29話

 明くる日のこと。

 祝勝会で死屍累々のリビングルームであなたは目覚めた。

 身を起こして目元を擦りながらキッチンに入る。

 そこではくつくつと煮える鍋をかき混ぜているケイの姿があった。


「お、早いな。昨日あんだけ飲んでたのに。2日酔いは大丈夫か?」


 心配してくれるケイにあなたは平気だと笑い返した。

 むしろあなたからすると、かなり飲んでいたケイが平気なのが驚きだ。

 バカみたいに頑丈なあなたや、アンデッドなので酒に酔わないコリントはともかく。

 生者で頑丈でもないケイが平然としているのは驚きである。


「ま、ちょっとした秘密があるのさ」


 言って、ケイがいつも腰から下げている面を叩く。

 あまり趣味がいいとは言えない、異形を象った面だ。

 なにかの魔法の道具だとは思っていたが、なんの道具なのだろうか?


「さて、朝飯もう出来てるけど、食べる?」


 もちろんいただく。

 それで、今日の朝ご飯はなんだろう?


「ミルクリゾットだよ。いっぱい食べてくれな」


 言いながら皿にたっぷりと盛ってくれるケイ。

 アルトスレアでは野菜料理扱いだと言うリゾット。

 あなたはちょっと行儀が悪いものの、キッチンの椅子に座って食べてみた。

 リビングの方は死屍累々で落ち着いて食べれないので……。


 ミルクの優しい甘さと、チーズの塩気が効いて、じんわりうまい。

 夏の熱気漂う空気に満ちる前の、朝の爽やかな時間にはよく合う。


「生ハム乗せるか?」


 皿に乗せた生ハムを見せて来るケイにあなたは頷く。

 ここに塩気の効いたハムを乗せれば抜群に美味いに違いない。

 ケイがぽいぽいとリゾットにハムを放り込んでくれる。


 リゾットといっしょに生ハムを口に運んでみると、きつい塩気が脳天を直撃する。

 ハムのねっちりとした食感と、ミルクの柔らかな甘さ、チーズの旨味が実にうまい。

 あなたは米にはこういう食べ方もあったのかと感心した。


 リゾットを平らげ、あなたは大きく息を吐く。

 じつにうまかった。酒を飲んだ翌日にはピッタリの料理と言える。


「お粗末様」


 皿を下げてくれるケイ。

 そして、そのまま洗い場で皿を洗い始める。

 あなたはムラッと来て、後ろからそっと抱き着いた。


「うひゃっ! な、なんだよぉ?」


 洗い物をしている時のうなじがエロ過ぎてダメだった。

 あなたはそのように囁きながら、そっと服の中に手を忍び込ませる。


「あっ、ちょっ……リビングにみんなが……」


 どうせ昼まで起きてこないよ。

 あなたはそう言って、ケイにいっしょにお風呂に入らない? と誘いをかけた。

 ケイも早起きはしていたが、朝風呂に入るまではいかなかったのだろう。

 あるいは、風呂を入れる手立てがなかったので諦めたか。


 昨晩の飲酒の名残を纏っていて、あまり愉快と言える状況ではない。

 それはあなたも同様なので、ここはひとつ朝風呂と洒落込みたい。


「熱い朝風呂……風呂いいなぁ。うん、入りたいな。で、そのまま……するんだろ?」


 まぁ、そう言うわけだ。


「しょうがないなぁ。俺が男に戻りたくなくなっちゃったら責任取ってくれよなー」


 などと笑うケイ。

 もちろん、ケイがそう言うなら喜んで責任を取ろう。

 ただ、ケイの種族、エファールは寿命がないと俗に言われるので。

 さすがに死ぬまで面倒を見るとは断言できないが。

 少なくとも数百年に渡って暮らせる環境は用意してあげられるだろう。


「ガチで責任取ろうとしてくれててちょっと笑うと同時、心惹かれるものがある……いやいや、俺はトレジャーハンターだから……」


 まぁ、そのあたりはともあれ。

 いまは熱いお湯と、それよりも熱い行為に耽りたい。

 もっと優しく柔らかくほぐして、ケイを蕩けさせたいところだ。


「じゃあ、いこうか。優しくしてくれよな」


 あなたは力強く頷いた。

 さぁ、朝から楽しく仲良くやろうではないか!




