16話

 あなたたちの食卓を差配しているのはケイである。

 毎日全員が満足するだけの量を、満足できる味で提供してくれる。

 食べ慣れた味でこそないが、あなたも満足できる味わいだ。

 まぁ、今のケイは女の子なので、ただその1点だけで満足できるが。

 それを差し引いても、普通に美味しくてボリュームもバッチリなのだ。


 特に、この大陸出身のサシャとフィリアからの評判が良い。

 ライスを美味しく食べることに特化した料理が多いのだ。

 そして、この大陸は稲作が盛んで、米食も盛んである。

 聞いてみれば、ケイも米食文化の出身だというので納得と言うか。

 やはり、主食が同じであるから、琴線に触れるものが作れるのだろうか?


 あなたはエルグランドの出身であり、エルグランドの主食はパンである。

 そのため、米食が盛んなこの大陸の料理はいまいちピンとこないことが多い。

 それと同じように、あなたの提供する料理がピンと来ていないこともあるのだろう。


 デキる女たらしとして、胃袋をガッチリ掴める料理のレシピは捨て置けない。

 ケイが米食に合わせた料理を作れるのならば、そのレシピには値万金の価値がある。


「じゃあ、今日のスタミナばっちり豚しゃぶ丼の作り方を教えるな。メモの準備いいかな?」


 そして、ケイはその値万金のレシピを躊躇なく教えてくれる。

 乾く者にあたいなく施す姿は尊い。あなたはケイを拝んだ。


「なんで拝む? メモの準備してくれ」


 あなたは言われたとおりにメモの準備をする。

 そして、ケイが順序だてて説明してくれるレシピについて書き留めていく。

 時折、謎の工程が挟まれば、あなたは疑問を呈する。


「どうして肉を茹でる際に酒も入れるのかって? これはいくつか理由があるんだが、今回は酒の保水効果にある。肉がパサパサになるのを防ぐためだな」


 そして、その疑問に対してケイは丁寧に答えてくれる。

 レシピは教えてくれても、その意味を秘匿したり、重要な工程を省くことは多い。

 だが、ケイはそんなことをしない。すべて包み隠さず教えてくれる。

 やっぱり女神なのでは? 男に戻すと神格を穢すことになるのでやめておくべきに違いない。


「今回は重要ではないが、他にも効果がある。特に重要なのが肉を柔らかくする効果だ。また、酒の種類によってはうまみ成分を追加し、深みのある味わいにもしてくれる」


 なるほど、興味深い。あなたはその補足も書き留めておく。


「さて、話を戻すぞ。次の工程では、まずニンニクをすりおろして、このニンニクを油通しし……」


 ケイの丁寧なお料理教室は粛々と続く。

 やがて、あなたがメモを書き留め終えたら、実践に移る。

 つまり、実際に作るのだ。


「うん、やっぱり基本ができてるね。要点さえ分かれば十分みたいだ。じゃあ、さっそく食べてみよう」


 そして、実食。その実食をしていると、食欲旺盛な者がやってくる。

 モモロウとメアリを筆頭とした戦士、そして秀でた体格を維持する必要のあるフィリア、嗅覚に秀でるサシャ。


「ご主人様、私にも食べさせてください!」


「えと、余ってたらでいいので、できれば分けていただけると……」


「私は特盛でお願いします」


「じゃあ、俺は超特盛で」


 晩御飯ちゃんと食べたじゃん、とは言わない。

 戦士たるもの、無限に食えるのは嗜みである。

 実際、無限に食えるくらいの勢いでないと、体格を維持できない。

 たくさん食べれるとは、それだけ強いことなのだ。


 元よりその程度のことはお見通しだ。

 余分に用意しておいた肉と、たっぷり炊いた米は十分にある。

 ケイのスタミナばっちり豚しゃぶ丼を大盛で供してやる。


「ここはやっぱりよぉ、卵が欠かせねぇよなぁ!?」


「あ、私もやります。いいですねぇ」


 モモとメアリは豚しゃぶ丼の上に生卵の黄身を乗せている。

 卵を生で食べるのはかなりリスクの高い食事法だが……。

 超人的な頑強さを持つボルボレスアスの狩人なら平気なのだろうか?


