15話
訓練をはじめ、なおかつ家に大量の人を招いたあなたたちの家は大変賑やかなこととなっていた。
また、睡眠時間のズレなどもあって、常にだれかしらが起きている不夜城状態だ。
もちろん常に肉体訓練をしていると体を壊すので、座学も数多く行われている。
レインはコリントやジルによる魔法の運用講座の他、魔法そのものの伝授だったり。
そして、フィリアやサシャはモモロウやメアリの肉弾戦の授業だったりだ。
「ドラゴンと、っつーか、まぁ、俺らはボルボレスアスの飛竜との戦いが基本なわけだが……その基本は、回避命だ」
「回避命」
「まぁ、中型飛竜でも体重10トン超えるのがザラだし、大型飛竜となると20トンから30トンがザラですからね……」
「そんなもんとまともにぶつかり合ったら潰れるからな。俺ら狩人が持ってる片手盾はあくまで攻撃を反らすためのもんだ。受け止めることは考慮の埒外だ」
「それと同じように、狩人の基本は回避です。質量と言うものは絶対です。どれだけ技術を重ねても相手の重さを減らすことはできません」
「だから、避けろ。全部避けろ。なにがなんでも避けろ。そこの激エロ馬鹿力ウーマンは力づくで押し返せるが、例外中の例外だ。真似するな。っつーか、出来ねぇ」
「しませんよ……無理ですし……」
モモとメアリによる、対ドラゴン戦術の講義はなかなか興味深い。
ボルボレスアスは以前に旅したが、あまり飛竜とは戦っていない。
ボルボレスアスで勝手に飛竜と戦うと密漁になるのだ。なので戦っていない。
なお、密猟すると、協会の裏部門から刺客が送られてくる。
普通に全員返り討ちにしたし、女の刺客は性的に食ったが、面倒なのだ。
「マジであの細い腕になんであんな馬鹿力宿ってんだろうな?」
「モモ、モモ。私たちもあんまり人のこと言えません」
「言われてみればそうだったな」
モモとメアリは2人とも普通に超人的なレベルの身体能力がある。
モモは普通に重量10キロ近い剣を片手で振り回しながら、高速で駆け回る身体能力があるし。
メアリは重量50キロ近い大型の銃を弾薬込みで運用し、それでいて十分素早く駆け回れる。
ボルボレスアスの狩人が超人揃いとは言え、2人ともに上澄みの部類だ。
そんな2人は割と細身の外見なのだ。
あくまで冒険者や狩人にしては細身と言うだけで、十分筋肉の厚みはあるのだが。
それにしたって十分細身だし、華奢と言って差し支えない体躯である。
「あのー、質問いいですか」
「質問する時は挙手したまえよ、チミィ。んん~?」
「あ、すみません。質問よろしいでしょうか?」
「お、おう、律義だな、フィリアちゃん……んで、質問ってなんだ?」
「ボルボレスアスには氷雪と火炎のエネルギーを同時に扱う飛竜はいたりしましたか?」
「いたぞ」
「いたんですか……」
「なんなら5種類のエネルギーを操る飛竜もいたが」
「5種類!?」
あなたもとんでもない情報に目を剥く。
5種類のエネルギーを操るなんてありえていいのかと。
「まぁ、さすがに5種類のエネルギーを扱う飛竜は伝説の領域の存在だが、居るのは間違いない。でなくとも、2種類程度なら普通にいる」
「いるんですか……その、2種類のエネルギーを扱う飛竜と戦うコツと言うか、テクニックみたいなものは……」
「全部避けろ」
「そこに回帰しますか」
「そもそも、火炎も氷雪も当たったら死ぬんだよ」
「それはそうではあるんですが」
「ボルボレスアスには魔法なんて便利な代物はねぇんだ。全部避けるしかねぇんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ」
「そう言えばそんなことも……」
とは言え、ボルボレスアスにはそれらのエネルギーを扱う飛竜の素材がある。
それらの素材を上手く扱って防具に仕立てる職人たちもいる。
そのため、特定エネルギーに対し、極めて高い防護能力を発揮する防具がある。
