レイン 2話

 多数のワンド、多数のスクロール。

 そして持ち得る限りのコネと資金で揃えた装備。

 それらを携え、レインは卒業試験へと赴く。


 身のこなしを妨げないミスリルの糸を編んだローブ。

 魔法の力が込められ、肉体を強靭にしてくれるお守り。

 魔法を付与したクロスボウに、それを的確に運用できる魔法のベルト。

 多額の金を注ぎ込んで魔法を付与し、力場による盾を展開できる愛用の指輪。

 あと申し訳程度に腰にロングソードをぶら下げている。一応こちらも魔法の武器にしてある。

 自分1人だけやたらと豪華な装備してるな……レインはちょっと恥ずかしくなった。



 指定された日に冒険者ギルドに出向き、行くように指示された部屋へ。

 木製の簡素なドアの前で立ち止まり、レインは1度深呼吸をする。

 呼吸を整えた後、さぁ往くぞとドアをノック。


「どうぞ」


 すぐさまに返事が返って来て、入室する。

 さして広くもない部屋に、4人の男女が屯していた。


 ひときわ目立つのは髭もじゃで矮躯の男性。

 ごついグローブのような手がテーブルの上に投げ出されていた。

 非常に小柄な人間の男性と言う可能性もあるが。

 がっしりとした幅広の体躯は彼がドワーフである可能性を補強している。

 腰元にぶら下げた投げ斧もそうだ。ドワーフが好んで使う武器だった。


 次に目立つのは髪も髭も白く染まった壮年の男性。

 それなりの長身に、それ以外の特徴のない外見から人間なのは間違いないだろう。

 重厚な鎧で身を覆い、剣と弓で武装した姿は生粋の戦士を思わせる。

 老年の戦士でありつつも老いを感じさせない佇まいが強者の雰囲気を匂わせた。


 その2人を見たところで、レインの感覚が秘術の気配を捉えた。

 一瞥しただけでは気付かない程度に奇妙な雰囲気を放っている男からだ。

 ローブ姿の下に隠れた皮膚には奇妙な文様の刺青が多数走っている。

 その奇妙な刺青を除けば、その外見は極普通の青年でしかないのだが。

 その体から発散される超自然的なエナジーの迸りが、彼に不思議な魅力を与えている。

 生来的に魔法を扱う才知を与えられた、レインのような魔法使いとは種類をべつにする魔法使いだろう。


 そして残る1人、紅一点。燃えるような赤毛の女だった。

 30がらみと言った年の屈強な体躯の持ち主であり、背にはロングボウ。

 矢筒にはたっぷりの矢と、複数本のジャベリンが差し込まれている。

 軽装の革鎧と、ぶら下げたショートソードから近接戦闘の心得もあるのだろう。

 おそらくは野臥せりの類かと思われた。


「やぁ、よく来てくれた。私は『狂風フレンティル』のリーダーをしている、トノイドと言う者だ」


 老戦士が立ち上がり、レインへと右手を差し出して来た。

 半ば反射的に応じ、お互いに握手を交わした。手袋越しにも力強さを感じる握手だった。


「レインよ。冒険者学園の試験生だけれど、入学前から冒険者をしていたので基本くらいは分かっているつもりだわ」


「はは、それは頼もしい。ささ、まずは座って、自己紹介からはじめよう」


 着席を促され、それに応じて空いた席に腰掛ける。

 全員の視線がレインに注いでおり、居心地が悪かった。


「さて、まずは私から。みんなもよく聞いておいてくれ。私の知らない一面を知れるかもしれないぞ?」


 なんてジョークを交えつつトノイドが自己紹介をはじめた。


「私はトノイド。かつては兵士をしていた身で、サフアギンとの戦いを幾度となく乗り越えた身だ。30年前の大海嘯の折にも活躍をしたものだ」


 サフアギン。サーン・ランド近辺の水中に生息する種族だ。

 知的生物であり、固有の社会と言語を持つが、人類に対しては敵対的である。

