第94話
冒険である。あなたの心は冒険を前にすれば沸き立つ。
どちらかしか選べない、となれば、葛藤した末に冒険を取る。
あなたはその程度には冒険を愛していた。
そうでなければ冒険者など続けてはいない。
単純な話、女と戯れ続けたいというならば、あなたには手段などいくらでもある。
エルグランドではあなたは高級娼婦として名が売れているし、客を女だけに限っても売れっ子だ。
積み上げた莫大な富は末代まで遊び暮らせるだけのものがある。
日々娼館に通い、あるいは娼館に娼婦として詰め、自宅のペットたちと酒池肉林。
そんな生活を、やろうと思えばできる。あなたはその程度には実績を積み上げて来た。
それでもなお冒険者としての飽くなき探求心があなたを突き動かす。
あなたは骨の髄まで冒険者であり、その魂が擦り切れる時まで冒険の中に身を置くだろう。
今日もあなたは冒険へと向かう。
見知らぬモンスター、未踏の大地、未だ知るものなき財宝。
古代の叡智か、異界より渡り来る異質な兵器か、天上とも地の獄のものとも知れぬ秘宝か。
世界にはあなたの知らぬものがあり、あなたの意思の及ばぬ領域がある。
あなたは知りたい。世界の謎を。
エルグランドの大地はなぜ未だ混沌の領域なのか。
神々の永遠の盟約とは。覚醒病の真実とは。大地を創りし神剣の由縁とは。
だから旅をする。そこに未知があり、冒険があるから。
この見知らぬ大地での冒険にもまた、たくさんの未知と謎がある。
心が躍る。これだから冒険者はやめられない。
ソーラス大森林。
ソーラスの迷宮の表層とも言われる森林だ。
真実を言えば、この森林自体は迷宮でもなんでもない。
森の奥深くにあるソーラスの迷宮に辿り着くまでの天然の要害にすぎない。
かつて、この大森林を切り開き、ソーラスの迷宮へのアクセスを容易にしようとした試みはいくつかあったというが。
6度に渡った大森林開拓事業の失敗を最後に、ソーラス大森林をソーラス大平原にしようという者はいなくなった。
「森自体に惑わせるような独特の魔力なんかはないみたいだけど、単純に危険なようね」
あなたは頷く。この森に住む固有種である、毒撒き蝶なる悪辣な生物がいるのだという。
極めて強力な毒を持つこの生物は、この迷宮に挑む冒険者のおおよそ8割がたを殺していると言う。
最初に毒を喰らった時は、ひどい痒み程度で済むからと油断する者が多いのだとか。
2度目、3度目と毒を喰らうほどに症状は重篤となり、体中が腫れ上がって死に至る。
アレルギーと言われるものに似た症状だ。極めて重篤なアレルギー症状は、呼吸器までもが腫れ上がって窒息死する。
これはあなたをして恐ろしいと感じさせられるものだ。窒息の対策もどうすればいいのやら。
単純に毒と言うことなら。つまり、体を蝕み、激痛を引き起こしたり、感覚を狂わせたりする毒ならば、どうにでもなる。
あなたの極めて強靭な肉体の解毒能力や、耐毒能力は異次元の領域にあり、生命力を少々削る程度で済む。
だが、自分自身の肉体の強靭さを逆手に取って来る毒は、どうしても対策ができない。
自身の肉体の強靭さの理由のひとつ、つまり毒を解毒したりする能力が、自分自身を攻撃してくるのだ。
強くなればなるほどに、アレルギーの症状も強くなる。どれほど強くなっても相手も同じだけ強くなってくるのだ。
アレルギーと言うものは、高位冒険者を殺し得る極めて危険な症状の1つなのである。
ただ、毒と言うことなら対毒装備で対処可能なので、その点は安心だ。
対毒装備さえあれば恐れることはない、とも聞いているのでほっとしたものである。
「『アンチドート』の魔法もありますから心配いりませんよ」
フィリアが安心させるように笑いかける。
エルグランドの魔法には解毒の魔法が存在しない。厳密に言うとあるが、解毒専用のものはない。
毒だけをどうこうと言うなら、肉体を鍛え上げてすぐに治す、と言う極めてストロングな解決方法しかない。
魔法はできるだけ使わない、と言うことにしているあなたではそれしか対策がない。
しかし、この地の魔法には、解毒のほかに病気を治す魔法まであるという。
病気予防の魔法や、毒耐性向上の魔法まであるという。痒いところに手が届くとはまさにこのこと。
攻撃魔法に傾倒し過ぎるエルグランドの魔法よろしくあなたも思考が攻撃によりがちだ。
治癒魔法ならエルグランドの魔法の方が強力だと、フィリアに魔法を習う発想自体がなかった。
今度、フィリアにその手の便利な魔法を教わらなくてはいけないだろう。
さておき、あなたは冒険に出発する前に、全員に向かって尋ねた。
もしかしたら死ぬかもしれないので、娼婦、あるいは男娼と最後に1発やっておきたいということはないか? と。
1時間くらいで済むだろうから、それくらいを待つ時間はあると。
「ないわよ!」
レインに烈火の如く怒られたが、あなたは真面目に聞いている。
最後の最後の瞬間に思い起こすのは、大抵の場合はそう言うことなのだ。
何回も死んだあなたが言うから間違いない。
もちろん死なせるつもりはないし、死んだとしても蘇生するつもりだ。
だが、それでも、心残りと言うのは可能な限りは無くしておいた方がいい。
「私はその……お姉様がいますから……」
「私もです」
フィリアとサシャは実に嬉しいことを言ってくれる。
べつに男娼と1発ヤッても何も言わないし、むしろ推奨するまであるのだが。
漏れ聞こえるペットの可愛い喘ぎ声には脳を破壊されるような強烈な威力があるのだ。
そうした行為を体感した後、そんじょそこらの男娼如きとは比較にならないテクニックを持つあなたが本気でいく。
比較対象を知らねば比較することはできない。だからこそ男娼と1発ヤッてもらいたい。
男娼とヤッて、その後にあなたとヤれば、あなたの方がすごいとだれもが知る。
しかし、あなた一筋でいる、と言うのも心理的には凄く満たされる。
そのため、あなたは何も言わずに2人の選択を歓迎した。
「わ、私は、身持ちが堅いのよ! 変なこと言ってないで、行くわよ!」
とのことなので、あなたたちはソーラス大森林へと歩を進めた。
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