それらを纏えば、1種類や2種類のエネルギーに対しては耐性を得られたりもする。
「そうだな。そう言った防具はたしかに存在する。だが、それ頼りでなんとかなるほど甘い世界じゃないのはあんたも分かってるだろ?」
まぁ、たしかにその通りだ。
飛竜はエネルギーだけで使うということはあまりない。
物理攻撃にエネルギーを乗せたり、あるいはエネルギーと同時に物理攻撃をしたりする。
飛竜は人間のような知性を持っているわけではないが、知能を持たないわけではない。
むしろ、巨大な体躯に相応しい巨大な脳に由来する高い知能を持っている。
人間と知恵の方向性が異なるだけだ。
こと戦闘となれば、恐ろしく鋭い頭脳の冴えをみせる飛竜もいる。
生命溢れるボルボレスアスの頂点捕食者たるに相応しいと言える。
それを相手に、生半なやり方ではカモにされて終わるだろう。
「まぁ、こっちには魔法って便利なもんがあるからな。火炎か氷雪……避けにくい方は魔法で対策して、しない方を集中して避けるって考え方もあると言えばある」
「モモロウさんはどちらが避けやすいと思いますか?」
「氷雪。氷雪エネルギーは火炎と違って、眼では見難い。ただ、氷雪エネルギーを物理攻撃に使うパターンが多いなら火炎かな……」
「なるほど。視認性の問題と」
フィリアとサシャがガリガリとメモを取る。
矢面に立つことが多かろう2人であるからか、余計に熱心だ。
「さぁて、次は回避するにあたっての基礎技能から説明していこう。人間には利き腕と同じように、利き目、利き足がある。咄嗟の時の回避は、その利きの方から無意識に動かしてしまいがちなので……」
肉体能力を伴う実践系の座学に移るようだ。
この辺りは聞いても意味がないというか、あなたは聞かない方がいい。
あなたは元々専業戦士なので、肉体運用技術には一家言あるのだ。
つまり、あなたの場合はあなたなりの理があって体を動かしている。
モモロウらの理を聞いて、迂闊にそれを取り入れると弱体化もあり得るのだ。
そのため、あなたは退席する旨を告げると部屋を辞した。
我が家から出て、庭先に出る。
運動場にしている開けた地面には誰もおらず、果樹を植えた菜園の方に気配がある。
そちらへと出向いてみると、果樹に背を預けてレウナとコリントがリンゴを齧っていた。
「…………」
「…………」
2人ともまったく会話をしていない。
ただただ無言でリンゴを齧っている。
そうしていると、ひどくまずいものでも食べているように見える。
あなたは2人は仲が悪いのかと心配になった。
「ああ、あなたか。どうした」
レウナがあなたに気付いて声をかけて来た。
あなたは少し迷ってから、直球にコリントとは不仲なのかと尋ねた。
「ああ……まぁ……なんと言うか……そのだな……うむ……」
明言はされていないが、その濁した返答の時点で全てが察せるというものである。
あなたは深い事情を聞くつもりはないが……と前置きしつつ、必要な配慮について尋ねた。
コリントの部屋を離した方がよいのか、食事の席順も配慮した方がよいのか……。
そう言った細やかな部分も、この家の
「う、む……これは……どう、説明したら……おい、貴様の正体については知っているのか?」
「ええ。私から話したわけではないけれど、察しているでしょうね」
「そうか……」
レウナが大きく溜息を吐いた後、大きく息を吸い込む。
「我が信仰を捧げるお方が死の神であることは以前に話したと思うが……」
たしかに聞いた覚えがある。ラズル神は死の神であると。
殊に、死の中にあって、破壊による死、を司る神格であると。
システムに近い神であるためか、人格と言うべきものが希薄であるとも。
「それがいかなる形であるにせよ、死と言うものを司る神にとって不倶戴天の敵である存在がある」
あなたは首を傾げた。なんだろうそれって。
死の神の天敵と言うからには……死なない存在だろうか?
