レイン 1話

 レイン・フェル・ステレット・イナシル・ザーランは貴族出身の冒険者だ。

 物語で言えば貴族出身の冒険者と言うのは存外に頻出する。

 あるいは元貴族の冒険者、などと言う者も度々見かける。


 では、現実だとどうか。


 意外と言えば意外で、妥当と言えば妥当に。

 貴族出身の冒険者と言うのは珍しくない。

 物語は嘘を書いているのではなく事実を書いている。

 そのように考えればそれは意外ではなく妥当で。

 物語的な誇張ではないという意味で言えば意外だ。


 逆に、元貴族の冒険者は滅多に見かけない。

 元貴族ならそれなりの就職先と言うのがある。

 そう言った就職先にありつけないような者もいなくはない。

 醜聞や悪行によって貴族の社会にいられなくなった者だ。

 そう言った輩は表に出してもらえないので冒険者になれない。


 さて、なぜ貴族出身の冒険者がたびたびいるのか。

 これはそもそも貴族がいかなる立場の存在であるかに理由がある。


 山賊とは山で畜生働きをするから山賊と言う。

 よって海なら海賊。宮廷なら貴族。そんな諧謔もあるが。

 貴族とはその実効力、武力、支配力によって領域の占有権を主張する連中だ。


 それに異を唱える者を黙らせる武力を持っているからこそ貴族。

 貴族にとって武力とは必須の力であり、逆に持たぬものは貴族ではない。

 もちろんだが、その力を当人が持たなくてはならないわけではない。

 が、逆に持ってはいけないわけでもないので、みな持とうとする。


 結果、貴族にとって武とは最低限の嗜みであると同時、ステータスである。

 特に、上級冒険者は個でありならも群を圧倒する力を持てる。

 身内は強い方がいいし、その圧倒的な力を活かして家の力を高めてもらいたい。

 そのため、貴族と言うのは冒険者になる。冒険者になることで研鑽するのだ。


 そんな調子で貴族のうち、結婚相手を見つけにくい立場の者。

 弱小貴族家であるとか、大身の貴族家でも3男とか4男とか……。

 そう言ったものは冒険者になり研鑽し、自身の持つ力をアピールポイントとして結婚相手を探すわけだ。

 さすがに死なれては困る長男や長女は冒険者にならないのが普通だ。


 一方で、レインは貴族家の長女である。

 本来ならば冒険者になる必要などない。

 なにしろレインは前ザーラン伯の正当な後継者。

 由緒正しい貴族家の血を継いだ少女……そう言うことになっている。


 実際のところ、レインの母ポーリンは愛妾だ。

 妾と言うのも色々あるが、マフルージャ王国において愛妾は使用人扱いだ。

 愛妾の子は使用人の子であり、貴族家の正当な子と認められることはない。


 よってレインの扱いは本来ならばポーリンの私生児と言うことになる。

 ではどのように長女と認められたかと言うと単純で。

 公的には前ザーラン伯の側室の娘と言うことになっているだけだ。

 ポーリンの出産にあわせて側室を始末し、レインはその側室の忘れ形見と言うことにした。

 こういう無茶な真似をしてレインはザーラン伯の長女であり長子と認められているわけだ。


 もちろん周囲は不審な部分には気付いていたわけだが。

 長男ではなく長女であったことから、それは辛うじて認められていた。

 前ザーラン伯に男子が生まれればすぐに次期当主はそちらになる。

 そうなればレインはよそに嫁に出すことになる。

 ザーラン伯爵家にレインの血脈は残らない。ならばそれでよいだろう。そう言う見解だった。


 前ザーラン伯がなにを考えていたのか、今となっては知る由もないが。

 レインはそうした理由の下、つまりは将来は嫁に行くという前提で。

 結婚の際の箔付けのために冒険者になることを求められた。

 普通長女は冒険者にならないが、レインの場合は公的には側室の忘れ形見と言うのが理由として強い。

 やはり正室の子ではないので格落ちするのだ。

 側室の子では相手が舐められたと憤る可能性もある。


 そのような経緯でレインは冒険者になった。

 レイン自身は反抗心や、魔法の研鑽を求めて冒険者になったわけだが。

 少なくとも家側の目論見はそのようなものだった。




「私が冒険者になったのはそんな理由よ」


 ひと通りの長広舌を披露して乾いた喉を潤すべく、レインはジョッキを呷る。

 流れ込んで来るキンッキンに冷えた黄金色のピルスナー。

 爽やかな喉越し、淡麗なキレのある苦味、そしてアルコールの味わい。

 なにがどうと説明はできないが、たまらない美味さだった。

 やや酔いも回っていたレインの口の端から零れたピルスナーがレインの胸元を汚す。


「おっとっと」


 慌てて胸元をパタパタさせて、隙間にハンカチを差し込む。

 そして、そのパタパタさせた動作を食い入るように見つめるバカ2人。


