8話

 夏本番の到来から少しして、冒険者学園は夏季休暇を迎えた。

 夏季休暇の間、学園は閉鎖されるというわけではないが、ほとんど無稼働状態となる。

 食堂も最低限の人員で回すとのことで、メニューはかなり限られるものとなるようだ。


 多くの者たちは帰省するか、あるいはバカンスに出向くとのことらしい。

 一部の財布事情が寂しいものたちは残り、サーン・ランドを中心に冒険者稼業に勤しむとのこと。

 冒険者学園は授業料が無料で3年間の生活が保障されるため、そうした貧しい層は少なくない。

 まぁ、最低限の読み書きが出来るなどの技能が入学には必須のため、底辺ラインでもサシャくらいのもののようだ。


 そんな中であなたはと言うと、うだるような暑さに耐えかねてのバカンスを画策していた。

 もっと涼しいところに行って、1か月間レインとフィリアとサシャと遊びまくる。

 あるいは、その涼しいところで夏の暑さで解放的になった女性たちと仲良くなるか……。

 いずれにせよ、外を歩くだけで命の危険があるサーン・ランドで過ごしたいとは思わない。

 エルグランドも外を歩くだけで命の危険があったが、命の危険の方向性が違い過ぎる。


 害を及ぼしてくる敵なら倒せばいいし、『ナイン』の爆発はがんばってがまんする、メテオスウォームは火属性だからノーダメージ。

 しかし、サーン・ランドを灼熱の輝きで照らす太陽を吹き飛ばすわけにはいくまい。

 出来る出来ないで言えば不可能ではないかもしれないが、やったら大変なことだろう。たぶん神がマジギレする。


 そのため、あなたは学園の食堂でおなじみの面子で夏休みの予定を話し合っていた。


「涼しいところにバカンスですか……いいですね……!」


 フィリアが力強く同意した。よっぽど暑いのだろう。大人しくレインに魔法を使ってもらえばいいのに。


「涼しいところですか。うーん……どこに行くんですか?」


 サシャも乗り気のようだ。こちらはレインに毎日魔法を使ってもらって快適に過ごしている。

 最近はサシャも遠慮なくあなたの財布に頼るようになった。

 まぁ、外にちょっと顔を出すだけで命の危機を感じられるのがサーン・ランドの夏だ。頼るのも自然と言えばそう。


「涼しいところねぇ。どこがいいのかしらね。あ、エルグランドとか? 涼しいところなんでしょ?」


 レインも乗り気のようだが、それはまったくおすすめできない。いや、どうしても行きたいというなら招待するが。

 しかし、どれほどにあなたが頑張ったとしても、3人を守り切れるかは怪しい。

 直接殺しに来る相手ならいいが、気軽に町中で『ナイン』を起爆したり、メテオスウォームをぶち込む相手がいるのだ。

 1人なら何とか守ってやれるが、3人もいるとなると確実に1人は守ってやれないし、場合によっては2人とも守れない。


「ええ……」


 もしもどうしても行きたいというなら、せめてフィリアの10倍くらいの生命力が欲しい。

 それくらい生命力があれば、仮に『ナイン』の起爆に巻き込まれても生き延びることができる。

 なお、レインならば今の20倍、サシャは15倍ほどは欲しい。それくらいが『ナイン』に耐えられるラインだろう。

 まぁ、『ナイン』の系譜は扱いに熟達することで威力を引き上げることが出来るため、完璧とは言い切れないが……。


「そんなに危険なところなの……」


 それくらい危険なところだ。まぁ、あなたの自宅にずっといるなら大して危険ではないが。

 しかし、避暑と言う目的は果たせるにしても、気軽に遊んだりなどはできない。

 自宅ではあなたの自慢のペットたちを紹介するくらいしか楽しめる要素がないだろう。


「うーん、なるほどね……」


 やはり、お手軽なところで避暑をするべきだとあなたは提案した。

 別大陸の避暑地もいいが、連れていけるなら使用人たちも連れて行ってやりたい。

 そのため、あまり異文化な別大陸に連れて行くのはよろしくはないだろう。

 フィリアとサシャだけなら、早く慣れてもらうためにも気にせずに連れて行くのだが。

 しかし、あなたにはこの大陸の避暑地はさっぱり分からない。

 そのため、この大陸における避暑地に関してはレインとフィリアが頼りになる。


「そうねぇ。やっぱり避暑と言えば湖水地方になるわよね」


「そうらしいですね」


「でもねぇ……湖水地方って、料理がまずいのよね……」


 などとレインが溜息を吐いた。


「昔、バカンスに行ったことがあるんだけどね、地元の料理は本当に……驚くくらいに不味いわよ」


