第16話
翌朝、サシャに先導されて、あなたはサシャの実家へとやって来ていた。
あなたが取っている宿とは異なり、町の外周部にほど近い場所にある家だ。
こういった城壁に囲まれた町は中心部ほど高級な住宅となる。
特にメインストリートに面する建物は、建物が粗末でも高級な家賃を取られる。
なんでも、罪人が処刑台に連行される際にメインストリートを通過するかららしい。
罪人なんか見てなにが楽しいのだろうかと思ったが、処刑の光景は庶民にとっての娯楽であるらしい。
エルグランドでは人が死ぬと言うのは日常の風景なので、そう言った文化は存在しない。人死にが出たら、掃除が面倒だと掃除人がキレるだけだ。
そもそも、死刑と言う刑罰は存在するが、わざわざ処刑場に連れて行くなどしない。と言うより処刑場がある町なんてなかった気がする。
あまりにも人が人を軽々しく殺す大地エルグランドでは、現行犯逮捕の際に罪人を木っ端微塵にするのはよくあることだ。
翻って、死刑確実の罪人ならその場でぶっ殺しておしまいである。処刑場が必要ないのも当然であった。
さておき、そうした部分から離れ、外周も外周に位置するこの家は、つまりお安い家と言うことだ。
翻って、そこに住む人間の経済レベルも分かろうというものである。
あなたが思考に耽っていると、サシャがドアノッカーを用いてドアをノックした。
そして、すぐさまドアが開けられると、些か年を重ねた風情の女が顔を出した。
その頭の上には、もちろん獣の耳。髪色は黒。瞳も黒だ。
年齢は30になるかならないかというところだろうか。
農民の女は40で老婆になると言うが、農民ではなく庶民であるからか外見は年相応と見えた。
「サシャ……?」
「お母さん!」
バンッ、と勢いよくドアが閉められた。
「サシャ! 帰って来てはダメよ! 今すぐご主人様のところに戻りなさい! 逃げたのがバレたら殺されてしまうわ!」
「お、お母さん! 違うの!」
サシャがドアをガタガタするが、開く気配はない。
ドアが揺らぐ様子もないので、内部でかんぬきをしているのだろう。
あなたはサシャに少し避けるように言って、ドアについているハンドルを握る。
そして、ぐい、と引っ張ると、木の引き裂ける音がしてドアが開いた。
中ではブチ折れたかんぬきが転がっており、近くにはあなたがかんぬきをへし折った轟音にへたり込んだサシャの母。
地べたに転がっていると体が冷えますよ、と言いながらあなたはサシャの母を助け起こす。
「あ、ありがとうございます。あの……あなたは?」
あなたは自分がサシャを買い上げた主人であると告げ、なのでここには逃げ出したのではなく外出で来ているとも告げた。
「さ、サシャのご主人様!? そ、そんな、私ったら早とちりを……」
ほほほ、なんてサシャの母親が笑う。
なんて魅力的なのだろうか。あなたはサシャの母親の手を取り、自己紹介をする。
「あ、私はブレウと言います。しがない針子をしております」
素敵な手だ。この手は針を握り続けた、働き者の綺麗な手だ。
あなたはサシャの母親の手を褒め称えながら、それを握り締める。
表面は日々の仕事で硬くなっているが、その奥にあるたしかな柔らかさを堪能する。
「そ、そんな、働き者の綺麗な手だなんて……」
あなたはサシャの母親を容赦なくナンパし始めていた。
あなたはブレウを適度にナンパした後、家には入らず近くの川で釣りをしていた。
距離をガンガン詰めるよりも、ブレウが一番気になっているだろうサシャとの時間を作ってやる方が好感を得るにはいい。
そう言った判断の下、暇潰しの釣りだった。
スルラの街中を流れる川は綺麗だ。生活排水による汚染こそあるものの、致命的と言えるほどではない。
エルグランドでは毎日死体の2つや3つは流れていくので、それに比べれば格段に綺麗だ。
まぁ、川に限らず街中に死体が転がっているなどいつものことであるが。
ぐいぐいと竿が引き、あなたはぐっと竿を引き上げる。
釣りあがったのは、キンメダイ。ドラードゥ・ルージュである。
正確に言えばドラードゥ・ルージュではないが、似たようなものとして一緒くたに扱われる。
考えてみれば、こうして釣りで得られるのだからウカノへの捧げものに困らない。
そのことに気付いたあなたは、これから毎日真剣に釣りをすることを決定した。
ドラードゥ・ルージュは海の魚であるが、あなたはこれを深く気にしなかった。
エルグランドでは日常茶飯事だからだ。
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