第15話

 サシャ、やれ。

 がんばります。


 これを延々と繰り返し、負けたり勝ったりするサシャ。

 犬相手への勝率は完全に安定し、イノシシにも安定して勝つ。

 そして、クマにも運がよければ勝てるようになってきた。


「はぁ、はぁ……! わ、私、すごく強くなってる気がします……!」


 辛うじてクマを倒したサシャが、そのように述べた。

 実際、急激に強くなっているのはたしかだ。

 だが、それは元の値が低かったからだ。


 まだ最低限の強さを得たとは言えないだろう。もう少しばかり特訓が必要だ。

 クマ相手に安定して勝てるだけの強さを得たら合格だろう。


「く、クマ相手に……が、がんばりましゅ……」


 道は遠いとサシャは言いたげだが、この調子なら2~3日で辿り着けそうだ。

 やはり、ハーブを食べさせてからの伸びが抜群によい。

 ハーブをペットの口にねじ込む育成はやはり正しかった。


 今日はこのくらいで切り上げて帰ろうと、日が暮れ始めた空を見上げながらあなたはサシャに伝える。


「はい!」


 モンスターに勝てるようになってきて自信がついたのか、サシャの受け答えも力強くなってきた。

 数日前までおどおどした感じだったのが懐かしい。まぁ、今もベッドの上ではおどおどしているが。

 こうした初々しさを味わえるのは最初の1週間くらいだ。じっくりと楽しまなくては損である。


「私、少しだけ獣人族らしさというか……こう、戦うことの楽しさが、分かった気がします!」


 獣人族らしさとやらは戦いの中にあるのだろうか?

 とは言え、あなたにも戦いの楽しさと言うのはわかる。

 半年ほど不眠不休で無限に増殖するスライムを殺し続けた時は楽しかった。


 なぜ楽しいのかは分からなかったが、とにかく無限に楽しかった。

 食事と睡眠を摂った後はなぜ楽しかったのかまるで分からなかったが、やってる時は少なくとも楽しかった。

 精神が壊滅的な速さで摩耗するが、あれが一番戦闘技術を磨くには適した方法なのだ。


 時々削れるだけでなく、心が圧し折れる音も聞こえたりするが、やはりあれが一番効く……。

 それに、心が折れるほどに厚みが出来るのだ。心はもっと折れるべきなのだ。

 厚みは増えるかもしれないが、折れた分だけ狭くなっているのでは、とか言ってはならない。


「ご主人様、明日も訓練ですか?」


 あなたは首を振る。明日は休暇にする予定である。


「え? お休みですか?」


 2日訓練したら、1日休む。そしてまた2日訓練し、2日休む。

 あなたの基本サイクルはこれである。肉体の休養と言うのは重要だ。


 単純な体力の錬成なら毎日休みなく続けた方がいい。体力の錬成は肉体もあるが、体を動かすことに慣らす方が効果が大きい。

 しかしこれは戦闘の訓練だ。得た実感を脳で理解するための時間が必要なのだ。

 短期間で脳にねじ込むなら、不眠不休で3日戦わせ、丸1日眠らせて、また3日……とやるのだが。

 別にそんなに急いでいないので、じっくりとやる予定である。


「そうなんですか……分かりました」


 明日は1日宿でゆっくりしているもよし、小遣いをやるのでそれで町で遊ぶのもよしである。

 休養日にまで縛り付けるつもりはないし、身の回りのことは元々自分でやっているので奴隷が居なくて困ることが無い。


「えっ、いいんですか?」


 もちろんだが、逃げたら地の果てまで追いかける。

 過程はどうあれ、最終的には死ぬことになるので覚悟はしておくように。

 あなたがそのように告げると、サシャが引き攣った顔で頷いた。


「は、はい……わかりました……」


 ただ、サシャの場合は即座に殺すことは無いだろう。

 ベッドの上で責め殺すことになる。もちろん、性的な意味で。

 意図的に殺すのではなく、あなたが欲望を思うさま叩き付けると結果的に死ぬというだけだ。


「えぇ……」


 とは言え、あなたは外に出かけることはおすすめしないとも伝えておく。


「え? なぜですか?」


 単純な話、サシャには大層な金をかけているからだ。

 あなたにとっては小銭以下の額だが、この地では莫大な額となる。


 いいものを食べているので肉付きも良くなってきたし、血色もいい。

 髪には香油を塗り込んで手入れをしているので艶がある。

 服は真っ新で上等なものを纏っていて、汚れも擦り切れもない。

 どこからどう見ても金がかかっているし、高く売れそうである。

 って言うか性的な意味でも、食料的な意味でもうまそうである。


 エルグランドなら確実に1時間以内に殺害されるし、100%食われる。それが物理か性的かは誰も分からない。


「はぅ……あ、諦めます……」


 まぁ、どうしても出かけたいというなら、あなたがついていってもいいのだが。

 しかし、たとえば昼間から酒を飲み明かすとか、娼館で娼婦を買うとかするなら恥ずかしいだろうし。


「いえ、そんな荒くれものみたいなことはしませんが……」


 あなたはエルグランドではよくやっていたのだが、どうやらこちらではあまりやらないらしい。


「地域性の問題じゃないと思う……あ、いや、どうなんだろう……エルグランドってところでは違うのカナ……」


 ブツブツとサシャがなにやら呟いているが、あなたの耳には届かなかった。

 あなたの身体能力は凄まじいが、五感は鋭敏でこそあれ人間の範疇は出ない。


「では、あの、その……が、外出しても、よろしいでしょうか……?」


 許す。ただ、どこに行くかは先に答えるようにあなたは促す。

 たとえばそれが、入った者は生きて帰れないと言う触れ込みの迷宮とかなら準備が必要だ。


「それはちょっと外出感覚で行く場所ではないですね……その……家族がどうなっているか、気になって……」


 家族。なるほど、それは気になることだろう。

 普通、奴隷であるとか養子に取ったような者に、元の家や家族と言うのはあまり見せないものだ。

 里心がつくというか、そちらに帰りたいと思ってしまうものであるから。


 が、あなたは許可を出した。


 気にしなかったわけではなく、これで家に帰りたいと駄々をこねたら、それを名目にお仕置が出来るからだ。

 お仕置だから、ちょっと激しいことしてもいいよね! そう言うことである。

 本気で逃げたら、フラストレーションの全てを叩き付けるだけだ。


「あ、ありがとうございます!」


 そんなあなたの黒い企みをサシャが知る由もなく、家族の顔を見に行く許可を出されたことに喜んでいた。

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