第18話
翌朝、あなたはサシャを宿に待機させて奴隷商のところへと赴いていた。
「これはこれは。以前お買い上げなさった奴隷がなにか粗相でも致しましたでしょうか?」
あなたは奴隷商の問に首を振った。
サシャにはとても満足している。
返品など求めるつもりは一切ない。
「それはようございました。では、本日はどのような?」
あなたはサシャの代金に不手際があったと伝える。
その言葉に、微かに奴隷商は警戒したような雰囲気を見せる。
金貨50枚のうちいくらかを返せ、とでも言われると思ったのだろう。
「不手際があった……とは、どのような?」
あなたは金貨50枚では安すぎた。金貨500枚が至当であろうと伝えた。
そして、ここに不足分の金貨450枚があるので、受け取るようにとも。
「なるほど……いやはや、私の目利きもまだ未熟でございますな。このようなお手間をおかけして申し訳ございません」
奴隷商はとてもよく心得ていたので、あなたの用意した金貨を素直に受け取った。
「お客様のお支払いになられた金貨の枚数は、たしかに書面に認めましょう」
あなたは大変よく心得た奴隷商がとても気に入った。
そこで、あなたは両替した金貨ではなく、エルグランドの金貨を取り出した。ざっと、1万枚ほどだ。
「これは……マフルージャの金貨ではないようですが……お客様、こちらの金貨はいったい?」
これは自分の故郷の金貨で、両替の手間ゆえに持っているものだと伝える。
そして、取引の際にいくらかの面倒もあるだろうが、これを投資すると。
「投資……とは、つまり、私どもの運転資金に用いてもよい、と言うことでございますか?」
その通りである。返金の必要もなければ、義務もない。無論、返金を求めることもない。
あなたはこの店が気に入ったので、この店がよりよくなるように資金を提供する。それだけだ。
ただ、そうした金銭に相応の見返り……よい奴隷を優先的に回すとか、そう言ったものが欲しいだけだ。
これを世間一般で裏金とか賄賂とか言うが、これを禁じる法は存在しないので問題ない。
「なるほど……心得ております。女の、それも若く見目麗しい奴隷が手に入れば必ずやお伝えしましょう」
あなたは満足して笑顔で頷いた。
帰りしな、すれ違った従業員全員に一掴みの金貨を渡した。心付けは大事だ。
「あ、お帰りなさいませ、ご主人様」
宿に戻るとサシャがぺこりと頭を下げてあなたを出迎えた。
その溜らない出迎えにあなたはサシャを抱き締めると、その唇を奪った。
「んむっ!? んぷ、ぅ、ん……」
サシャの唇を堪能した後、あなたはサシャを解放した。
このまま続けると理性が飛んで、訓練が出来なくなってしまう。
「はふ……え、えと……いったいどちらに行ってらしたんですか?」
少し代金の支払いに出向いただけなので気にしなくていいとあなたは何でもないように伝える。
「代金の支払い……ですか。前金は既に払っていて、後金を払いに行った……何か大きなお買い物をされたんですか?」
その通りである。まぁ、買ったのは尋ねている当人であるが。
自分が庶民の経済力ではとても買い戻せないすさまじい高額奴隷になっていることを知らないサシャはお金持ちってすごーい、と言うようなぼんやりとした感心の気配を漂わせていた。
そんなサシャに、あなたはこれから訓練をするので支度をするように告げた。
「は、はい! がんばります!」
いつもの場所へ移動し、いつもの訓練である。
熊といい勝負が出来るにまで至ったサシャの訓練は見ていて安心感がある。
まぁ、油断して臓物とか目玉とかが飛び出してしまうとかはたまにあるが。
残念ながらサシャは攻撃能力に偏っており、防御の技術は未熟だ。
熊相手に防御をしようということ自体が無謀なので、仕方ない部分もあるが。
それらを魔法で癒しながら繰り返し戦わせ、時折取っている休憩の中で、サシャが疑問を発した。
「そう言えば……ご主人様がお強いとは知って居るのですが、具体的に戦った場面はまだ見たことがないような……」
それはそうである。今の今まで冒険らしい冒険などしていない。
相手の頭を爆散させるだけの簡単なお仕事ばかりだ。
これはあなたが常軌を逸して強いため仕方のないことではある。
「やはり、ご主人様がキチンと戦うとなると、なにかこう……すごいんですよね!」
フフン、とあなたは自慢げに、かつ不敵に微笑んで見せた。
そして、あなたはサシャの剣を借りると、懐から取り出した薬瓶を握り砕き、その中身を浴びて一言呟いた。
火炎属性付与(エンチャント・ファイア)と。
その途端、激しく燃え上がるあなた。手にした剣にも炎が這う。
その神々しくも圧巻な光景に、サシャが感嘆の息を漏らす。
その炎が自然に燃え尽きるまで、あなたは炎を纏った剣舞でサシャを楽しませた。
「すごかったです! ご主人様!」
とサシャが褒めてくれたので、あなたは鼻高々である。
油をかぶって火打石で着火しただけなので、ここまで喜んでもらえると嬉しい限りだ。
火炎に対する耐性を得ていると火がすぐに消えてしまうので、それらを切ってやった甲斐はある。
常人なら瞬く間に焼け死ぬが、あなたは頑張って我慢したので問題なかった。
この心底痺れる一発芸は、あなたが父に教えてもらったものだ。
全身に可燃性の油をかぶり、着火。熱は頑張る、我慢するの2つの方法で対処する。
その際にどんなことを行うかは、行うもの次第なところがこの芸の面白さだ。
あなたはエルグランドに存在するエンチャントとは異なるエンチャント魔法を演出する。
大変くだらない上に実用性も皆無で、あなたの友人たちはこれに爆笑してくれた。
やはり別大陸でもこの一発芸は通用するのだと思うと、あなたは心底安堵した。
まぁ、すごいと褒めてくれるというのは予想とちょっと違ったのだが……。
純粋に尊敬の目を向けてくれるのが気持ちよかったのであなたは気にしなかった。
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