サシャ 6話

 オーガを討伐し終え、野営地に戻ればナルイーダは無事なようだった。

 とは言え完治したと言った様子ではない。

 おそらく、町に帰ったら神官に魔法をかけてもらうつもりなのだろう。

 高価な布施が必要ではあるが、ポーションよりかは安く上がる。


「オーガは始末してきました。大した戦利品はなかったですね」


「ああ、すまない。君に任せきりにしてしまったな……」


「いえいえ、ちょっと1人じゃないとできないような戦法を使えたので、楽でしたよ」


 蜘蛛の巣は術者も絡めとられる。敵味方の識別機能なんてない。

 そんなものを周辺一帯にまき散らすのだ。自分1人でないと使いづらい。

 ちなみに蜘蛛の巣は適当に燃やして始末をつけてきてある。


「そんな戦法も持ち合わせてたのか……まったく、戦闘では俺たちより遥かに頼れるらしいな」


「違いない。サシャちゃんがいなかったら、リーダーは死んでいたかもしれんぞ」


「これから毎日サシャに感謝の祈りでも捧げるこったな」


「ははは、お布施は弾まないとな」


 そんなジョークを交わしつつ、再度の就寝となる。

 どうせ朝までは満足に動けないのだから当然と言えばそうだった。




 そして翌朝。野営した場所に適当に始末をつける。

 それから再度周辺の探索に取り掛かる。


「私が最後に始末したオーガ、隠れ家があってそこに宝物を置いている……なんて言ってたんですけどね」


「ただの方便だとは思うが……あのオーガは知恵が回るようだったし、案外本当かもな」


「1人だけグレートアックスを使ってましたしね」


 ちなみにグレートアックスはサシャが『ポケット』に放り込んでいる。

 さほどに高品質な品でもなかったので、帰ったら下取りだろう。


「親玉に取り上げられていないのは不自然だからな。おそらく隠れ家に保管していたんだろう」


「はい。なので、どこかにはあるんでしょうけども……」


 その隠れ家がどこなのかはさっぱり分からない。

 こういう時に占術系魔法が使えればいいのだが。

 サシャは戦闘に直接使えない魔法の習得は後回しにしている。

 そのため第2階梯でサシャでも使える『物品探知』の魔法は未習得だった。


「隠れ家に攫ってきた人間を捕らえているなんて可能性もなくはないからな……できれば見つけたいが……」


「ちょっとむずかしいですね……」


「オーガの隠れ家なんて洞窟くらいなものだとは思うが……ううむ」


 そんな会話をしながら周辺の探索を続ける。

 かなり望み薄ではあるが、追加報酬の可能性だ。

 話半分くらいだとしても、銀貨1枚でも追加の報酬は欲しい。


 冒険者と言うのは莫大な報酬を得られる仕事だ。

 だが、同時に出費も莫大であるのが冒険者である。

 冒険者の全財産とは装備品そのもののことであるのも珍しくない。


 自身の不足を補うため、あるいは長所をより伸ばすため。

 上等な装備、高品質の道具、高性能の消耗品を使う。

 結果、資金と言う形で財産を持っている冒険者は少ない。

 むしろ、投資を渋っている愚か者とみなされるくらいだ。


「昼まで探索してみて、見つからなければ切り上げだな」


「そうですね」


 城郭都市の門は、都市にもよるが夜間は閉門される。

 それまでに帰りつけなければ、また野宿する羽目になる。

 だれだって夜はベッドで寝たいし机に座って食事を摂りたい。

 冒険者は野外活動や野営に慣れているだけで、それが好きでやっているわけではないのだ。




 結局、それから昼前まで探索をしても、何も見つかることはなかった。

 オーガとの遭遇もなかったため、あとは撤収するだけ。

 荷馬車に荷物を積み込んで、あとはおよそ6時間ほど歩き通す。

 出発前に軽い昼食を済ませた以外は休憩も取らずの強行軍だ。

 どうせ町に帰り付いたら、いくらでも休める。そう言うことらしい。


 それからは本当に特筆することは何もなかった。

 町に帰り付いたら『銀色の牙』の定宿に荷馬車を繋ぎ。

 ラバにたっぷりと馬草と水を与えてやったら、報告だ。


「依頼であったオーガの駆除ですが、現地においてはオーガ5体の一家を確認。両親に息子が3名の構成です。すべて討伐済みで、証拠として指示された耳はこちらです。討伐後に探索を行いましたが、彼ら以外のオーガの居住は確認されませんでした」


