27話

 再出発したあなたたちの足取りは軽い。

 うきうき気分で歩き、雑談なども交わしている。

 あまりよい調子ではないが、周囲の見晴らしはいい。

 なにかに襲われるにしても、比較的すぐに気付ける。

 さほど心配いらないだろうと、あなたは深く考えなかった。


「出れたら祝勝会しましょうよ。レウナも来なさいよ。奢るわよ」


「あまりうつつを抜かしてもいられんのだが。まぁ、出れたら考えよう。帰るまでが冒険だぞ」


「それもそうね。まぁ、これだけ見晴らしもよければ心配もいらないでしょ」


 などとレインが言った直後のことだ。

 空中に突如として黒点が現れた。

 それは見る間に巨大になって行く。


 なんだこれは? と訝った直後。

 あなたはそれが豪速でカッ飛んでくる岩塊だということに気付いた。


「危ないッ!」


 フィリアが焦りながらレインの前に飛び出す。

 カイトシールドを構えると、凄まじい轟音が響き渡った。

 フィリアのくぐもった呻き声が聞こえる。


「不可視可か!?」


 レウナの戸惑いの声。あなたも意味が分からない。

 何もない空間から突如として石が飛び込んで来た。


 魔法による不可視化の可能性が浮かぶが、それは考えにくい。

 あなたの装備には不可視化看破の効果がついており、透明化の呪文は無意味だ。

 可能性としては、なんらかの幻術の展開によって偽の光景を見せられている。

 不可視化の看破と、偽の光景の看破はべつの話なのだ。


 あなたは石の飛んで来たあたりへと、闇雲に矢を打ち込んだ。

 何も見えないのだから勘で攻撃するしかないだろう。

 そして、ある一定の地点で矢が消失した。


 破壊されたのではなく、眼に見えなくなったと言うべき光景だ。

 あなたは見たことのない異様な現象に眉をしかめる。

 まさか、空間に展開された不可視化の呪文効果?