「惜しい、ちょっと違う。死を否定する存在だ」
「つまりね、
アンデッド。死なざる者。死を拒む者。
しかして、不死なる者、
たまに
「生死の輪廻、その正しき循環。それを乱す者こそがアンデッド。あってはならぬものだ」
唾棄するように言うレウナ。それに対し、口元を抑えてうふふと笑うコリント。
その口元から覗く牙は鋭く、人の皮膚など容易く突き破ってのけるだろう。
コリントはヴァンパイアであり、ヴァンパイアはアンデッドであった。
つまり、レウナにとって教義的に存在を許容し得ない相手だった。
「口惜しいことだが、私では逆立ちしても、天地がひっくり返ってもコリントに勝つことは不可能だろう……我が神の加護によって、私がアンデッドにとっての悪夢であってもだ」
たしかにレウナの言う通り、埋めることが不可能なほどの戦力差がある。
それこそ、コリントが巨人だとしたらレウナはアリの糞以下だし。
レウナが全力で挑んだとしても、コリントは目隠しして座っていても勝てるだろう。
「勝てぬからと言って、アンデッドを許容することはありえん。だからとて、挑むのは命を粗末にすること……ゆえ、私とコリントは不可侵であった」
「集団の中にあって不和はない方がよいけれど。それは全員が仲良しこよしで手を取り合うということではない……そう言うことね」
不和をなくすとは、おたがいを許容するということだ。あなたはそう考えている。
それは他者の存在を尊重するということで、気に入らないが排除しない、そう言うことだ。
少なくとも、気に入らない相手に無理に
「だが、ことここに至って、私は我が神の教えに疑問を抱かねばならなくなってしまった」
途方に暮れたような顔でレウナが言う。
教えに疑問を抱くことについて、あなたは首を傾げた。
教えの解釈は生涯を賭してでも行うものだ。
少なくとも、あなたが奉ずる教えはそうだ。
「いま、私はアンデッドの存在を許容すべきとしか解釈できない。私は、どうすれば……」
「つまりね……今まで誤解があってすれ違っていた綺麗なお姉さんと仲直りするにはどうしたらいいかって悩んでるのよ」
あなたはその仲直りが出来たらエッチなことするパターンだね、と断言した。
あるいは仲直りのためにエッチなことするパターンだね、とも。
「たしかにエッチするパターンだわ……レウナちゃん、あなた私とえっちなことしたかったの……?」
「違うわバカどもが! 貴様ら揃いも揃って色呆けたことを抜かしおって!」
「ごめんなさいね、私はほら、アンデッドだから……性欲とかなくって……本当にごめんなさいね」
「本気で申し訳なさそうな顔をしないでもらえるか? なんで懸想したわけでもないのにフラれねばならんのだ?」
なんだかよく分からないが、仲直りできそうならした方がよいのではないだろうか。
コリントは普通のアンデッドとはだいぶ違う。
なんというか、エルグランドのそれに近い。
エルグランドにもアンデッドはいる、いるが……。
なんせ人が死んでも蘇る大陸だ。死を恐れてなったわけではない。
自然発生したモンスターか、あるいは死以外の理由でアンデッドになった者。
エルグランドのアンデッド化の理由ナンバーワン。それは、老いだ。
と言うか、ほとんどがそうだ。アンデッド化とはアンチエイジングである。
「はぁ……コリントよ。うまく言えないが……友人に、とは言わないが、少なくとも……気の抜けない隣人、その程度の距離感から始めたいと思うが……いいか?」
「ええ。私からは何の文句も無いわ。リフラちゃんとも、キャロちゃんとも仲良くしていたもの。あなたも仲良くしたかったのよ」
「はぁー……分かっていたのだ……おまえがいい人であることくらいは……」
「あら、そうだったの?」
「だからこそ、仲良くなりたくなかった……友をこの手で殺さねばならぬ時など、来てほしくはない……」
レウナが目元を覆って大きく溜息を吐く。
信仰に生きる者にとって、難しい問題と言えるだろう。
信仰こそがすべてと叫ぶ狂信者ならば違うのだろうが。
彼女が強い理性と、慈悲の心、人道を知る者であるがゆえに。
無慈悲とも言える教えへの奉仕はつらいこともあるのだろう。
教義的に存在を許容し得ぬアンデッドが、善き隣人足りうる善性の持ち主であったように。
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