第19話

 サシャを訓練させ続け、やがて熊相手に危なげなく勝つようになってきた。

 熊の攻撃を躱す際に、相手の目ではなく肩を見て判断しろと伝えてから格段に良くなった。


 獣人には人を相手にする精神性が根付いているのか、目を見がちである。

 決して悪い判断ではないが、熊相手にそれは些か難しい。

 人間よりも体が大きい都合上、目は小さく、毛に隠れて見えにくい。

 そのため、筋肉の動作の起こりを見た方が正確な判断ができる。


 あなたなら熊の腕の振りを見てから先に殴り倒せるが、サシャには無理である。

 そのため、あなたが冒険者になる以前、母に教えてもらった戦闘技術の内容を思い起こしながらの教練だった。



 そうして、遂にサシャが満足な戦闘力を得たことにあなたは納得すると、本格的な冒険を行うことを決めた。


「本格的な、冒険……!」


 冒険と言う言葉にサシャは強く反応していた。なにか憧れるものでもあるのだろうか。

 あなたも冒険心は分かる。未知を暴き立て、そこに眠る富を得ると言うのは得も言われぬ快感がある。


「いったいどんな冒険をするんですか?」


 わくわくとした表情でサシャが尋ねてくるので、あなたは基本的には迷宮の探索を行うと伝えた。


 エルグランドの大地には今までに12の文明が起こって来た。


 神々の息吹が大地に宿り出した、神秘主義の時代。ルス・マクナ。

 大いなる自然と神々の存在を対立するものと捉えた自然崇拝の時代。ベエラ・ドオ・デラ。

 湧きいずる魔力の力をこそ神の恩寵と捉えた魔法文明の絶頂。ローナ。

 絶大な科学力と膨大な魔力の融合を試みた魔科学文明の時代。ロ・ラ。

 神々の勘気に触れ、傷付いた大陸にひっそりと息をひそめた抑圧の時代。ゼン・デンド。

 エルグランドを物理的に二つに割ったと言われる闘争と悲劇の時代。マクナ・イス・デオリス。

 過去の超文明の遺産を継承し、エルグランドに複数の国家が興った叡智の時代。エ・セラ・テール。

 純粋な科学技術による超文明と、神秘を否定する物質主義の時代。エムド・イル。

 暗黒と混沌、神々と神々の闘争と、人類が神々への叛逆を知った時代。イリオク・ドンゼ。

 神々への挑戦。融和と協調による人類の結束と、神々を新たに生み出さんと試みた時代。オゼラ。

 神と人の戦い。絶大な力が激突し、空に浮かぶ星々をも砕いた時代。イ・ド。


 過去の遺産が眠る大地に人々が慎ましやかに暮らす、幻想と現実の時代。シ・エラ。


 そうした数十万年に及ぶエルグランドの歴史の中において、あなたはシ・エラの時代に生きる人間だ。

 シ・エラの時代において、神々の大いなる息吹は大地を揺り動かし、過去の超文明の遺産が眠る遺構が時折姿を現す。

 冒険者とは、そうした場所を探る者たちである。


 この辺りでどうなっているのかは知らないが、財宝の眠る遺跡くらいはあるだろう。

 そうした場所を探り、誰も手にしたことのない宝を得る。これほど楽しいことは早々無い。


「迷宮の探索ですか。それじゃあ、迷宮のある町に向かわないとですね」


 町中に迷宮がある町なんかあるのか。あなたはそうした疑問をサシャにぶつけると、逆にサシャが首を傾げた。


「迷宮の周りにはもちろん町がありますよ。いえ、迷宮の周りに町が出来る……と言う方が正しいとは思うのですが」


 それはそうであろうが、町ができるほどの長期間迷宮が存在し続けるのだろうか?

 神々の大いなる息吹による地殻変動によって、迷宮は長くとも1年以上存在することは無い。

 そのため、よほど大規模な迷宮であっても周辺に町など存在することはない。精々、キャンプ地点になる程度だ。


「ご主人様の故郷ではそうだったんですね……この辺りでは迷宮はずっと在り続けるものですから。迷宮からは莫大な財宝や、絶大な力を持った武具が得られるんだそうです。最下層ではとても強大なモンスターがいるんだそうです」


 その辺りはあなたの故郷とさほど変わらないようなのであなたは安心した。

 この世界のことはよく分からないが、そうした迷宮に潜るのが楽しみである。


「でも、迷宮に潜るには実績が必要ですよ」


 突如としてサシャから投げかけられた言葉に、あなたは固まる。

 実績とは。冒険者の実績とは迷宮に潜って得るものではないのか。


「そう言った部分もあると思いますが……冒険者ギルドの仕事を達成して、強さをある程度証明しないとダンジョンに潜る許可が出ませんよ」


 なんとも面倒な話である。面倒な規則は力技で曲げるのがあなたたち冒険者だが、冒険者ギルドに逆らうのは賢いことではない。

 そのため、あなたもそうした規則に逆らうつもりはなく、仕方なく実績を積むこととした。

 問題は、その実績とやらをどう証明すればいいのかである。


「……やはり強さを見せつける依頼であればいいのではないでしょうか?」


 となると、何かしらの討伐、あるいは護衛依頼であるが、確実なのは護衛である。

 討伐では遠隔地の討伐を命じられることもあるが、護衛ならば確実に傍に目撃者がいる。

 そのため、あなたはギルドに出向いて仕事を請けることとした。


 だが、その前にと、あなたはサシャを抱き締めた。


「あぅ? ご主人様?」


 サシャの柔らかな耳を、あなたは唇ではむと咥える。

 あなたは冒険中にはしたなくも野外で致すような真似はしない。

 立ち寄った町の宿であるとかなら別だが、野外ではしない。

 自分と相手の艶姿を誰かに見せるつもりなど毛頭ないのもあるが、単純に危険だからでもある。


 そのため、今日はたっぷりと愉しむ。


「た、たくさん、するんですか?」


 今夜は寝かさない。普通に朝までコースかもしれない。

 その場合、睡眠不足で冒険には出れないのでもう1日たっぷりと愉しむ。

 いや、そうしよう。冒険は明後日からだ。


「は、はぅぅ……せ、せめて、やさしく……おねがいします……」


 あなたは我慢できそうになかったので、約束はできないとだけ答えてサシャをベッドに押し倒した。

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