「……それって美味しいんですか?」


「ウメェよ。超ウメェ。でも高確率で食中毒になるからおすすめしない」


「……ごくり」


 食べることに対するモチベーションの高いサシャも挑戦しようとしている。

 止めはしない。って言うか、たぶんサシャは忘れていると思うのだが。


「え? なにをですか?」


 以前、サシャにあげた指輪は身体能力を増強する効果がある。

 だが、あなたが使っていた際の主目的は、病気耐性だ。

 つまり、サシャがいまつけている指輪には、病気耐性効果がある。

 その効果を持ってすれば、食中毒になどなるわけもない。


「なるほどー! じゃあ、私も卵乗せます!」


 うきうきとした調子で卵を割って乗せるサシャ。

 そんな3人をとんでもないものを見た……と言う顔で見ているフィリア。

 そんな姿を後目に、あなたとケイは豚しゃぶ丼を平らげる。


「あー、食った食った……この豚しゃぶ丼のいいところは、豚を湯がくので火が通っていないということがないこと。そして、一気にたくさん作れることだ」


 バカでかい器にどっかりと盛り付けた米をガバガバ食べているモモとメアリ。

 どこにあんなに入っているんだろうとあなたも不思議になるほどの勢いだ。

 この食欲の前ではたくさん作れることが優先されるのはたしかだ。


「なにより、おいしい。おいしいってのは重要なことだぜ」


 そう言って笑うケイに、あなたも笑って答えた。

 なるほど、たしかにそれほど重要なこともそうはないと。




 翌朝、あなたは歯を磨きながら朝食前の訓練風景を眺めていた。

 モモロウとメアリが素手でサシャやフィリア、レインをぽんぽんぶん投げている。

 特有の体系だった動きではない、我流の喧嘩殺法だが、かなり強い。

 レウナはかろうじて互角に渡り合っていると言った調子だが、かなり分が悪そうだ。


 そんな姿をあなたを含め、ジルやコリント、ケイにノーラも眺めていた。

 朝はケイを除き、みんな割とゆっくり目に過ごすのが大半なのだ。

 ケイは早めに起きているが、朝食の準備後は比較的ヒマなようだし。


「なぁ、ジル。ここの人たちってどんくらい強いんだ?」


「みんな強いよねー。私びっくりしちゃったよ」


「メチャクチャ強いですよ」


「あ、うん、それはなんとなくわかるんだけど。具体的には?」


「ジルくんお得意の、ファイターなんじゅうとかプリーストうんちゃらとかでさー」


「ああ、はい。説明しましょう」


「たしか、ハンターズの皆はボルボレスアス特有のクラス……モンスターハンターなんだっけ?」


「はい。ファイター互換クラスでありつつガンスリンガーとかシューターを混ぜたような不思議なクラスです。モモロウさんが23レベル、メアリさんが21レベルです。超人ですね。神様と喧嘩できます」


「えっと、たしか、累積式だと10レベルあったら英雄クラスなんだっけ? 20レベルで神話級だっけか」


「はい。一方、アルトスレアの民の大半が加算式のクラス計算になります。ノーラやケイさんもそうです。加算式の場合は総合経験点が10万超くらいから英雄クラスです」


「その辺りの計算がよくわかんないよ……例外の人もいるんでしょ?」


「はい。なぜかレウナさんのように加算式と累積式が混ざったりします。意味が分かりません。いえ、推測は出来てるのですが」


「って言うと?」


「レウナさん自身はアルトスレアの民なのでプリーストとしては加算式ですが。神のしもべとしては、たぶん累積式なんです。ラズル神を定義するルールが累積式、なんだと思います」


「余計に分かんないよ……神様のルールが違うってどういうこと……?」


「はぁ。d6かd20の差ではないでしょうか。私にもよく分からないんです。加算式と累積式のデータに互換性があるわけではないですし」


「そっかー……まぁ、いいや。私はどう? 強くなったかな?」


「ノーラ。フェンサー15、フェアリーテイマー15、ソーサラー15、セージ15、レンジャー9、スカウト7。総合クラスレベル77はさすがに圧巻の強さですね。総合経験点も30万点超え。黒の呼び声の倍近いという、超英雄です。神様と喧嘩出来ます。扱いがかなり難しいというかダルいビルドですが、まぁ、そのあたりは慣れでしょう。戦法は知っての通りの『ファストアクション』からの速攻ですので、とりあえず頭数を減らす役としても、遊撃役としても、どこに行っても引っ張りだこでしょう。結婚相手としては誰にも引き合いがないのに」


「余計なお世話だよ!」


「嫁き遅れエルフはいいよ。いざとなったら俺がもらってあげるから。俺は?」


「ケイさん。マギマイスター9、シューター9、スカウト5、ライダー3。総合クラスレベル26。ベテラン冒険者くらいの強さです。ライダークラスを5まで上げて『人馬一体』を習得すれば戦術の幅が広がりますよ。経験点は約4万6000。まぁ、ベテラン冒険者ってところでしょうか。英雄級ではありませんが、一流どころを名乗る資格はあります」


