか何かだと思われる」
そうであればいいのだが。
そうでなかった時が怖い。
って言うかどうやって対処したらいいのだろう。
どうにも対処のしようが無いように思えた。
「安心しろ」
そこでレウナが優しく微笑みかけてくれた。
その慈愛に満ちた微笑みは、彼女が高位の聖職者であることを思わせた。
それほどまでにその笑みは優しく、あなたの不安を解きほぐしていった。
「死んだらラズル様が抱擁してくださる。案ずることなく死ね」
そして、その慈愛に満ちた笑顔で物凄い鬼畜なことを言われた。
あなたは死にたくないのであって、死んだら神が迎えてくれるのは魅力的な案件ではないと答えた。
いくら蘇るからって好き好んで死にたいわけではないのだ。
その上で、ラズル神はいったいどんな外見の神か尋ねた。
「ラズル様は金色の髪を持った女神だが……」
なるほど、ちょっと死んでもいいかなと思えて来た。
あなたの信仰はウカノに捧げているが、だからと言って他の女神に懸想してはいけない理由もない。
死んだ後にラズル神が抱き締めてくれるのはアリかもしれない。
あなたは続けて、レウナにラズル神の胸はどれほどかと尋ねた。
やはりこう、大きいのか。それとも小さいのか。
仮に大きいとして、それはいかほどか。
やはり神格に相応しく巨大で豊満なのか。
あるいはそれに相反するように淑やかか。
そうであるとして、まな板の上のレーズンか、皿の上のチェリーかでも違うだろう。
「私と殺し合いがしたかったのか? ん? 勝てないまでも一矢報いるぞ?」
そしてレウナにマジギレ寸前の顔で怒られた。
レウナにとって、信仰する神は不可触の存在らしい。
しかし、レウナだって神に触れてみたいと思ったことは1度や2度はあるはずだ。
「そんなことは……そんな、ことは、な、い……な、ない」
なぜか挙動不審になった。
これはなにかやらかしている。
あなたは微笑みながら詰めてみた。
なにかやらかしたんでしょ?
ラズル神に不敬極まりないことしたんでしょ?
今の自分が誰かがやってるところを見たら、殺しにかかるくらいのことを。
そんな調子で詰めると、レウナが苦虫を噛み潰したような顔で話し出した。
「……ラズル様の領域には死に瀕した者が流れ着くことが稀にある。そして、私も流れ着いた。それが私の信仰の始まりだった……」
臨死体験というやつだろうか。
死の間際に見る幻覚と言うか、夢。
人格がラズル神の領域に投射されるということだろう。
「ラズル様はいずれの死者をも抱擁してくださるが、生者はそうではない。そのため、流れ着いた私は無視されていたのだが……」
そこでレウナが口ごもり、パクパクと口を開閉させる。
「……む、無視されるのが気に食わなくて……ら、ラズル様の、乳房を掴んだり、髪を引っ張ったり、口に手を突っ込んだりした……」
なるほど、ものすごい狼藉を働いている。
よくぞまあラズル神に神罰を下されなかったものだ。
「ラズル様は慈悲深くていらっしゃる……のもあるが……まぁ、ラズル様は高位過ぎるので、自我が希薄なのだ」
怒る怒らない以前の問題と言うことらしい。
世界の仕組みの根幹を成すシステム、それに限りなく近い神なだけはある。
おそらく、人格的には昆虫のそれに近しいほど単純か、異形なのだろう。
あるいは人間に近しい人格だが、喜怒哀楽の感情がほぼないのだろう。
「一応謝ったが、許してはくれたぞ……私の懺悔は以上だ……」
あなたは深く頷いた。
ラズル神は許している以上、問題ないのだろう。
すべてはレウナのその心次第である。
自分を許せるかどうか。そこにかかっているのだ。
時が解決してくれる問題ではないかもしれない。
自分に問いかけ、その罪と贖いを考えるべきだ。
「そうか……自分を許すための行い……ふむ……」
それで、ラズル神の乳房の大きさはいかほど?
