26話

 夜が明けた。

 フィリアが祈りを捧げ、神より魔法を授かる。

 この魔法を授かるという仕組みがあなたにはよく分からない。


 以前、レインは異端者ゼオンなる人物の論説に言及したことがある。

 いわく、神が人に呪文を授けるのではなく、祈りそのものが力になると。

 その祈りこそが神秘のエネルギーを呼び覚ましていると評したのが異端者ゼオンであるらしい。

 異端者、と冠につくことからわかるよう、それは異端とされた考えのようだが。


 あなたにはこっちの方がまだしも納得しやすい。

 なぜかと言えば、フィリアの使える魔法をあなたは模倣できる。

 つまり、純然たる技術でそれを用いることは可能なのだ。

 フィリアはたしかに信仰心がゆえにそれを使えるのだろうが。

 技術で模倣できる以上は、神の意思は関係ないのだろうと思われる。


「神格によらない、いわゆる『共通』の神聖魔法などはそうだろうな」


 フィリアのお祈りは長いが、あなたのお祈りの時間は短い。

 お供え物を捧げ、これを受け取ってもらえたら終いなので当然と言えばそう。

 フィリアは魔法を授けてもらうために1時間ほどの祈りの時間が必要なのだ。


 フィリアを待つ間の雑談で上記の話を振ったところ、レウナはそう答えた。

 わざわざ『共通』の魔法と括るところを見るに、神格ごとに『固有』の魔法もあるのだろうか?


「あるぞ。神格ごとに独特なのがな」


 それを思うと、神が魔法を授けているというのは本当なのだろうか。

 そうだとすると、神以外の者を信仰して魔法が使えるようになるのはどう説明するのだろう。


「どちらでもあるのだろうさ」


 どちらでも?


「つまりだが、神が慈悲を垂れることによって魔法を使える者もいるが、それと違って祈りの力によって自力で使えるようになる者もいるのだろう」


 言われてみればそれも自然と言える話だ。

 結局、祈りの力が重要であることに違いはない。

 祈りだけで使える魔法もあるが、特定の神格を信仰することで使える魔法もある。

 そう言うことなのだろうと思われた。


 しかし、よその大陸の信仰だから言えるが。

 それだと特定神格を選ばないと、固有神聖魔法が使えなくて損な気がする。


「使える魔法と言う意味ではな。だが、我々信仰に生きる者に課される最大の試練にして悪のもたらす誘惑とは、慈悲の放棄なのだ」


 慈悲の放棄?


「無慈悲とは心地よいものだ。善の神格に奉ずる者たちは、善き民として善き営みを守らねばならん。そして、恐るべき悪逆を成した者にすらも慈悲を垂れなければならない」


 その理屈は分かる。

 信仰にある戒律の多くは生活の知恵から派生したものとも言う。

 土着の信仰は、その生活に最適化されているのだと。

 そのように、善き営みを守るために信仰とはある。


「わかるか。最愛の者を殺した者ですらも、そのようにせねばならない。無慈悲に慈悲で以て報いねばならないのだ。我々は恩寵成す者でなければならない」


 なるほど、それはつらいだろう。

 復讐とは心地よいものだし、酷く容易い。

 赦しを与えるとは、それほどに困難だ。

 そうあらねばならぬというのは、極めて苦しい。


「挙句、その慈悲に報いがあるとも限らない。慈悲を与えた者が、再度悪逆を成すこともある。それでもなお、私たちは慈悲を持って接せねばならないのだ」


 その苦しみに耐える褒美と考えてもいいのだろうか。

 その固有神聖魔法なるものにいかほどの価値があるのだろう。


「そも、法治とはそのようなものだがな。教えとはそう言うものであり、規範だ。生かして捕らえることを『甘い』と思う者もいようが、無暗に殺さば人治となる。人治の果ては、微罪ですら極刑となる無法の世だ」


 まぁ、エルグランドのように、他大陸における重罪が微罪になる世もあれはあれでどうかとは思うが。

 とは言え、殺された者が3日で復帰することを思うと、殺人は大変な軽傷とも言える。

 なので、殺人を重い罪に問うのもまた人治と言えばそうなのかも。


「そう言う意味では、『正義』や『知識』、はたまた『自然』と言った、神ならぬものを信ずることには、行いの自由があると言ってもいいだろう。それが人治であることは百も承知の上でな」


 特定神格を信仰していなければ、無慈悲になってもよいということだろうか?


「そうまではいわないが、戒律によって立たず、己の正義に従ってもよいのだろう。考え方はそれぞれだ。そも、損得で信仰するものを決めるのも違うだろうしな」


 それはそうである。

 しかし、なかなか興味深い話だ。


「まぁ、時として、信仰がゆえに極限の無慈悲が許されることもまたあるがな」


 極限の無慈悲とは?