「『不可視化看破』! え、見えない!?」


 サシャが不可視可看破の呪文を発動。

 だが、やはり目標となるものが見えないらしい。

 あなたはいったいどうしたものかと悩んだ。


 カッ飛んで来た岩塊を剣で逸らす。

 フィリアが折れた腕を魔法で治療して再度盾を構える。


 あなたは真剣に目を凝らす。

 見えないからくりは不可視可ではない。

 ならば、なんらかの手立てによって実態を見せなくしている。

 つまり、幻術によって偽物の光景を見せられている。

 それを看破するべく、些細な違和感を拾うように光景を眺める。


 そして、あなたはあるポイントの違和感に気付いた。

 雪の積もった大きな岩壁、それが積もった雪ごと偽物と気付いたのだ。

 あなたはそこへと走り込み、幻影の壁を突破した。


『ばれたか!』


『潰してしまえ!』


 その内部では、先ほど逃げて行った狼を引き連れた巨人3人の姿があった。

 雪のように白い肌に、薄青い頭髪。華麗に編まれた姿はたしかな文化を感じさせる。

 ソーラス外苑のテント村にもいた霜巨人の徒党がそこにはいたのだ。


 あなたは霜巨人の振るったグレートアックスの一撃を剣で受け止める。

 激しい金属音が響き渡る。そして、隙を突いてあなたの脚へと狼が噛みついてきた。

 あなたの肉へと歯が食い込むが、食い込むだけで皮膚を突破できない。足を振って振り払う。

 キャインと哀れっぽい犬コロのような悲鳴が上がり、白いものが散らばった。

 どうやら勢いよく振り払ったせいで、歯が全部折れたらしい。


「ご主人様!」


「幻術か、小賢しい真似をする」


 あなたの後を追って、サシャとレウナが幻術内部へと入り込んで来た。

 あなたは1人1体よろしくと言って、目の前にいる霜巨人に集中した。



 あなたは霜巨人の斧撃を受けて、それを捌き切る。

 べつに力づくで捻じ伏せてもいいが、剣が傷むし。

 なにより、内功の訓練の成果を適当に試したい。


 1度、2度、3度と、その場から動かず完璧にさばき切る。

 そして、あなたは目の前にあった霜巨人の脚を叩き切った。

 膝当たりから2本まとめて足を切断された霜巨人が地面に転げる。


『ぐおおおおっ! このっ、ちびめぇ!』


 体がでかいだけあって、声もでかい。

 あなたはうるさい霜巨人の頭部へと、エルグランドの『魔法の矢』を放った。

 どうせもう死に体だ。トドメはなんでも一緒だろう。



 巨人を1体倒し終え、周囲を見渡す。

 レウナは手にした剣で戦っている。

 弓の扱いも達者だが、二刀流による鋭く素早い剣技も実に達者だ。

 霜巨人の攻撃を真っ向から捌いては、そのまま足を切り刻んでいる。

 こちらは何の心配もいらないだろう。


 サシャはと言うと、やや苦戦している。

 膂力と俊敏さ任せで攻撃を捻じ伏せているようだが。

 同時に攻撃にも転じられず、千日手が続いている。

 あなたは少しだけ援護をと、足元の石を拾って軽く投げつけた。


 霜巨人の頭部に石が命中し、鈍い音がする。

 ぎょろりと霜巨人があなたを睨みつけた。

 頭が消し飛ぶほどの威力で投げなかったのだから感謝して欲しいくらいだ。


 そして、その隙を突いて、サシャが無理やり剣を捻じ込みに行った。

 巨人の膝を足場に、捨て身の刺突だ。

 深々と捻じ込まれた刃が霜巨人の背中まで貫通する。

 肺から溢れ出した血を吐きながら霜巨人が崩れ落ちた。


「はぁっ、はぁっ……! 助かりました、ご主人様」


 大したことはしていない。いや、本当に。

 あのくらいの援護ならそこらの子供でもできる。

 それをチャンスにまでしてのけたのはサシャの手柄だろう。


「ふむ。見たところ、装備しているチェイン・シャツやグレートアックスが魔法の品のようだな」


 レウナはズタズタに切り裂かれた霜巨人の死体を見分していた。

 その見立てが正しいのであれば、やはりこちらも一財産だろう。

 あなたたちは手早く霜巨人から戦利品を剥ぎ取った。



 実に順調だ。さほどの苦戦もなく、ほどほどに勝利し。

 戦利品は実に充実しているし、冒険の経験も積めている。

 この調子で霜巨人と遭遇して、もう少し稼いでおきたい。


 しかし、迷宮内に巨人族がいて、そこから戦利品が得られるとは。

 知性ある様子からして、魔法によるまがいものでもないのだろう。

 巨人族が創り出したという伝説のある迷宮だが、いったいどうなっているのか。


「にしても、山頂目指して登っているけど、これであってるのかしら……」


「一応、私の『経路探知』では山頂側を指してるんですけどね……でも、山頂からなにか移動するとかの可能性もありますし」


「なんでもいいが、いまはとにかく雪のないところで落ち着きたい」


「そうですね……温かいお部屋で、温かいお茶を飲みたいです……」


 全員、やや疲れが出て来たようだ。

 雪道を歩くのはかなり消耗するのでしかたない。

 やはりどうしても、足を取られるのだ。そのせいで疲労する。


 休憩もそろそろ考えるべきだろう。

 幸い、フィリアの『天候操作』の効果時間はかなり長いらしい。

 少なくとも丸1日は持続する感覚とのことなので、多少の時間の浪費も看過できる。

 どこか腰を落ち着けられる石窟とか岩陰があればいいのだが。


「うげ……」


 突然レインが悲鳴と言うか、呻き声を上げた。

 女子力の低い声をあげて何事かと、あなたもレインの見ている方角を見やる。

 すると、そこには20人近い霜巨人の軍団がいた。


 あなたたちが倒した巨大狼の30匹近い群れを引き連れている。

 挙句、その背後に控えているのは、年若いホワイト・ドラゴンのようだ。

 霜巨人の部族と考えるべき光景だろう。


 それが一声も発さずに、雪原のただなかに佇んでいる。

 まるで異様な光景に、あなたはなんなのかと訝った。

 一様に黙りこくっている姿は、なにかの魔法による支配を感じさせる光景だった。

 先頭に立っている一際大きい体躯を持つ巨人がグレートアックスを掲げる。


「おおおぉぉぉ! 我こそは霜巨人の英傑なるぞ! 我らが霊峰を穢せし小人どもに、名誉ある決闘を申し込む!」


 などと、大音声を発した。

 なるほど、後ろのは決闘の見届け人と言うことだろうか。

 ならば静かにしているのもなんとなく分からなくもない。


「決闘……? わざわざ決闘なんぞ挑んで来るのか、この大陸の巨人は」


「霜巨人は卑劣で残忍な巨人だけど、少なからずそう言う文化はあるわ。でも、迷宮の中の巨人までそんなことを言って来るなんて……」


「あの! 決闘って1対1ですか!」


 サシャが巨人族にも負けないと言わんばかりの大声を発する。

 それに対し、先頭の巨人が頷いた。


「如何にも! おまえたちの中で最も強いものを出せ! 俺との名誉ある一騎討ちだ!」


 そう言われ、あなたへと視線が注いだ。

 実際このメンバーで最強なのはあなたなのだが。

 実力を制限している現在、出るべきなのはフィリアなのでは。


「いえ、私は近接戦闘は完璧ではないですしね……制限してても戦士としての技能はお姉様の方が高いですから」


 たしかにそうかもしれないが。まぁいいか。

 あなたは渋々と前に出た。霜巨人がグレートアックスを構える。


「どちらが敗れても恨みに思うなよ。そして間違っても仲間に助力など乞うなよ」


 あなたはどうでもいいから早く始めようと答えた。

 仲間に助力を乞うことはないだろうし、敗れても恨みに思いはしない。

 本気で戦って負けたら、なんとかしてリベンジを狙うかもだが。


「ゆくぞ!」


 霜巨人が叫ぶ。そして同時に、霜巨人の背後の巨人族が構えた。

 あなたはちょっと待てと制止した。


「なんだ」


 1対1じゃなかったのか? 後ろのやつらはなんで構えた?

