第17話

 あなたが程々のところで釣りを切り上げ、ブレウの家へと戻る。

 特にノックなどもせずに家に入ると、そこではブレウに髪を梳かされているサシャの姿があった。


「あ、ご主人様」


 あなたはひらひらと手を振りつつ、釣果を机の上に放った。

 ドラードゥ・ルージュは『四次元ポケット』に確保したが、他はすぐに食べて処理する予定だ。

 ちなみに『四次元ポケット』とは『ポケット』よりも高位の魔法である。

 質量的制約を無視できる上に、内部に突っ込んだ物品の腐敗を否定する効果もある。

 腐らずに食べ物を確保し続けられるのは極めて有用であるし、重要なのは腐敗の防止ではなく否定である。

 既に腐敗してしまった食べ物も、『四次元ポケット』に突っ込むとなぜか元に戻るのだ。意味は分からないが便利だった。


「わぁ、色んな魚がありますね。どこで買ってこられたんですか?」


 買ってきたのではなく釣って来たのである。

 そう答えると、サシャがあなたの釣り上げて来たサバやスズキと言った魚を見つめる。


「あの、これは……海の魚では? 薬師様のところで見た図鑑に載っていたような……」


 しかし、今そこで釣って来たのは事実である。

 あなただって原理は分からないが、魚が釣れるならなんでもいいと思っている。


「そう……ですか……すごいですね! ご主人様!」


 サシャは単純な戦闘力以上に理不尽な真似を見せられて理解を拒んだ。

 あなたはそんなことを知る由もなく、褒められてちょっと胸をそびやかした。


「こんなに立派なものをこんなにご用意していただけるなんて……どうお礼をすればいいか……」


 そこらで釣って来たものに対してあなたは礼など求めない。

 まぁ、それが冒険者としての依頼ならば、たとえゴミであろうと容赦なく報酬は毟り取るが。

 今回はサシャとブレウに対する純粋なプレゼントだ。好感を得るにはプレゼントと古来より相場が決まっている。


 決して高価過ぎるものではないだけにブレウも遠慮なく受け取れるので、得られる好感は少ないが、自然に好感が得られる。

 とても賢いやり方だ。間違いない。


 そう言ったわけで、あなたが釣って来た魚をブレウが調理したもので夕食となった。

 あなたが腕を振るえばすばらしい晩餐となったが、あなたはそれをしなかった。

 ここがブレウの家であることもそうだが、あなたにとって女性の作った料理はそれだけで価値がある。


 美味であるとか、食すに耐えぬ味であるとかは、そう言った価値とは隔絶した部分に存在する。

 それが女と言う固有の性別を持ったものが手をかけたのでさえあれば、あなたにとっては価値があるのだ。

 まったくどうでもよいが、その関係であなたの母はあなたを食べ物の好き嫌いをしない子だと思っている。


「こんな粗末なものでお恥ずかしいのですが……」


 などとブレウは謙遜したが、あなたには十分以上の価値があった。

 それに塩味といくつかの香草で煮込んだ魚は、魚の旨味がよく出ていて十分に美味だ。


 その後、特に何と言うこともなく、あなたとサシャはブレウの家を辞した。

 結局、最後の最後まであなたが警戒していたブレウの夫であり、サシャの父の姿はなかった。

 死んだ、と言う様子ではない。ただ、家にいないであろうことはたしかだ。


 あなたはサシャに、父親はどうしたのかと尋ねた。


「お父さんは出稼ぎに出ているんです。私が奴隷になったのも、そう言う理由なんです」


 そう言う理由と言われてもあなたには分からなかった。この地の風習に詳しければ分かったのかもしれない。

 あまり話したくはなさそうだったので、あなたはサシャに詳しく追及することはしなかった。

 重要なのは、おそらくサシャの父親とブレウはサシャを買い戻す気でいることだろう。これに関しては対処を考える必要がある。


 エルグランドであれば、買い戻しに来る都度にサシャの両親を木っ端微塵にして金を巻き上げるだけなのだが。

 しかし、ここでやればサシャの両親は2度と蘇らないし、サシャ自身もあなたを2度と信じはしないだろう。

 ここがエルグランドと同じ法則で動いている場所であれば……とあなたは内心で溜息を吐く。

 エルグランドならばサシャの両親を木っ端微塵にしても、サシャの反応は「え、私の両親が来てて……粉々にした? 会えるのはまた今度ですね……」くらいだったろう。


 あとで奴隷商のところに行く必要があるだろう。

 サシャの代金を積み増ししに行くのだ。さしあたって10倍ほど。


 それだけ積み増しすれば、どれほど過酷な労働に身をやつしてもサシャを買い戻すなど不可能だ。

 金で解決できるのならば楽なので、あなたは金の力を存分に活用するつもりだった。

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