「すっごい……最高……うひ、うひひ……」


「はぁ、はぁ……最高……すごい……!」


「堂々と覗いてんじゃないわよ!」


 机に乗り上げて上からレインの胸元を見ようとする馬鹿2人。

 『紅の聖女』なんて異名を持つ金髪の女たらし。通称センパイちゃん。

 イカれ女漁り異常性愛者2号のレナイア・アルカソニア・イナシル・バトリー。通称コウハイちゃん。

 この2人を相手にレインは今まで長広舌を披露していた。

 なぜレインは長女なのに冒険者になったか、レナイアが不思議がって訪ねて来たためだ。


「でもねぇ、レイン。そんなに美しいおっぱいを堂々とチラ見せしておいて、見るなって言うのは酷だよ」


「センパイの言う通りですよ! 見られたくないなら見せないでくださいよ!」


 などと猛るバカ2人。こんなのでも2人とも腕はいい。

 女たらしは知っての通り常軌を逸して強いし。

 レナイアも信仰系の詠唱者であり、既に第4階梯まで到達している天才だ。

 しかもレナイアは同等レベルの戦士としての技量もあるのだ。

 レインの仲間であるEBTGのフィリアとほぼ同系統の戦士兼詠唱者だ。


 基本的に、魔法は第5階梯までは誰でも辿り着けると言われる。

 そこに辿り着くまでに、どれだけ早く至れるかが違うだけだ。

 才ある者は数年で、才なき者は何十年とかけて辿り着く。

 天才とか神童と言われる者でも、何十年とかかることがある。

 それほどまでに魔法とは困難な世界だ。ことにレインのような秘術系はそう。


 そして、一握りの天才がそれ以上の領域に至ることができる。

 これは秘術系も信仰系も問わない。どちらであっても6階梯以上に至れるのは天才だけだ。

 そう言う意味ではフィリアは疑いようもなく天才だし。

 6階梯の領域に手を届かせようとしているレインも天才だ。

 既に第4階梯まで辿り着いているレナイアもまた、天才だ。


「しかし、ザーラン伯爵家ってそう言う感じのエロエグいドロドロあったんですね」


「探せばこのくらいの話はいくらでも見つかるでしょうに。バトリー家だって、醜聞くらいあるでしょう?」


「私の叔父さんが悪魔崇拝者とか、お婆様が拷問趣味があるとか、従弟が領民を少なくとも40人は殺してるとか、そう言う感じの?」


「さらっととんでもない醜聞を話さないでちょうだいね。悪魔崇拝者は大問題じゃないのよ」


 なにしろ天使も悪魔も本当にいる。

 そして崇拝者は信仰対象を召喚する術を持ち合わせていたりする。

 貴族家出身者が悪魔を召喚して世に悪逆を為すなど知られたらことだ。

 たとえバトリー家ほどの大貴族でも没落は免れないほどのことなのだ。


「まぁ、召喚したことはないからセーフじゃない?」


「セーフじゃないと思うけれどね……」


 大きく溜息を吐いて、あまりにも頭の痛いバトリー家のお家事情は忘れることとする。

 知っただけで危険だが、覚えているのはもっと危険だからだ。


「お、忘れようとしてるね、レインちゃん。どう? 私がベッドの上でなにもかも忘れさせてあげるよ」


「ダメだよ、レナイア。レインのことは私がお姫様にしてあげるんだから。ね、レイン?」


 モッテモテである。あんまりうれしくない。

 いや、金髪の女たらしにモーションをかけられるのは、まぁ、うれしいといえばそう。

 しかし、この調子だとレナイアまで乱入してきかねない。


 金髪の女たらしは、そうしたムードはかなり大事にしてくれる。

 だが、レナイアはしない。そんな高等知能は彼女にはないのだ。

 一晩中ドアの前でレナイアが自分も混ぜろと言い募るだろう。

 むしろドアの前で自慰行為をおっぱじめても不思議ではない異常者なのだ。

 ふつうに最悪なのであり、そんな状況はまっぴらごめんだった。


「でも、私は本気だよ。レインちゃんとイイコトをしたい。本気なんだ」


「私も本気だから。レインのこと、本気でお姫様だと思ってるんだよ」


「その抜群にデキのいい顔面を近づけないでちょうだい……!」


 2人とも、外見だけは超一流なのがまったくもってむかつく。

 レインとて、自らの容姿にはかなりの自信がある。


 艶やかな腰元まで伸びた翠髪に、同じく緑色の瞳。

 メリハリの利いた肢体に、すらりと長く伸びた手足。

 少なくとも、道行けば10人中9人が振り返るだろう美少女だ。

 人に向かって言うことはないが、そのようにレインは自分を見ていた。

 そして自意識過剰と言うこともなく、たしかにレインは美しい少女だった。


 レナイアはそれに伍するくらいに美しい少女だ。

 濃い紅色の頭髪に、淡く輝く蒼い瞳。肌は滑らかで貴種の生まれであることを如実に物語る。

 戦士としての修練を匂わせる引きしまった均整の取れた体つき。

 豊満ではないが出るところの出た美しい肢体だ。


 そして金髪の女たらしはそれよりもっと美しい。