「バイクの練習をもっと頑張ればいいんだろ? あれ、結構楽しいから好きだしな」


「はい。次、コリントさん。クリュプトン・テウルギア/モンク285、メイジ・オブ・ジオメター285、ウィザード・オブ・ジ・アーケイン・ブラザーフッド285。数値が無法なことこの上ないですが、これたぶん数値が水増しされてます。ヒットポイントなどから見るに、おそらく5で割るのが適正で、なおかつメインクラスのみがHDに適用されます。つまり、総合レベル57です。ですが、マルチクラス制限が非常に厳しく、マンチ的運用も不可能と、実際戦闘力がかなり低いようです。脅威度で言うとたぶん50も無く、40あるかどうか……十分強いですが。なお、メインクラスはどうやらミスティック・シーアージ互換クラスです。なおかつモンクをゲシュタルトしているようです。それで脅威度40は弱過ぎるので、本当に制限が厳しいんでしょう」


「メチャメチャ数字がヤバいことはわかった」


「なんかつよそう」


「本当に理解してます? まぁ、いいです」


「ジルくんは?」


「私ですか? 非常に長くなるので説明しません。めんどくさいです。ザックリ脅威度が50あると覚えておいてください」


「つまり……超強い?」


「すごくつよそう」


「……本当に理解してますか?」


 勝手に立ち聞きしていたが、なかなか面白かった。

 ジルの世界の捉え方と言うか、物の見方と言うか、それが非常に独特なのもよく分かった。

 いったい、何を基準にして考えているのだろうか?

 経験点とか、脅威度とか、独特の用語の詳しい意味も謎だ。

 機会があれば、酒でも飲みながらゆっくり聞いてみたいものだ。




 朝の軽い訓練後に朝食を済ませ、あなたはケイと共に朝食の片づけをしていた。

 皿洗いをし、調理器具の始末をする。朝の後始末が終わると、ケイは昼の支度に取り掛かる。

 なにしろ人数が10人の大台に乗っている上、大食漢が多いのだ。常識外れの大食漢も2人いるし。


「今日のお昼は何にしよっかな~」


 あなたはオムライスが食べたいと提案した。


「オムライスかぁ、いいねぇ。ただ、プロ級オムライスマスターの君ほど旨いもの作れないよ? それでもいいかな?」


 まったく問題ない。ケイのオムライスだからこそ食べたい。

 あなたはケイを壁際に追い詰めて、その顔の傍に手を突いた。

 そして、あなたはケイの耳元でそっと囁く……ケイ自身も食べたいな、と。


「じょ、情熱的だな~……あのさ、知ってると思うって言うか、知らないはずないと思うけど、俺は男だよ?」


 今は女の子ではないか。そこに何の問題が?


「あー……精神的ノーマルラブとか、精神的ボーイズラブとか気にならないタイプの人かぁ……」


 今のケイは可愛らしい女の子だ。それも料理上手で献身的で優しい女の子。

 毎日おいしいごはんを作ってくれて、しかも丁寧に料理も教えてくれる。

 ケイが幼馴染の女の子で、毎日お弁当とか作って来てくれたらよかったのに……!


「欲望だだ洩れぇ……あの、当たり前だけど、俺は女の子同士の行為とか全然分かんないけど……」


 問題ない。手取り足取り、優しくリードしようではないか。

 その上で、知らない世界を教えてあげよう。新世界に連れて行ってあげる。

 あなたはそう耳元で囁きつつ、ケイの手を取る。


「?」


 そして、その手をあなたは自分の胸の上に置いた。

 女の子同士だから、遠慮なく触っていいんだよ? と言いながら。


「お、おお……」


 無言でやわやわとあなたの胸を揉むケイ。

 あなたはかすかに甘い声を漏らしつつ、ケイを抱き締めて耳元で囁く。

 直接触ってもいいよ? と。そして、服の中に手を導く。


「おおお……!」


 ケイの暖かい手の平があなたの胸に触れる。

 その感触にあなたは微笑んで、されるがままに胸を揉まれる。

 やはり、元男と言うのはおっぱいが大好きなのだ。あなたも大好きだが。

 あなたは存分に堪能しているケイに微笑みかけ、提案をする。

 ベッドにいかない? もっとすごいことしようよ、と。


「いく」


 迷いのない即答だった。

 やったぜ。あなたは勝利を確信した。

 元男の女の大半はコレで落とせる。

 ケイにも見事に通じたようだ。


 お昼ご飯まで、ゆっくり楽しもうではないか。

 家の中で座学をしていたり、外で訓練をしていたりする者にバレないように。

 こっそりと2人きりの秘め事を堪能しようではないか!

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