「信仰の究極とは善き営みにある。ならば、自分自身を粗末にすることは許されん。だが、時として殉教をよしとすることもある。そう言うものだ」


 なにか殉教に含むものがあるのだろうか。

 レウナは皮肉げにそう語った。




 お祈りが終わり、フィリアが『天候操作』の呪文を使った。

 すると、見る間に空が晴れ渡っていくではないか!

 凄く便利そうなのであとで教えてもらおう。


 いくら強くても天候は殴り倒せない。

 だが、魔法で天候を変えられるならぜひ使いたい。

 多少の悪天候は気合で乗り切れるが、限度がある。

 雷雨や豪雪が起きると、さすがに移動困難になるのだ。


「フィリアの『天候操作』が使えたからいいけど、使えない人たちはどうするのかしら」


「それはまぁ……防寒着で頑張って耐えるんじゃないでしょうか」


「厳しそうね……」


 凍傷が原因で、やや顔が赤みがかっているレインがぼやく。


「魔法で変身するって手もあるけど、どこまで通用するかしらね。寒冷地に適応した動物なんて知らないし……」


「小型動物になって、作成したゴーレムに運んでもらうとか」


「悪くないかもしれないわね」


 まぁ、今回は吹雪が止んだので、あとは『環境耐性』で事足りるだろう。

 あなたはテントを撤収して出発しようと促した。




 からりと晴れ上がった空から照り付ける太陽。

 光をきらきらと反射する雪原。

 エルグランドでは度々見られた光景だが、この大陸で見ることになろうとは。


「眩しい……色眼鏡でも持ってくればよかったかしら」


「目がちかちかしてきますね……」


 雪からの照り返しはなかなか目に厳しい。

 あなたは自前の色眼鏡、サングラスがあったのでそれをつけている。

 可哀想だが、レインやサシャたちは数時間後には雪目に苦しむだろう。

 強い光を浴びると、眼がゴロゴロしたり痛くなったりする。それを雪目と言う。

 まぁ、基本的には2~3日で治るし、魔法も効くので我慢してもらおう。


「雪って結構足が埋もれるのね。歩くのが大変だわ」


「お姉様が雪の上をスタスタ歩いてるのはいったい……」


 あなたは足場が悪いところでは大体飛んでいる。屋内でもそうだ。

 ここでも同様に常時空を飛んで、素の体重くらいの荷重が地面にかかるよう調整している。

 その素の体重が極めて軽いので、雪の上を普通に歩けるのだ。


「……私でも足が埋まるのに? ちょっと抱き上げてみてもいい?」


 レインの提案にあなたは頷く。

 レインがあなたに近付き、腰回りに手をかけてぐいっと持ち上げる。

 そして、あなたは上空へと放り投げられた。

 危ないじゃないかとぼやきつつも、あなたは着地する。

 レインはなぜか蹲っていた。


「こ、腰が……! 魔女に、殴られた……!」


「だ、大丈夫ですか?」


 どうやら魔女の一撃を喰らってしまったらしい。別名ぎっくり腰。

 重いものを持ったり、引っ張ったりするときになるものだが。

 重いと思ったら軽かったものを持つことでもなることがある。

 どうやらあなたの体重は軽すぎるようだった。

 あなたはしかたないので『軽傷治癒』の呪文をかけてやった。


「ああ、楽になった……びっくりした。魔女の一撃ってあんなに痛いの……」


 あなたはなったことがないので分からない。


「痛いですよね、魔女の一撃……クロスボウの巻き上げの時にも痛めやすいんですよね……」


 フィリアはなったことがあるらしい。

 レインとフィリアは魔女の一撃の痛みについて熱く語り合っている。

 サシャとレウナはなったことがないようだ。


 まぁ、こんなもの、ならない方がいいのだが。

 そう思ったところで、サシャが突如として斜め後ろに振り返り剣に手をかけた。

 あなたたちも一応と言った調子で身構えた。

 サシャの感覚の鋭さは随一であり、だれもがその感知には一定の信頼を置いている。


「獣の臭い……何か来ます」


 あなたたちは即座に戦闘態勢を整えた。あなたたちには分からない臭いもサシャにはわかる。

 そして、サシャが指摘した方角から、勢いよく駆け込んで来る敵影。


 それは極めて大型の狼だった。

 真っ白い体毛に蒼い瞳と、一見すれば優雅な美しさすらある。

 だが、その鋭い牙に強靱な肉体は、たしかな雪原の脅威であった。


 その巨躯は体長約2.5メートル。

 体高も1.5メートルほどはあるだろう。


 より大型のものとなると、さらに凄まじい。

 体長は3メートル近くあり、体高など2メートル近いものすらいた。

 横幅こそ小さいので体重は劣るだろうが、下手なワークホースよりも巨大だ。

 より大型となるとウォーホース並か、それ以上の巨躯だった。


 その強靱かつ俊敏な捕食者たちは、あなたたちをエサと見定めて集団で襲い掛かって来た!