 報告するように指示されたので、起きたことを取りまとめて報告する。

 討伐にあたって証拠を求められることは、あったりなかったりだ。

 今回は遠隔地の安定を得るためなので証拠品が求められた。


 これが例えば、町中にオーガが侵入したとかであれば不要だ。

 誰の眼に見ても排除されたのは明らかであるからだ。

 また、町中の倉庫になにやらが住み着いてそれの駆除などもそう。

 殺したのか追い出したのかは重要ではなく、その倉庫が使えるようになればいいのだから。


「たしかに……依頼は完了と報告させていただきますね」


 ギルドの受付に無事に受理され、報酬が渡される。

 この報酬も、その時々によって異なることがある。


 単に依頼の斡旋のみなので、依頼主に報告して、依頼主にもらったり。

 ギルドにすべての手順が委託されているので、ギルドに報告して、ギルドにもらったり。

 おそらく今回の依頼主は貴族なのだろう。

 面倒ごとはまとめて委託してもおかしくない。


 街道の安全確保を依頼するのは貴族か商人くらいだ。

 そして商人がそんな依頼を出すのは極めてめずらしい。

 商人がこなくて困るのは商人ではなく、町の統治者なのだから当然だ。


 まぁ、そんなのはサシャらにはかかわりのない話。

 オーガ5体の討伐報酬、金貨500枚を受け取る。

 相場よりも遥かに大きな額だが、こういうこともある。相場は相場でしかないのだから。


「あとは戦利品の売り捌きだが……まぁ、今回は大したものはなかったからな……」


「『鉄砕き』んとこに売りつけにいこうぜ」


「それでいいだろう」


 『鉄砕き』はサーン・ランドに存在する武器屋のひとつだ。

 これと言った特徴のある店ではないが、少なくとも狡い商売はしない。


「おーい、爺さん。戦利品の買い取りを頼む」


 大通りから1つか2つほど離れたストリートに『鉄砕き』の店舗はある。

 店頭には木製の模擬武器、あるいは木製で事足りる武器が樽に突っ込んだ状態で置かれている。

 槍の柄なども置かれており、穂先を持ってくれば取り付けてくれるのだろう。


「おう、買い取りはなんだ?」


 店員なのか店主なのか、40絡みと言ったところの壮年の男が応えた。

 汚れた作業着姿で、商品の手入れをしていたらしく手元にはそれ用の雑多な道具が置かれていた。

 サシャはグレートアックスを取り出すと、それを店のカウンターに置いた。


「ほう、グレートアックスか。物は悪くねぇが……悪くねぇだけだ。金貨1だな」


「それでいいか?」


「はい」


 ナルイーダに問われ、頷く。

 別段におかしい額ではない。

 中古品であることを踏まえれば妥当な額だろう。

 ナルイーダの馴染みの店らしいので、足元を見られてもいないだろう。

 無駄に売り渋りをしても相手の心証を損ねるだけだ。

 他にもいくつか細々としたものを売り捌いて、仕事は終わりだ。


「よーし! 今回も無事に生き延びた! サシャ、君のおかげで今回は助かった。学園には最上の報告をさせてもらうぜ」


「はい、ありがとうございます」


「お、自信があったって顔だな。まぁ、そうだよな」


 なんて苦笑するナルイーダ。

 実際、今回サシャがいなければかなり大変な仕事だったろう。

 オーガ2体同時の討伐は彼らでもこなせる範囲ではあるが。

 なんらの損害無しで成し得る仕事だったかと言えば否だろう。

 ポーション1個の消費で済んだのはサシャのおかげなのは間違いなかった。


「今回の君の取り分だ。少し色をつけておいたので遠慮なく受け取ってくれ」