 そのようにあなたが尋ねると、霜巨人が顔色を変えた。


「なに言ってるの? 1人しかいないじゃない」


「えと、後ろのやつらって……?」


「あの、その霜巨人の人は1人しかいませんよ?」


 なんとEBTGのメンバーまでそんなことを言い出す。

 が、唯一レウナだけが目を細めて、巨人の集団がいる場所を見ている。

 よく見ると、霜巨人たちは並べた岩の上に立つなどしている。

 雪原に痕跡を作らないようにしているのだ。

 これはまさか、不可視可している?


『死ねぇぇぇぇぇぇ!』


 考え込んでいると、霜巨人のグレートアックスがあなたを襲った。

 あなたはそれを適当に剣で捌き、霜巨人の腕を斬り飛ばしておいた。

 そして、背後の霜巨人たちが、手にした岩を一斉に投げ込んで来た。


「うおおおおおお!? 思った以上にいるぞ!」


「バカ! なんで部族丸ごといるって最初に言わないのよ!」


「無理です! これは勝てません! 逃げましょう!」


 攻撃したせいで不可視可が解除されたらしい。

 それによって、EBTGメンバーにもあなたの見えていた敵の姿が見えたと。


 自分だけ姿を現しておいて、配下は不可視可させておく。

 そして一騎打ちと言うことにして最強のものを孤立させる。

 そこを配下たちに一斉攻撃させて討ち取る。そう言う戦術だろう。

 最強の者はチームの要であることも多く、いい手だ。


 実際、あなたの装備に不可視可看破の効果が無かったら。

 あなたを含め、EBTGはまんまと騙されていただろう。

 そして決闘する者があなたでなければ、1人死んでいた。

 あなたには運悪く通じなかったが、実によい戦術と言える。


 さておいて、あなたも逃げるかと踵を返す。

 EBTGメンバーは脱兎のごとく逃げている。

 一番足の遅いレインに合わせてはいるが、全力疾走だ。


 あなたたちを追って巨人が雪を蹴散らしながら駆けて来る。

 強さはともかくとしても、巨躯の巨人が駆けて来る光景の威圧感はかなりのものだ。


 足の速いレウナが時折立ち止まり、牽制に矢を放っている。

 あなたも適度に振り返って石を投げるなどし、追ってくる巨人を牽制する。

 しかし、逃げるにしてもどこまで逃げればいいのだろう?


 そう思いながら走っていたところで、突然霜巨人が追って来るのをやめた。

 その光景に思わずあなたも立ち止まって霜巨人を見やる。

 レウナも同様のようで、弓を手に訝し気に眉を顰めている。

 なぜか巨人の顔にはニヤニヤと厭らしい笑みが浮いている。


 意味は分からないが、追ってこないならまぁいいと、あなたは前を向く。

 全力で逃げているレインたちに追いつかなくてはいけない……。

 そのレインたちの姿がないことに、あなたは気付いた。


「……レインたちはどこにいった?」


 レウナもまた見落としていたらしい。

 霜巨人たちに気を取られ過ぎていたようだ。


 あなたはサシャとフィリアの位置を確認する。

 生命力を繋いでいるので2人の位置は分かるのだ。

 レインの位置は分からないが、どうせ同じ場所にいるだろう。


 そして、あなたはサシャとフィリアが、かなり下の方にいることに気付いた。

 今あなたたちがいる地点から、およそ50メートル以上下。

 そして、2人の生命力が著しく削れている。

 あなたは3人がクレバスの下に落下したことを理解した。

 霜巨人たちは、このあたりにクレバスがあることを知っていたのだ。


 あなたは舌打ちをすると、2人の生命力を感じる位置の真上まで向かう。

 雪に穴が開いている。雪に覆われて見えなかったクレバスなのだろう。

 下を見れば、サシャとフィリア、そしてレインの姿が見えた。


 レインだけ無事なようで、こちらへと手を振っている。

 あなたはやむをえないなと内部へと飛び降りた。


「あ、来てくれたのね。私は『軟着陸』で無事だったんだけど、サシャとフィリアはね……」


 サシャも『軟着陸』は使えたはずでは?


「よく分からないけど、使わなかったんじゃない?」


 まぁ、死んでないならそれでいい。

 レインはちゃんと使えて実によかった。

 レインがそのまま落下していたら即死だったろう。


「でしょうね……私だけ蘇生自腹なんだから絶対死にたくないわ……」


 払えないことはないだろうが、手痛い出費だろう。

 あなたはサシャとフィリアを介抱しつつ、これからのことを思った。

 一時撤退すべきなのかもしれない……。

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