第93話
当たり前の話であるが。
サシャは娼婦ではない。
当たり前の話であるが。
技巧など持っていないし、娼婦に必須の知識など持ち合わせていない。
客を死ぬほどえり好みするが超一流の娼婦であるあなたからすれば、噴飯ものですらある。
あなたは娼婦として閨の作法はもちろん、客に供する茶の淹れ方からマッサージまで全てを習得している。
チェスの腕前もグランドマスターをボコボコにするほど強いし、話術もそれだけで一晩相手を楽しませるほどに熟達している。
であるから、ストリップやポールダンスも習得済みだ。まぁ、男相手に見せる気のないあなたはホールで披露したことはないのだが。
だが、それはそれ、これはこれである。
なんの技術も知識もない少女が、一生懸命相手を誘惑するためにストリップをする。
それもさほどの経験がなく、豊満でもなければ、妖艶でもない、普通の少女が。
これほどまでに胸の滾る情景があるだろうか。いや、ない。あるわけがない。
たしかに、一流の技術と、磨き上げた美によるストリップは芸術の如く美しいだろう。
だが、他の誰も知ることのない、あなたのためだけに開演されたストリップショーは、あなたの心を限りなく満たした。
まぁ、楽曲もなく、ただ服を脱ぐだけのそれは正式のストリップではなかったが、そんなことはどうでもいいのだ。
特等席でサシャの持て成しを受けたあなたは満たされる心地のまま椅子に背を預けた。
満足げに見つめるあなたの姿にサシャは恥ずかしそうにしつつも微笑んだ。
「え、えへへ……その……ま、満足していただけましたか……?」
とても。あなたは頷き、そこで大事なことを忘れていたことを思い出した。
あなたは懐から取り出したものを、サシャへと向かって放った。
「わっ、とと……お金?」
ストリップにはおひねりが必要である。まぁ、場所によって作法は異なるが。
少なくとも、エルグランドでは演者におひねりを投げるのが当然である。
なんでおひねりと言うのかは知らないが、色んなものを投げつけるものだ。
本当に色んなものを投げつけるので、グランドピアノがカッ飛んで来たり、重厚な兜がカッ飛んで来たりと、割と命が危ないこともある。
まぁ、へたくそな演者には殺意を持って石を投げつけるので、それに比べれば幾分マシだ。少なくとも、当てようとはしてこない。
今回放ったのは、金貨を幾分か放り込んだ袋である。
金貨もあんまり大量に入れると普通に殺傷力を発揮し出すので加減した。
「え、えっと、もらってもいいんですか?」
おひねりなのだから当然である。
「でも、おこづかいも貰ってますし……」
それとこれとは話がべつである。
まぁ、お金のおひねりが嫌なら、装飾品などのおひねりを投げることになる。
その場合、そんなちゃちな小遣いとは比較にならないほど高価なおひねりになるが。
「え。そんなに?」
あなたの身に着ける品はどれもが強力な武具だ。
下着やインナーは頑丈でこそあれただの衣服だが、指輪や首飾りも全て強力なエンチャントがされている。
このどれか1つを手に入れるだけで、凄まじい強さを得られるだろう。
あなたは右手の中指に嵌められた指輪を外し、サシャに試しにつけてみるように言った。
「は、はい。わっ!?」
身に着けた瞬間、サシャは自分の感覚が激変したことに気付いたようで、耳をピクピクさせながら周囲を見渡している。
「これ、すごい……ええ……?」
サシャにつけさせた指輪は普段使い用なので、時の歯車を加速させる類のエンチャントはついていない。
戦闘用の本気装備にはもっと多数の、そしてより強力なエンチャントがついている。
それでも生半な装備品とは比較にならないほど強力な逸品だ。今のサシャの膂力はざっと普段の5倍くらいだろうか。
そのほかにも、感覚の鋭さや器用さなども変わっているはずであり、それが如実に感覚の違いを生み出しているのだろう。
「ご主人様の装備ってこんなに……もしかして、ご主人様が強いのは、こういう装備をたくさん持っているからなのでしょうか?」
たしかにそう言う一面もあるが、普段使い用の指輪の身体能力ブーストは微弱である。
あなたにしてみればあるかないかも分からない程度の増強効果だ。
サシャがまだまだ未熟なので劇的な効果に感じているだけである。
「なるほど…………いえ、待ってください、ご主人様。あの、獣人は身体能力に優れています」
それは今まで見て来た中でよく知っている。
俊敏性も優れているし、身のこなしもよい。天性の運動神経の持ち主だ。
単純な身体能力もそこらの成人男性並みのものがある。
栄養不足の小柄な少女でそれであるから、屈強な獣人の成人男性は人間など比較にならないほどの身体能力があるのだろう。
肢体は柔らかで敏感、指をぎゅうぎゅうと締め付けてくる感触も素晴らしい。
「そ、そう言う身体能力はともかくですね……以前の私でも大人の人間くらいの強さはありました。あの美味しくない草のおかげで、今ではもっと強くなりました」
それは認める。以前の倍くらいの身体能力にはなっているだろう。
「その私の強さを、軽く3倍くらいは増強してくれている感じなのですが……」
もうちょっと強いだろう。おそらく4倍か5倍くらいはある。
「やっぱりそうですよね。でも、ご主人様からすると誤差なのですか……?」
逆に聞きたいのだが、石ころを相手の頭が爆散するほどの威力で投げられるあなたの身体能力が、常人の10倍やそこらで済むとでも思っているのだろうか。
「たしかにそれもそうですね……やっぱり、ご主人様ってすごいです」
サシャがキラキラした眼であなたを見上げて来たので、あなたは思わず胸をそびやかした。
サシャは知的な面の強い少女だが、そうした原始的な強さへの羨望を強く持っている。
いや、羨望と言うか、信仰に近いものだ。強いものに対する敬意を自然に持っている。
獣人の特性なのだろうか? 考えてみればブレウにもそう言う面があった。
「でも、こういう装備もあるんですね……私もいろいろ集めた方がいいのかな……」
装備を集め、自分を強化していくのもまた冒険のだいご味だ。
迷宮の奥深くから得た強力な装備が、自分の戦法に合致するものだと知った時の歓びは一入である。
まぁ、何の価値もないゴミみたいな装備が得られることもあるが……。
「なるほどー」
はわー……と感心するサシャ。
ところで、その指輪が気に入ったならそれをおひねりとしてあげるが、とあなたはサシャに問いかけた。
「えっ。え、ええ……ど、どうしましょう……」
サシャは食い入るように指輪を見つめている。
指輪の持つ力に魅入られているのだろう。そう言うものだ。
こんにちは、君いい装備持ってるね。死ね! とかやらかす冒険者もいる。
強大な力とは人を魅了するし、また人を悪に落とすものだ。
いい剣を持ってると言う理由で相手を殺して奪い取ったあなたも同じ穴の狢である。
「そ、その……これをもらっても、いいですか?」
もちろんである。普段使いの指輪なので別段惜しくもない。
病気を防ぐと言う珍しい効果があり、デザインが気に入っていたのでつけていたのだ。
病気はもう罹ることは無いので、惜しい理由はデザインくらいにしかない。
つまり、さほど重要ではない。可愛いサシャのためなら惜しくないと言うことだ。
「私のためなら……えへへ……その、ご主人様」
サシャがあなたの手を引き、ちらりと視線を向けた先にはベッドがあった。
そして、サシャがあなたの手を自分の胸元へと誘うと、早く強い鼓動が伝わってくる。
「今日は、どれくらい可愛がってもらえるのか、私、ずっと……その、たくさん、可愛がってください……」
あなたの理性は蒸発した。
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