9話

 湖水地方へのバカンスが本決まりとなり、あなたたちは王都ベランサに帰還した。

 そして、あなたは使用人たちに夏季特別賞与と称して金貨1枚の支給を行い、バカンスの支度をするように命じた。

 家族も連れて来ていいと命じたこともあり、使用人たちは喜んでバカンスの支度をはじめた。


「私たちもバカンスの支度をしなきゃ……だけど、必要なのは私だけかしら」


「まぁ、そうかもですね」


「私たちは大体荷物は全部持ってますからね」


 レインは王都の屋敷が元自宅であるから、荷物が色々とある。

 しかし、フィリアは元々王都を本拠としてこそいたが自宅を持たない根無し草。

 サシャに至っては、スルラの町で買い取ってからずっとあなたと共に旅をして来た身だ。

 レイン以外は自分の荷物は全て持ち歩いているため、支度も何もないのだ。

 全財産を身に着けるのは冒険者としては実にありきたりなあり方ではあるが。

 あなたはレインの支度を手伝ってみれば、何か必要なものが思いつくのではないかと提案してみた。


「たしかに……バカンスなんて行ったことありませんから、レインさんの支度がなにか参考になるかもしれませんね」


「ご主人様あったまいいー……」


 感心されるほどのことだったろうか。

 せっかくなので、あなたもレインの支度を手伝うことにする。


「べつに、そんなに珍しいことはしないわよ?」


 などと言うレインだが、貴族の普通と市民の普通は違うものだ。

 あなたもエルグランドの貴族のことはよく知っているが、この地の貴族はよく知らない。

 エルグランドのバカンスと言えば、少なくとも『ナイン』は持っていくが、この地ではおそらく違うだろう。


「おそらくも何も絶対に持ってかないわよ。そもそも、そんな物騒な爆弾ないわよ」


 だろうなとあなたは頷いた。そのため、あなたはレインの支度を手伝って学びたいわけだ。


「まぁ、そう言うことなら別に拒みはしないけど」


 そう言うわけで、あなたたちは大挙してレインの部屋にお邪魔した。




 レインの部屋は、貴族の少女の部屋っぽさと、魔法使いらしさが混然と入り混じっている。

 この部屋がレインのために用意された時からそのままなのであろう、という部分は少女らしく。

 後々にレインが手を加えたのであろう、と言った部分は如何にも魔法使いらしく。

 そして使用人が心を砕いているであろう場所は、年頃の少女らしさを示そうとしている。


 ベッドなど如何にも貴族の少女が使いそうな天蓋付きのものだが、机は大きく広く、本棚には山と言うほどに本が詰め込まれている。

 机の上には魔法に使うのであろう用途の分からない品々が、一応は整頓して並べてある。

 本棚に詰め込まれた本は、年頃の少女がきゃいきゃい言いながら読みそうな本など1冊も見当たらない。


「なによ、そんなに面白いものはないわよ?」


 たしかにつまらない部屋である。あなたは頷いた。


「悪かったわね。あなたの部屋はさぞかし面白いんでしょうね」


 別段に面白いことはない。この屋敷の部屋はほとんど手を加えていないので、レインも知っているだろう。

 エルグランドの自宅ならば、大陸を回って集めた貴重な品々や、ウカノの祭壇、それから干し首が飾ってあるくらいだ。


「ふぅん……え? ちょっと待って? 干し首?」


 もちろんあなたが自分で飾ったものではない。

 あなたの部屋はもちろんあなたの部屋であるが、最愛のペットの部屋でもあるのだ。

 そのため、あなたの最愛のペットがあなたのために丹精込めて作った干し首も飾ってある。


「そ、そう……なんと言うか、こう、凄そうな部屋だということは分かるわ……」


 ちなみに、実家の部屋に関しては家を出てからほとんど変わっていない。

 そのため、かなり少女らしい部屋だ。まぁ、かなり長いこと帰っていないので、そのままかは不明だが。