 ごくまれな例外としてわずかな物々交換が行われる以外では、陸生生物とは無暗に殺し合うだけの間柄だ。

 そして水棲生物もまた彼らにとり捕食対象に過ぎず、彼らは彼ら以外の知的生命の存在を認めない。

 これは彼らの信仰において、自身らの生存のためには他の種族すべての根絶が必要であるとされているからだが……。


「そして、その大海嘯より以降は御覧の通りの冒険者をしているというわけだ」


 大成はできなかった……あるいは、しなかったのか。

 いずれかは不明だが、トノイドは今もここで冒険者をしている。


「私はそんなところだ。次はそうだな、ミフルダ、君に頼もう」


「えっ、俺か。まぁいいか」


 ミフルダと呼ばれたのはドワーフであろう男性だ。

 見た目は壮年のようだったが、声は存外に若い。

 ドワーフ特有の野太い胴間声なため分かり難いが、声に張りがある。


「俺はミフルダ。ミフルダ・バズイアーツ……おまえさんたちにも分かりやすく言うなら、鉄の足の一族ってところだろう」


 ドワーフ語だ。生憎とレインはドワーフ語を習得していない。

 レインは魔法使いの嗜みとして竜語を、そして貴族の嗜みとしてエルフ語を学んでいる。

 それ以外の言語はさっぱりだった。


「それ以外に話すことはないな」


 ミフルダはそう打ち切った。ドワーフらしく気難しい性質をしているらしい。

 ドワーフの多くは地下生活を送るか、高山地帯の城塞で暮らす。

 ひとつ所に引きこもっての生活は彼らを陰鬱にするのだろう。

 彼らの種族が魅力的でないと言われるのは、こうした気難しさからくる無愛想が理由だろう。


 ただし、彼らが真に魅力的でないというのは誤解だ。

 彼らドワーフ、そのほとんどは善き人々であり善き隣人だ。

 名誉と義務を尊び、善き人々を守る戦いに身を投じることを厭わぬ聖戦成す者だ。

 彼らの気難しい性格を超えてひとたび友誼を結ぶことができたならば。

 彼らの善良で友愛に溢れた暖かい心を知れることだろう。


 あの金髪の女たらしとはある意味で相性が悪いが、ある意味で相性がいい。

 ドワーフはふしだらを嫌うが、同時に勤勉なることを理想としている。

 そして、彼らは人一倍働くが、同時に人一倍遊ぶのである。

 大酒飲みで羽目を外して遊ぶ性格と、修練と勉学を怠らない性格は、まさにドワーフの理想そのものなのだ。

 どっちを先に知られるか次第で好悪が凄く分かれそうだった。


「ふふ、相変わらず愛想のない。レイン嬢、ミフルダは愛想のない男だが良いやつだ。嫌わないでやってくれ」


「ええ」


「では次はラークァン。君だ」


 それにのっそりと頷いたのは秘術使いだろう男だ。

 見た目はこれと言った特徴のない男だ。


「ラークァンだ。よろしく頼む。見たところ、君も僕と同じ魔法使いらしいね。短い間だが、仲良くしてくれよ」


 そう言って気の抜けるような笑みを浮かべて握手を求めて来た。

 妙に懐っこいところのある笑顔で、レインは気が抜けて思わず握手に応じた。


「では、最後だ。ナーフィー、頼んだよ」


「あいよ」


 なんとなしに聞くと、男のようにすら思えるくらい太い声だ。

 見た目もそうだが、声ですらも男勝りなところがあるらしい。


「あたしはナーフィーってんだ。結婚してサーン・ランドに引っ越して来たんだが、旦那が漁に出たっきり帰ってこなくなってね」


 つまり寡婦だったらしい。年齢的に結婚していてもなんらおかしくはないが。

 失礼ではあるが、外見があまりにも結婚と結びつかな過ぎて、予想外だった。

 しかし、レインの知る限りでは、サーン・ランドの寡婦の家では見かけたことがない。

 あの女たらしに食われた寡婦の全てを知っているわけではないが、これほど目立つ寡婦が居たら忘れるのは至難の業だ。