 ケイと仲良しになった後、あなたは家の掃除に精を出していた。

 人間がいなかったので汚れはでないが、埃は出るものだ。

 空気もよどむし、湿気も籠ってしまうので、換気も必要である。

 さほど長く使う予定のない家ではあるが、使う以上は快適に過ごしたいものだ。

 汚れたシーツをバレる前に片付けるためとか。

 部屋に籠った淫臭を消すためとか、そう言う意図ではない。


 そうしていると仲間たちが起き出して来た。

 2日酔いでくたばっている者には回復魔法を適当に連打した。

 それで雑に復活させたら、あなたは冒険の後始末をしようと提案した。


「はい。もちろん分かっています。レベルアップ処理ですね?」


「私は戦利品分配ダイスと見たわ」


 ジルとコリントはなんの話をしているのだろう……?

 あなたはその2つではなく、本当にそのまま後始末であると説明した。


 冒険中に使ったものの手入れに始まり、戦利品の売り捌き。

 冒険中に着替えた着替え類をキチンと洗い、ほつれや痛みは補修。

 使用した消耗品類を補充し、食料品類は次に冒険に出る直前に買うために買うものを記録しておき。


 そう言った諸々の後始末だ。長期の冒険後はかならずやる。

 まぁ、戦利品が少量だったり、消耗品類を使用していなければしないこともあるが。

 ジルとコリントも冒険者である以上、その手の作業の経験はあるはずなのだが。


「なるほど、そちらですか」


「ああ、そっち……ほぼすべて魔法で片付けるから、もはや縁遠いわね……」


 まぁ、理解してもらえたならそれでいい。

 べつに何かして欲しくて説明したわけではないのだし。

 なんかそこにいたから同時に説明しただけで、EBTGメンバーに言ったつもりだったのだ。


「なるほど」


「じゃあ、私たちはなにかこう……こう……なにかしておくわ」


「では、私もなにかをしておきます」


 なにかってなんだろう……?