 よっぽど不味いらしい。


「だから、バカンスに行くなら自分で作るか、シェフも連れて行くべき場所ね。自然と別荘も必要になるわね」


 売られているものなら金で解決できるが、売られていなければ自分で建てることになる。

 それでバカンスに間に合うかと言うと、かなり微妙なところである。


「そうよね。まぁ、高級な料理店に行けばおいしいものも食べられるけど、自然と食事のメニューがある程度固定されちゃうわね」


 湖水地方以外に避暑地に向いた場所などはないのだろうか。


「なくはないけど、国外になるわね。移動してる間に夏季休暇が終わるわよ」


 それはカンベンである。テレポートサービスとやらを使ってもいいが。

 しかし、そうするとレインが自腹を切ることになるので渋るだろう。レインの懐は寒くはないが、暖かくもない。

 べつにそのくらい用立てるのは構わないが、レインはそれを喜ばないだろう。

 無い袖は振れなくとも、嬉々として施しを受け取るほどプライドのない人間ではない。


「うーん……使用人たちのことを考えると、たしかに国内の方が都合がいいのは確かなのよね……」


「そう言うものなんですか?」


 サシャが疑問気な顔をする。使用人にそこまで配慮する必要があるのかと。

 人を使う側に立ったことがないから分からないのだろう。

 これは本当に実際にやってみないと分からないし、やってみても分からない人間も多い。

 金を払っているのだからと最大限使おうとすれば、当たり前だが反感を買う。

 誰だって仕事は楽な方がいいし、給料は高ければ高いほどいいし、上役は甘い方がいい。

 あなたは自分がサシャにさっぱり小遣いをやらず、冒険する以外でも全ての身の回りのことをやらせる上、毛布もくれずに床で寝せるような主人だったらどう思うのかと聞いた。


「それは、嫌ですね……それは分かるんですけど……でも、そこまでしなくちゃいけないんですか?」


 その辺りは人によるが、あなたはこれくらいは使用人への飴の範疇だと思っている。

 その程度で揺るぐほど貧乏ではないし、そもそもの話、使用人を連れて行かないとなったらサシャの母ブレウもお留守番だ。

 加えて言えば、館の管理人として雇っているレインの母ポーリンも当然ながらお留守番と言うことになるだろう。


「あ、そう言う。でも、2人だけ連れて行けばいいのでは?」


 その場合、ブレウはお針子なのでまだいいのだが、ポーリンの方がまずい立場になる。

 館の管理人と言うことは、全ての使用人の統括者と言う立場であるから、部下の統制が必要になる。

 ポーリンだけ特別扱いしてしまうと、当然ながらポーリンは部下たちからの反感を買ってしまい、統制が乱れる。

 不思議なことに、こういった特別扱いと言うのは、した当人ではなくされた当人の方が反感を買うのだ。

 まぁ、特別扱いは特別な存在であるとか、特別なことをしたからされるものであって、この場合は旅行の当事者らの親族と言うことで納得されなくもないが……。

 いずれにせよ、使用人らの心のいずこかに不満は溜まる。それは放置してよい不和ではないだろう。

 使用人の秩序と融和を保つためには、館の主人であるあなたが気を配る必要があるのだ。


「な、なるほど……使用人の使い方って、難しいですね……」


 サシャが難し気な顔をする。あなたも面倒臭いと思ってるので気持ちはよく分かる。

 そして同時に、館の使用人……つまるところ、あなたのお手付きの女性らを旅行に連れて行く方便は完璧であると自画自賛した。

 レインもサシャと同じ気持ちなのか、苦笑気味にお茶など飲んでいる。


「使用人に対する気配りって、結構面倒なのよ。使われる側からすると、偉そうにとしか思えないんでしょうけど。落日祭もちゃんとやらないといけないし、色々と面倒よ」


 落日祭。夏頃にある、1年で最も昼が長い日を祝う祭日。この地で最も重要な祭日とされている。

 どれくらい大事かと言うと、落日祭の前後3日は学園が休暇になるくらいの重大行事である。

 夏頃とは言うが、暦の上では6月ごろなので、既に終わった行事である。

 落日祭においては使用人のためにロウソクを用意するのが主人の嗜みだ。


 もちろんあなたはしっかり用意した。

 大量にロウソクを買い集めたほか、使用人に落日祭の特別賞与として金貨を支給した。


 ちなみに落日祭自体はつまらなかった。

 ロウソクに火を灯して、何も喋らずに歩くだけなのだから。

 というより神聖な儀式なので、喋ってはいけないらしい。