「それとこれとは話がべつだ! 誰が言うものか! 貴様の欲得ごときで私の最も尊き御方を穢させてたまるか!」
カンカンである。聞き出せそうにない。
あなたはひとつ思いついたことを試すことにした。
取り出した薪用の木材を、ナイフでガリガリ削っていく。
突然の奇行を始めたあなたに、レウナが首を傾げる。
「なんだ? なにをしている……?」
ラズル神の彫像を作ろうと思うので、容姿を具体的に教えて欲しい。
そのように言うと、レウナが顔を顰めた。
「……髪は長い。完璧な均衡のとれた顔つきで、左右で完全な対称。腕をこう、前方に向けて居るような形が基本の姿勢で……」
なるほどとあなたは頷くと、そのようにナイフで削っていく。
みるみるうちに出来上がっていく彫像にレウナが興奮する。
「おっ、おおっ……顔立ちはもう少し冷たい感じで……そう、顎もシャープな感じだ。その彫像では少し頭が大きい印象がある……」
言われるがままにあなたは彫像を修正していく。
ナイフを操る手が、ただの木材を芸術作品へと仕立てあげてゆく。
あなたは持てる能力の全てを注いで彫像を磨き上げていく。
「薄衣を纏っていて、その下の肢体が透けて見える……胸は大きい。そうだな……フィリアくらいある。腰はくびれていて、足はすらりと長い感じで……」
なるほど、かなり美しい女神のようだ。
死の神と言うにはいささか似つかわしくない気もする。
凛々しいというか涼しげな細面の美貌に、均整の取れた豊満な肢体。
穏やかな表情を浮かべていれば地母神あたりに。
厳しい表情を浮かべていれば戦女神のような印象のある似姿だ。
「ラズル様のような、自我や人格を持たぬ仕組みの根源を成す神の化身は、いずれかの存在に在り方を借りる、あるいは与えるように成立することがある」
意味がよく分からず、あなたはもう少し詳しくと頼んだ。
「病を振りまく恐るべき化け物がいたとしよう。感染すれば助かる術のない病だ。それを成すものは、病による死と言う恐るべき在り方の表現として適当だと思わないか」
思う。
「そうした存在を昇神させるか、あるいは人々の持つ「畏れ」の意思から成るように、『病による死の神』はその姿を持つことがあるらしい」
つまり、ラズル神も同様に、破壊による死を表現する存在として相応しい何者かだったか。
あるいは、その相応しい何者かの姿を借りた神だと言うことだろうか。
「そう言うことだ。そのどちらなのかは分かりかねるがな」
なかなか興味深い話だった。
超高位の神格に応えを得ている神官の話は貴重だ。
そして、話を聞いているうちに仕上がった彫像をレウナに渡す。
細かな整形を入れたので、かなり精巧に出来上がった。
「お……おおおっ……! すばらしい……まさに、我が神だ……」
恍惚の表情でレウナが彫像に見入る。
神の似姿とは信徒にとって最大の感心だ。
偶像崇拝禁止の神もいたりするが。
レウナは飽きもせずにラズル神の彫像を眺めている。
よっぽど気に入ってくれたようだ。
まぁ、既に信仰の喪われた神だ。その彫像もないのだろう。
下手をすると、聖印すら存在しないのではないだろうか。
「さすがに聖印はあるぞ……ほら」
レウナが見せて来たのは3羽のカラスが象られた聖印だった。
木製の粗削りなもので、手作り感が凄い。
高位の聖職者ならば銀製の聖印を使うことが多いのだが。
清貧アピールのために木製を使うことも割とあるが。
「しかたなかろう。自分で作るしかないのだから」
では、よければ聖印を用意しようかとあなたは提案した。
あれは精巧に加工できる技術さえあれば、特殊な技能は何もいらない。
聖印はあくまで信仰対象のシンボルであって、そこに特別な力はない。
聖職者がパワーの集中先として用いているだけなのだ。なのであなたでも作れる。
「作ってくれるのはありがたいが……なぜそこまでよくしてくれる?」