 と言っても部屋数に困るほど小さい家でもないので、たぶんそのままであろう。


「ま、まぁいいわ。とりあえず荷造りしないとね」


 などと言いながらレインがクローゼットを開ける。

 ウォークインクローゼットなので、そのままレインが中に入っていく。

 あなたも後をついていくと、綺麗に整頓されたクローゼットが出迎えた。


 ここは貴族の少女らしいと言うべきか、時と場所に合わせた服が整然と並んでいる。

 ドレスなどもあり、レインが貴族の少女であることを如実に物語っている。

 こうしてみると、ちょっと子供っぽいデザインのドレスが多い。社交界に出なくなったのは結構前の話なのだろう。


「持ってかないわよ。もう着ることもないだろうし」


 ぜひ今度着て見せてほしいとあなたは真剣な眼で頼んだ。


「……まぁ、いいけど」


 あなたの目的を察したからか、レインは若干顔を赤らめて承諾した。

 もちろんドレスを着て見せてもらった後は、1つダンスなどした後にベッドに連れ込みたいところだ。

 貴族の少女は滅多に抱けるものではないので中々できないが、美しいドレスをひん剥いて行くのは得も言われぬ快感がある。

 しかもなんと、レインはもう貴族の少女ではない――厳密に言うと貴族籍はあるので貴族ではあるのだが――ので、ドレスを引き裂いてもいいのだ。


「貴族としてバカンスに……避暑地に行くなら、自然と同じような貴族たちとちょっとした社交の機会もあるから、ドレスは持っていくんだけどね」


 レインは既にそうした社交とは縁遠い身だ。

 レインの立場で言うと、本来は貴族家の本流の生まれであるが、当主であった父親が没したことで本流を取って変わられた身。

 貴族であることはたしかだが、社交的な意味での価値は低い。高くする手はあったが、既にその機は逸している。


「男性なら獣狩りなんかをする機会もあるから、馬はもちろん、猟犬なんかも連れてくわね。獣狩りは男性貴族社会における重要な社交の場だもの」


 ところ変われど、貴族と言う立場にある限りにおいては似たような文化が生まれるのだろうか。

 エルグランドでもそうした、獣狩りを社交の場とするような文化は多々あった。

 獣狩りをする場合、大抵は屋外でやるし、鬱蒼とした森でない限りは開けた場所でやる。

 そのため、盗み聞きされる恐れも低く、密談をするには持ってこいなのだ。

 まぁ、屋内でやる獣狩りもあったので、絶対に屋外でと言うわけでもないのだが。


「屋内でやる狩りってなによ?」


 屋内にウサギを放って、これをピストルで仕留めるのだ。割と普通に意味は分からないものの、結構楽しい。

 まぁ、エスカレートして最終的には殺し合いになるので、殺し合いの前座にウサギ狩りをしてるだけではないかとあなたは思っている。


「はぁー……そんなことするの。無茶苦茶ね。屋内でなんて、危なくないの?」


 もちろん危ない。危ないが、エルグランドでは百死零生な遊びですら普通に行われる。

 別の大陸では手の込んだ自殺とか言われるような真似をする連中が、ちょっと危ない程度で怯むわけもない。

 そのため、その程度でビビってしまうと、臆病者扱いされてしまうと説明した。


「エルグランドって、勇敢なことが美徳とされてるのは分かるんだけど、ちょっと常軌を逸してない?」


「勇敢を通り越して蛮勇の領域に達してると思うんですけど」


 サシャがあまりにも鋭い指摘をする。たしかにエルグランドにおける勇敢は蛮勇のレベルだ。

 なにせ死んだって蘇るのだから、賞賛される勇敢さのレベルが違う。

 エルグランドでは拳銃を使った度胸試しがよく知られているが、自分の胴体に気絶せずに何発撃ち込めるかを競う。

 エルグランドでは度胸試しだが、よその大陸ではただの自殺である。よその大陸で蛮勇と言われるレベルのことをして、ようやく勇敢。エルグランドの基準の狂い方はそう言うところにもある。