 あなたは疑問に思いつつも、好きなようにしてくれと返した。



 まず、戦利品の売り捌きのために、各々の『ポケット』と『四次元ポケット』の中身を整理する。

 比較的捌きやすい、武具類、ポーション、魔法の消耗品類などを主体に纏める。

 それらをレインとサシャに託し、ソーラスの町内部で売り捌いてもらう。


「相場は決まり切ってるし、取り扱いのある店に流すだけですぐ終わるわ」


「私はただの荷物持ちですね。いってきます」


「終わったら、次は調度品とか美術品の捌きにくい類のものを王都で競売にかけにいくわよ」


「その辺りの目利きはさっぱりなので、私は荷物持ちしかできませんよ?」


「安心なさい。私だってそのあたりはさっぱりよ。どこの様式のものなのかもわからないんだから」


「ああ、だから競売なんですね……」


 などと言いながら出ていった2人を見送る。


「では、私たちは消耗品類を買い出して来る。イミテル、荷物持ちは任せるぞ」


「それは構わないが。売り捌きに行くレインに同時に買い出してもらえばいいのではないのか?」


「うむ、そうするのが自然な成り行きのように思えるだろう。だが、それをやると高確率で買い忘れをやらかす」


「そう言うものか?」


「なんでかは私たちにも分からないが、そう言うものだ。人手があるなら別々にやった方がいいんだ、こういうのは」


「そう言うものか。自分で買い物などしたことがないので、そのあたりの機微が分からんのだ。勉強になる」


「買い物をしたことがない……?」


「物をあがなうというのは、家にまで商人が来てくれるものだったのだ。付き合いでいらん物も買わねばならんこともあるしな」


「そう言えばイミテルは貴族なのだったな……」


 口調がやや似ていてちょっとこんがらがるレウナとイミテルの2人は買い出しに。

 レウナはこの大陸のことにまだ疎いし、イミテルは市井そのものに疎い。

 なので、社会勉強を兼ねて買い物をして来てもらうことにした。

 レウナは疎くとも庶民感覚があるし、金銭感覚もあるので、イミテルのストッパーになってくれることだろう。


「私は武具の手入れをしておきますね。細かな補修とかは本人にやってもらいますが」


 傷んだ部品の交換であるとか、曇りとか傷部分の補修であるとか。

 それらをした後の防錆油の塗り込みとか、防水用の蝋の塗り込みとか。

 そう言った手入れをフィリアに担当してもらう。


 名誉と犠牲の神たるザインは戦神でもある。

 そのため、ザインのしもべたちの多くが従軍神官である。

 であるから武具の手入れも達者でなくてはならない。


 いまいち文脈が理解しがたいが、なんかそう言うものらしい。

 そのため、修道女になる以前からフィリアは武具の手入れをやらされていたんだとか。

 そして修道女になってもそれは変わらなかったのだという。

 そんなフィリアなので、武具の手入れはお手の物と言うことらしい。


 散らばっていった仲間たちと、作業部屋に引っ込んでいくフィリア。

 その姿を見送った後、あなたは小山になった衣類を見やる。

 あなたの担当は、冒険中に使用した衣類のクリーニングなのだった。


 冒険中に着替えた服は、早々洗濯できるものではない。

 水が潤沢とも限らないし、水辺が安全とも限らない。

 そのため、着替えを多めに用意し、都度着替えると言うのが普通だ。

 着替えない、と言うストロングスタイルの冒険者も居なくはないが……。

 皮膚トラブルの温床なので、基本的には着替えた方がよい。


 さて、あなたは訓練場となっている場所に簡易のかまどを設置する。

 そこに大きな鍋を設置して半分ほど水を注ぎ、それを沸かす。

 沸いたら水を流し込んで温度を下げて洗濯物を放り込む。


 煮える鍋の中でゆらゆらと揺れる衣服。

 それを長い棒で掻き回して汚れを浮かしていく。

 暑い夏の日差しの中そんな作業をしていると、額に次々と汗が浮いて来る。


「おつかれさま。冷たい飲み物持ってきたよ」


 喉が渇いたな、と思ったところで、ノーラがピッチャーを手にやって来た。

 これはありがたいと、少し休憩することにした。


「ケイくん特製のミックスジュースだよ。すごく贅沢な味がして、すごく美味しいんだよ」


 大絶賛するノーラに期待が高まる。

 コップに注がれたミックスジュースなるものを口に運ぶ。

 とろりとした質感のジュースで、ふくよかな甘さが口いっぱいに広がる。


 なるほど、これはたしかに贅沢だとあなたは頷く。

 複数種類の果物が入っているが、それにしては甘すぎる。

 その割にはミルクの風味と、果物の軽やかな芳香ばかりを感じる。

 精製度の高い砂糖で香りを加えず、甘さだけを足しているのだろう。


 そして、贅沢なだけではなく、うまい。

 あなたはノーラと共にミックスジュースを楽しんだ。


「ねぇねぇ、あのさ、あのさ」


 なんだろう?