「本職は猟師なんだがね、まあこの辺りじゃ猟師なんて流行らない。だから猟師をやりながら冒険者をしてんのさ。よろしくたのむよ」


 寡婦だが逞しくも1人で生きている。そう言うことらしい。

 まぁ、それくらいは出来そうなほどにごつい剛腕の持ち主だ。

 なんだったら旦那が半死半生で帰って来ても、そのまま養ってしまえそうなほどだ。


「私たち4人はそんなところだ。では、レイン嬢、最後に君の自己紹介を頼んでもいいかな」


「ええ」


 トノイドに声をかけられ、レインは頷く。

 そして一呼吸を置いて、自己紹介をはじめた。


「レインよ。学園を出ずに冒険者になった身だけれど、いろいろと不足を感じて学園に入ったわ。学園に入る前は4階梯まで。いまは5階梯まで使えるわ」


 そう述べると、全員が一様に驚いた様子を見せた。

 まぁ、それも当然と言えば当然の反応ではある。


 なにしろ、第5階梯と言うのは凡人の到達点である。

 つまり、生涯をかけてようやく辿り着く領域だ。

 そこにレインの年齢で辿り着いているのはレインの才能の証明である。

 同時に、6階梯以降にまで手を届かせるであろう。そのような想像をもさせる。


 より上の領域に至る天才、英雄の素質を持つ者ならばレインほどの年齢でも辿り着くだろうが。

 英雄とは稀なるものだからこそ英雄なのであり、早々数がいるものではない。

 王都ベランサほどの大都市でも一流と言われる最上位の冒険者がそうなのだ。

 100人も200人もいるような存在ではない。それこそ王都でも30人もいないだろう。

 前に金髪の女たらしが『銀牙』の魔法使いをぶっ殺してしまったように、死んでいなくなることだってあるし。


「おいおい、これはとんでもないのが来てしまったな。今回の依頼は楽勝かもしれんな」


「5階梯とはごついな……まぁ、はったりじゃないことを祈るがね」


「5階梯とはまた、すごい魔法があるんだろうなァ……!」


「魔法のことはよくわからないけど、すごいってのはわかるよ。あんた、女だてらに大したもんだね」


 そして褒められた。なにやら面映ゆい。

 自慢しているようで照れくさい感じだ。


「さて、才気あふれる魔法使いのお嬢さんから自己紹介もいただいたことだ。次は仕事の話に移るとしよう」


 パンパンと拍手をして注目を集めると、トノイドが話題を次に進める。

 腰元にぶら下げた雑嚢に手を突っ込むと、地図を取り出した。

 それを開いてみると、かなり詳細な地図だった。この近辺の地図らしい。


「おっと、この地図に関しては内密にな。退職金がてら貰って来たものなんでな」


 呆れたことに盗品らしい。まぁ、よくあることではあるのだが。

 しかし、これがバレたら下手をしなくても死罪だ。とんでもない度胸である。

 周辺の地形が分かる地図は軍事的な価値がハンパではなく高いのだから。


「さて、その軍も垂涎の地図だが、重要なのは内容だ。今回の仕事は、ココ」


 トノイドが指差したのは、入り江となっていると思わしき場所だ。

 サーン・ランドの町からは幾分離れ、近辺に漁村の類もない。

 金があれば別荘など建てる者がいてもおかしくはない好適地ではある。


「この入り江では、たびたびサフアギンの侵入がされていることがわかっている……レイン嬢、サフアギンについては詳しいかな?」


「学園の図書室で学べることであれば。あと、北の海に住むサフアギンの話も聞いたことがあるわ」


 エルグランドにもサフアギンはいたらしい。

 金髪の女たらしが苦戦した相手ともレインは聞いている。

 実際は苦戦どころか、身動きの取れない水中で嬲り殺しにされたのだが。


「そうか。では、連中が陸ではほとんど活動できないことも知っているな?」


「ええ。彼らは乾きに弱いけれど、海棲だから真水ではダメ。さらに日のある日中は目が眩んでほとんど見えないそうね」