「逆に、エルグランドで賞賛されるほど勇敢な行為って例えばなにがあるんですか?」


 あなたはちょっと考えた後、神への挑戦行為とか、と適当に答えた。

 『ミラクル・ウィッシュ』のワンドを使えば、神を降臨させることが出来る。

 そして、この神に対して喧嘩を売ること。これなどは勇敢な行為とされる。


「しれっと提示された度胸試しが頂点を極めるレベルなのよね」


「か、神を試すんですか……許されることなんですか、それが……」


「まずそもそも神様に喧嘩を売って、大丈夫なんですか……」


 降臨する神は本体ではなく、分身体、アヴァターラと呼ばれるものである。

 そのため、殺したところで神になにか影響があったりはしない。

 そして、分身を殺す。その程度で目くじらを立てるほど神はヒマではない。


「うーん、なるほど。神の視点ではそう言う感じなのね。神と人が近いエルグランドならではの度胸試しって感じなのかしら……異文化だわ」


「ますますエルグランドに行きたくない理由が増えてしまいました……」


「聖職者にとっては、常軌を逸した大陸よねぇ……」


 まぁ、別大陸の人間なら、どんな階層の人間であっても常軌を逸していると感じるのではないだろうか。

 エルグランドでは子供を殺してその肉を貪り食い、乞食を片っ端から殺して回っていたとしても、普通の人間扱いされる。特段に常軌を逸した行為ではないのだ。

 しかし、別大陸でこれをやると異常者だし、犯罪者だ。あなたの妹の1人はそんな流れでアルトスレア大陸で指名手配されたことがある。


「さておいて荷造りよね。まずは服を適当に……」


 その後、レインの荷造りは恙なく行われ、特にこれと言って真新しいことはなにもなかった。

 着替えを用意し、暇潰しのための本やら何やらを持って……と言った感じである。サシャもフィリアも拍子抜けした様子である。


「いや、バカンスって休暇のために……体と心を休めるために行くのよ? のんびりゆっくりするのに、そんなにたくさんの荷物は要らないでしょ」


「なるほど……のんびりゆっくりするために……のんびり、ゆっくり……? それは、なにをすれば達成したことになるんですか?」


「のんびり……ゆっくり……心と、体を、休める……? あの、なにかノルマとか、そう言うのは?」


「思った以上に労働と研鑽が心根に沁みついてるわね……」


 休むことに対するノルマと言うよく分からないものを求める2人。

 具体的な理由や期限をつけずに休んだことがないのだろう。貧乏暇なしと言うことだし。

 フィリアはそれが出来るような立場ではあったのだろうが、積極的にやることを見つけて働いてしまうタイプだ。無ければ作るまである。


「あなたはさすがに違うでしょ?」


 あなたは頷いた。あなたはちゃんとバカンスの楽しみ方と言うか、そう言う心得がある。

 あなたほどになると、エロ本を読み耽って1日が終わるとか言う不毛過ぎる休暇を過ごすことが可能だ。


「不毛を通り越して無に等しいわね……」


 まぁ、休暇と言うのはフリースタイルだ。人によって安らぐと思うことをすればいい。

 べつに、絶対に休まなければいけないわけではないのだ。やりたければ学問だろうが訓練だろうが好きにすればいい。

 あなたはペットと愛を育んだり、町を『ナイン』で吹き飛ばしたり、害悪生物で町を埋め尽くしてみたり、町中で終末戦争を起こしてみたりなどいろいろと遊ぶ。

 だが、自分のやりたい訓練を、やりたい時にやり、やめたくなったらやめ、たくさんごはんを食べて大酒を飲んで眠るのもまた休暇の過ごし方だ。


「ロクでもないバカンスの過ごし方が垣間見えたけど、そんな感じで、過ごし方は自由なのよ。やりたいことを自由にやっていいの」


「うーん……? でも、それだと普段とあんまり変わらないような……?」


「普段と劇的に違うことしたらバカンスにならないでしょ。旅行とバカンスは少し違うのよ」


「なるほど……?」


「バカンスって言うのは、元々はなにもしないでいる時間を指す言葉なのよ。まぁ、貴族用語ね。ちょっと馴染みないかもしれないけれど、のんびり骨休めするのもやってみると案外楽しいわよ」