「ずーっと考えてたんだけど……君と私、どこかで会ったことあるんだよね?」


 あなたは頷いた。

 ノーラは覚えていないようだが、以前ケイの家で会ったのは初対面ではない。

 ノーラではなく、ノーラの妹のライリーは間違いなく初対面だったが。


「うぅ~ん……たしかに、君の顔になにか見覚えはあるんだけど……君みたいな美人な子、普通は忘れないし……でも、どうしても思い出せない……最近の記憶で、見覚えがあったのが気のせいだったような気もしてくるし……」


 頭を抱えてうんうん唸るノーラ。

 特に理由があって黙っていたわけではないので、ネタばらししようかと尋ねた。

 自分で思い出した方がスッキリする感があっていいだろうと思ったのだ。


「うん。教えて教えて」


 まず間違いなく覚えているとは思うが、黒の呼び声と言う戦いは覚えているだろうか。


「もちろん! 私が『銀月の騎士』って言う二つ名をもらった事件だもん。忘れるはずないよ!」


 ジルも以前に黒の呼び声について、リプレイがどうとか言及していた。

 そのため、アルトスレアにおいての知名度も非常に高い事件なのだろう。

 このあたりの認識の共有は問題ないようだと頷き、あなたは続けて答えた。

 その事件において、エルグランドから来た冒険者が居たはずだ。


「うん、いたいた。赤い服がトレードマークの女の子で、すごく綺麗な金髪で……」


 ノーラがあなたの顔をまじまじと見つめる。


「わかった!」


 ようやく思い出したようだとあなたは頷く。


「あの時の子の……孫! いや、ひ孫! そうでしょ?」


 あなたは思わずずっこけそうになった。

 なんでそこでへんなハズレを引いてしまうのか。


「へ? え、じゃあ……なんだろう……」


 普通に本人である。孫とかひ孫ではない。

 あなたは黒の呼び声において、ノーラと共に冒険を繰り広げたのだ。

 アルトスレアにおいて、悪の化身と恐れられる魔神と言う種類のモンスターがいる。

 黒の呼び声は、その魔神の中でも特別に強力な個体が召喚され、国家存亡の危機だった事件だ。


 その魔神の居場所を探し当て、これを見事討伐するまでの一連の事件が黒の呼び声である。

 なお、この事件に参画した冒険者チームは3チーム存在する。

 魔神を召喚した『暗黒の叡智教団』とか言うカルト組織を討伐したチームと。

 そのカルト組織が魔神の力で従えたモンスターの軍勢を討伐したチーム。

 そして、その召喚された魔神そのものを討伐したチームが存在する。

 あなたとノーラはそのカルト組織を始末したチームに所属していた。


「…………??????」


 ノーラが首を傾げて固まってしまった。どうしたのだろう?


「えと……私、いま203歳……いや、202歳だっけ? とにかく、200歳と少しなんだよね」


 あなたは続きを促す。


「あの事件、私が136歳の時に起きた事件だから……約70年前だよ?」


 たしかにそのくらいだ。


「……人間じゃなかったの?」


 ヒトではある。ヒューマンではない。

 エルグランドでは若返りの薬が手軽に手に入るのだ。


「そーなんだ……なんだもー! 水臭いなー! なんで教えてくれなかったの?」


 聞かれなかったので……ノーラ本人に思い出して欲しかったなというのもある。


「あははは。そう言えばあの時からこんな感じだったね。うん、ずっと口説かれてたの思い出して来た……変わんないねー」


 ノーラもあまり変わっていない。

 まぁ、長命種族はそう変化しない種族でもあるが。

 長い付き合いではなかったが、濃密な付き合いではあった。

 少なくとも、友人と言ってよいほどの付き合いだった。


 そして、長く生きるほどに、友人との再会とはうれしいものだ。

 その再会自体はしばらく前だが、認知を得たのは今だった。


「懐かしいね。あの時の仲間たちの半分以上は年取って死んじゃったけど、ドワーフとかエルフの人はまだ生きてる人もいるんだよ。みんなで集まったりとかしたいね」


 あなたはノーラと旧交を温めるように、思い出話にしばらく花を咲かせた。

 やっと話ができると、あなたも嬉しくて思い出話に熱が入った……。

 くつくつと煮える鍋の湯煙の中に、あの頃の思い出の憧憬が見えた気がした。

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