レウナは優しくて義理堅いから、迷宮を出た後にベッドでお礼をしてくれるんだとあなたは断言した。
好感度稼ぎのためなら骨を折るくらいなんでもない。
「しないと言っている。あなたはいい人だし、淑女的だから尊重したいのだが、それだけはできない。私はその求めに応じることはできない」
どうしてなのかあなたは文句を言った。
真剣なお付き合いは無理でも、ワンナイトならどうか。
純潔の誓いも女同士ならノーカンのはずだ。
「私は女同士でもアウトだと思っているんだ。だからダメだ」
じゃあせめてBまで。手で触れるだけだ。
それ以上は絶対にしない。あくまであなたが手で触れるだけ。
「ダメと言ってるだろ」
なら、せめてキスだけでも。
「……ダメだ」
妙な沈黙を挟みつつも、レウナは断固として拒否してきた。
あなたは激しく気落ちしつつも、そこまで嫌なら仕方ないと頷いた。
だが、1度申し出た以上、聖印はちゃんと作るのでそこは安心して欲しい。
「そうか……すまないが、もらえるならありがたい」
あなたは問題ないと答え、宝石細工の道具を取り出した。
その中から銀細工用のハンマーと、素材の銀塊を用意し、あなたは聖印の加工を始めた。
どうせ時間はたっぷりとあるのだし、ゆっくりと作ろう。
レウナに見守られながら、あなたは聖印を丁寧に創り上げていった。
単なる銀の塊から叩き伸ばされて形を成していく聖印。
その光景をレウナは飽きもせずに眺めていた。
そして、数時間の作業の果てに、あなたは聖印を完成させた。
3羽のカラスが寄り添っている聖印で、羽の質感すら感じられるほど成功な造りに仕上げた。
単なる芸術作品として見ても、なかなかの出来と言えるだろう。
「すごいな……本当にこれをもらってもいいのか?」
あなたは頷いた。やると言った以上はやる。
あなたは有言実行だ。まぁ、前言撤回はするが。
「では、ありがたく……それと、礼をさせてほしい」
あなたは気にしなくていいと答えた。
べつに金が欲しくてやったわけではない。
返礼は期待できないにせよ、レウナの好感度を稼いで損もあるまい。
もしかしたらレウナが女の子を紹介してくれるかもだし。
「……あなたは本当に淑女的だな」
ものすごく感心したような顔をされた。
たしかに淑女的かもだが、そこまで感心されることだろうか。
高価な銀細工を無償提供と言うのはたしかに珍しいかもだが……。
「知己と比べるとな……それで、本当に礼は不要なのか?」
あなたは頷いた。
「キスをしてやろうかと思ったのだが」
死ぬほど欲しい。胃がねじ切れそうなほどに欲しい。
くれなきゃここでマジ泣きして喚いて、全裸で外に飛び出すくらいに欲しい。
「絶対にしないでくれ。ほら、起き上がってこっちに顔を向けるんだ。頬にしてやるから」
あなたはウキウキ気分でレウナに頬を向けた。
マウストゥマウスがよかったが、頬でも最高だ。
レウナが真っ白い灰のような髪を揺らしながら、あなたの頬に口づけをした。
本当に軽く触れるだけのキスで、親愛の情を示すそれにも近い。
至近距離で覗き込んで来るレウナの黄金色の瞳とあなたの視線が絡み合う。
「ん……すまないな、これ以上はできない」
自発的なキスを贈ってもらえたので十分満足だ。
できることならベッドの上で仲良くしたかったが。
どうしても嫌という以上は無理強いしないのがあなただ。
そろそろ時間も夜に差し掛かって来た。
今日はレウナの贈ってくれたキスの感触を思い起こしながら眠るとしよう。
純潔の誓いを立てたものが、それに接しないようキスをしてくれる。
シチュエーションを含めた興奮度合いはかなりのものだ。
いずれは純潔の誓いを捨てたレウナとベッドの上でくんずほぐれつしたいものだ……。
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