「『火球』!」


 レインが『火球』を放つ。それは飛翔し、狼の集団内部にて炸裂した。

 周辺の狼を吹き飛ばし、飲み込み、多数を一挙に吹き飛ばさんとする。

 3匹の狼が吹き飛んだが、他の全ては手傷を負う程度で無事だった。


 やや動揺を見せながらも、10匹近い狼たちが襲い掛かって来る。

 レウナの放った矢の2連射が狼の脳天を貫いて仕留める。

 サシャが突貫、手にした剣を豪快に振り抜いた。

 回避先にまで剣を捻じ込んでいく、荒々しくも俊敏な剣だ。


 フィリアもまた同様にバスタードソード片手に突っ込む。

 あなたは『魔法の矢』でお茶を濁しておいた。


 あなたたちの一手で狼たちは瞬く間に半減、壊滅的な被害だ。

 リーダー格だろう、ひと際大きな狼が唸り声をあげ、口を開く。

 そして、その口から放たれたのは、輝くような氷雪のブレスだった。


「なんですか、これっ!」


 身を捩って直撃を避けるサシャだが、完全にはよけ切れない。

 狼たちが連携し、ブレスを次々と放ってくる。

 見た目は狼だが、実際のところはなにかしらの魔獣だったようだ。


 レウナがさらに弓を連射する。

 ブレスのために開けていた大口に矢が突き立ち、2匹の狼が崩れ落ちる。

 そして後方から飛び込んで来た2本の灼熱光線が狼を焼き払う。


 サシャが霜に塗れながらも剣を振るい、さらに1匹。

 残り2匹となったところで、小柄な狼が踵を返して逃げ出した。

 残る1匹、最も大型の個体がこちらに突っ込んで来たが、あなたが切り伏せた。


「ふぅ……見たことない魔獣ね。狼に見えるけど。ブレスまで使うなんて。サシャは平気?」


「さ、寒いです……」


 氷雪のブレスに襲われたサシャはガタガタ震えていた。

 あなたはタオルを取り出してサシャの体を擦ってやりつつ『軽傷治癒』の呪文をかけてやった。


「はふ……あ、ありがとうございます、ご主人様……ぶるるっ……寒い……」


 それにしても、狼の集団とは。戦利品はなにかあるのだろうか?

 さほど強くなかったし、望み薄だろうか?

 そう思いつつ、狼の死骸を見分すると、首輪や紐飾りをつけていることに気付いた。


「装身具がついてる? っと『魔法探知』……魔法の装備が混じってるわ!」


「わ、本当ですよ。アミュレットなんかがついてますね!」


 何と予想外なことに、狼たちは魔法の装備で武装しているという。

 さすがに4層ともなると実入りも期待できるということだろうか。


 あなたたちは協力し合って装備を引き剥がしはじめた。

 十数分ほどかけて戦利品を回収すると、あとはレインに任せた。

 売り捌くにしても、魔法の道具の知識豊富なレインに任せた方がいい。


「魔法のかかってないアミュレットもあるみたいだけど、小粒の宝石なんかを入れてたりするのね」


「目玉の魔法の装備は『鉄拳のお守り』と『外皮のお守り』ですね。全部合わせて金貨500枚はくだらないですよ」


 ここに来て突然の高額収入にあなたたちは沸き立つ。

 更なる収入があれば魔法の船も買えるし、豪遊だってできる。

 ハバクック用の木型を持ち込む苦労ともおさらばかもしれない。


 うきうきした調子でレインが戦利品をしまい込む。

 明確かつ高額の収入に、全員の顔に笑みが浮かんでいる。

 いつだってずっしりと重たい勝利の証には笑みが浮かぶものだ。


「さぁ、いきましょうか!」


「冒険資金の余裕も出そうですね。がんばりましょう」


「場合によっては使うのもアリですよね。『鉄拳のお守り』はいらないけど『外皮のお守り』はあってもいいかも……」


「じゃあ、とりあえず使っておく? 売り捌く段になったら買い取るか決めればいいわ」


「そうさせてください」


 あなたたちは足取りも軽く再出発した。

 この時、あなたたちは戦利品について深く考えなかった。


 狼たちにアミュレットなど作れるわけがない。

 にもかかわらず、狼たちがアミュレットをつけていた。

 そのことの意味を、もう少し考えておくべきだったのだろう。

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