 いっそのこと、延々と眠りこけてもいいし、散々ギャンブルに勤しんでみてもいい。

 レインならばきっと酒浸りになることだろうし、やりたいことをやればいいのだ。


「ううーん……じゃあ、ずっと本を読んでいてもいいんでしょうか?」


 もちろん構わない。むしろ何がいけないのかあなたには分からない。

 本を読み耽り続けるだけの休暇を過ごす。実に正当な過ごし方だとあなたには思えた。


「と言うことは……フラジラントをしたりしても、休暇としては正当……?」


 てんさいてきはっそう、と言わんばかりの顔でフィリアが言う。

 あなたにはフラジラントと言うのがなにか分からず首を傾げたが、レインが全力で首を振っていた。


「ないないないない。それはない。絶対にないから。ありえないから」


 レインがあまりにも力強く否定する。それほどまでに休暇の過ごし方としてはあり得ないことらしい。

 あなたは、そのフラジラントとやらは一体何なのかを尋ねた。


「ああ……ええとね、アトーンメントのプロトコルなのよ」


 アトーンメント。つまりは贖罪と言うやつだ。この場合、おそらく神への贖いのことだ。

 転じて、神と人の和解を意味する言葉であり、総じて宗教的な意味合いの強い言葉である。

 プロトコルは外交儀礼のことを言うが、おそらくだが神と人の意思疎通のための手順、というような意味なのだと思われる。

 神と人は存在が遠いゆえに、分かりやすく理解し合えるものではない。そう言う意味で言えば外交儀礼と言うのも間違いではないだろう。


「つまり、罪を償うための儀式、その中で用いられる手順ね。フラジラントは神への不敬、それを贖うための自罰の儀式になるわ。具体的に何をするかって言うと……まぁ、自分を鞭で叩くのよ」


「ええ……」


 サシャがドン引き……と言った顔をする。あなたもドン引きである。

 鞭で虐めてもらうのは屈辱でありつつも楽しいし、鞭で辱めるのは征服欲などが満たされて倒錯的な快感がある。

 だが、自分で自分を鞭打って虐めても、何にも楽しくない。ただひたすらに虚しいだけだ。


「ぶっちゃけた話すると、フラジラントってかなり異端な儀式よ。主流派からすると、キモいからマジでやめろって言われてるはずなんだけど」


 カジュアルな物言いはレインの意訳なのだろうが、主流派がかなり強い不快感を持っているらしいことは分かる。

 わざわざそんなことをやろうとするのはなぜなのだろうか。フィリアは異端派なのだろうか。

 蒼炎の誓いとか言う、やや香ばしい名前の宗派のようなことを言っていたはずだが。


「違いますよ! フラジラントで功徳を得ようとする連中がダメなんです! 贖罪をすることで功徳を積み、より神に近付こうとする……そう言う不敬な神秘主義の連中に不快感を表明しているんです! 私たちは日々生きる中で犯した罪を贖おうとしているだけなんですよ!」


「へ、へぇ、そうなの……」


「お姉様も敬虔な信仰者であるなら、そうした罪を購うことの意義がお分かりになりますよね!」


 エルグランドでは免罪符を買うことで罪が許された。つまりは地獄の沙汰も金次第である。

 もしくは『ミラクル・ウィッシュ』のワンドで贖罪をすることが出来る。

 神に直通で願いを叶えてもらえる品なのだから、この贖罪の確実度はピカ一だろう。

 あなたがそう伝えると、フィリアが妙な表情をしてぐしゃりと崩れ落ちた。


「エルグランドの神の近さと、お姉様の性格上、本当に赦されちゃうんですよね、それ……」


 当たり前である。でなければ免罪符など買う人間がいるわけもない。

 罪を贖えるし、無罪も購えるから、免罪符なんて胡散臭いものに金を出すのだ。

 まぁ、神が無罪を保証してくれるエルグランドならではの文化なのであろうが。


「そっか……そうなんですかぁ……神が認めてる以上は間違いないんでしょうけど、どうしても私の内なる心が受け付けない……!」


「……まぁ、フラジラントも、やりたければやればいいんじゃない? 休暇は自由だから……でも、マジでキモいからよそでやってちょうだいね」


 あなたはフィリアに対し、そんなに鞭で叩かれたいならたくさん叩いてあげようと提案した。

 あなたは基本的にはオーソドックスなプレイを好むが、アブノーマルなプレイにも理解がある。

 鞭打ち刑に使うもの、戦闘用のもの、乗馬用、そう言ったアブノーマル用の鞭もしっかり持っている。


「えっ、それは……」


「……意味合いが激烈に違うけど、まぁ、鞭で叩かれることに違いはないし……」


「そ、そんなぁ……で、でも、お姉様がしたいというなら……」


 したい。ぜひともしたい。フィリアのことをぺちぺちしたい。

 だからフラジラントとか言うキモい行為はやめようと訴えた。


「うう、お姉様まで……わ、わかりました、フラジラントはやめます……だからその、一杯罰を与えてくださいね……?」


 あなたは力強く頷いた。フィリアを一杯罰しようではないか。


「……すんごい無茶苦茶な会話してるわね」


「ですね……」

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