「しかし、シェフを連れて行くから料理はいいとしても、キッチンをどうするかよね。売りに出てる別荘があるかしら」


 しかたがないので、あなたは自分の手持ちのマジックアイテムを使うことを提案した。


「え? なによそれ?」


 あなたは『セイフティテント』について説明した。

 異空間を作り出すマジックアイテムであり、中には家財道具が揃った部屋がある……。

 というより、あなたがそう言う風に調度を整えた『セイフティテント』がある。

 『セイフティテント』内部の異空間は、ちょっとした手間をかければ維持が可能だ。

 本来は一時的な避難場所として使う無味乾燥な空間だが、その手間をかければ洒落た隠れ家を持ち歩けるわけだ。


「……あ、もしかしてアレですか?」


 フィリアが何かを思い出したような顔をしながら言う。

 あなたは頷いた。フィリアだけは内部に入ったことがあるのだ。


「えっ。フィリアさんは入ったことがあるんですか? ご主人様、ずるいです!」


 じゃあ今度はサシャに同じことしてあげようねとあなたは笑って答えた。


「ほんとですか!」


「……サシャちゃん、頑張ってくださいね!」


「えっ?」


 以前フィリアが入ったのは、フィリアがあなたに負けた時のことである。

 つまり、『セイフティテント』に連れ込んだ上、媚薬を飲ませて存分に愉しみまくった時のことだ。

 サシャもやりたいだなんて、なんてえっちな子なのか……もちろんあなたは大歓迎だ。


「え……え……? わ、私が……? アレを……?」


 サシャは無敵の性欲魔神であるあなたが風が吹いただけで敗北するクソザコと化した媚薬の強力さをよく知っている。

 それを自分が飲んだ上、条件が同じなら未だ無敗のあなたに攻められる。

 その暗澹たる未来に、サシャのかわいいお耳がへにょりと萎れ、哀れっぽい目で見上げて来る。


「あ、あの、あのっ……そ、そんなことしたら、わ、私、死んじゃう……」


 あなたは頷いた。サシャはほっとしたような顔をした。

 そして、あなたは蘇生魔法の準備はちゃんとあるから大丈夫と答えた。サシャの顔が絶望で染まった。

 さておき、バカンス先は湖水地方と言うことで決定でいいのだろうか。


「いいんじゃないかしら」


「楽しみですねー、湖水地方。別世界って言われるくらい涼しいらしいですよ」


「あ、あのっ! あのっ!」


「湖水地方でなら頑張る気力も湧きそうだし、ちょっとマジックアイテム作りに精を出そうかしら」


「んん……たしかに……私もちょっと、準備はしておきますか」


「聞いてくれませんか!?」


「はいはい、この金髪の女たらしのことだから本当に死ぬようなことはしないわよ」


「私は死にませんでしたから、大丈夫だと思います。たぶん……」


「たぶん!?」


 口にはしないが、フィリアにしたのと同じくらいの責めをすれば、おそらくサシャは死ぬ。

 以前にサシャがダウンするまで散々に楽しんだことがあったが、あれは媚薬無しでのことだ。

 媚薬ありとなしでは消耗度合いが天と地ほどに差がある。サシャは1晩保つかどうか……と言ったところか。


「ご、ご主人様……その、そんなこと、しない……ですよね?」


 あなたは首を傾げた。ちゃんと蘇生はするのに、なぜしてはいけないのか。


「と、遠い……! 久々にご主人様が、遠い……!」


「よく考えたら蘇生するから殺してもいいって言う考え方はどうなのかしらね……」


「いえ、この場合は少し違います。たとえば、そう……非常に危険な、それこそ命を落とす可能性があるほどの訓練をする時、蘇生魔法の準備をすることは備えとしては正しいのではないでしょうか」


「なるほど、それならたしかに正しいわね。殺すつもりでやるのと、殺しにかかるのでは違うものね」


「なぜ……どうして……!」


 サシャが取り乱している。どうしたというのだろうか。

 あくまでも万一の備えであって、本当に殺すつもりでやるわけではない。

 まぁ、不慮の事故で死ぬことはあるかもしれないが、その場合でもちゃんと蘇生はする。


「ほ、本当に、殺すつもりじゃないんですよね……?」


 あなたは頷いた。可愛いサシャを殺すなどしない。

 ちゃんと死ぬ一歩手前くらいで止めるつもりはある。

 まぁ、勢いあまって責め過ぎてしまうかもしれないが。


「一歩手前じゃなくて三歩手前くらいでご勘弁ください……」


 サシャがそうして欲しいというなら。あなたは渋々ながら頷いた。

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