「その通りだ。さらに陸上で動けないわけではないが、時間に制限がある。どれほどかは分からんが、半日といられんことはたしかだ」


「だから、陸上では協力者を作ることもある……とは聞いたことがあるわ」


「ああ。それに応じるバカは早々いないが、金に目の眩むクズもいる……そうしたクズと半魚人どもが取引するのが、こういった入り江なわけだ」


「ああ、なるほど……」


「そうだ。今回の仕事は巡回をしてサフアギンがいれば刺身にし、サフアギンに与するクズがいれば晒し首にするのが仕事だ。連中の拠点なんかがあれば同時に破壊すればボーナスもあるぞ」


「なかなか気の滅入りそうな仕事ね……」


 あの金髪の女たらしは1ミリの躊躇もなく人を殺すが、レインはそうではない。

 殺さずにいられるならそうしたいというのが本音だ。


 少なくとも海賊を地面に埋めて、隣にノコギリを置いて『ご自由にどうぞ』とかしないし。

 海賊100人をボートに乗せる方法! と称して焼き殺さないし。

 海賊を殺したら金貨プレゼントキャンペーンなる正気の沙汰ではない真似はしない。

 ちなみに全部あの金髪の女たらしがやらかした極悪非道の行いだ。

 まぁ、海賊へのヘイトが爆裂に高いサーン・ランドでは賞賛の嵐だったが……。


「それが正常な感覚だ。なに、人間に関しては出来れば生け捕りだ。晒し首にするのは、町の統治者たちの仕事さ」


「そうできることを祈りたいわね……」


 大きく溜息を吐いて、できることなら気の滅入るようなことはないまま終わりたいとレインは願った。

 なんなら入り江に人間などおらず、いるにしてもサフアギンだけであってほしい。

 サフアギンが相手ならレインもなんらの躊躇なく殺すことができるだろう。


「さあ、そう言うわけだ。今回の仕事は入り江での仕事で、水に入る可能性も低いがないとは言えない。対人戦闘とサフアギン戦闘、両方を考慮して準備が必要だ」


 そう言われ、レインは自身の装備品に道具類を思い浮かべる。

 サーン・ランドに滞在して長いため、水中戦のための魔法の準備は十分だ。

 サーン・ランドは土地柄か水関連の魔法がなかなか豊富に知られている。

 そうした魔法を学ぶ機会には事欠かなかったし、マジックアイテムもまた豊富だった。

 この町の代官の屋敷には、沈没船を水底から浮上させる力のあるマジックアイテムがあるとも聞く。

 他の町ではまったく聞いたことがない魔法で、サーン・ランドだからこそと言える。


 ただ生憎、水中でも過不足なく詠唱する手段は持ち合わせにない。

 そのため、水中に引き込まれた際のことを想定した魔法の準備だけで十分だろう。

 自ら水中に飛び込んでしまえば、レインの戦闘力は大幅に減ずるのだから。


「準備ったって、水中で使うマジックアイテムなんざあたしらで買えるような額の代物じゃないだろうさ」


「レインといったか、おまえさんなら水中呼吸の魔法を使えるんじゃないのか?」


「ええ。必要な場面になったらかけてあげるわ。私がかければ丸1日持つわよ」


「そりゃ頼もしいな」


 水中呼吸のマジックアイテムは魔法店で売られているのを見かける。

 素潜りで獲物を取る漁師らには垂涎の品なのだろう。水中滞在時間が伸ばせる。

 ただ、マジックアイテムではない魔法は効果時間が長い。

 魔力に余裕さえあれば魔法でかけるほうが良いだろう。


「まったく頼もしい魔法使いだな。特別な準備が必要なやつはいないな?」


 声を上げる者はいなかった。

 それを見て取ると、トノイドが頷き、拳を振り上げた。


「よし! ならば、出発だ!」


 レインの卒業試験がはじまった。

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