「ありがとうございます。装備の足しにさせてもらいますね」


 差し出された革袋を受け取り、中身を確認せずに『ポケット』へ放り込む。

 どうせ報酬金は全額お小遣いにしていいことになっている。

 サシャの身に着ける装備品類はすべて、あの金髪の女たらしが負担することになっているのだ。


「俺たちはこれから打ち上げにいくが……君はどうだ? 奢るぞ」


「ん……そうですね……」


 少し考える。打ち上げというのはなかなか魅力的だ。

 仕事のあとの達成感に浸りながら酒食を楽しむのは実によい。


 しかし、これから帰ってご主人様と楽しむのもよい。

 空を見上げれば、夕焼けが海に落ち、蒼い海原を真っ赤に燃やしている。

 急いで帰れば、まだ今夜の相手を決めていない可能性がある。


「私はちょっと、こう、ご主人様に用事がありますので……」


「ああ、帰ったらすぐ報告するようにとでも言われてるのか?」


「そう言うわけではありませんが。まぁ、またいずれ機会があったら、私に1杯奢らせてください」


「ははは、君なら国中に名を轟かせる冒険者になれそうだしな。その時を楽しみにしているさ」


 そんな別れの挨拶をし、サシャは学園へ急ぐ。

 留守にしたのは1日だけだが、戦いの昂揚が残っている。

 この熱を冷ますには、ベッドの中での睦み合いが必要なのだ。

 きっとこうした熱のようなものは、人と人のふれあいでなければ癒せない。


 兵士や冒険者が、娼館に行きたがるのも分かるというもの。

 あの女たらしまで行くと完全にやり過ぎだが。



 学園へ帰り付き、部屋で荷解きをし、教師陣に報告をし。

 その後、あの金髪の女たらしの部屋を訪ねた。


「ご主人様、私です。サシャです」


 ドアをノックすると、すぐにドアが開かれた。

 髪を降ろした金髪の女たらしのほかに、室内に人影はない。


「サシャ、おかえり。怪我はない?」


「はいっ。どこも怪我はありません。あの、ご主人様……今夜は、その……空いてますか?」


 そう問いかけると、くすくすと笑われてしまった。


「そのために急いで帰って来たの? ふふ、かーわいい」


「あはは……その、つ、つい……」


「いいよ。たくさんキモチイイことしようね。ふふふ、じゃあ、お風呂いこっか?」


「は、はい!」


 金髪の女たらしの誘いに応じ、サシャは入浴の支度をする。

 今夜はいったいどれくらいすごいことをされてしまうのだろうか?

 それともさせてくれるのだろうか? もう楽しみでたまらない。


 可愛がられるのもいいが、可愛がるのもいい。

 どちらであっても楽しいし気持ちいい。

 人間、痛いことには耐えられても、気持ちいいことには耐えられない。

 そう言う意味では金髪の女たらしの悪辣さは筆舌に尽くせないほどと言うことになるが……。


 べつに何か損するわけでもないので、サシャは気にしていない。

 好きな男の子がいたとか、結婚を誓っていた相手がいるとかでもない。

 近所に住んでいたライリーとはお似合いの男女とか言われていたが。

 サシャ自身はライリーのことはただの幼馴染としか思っていない。


 今は優しくて可愛いご主人様に夢中なのだ。

 いずれエルグランドに帰る時がくれば連れて行ってもらうために。

 足手まといにならないように、強くならなければいけない。


 色んな意味で酷い場所らしいエルグランド。

 そこでもやっていけるようにならなくてはいけないのだから。

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