 少なくともレインはそう感じているし、多くの人が同意する……。

 大抵は誑された後なので、それコミの意見かもしれないが。


 輝く黄金の頭髪に、燃ゆる深紅の瞳。

 無尽蔵の生命力の発散を感じさせる肢体。

 胸はレインと同じくらいだが、腰はレインよりくびれている。

 それでいて体重は驚くほどに軽い。

 生まれの時点で尋常の生命ではないと言うが。

 それを物語るように生物としてはおかしい部分がある。


 それに由来するのか、彼女には相反する魅力がある。

 輝く太陽のような無尽蔵の生命力の発散と。

 静謐な月光のようにどこか寂し気な美しさ。


 傍から見ていると、彼女のことは自分だけが分かってあげられる……そう思わせる何かがある。

 とにかくなにもかもが反則的なまでに美しい少女なのだ。

 まぁ、漏れ聞こえる話からすると、少女と言える年齢ではないらしいのだが……。


「私は卒業試験の準備があるから失礼するわ!」


「待ってよレインちゃん! せめて下着だけでも置いてってよ! それで1人でイイコトするから!」


「それをして私になんの得があるのよ!?」


「え……私が金貨10枚払う?」


「…………!」


「待った! レイン、私は20枚払う」


「なん、ですって……!?」


「なっ、センパイ! 横から割り込んで来て卑怯ですよ!」


「悔しかったら、レナイアももっと払えばいいんじゃない?」


「なら私は50枚払う!」


「雑魚め! 私は100枚だよ!」


「くっ、無限に金の出て来る財布を持つセンパイ相手は厳しい……はっ!」


「ん? どうしたの?」


「センパイ、私の下着を上下セット金貨300枚で買いませんか」


「買った!!」


「よし! レインちゃん、私は上下セット350枚払う!」


「私の払うお金をそのままレインに……!?」


 バカの入札競争がはじまった。

 なんだか黙っていれば大金が懐に入って来そうなので、レインはしばらく静観した。


 その後、金髪の女たらしが金貨1000枚でレインの下着を落札した。

 同時にレナイアの下着総計4セットが金貨860枚で落札される運びとなった……。




 謎の臨時収入を手に、レインは卒業試験の準備に励む。

 魔法使いはその湧き上がる魔力の力をこそ秘術の源とする。

 逆を言えば、魔力の切れた魔法使いは役立たずと言うことである。


 無論のこと、魔法使いたちはそれをよしとはしない。

 なんらかの手段でそれを補い、たしかな戦いの術を用意する。


 魔力温存技術である『火の爆発』や『水の飛沫』と言ったもの。

 より高位の魔法のエッセンスを流用することで小規模な現象を引き起こすもの。

 使用する魔力は微小で、威力はほどほど。これを主力の戦闘手段とする者もいるくらいだ。


 ワンドやスクロールと言った道具類を多種揃えておくもの。

 作るのに費用がかかるし時間も必要だが、魔力消費は皆無。

 魔力温存技術と違って金がかかるのが難点だが、通常の魔法が使えるのが利点。

 魔力温存技術は高度な魔力運用技術、あるいはそれ専門の修行を積んで体得する必要のある技だ。

 ワンドやスクロールの使用にはそうしたものが必要ないのも大きい。

 ちなみに金髪の女たらしは前者の運用技術任せでゴリ押し再現している。

 もちろんレインは後者の修行を積んで体得している。理由は当然、金がかからないからだ。


 真っ当にクロスボウやダガーなどでなんとか戦闘をするもの。

 もちろん専門ではないので、それほど高度な真似はできないが……。

 それに抗って、専門の技術を積んで魔法剣士になるものもいる。


 レインには生憎と、そうした剣士の才能がなかった。

 レインは比較的体格はいい方だが、細身で肉のつきづらい体質だ。

 魔法剣士と言うのは、魔法の才能と戦士の才能双方が必要なのだ。

 前衛での戦いに耐える頑強さと筋力が備わっていない。


 だからすべきことは、ワンドやスクロールの準備。

 そして頭に片っ端から知識を詰め込んでおくこと。

 見知らぬモンスターや罠に気付き、それへの対抗策を心得ておくこと。

 真っ当に順当に、魔法使いに求められる技能を高めること。


 レインの研鑽はそのような方向性に進んでいる。

 頼れる戦士が2人、フィリアもいれば3人。

 そんな恵まれたパーティーにいるのだ。

 ならぶ自分は魔法使いの本分を果たす。それだけのことだった。


 卒業試験にあたってもすべきことは変わらない。

 魔法使いとしての自分を高めること。それ以外に道はない。

 レインはそう信じてこの3年間研鑽して来たのだ。


 卒業試験はその成果を試す時。

 レインはそう考えて卒業試験に臨んでいた。

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