第92話

 『ミラクルウィッシュ』のワンドの無駄遣いをしたりしつつ、朝の穏やかな時間は過ぎた。

 昼からはさっそく明日からの冒険に向けての準備を進める。


「さも「何事もありませんでした」みたいな顔をしてるんじゃないわよ……」


 などとレインが苦言を呈したが、あなたは首を傾げた。

 何事もない穏やかな朝の一幕だったではないかと。

 極普通の、ちょっとしたバカ話をしたりする感じの他愛のない時間だったはずだ。


「ちょっとなにいってるかわからない」


 真顔でレインにそう言われてしまった。

 なにがおかしいというのだろうか。

 なにもおかしいところなどなかったはずだ。


 まぁ、ちょっとフィリアとえっちなことはしたが。

 それだってせいぜいがBまでであって、Cまではいっていない。

 あんなものただのじゃれ合いである。


「……そうなの?」


 レインが愕然とした顔でフィリアに問いかける。

 そう言えば、レインとはまだBまでしかしていない。

 つまり、レインからしてみればフィリアはほとんど最後までやられていたように見えるわけで。


「まぁ、そうですね」


 フィリアはなんということもなく頷く。

 フィリアとはこの中では一番過激なこともしている。

 なにとは言わないが、棒状の道具を使ったりとかだ。

 もっと過激な行為も存在するが、あなたはアブノーマルな行為はいくつかの例外を除いてさほど好んでいなかった。


「あれより、すごいこと……!?」


 レインは慄いた。いずれレインには目くるめく官能の世界を知ってもらうとして。

 今のところは冒険の下準備である。




 探索者登録は特筆すべきことがなにもなかった。

 探索者ギルドなる場所に出向き、冒険者ギルドにもらった推薦状を出し、名前を述べておしまいだ。

 以前に行った冒険者登録と同じく、ほとんど無意味と言って差し支えないような代物だ。

 ただ、同時に推薦状を出したことと、フィリアがリーダーであると宣言したことくらいが違いだろうか。

 これに何の意味があったのか、そこのところがあなたにはよく分からなかった。


「出向いて、探索者ギルドの規定に従うと宣言したことが重要なのよ。そして、それなりのネームバリューと言うやつがね」


 たしかにそう言った行為に意味がないとは言わない。

 だが、それがどれほどに重要なのかはあなたには分からない。

 エルグランドでは、こうしたギルドの所属には厳密な規定と審査がある。


 そのギルドの求める構成員に相応しい能力と実績、そしてギルドへの奉仕。

 それら全てを兼ね備えてようやくギルドに所属でき、さらにギルドに利益を与えることでギルドの上級構成員として認められる。

 この地では所属したいと言えばそれだけで済んでしまい、代わりに恩恵は限りなく少ない。


「そう言う会員制ギルドもあるわよ。俗にフリーギルドって言うものなのよ、私たちが利用してるのは」


 フリーギルドとは?


「最低限の統制を行うためのギルド、ね。冒険者ギルドなんてその最たるもので、冒険者ギルドには罰則はないわ。領主の敷く法が規則だとでも思えばいいわね」


 エルグランドの冒険者ギルドもそのようなものだった。

 ただ、冒険者は冒険者ギルドに属するとか属さないとか、そう言うものではなかった。

 冒険者は冒険者ギルドを利用できるが、冒険者ギルドに属しているわけではない。


 冒険者ギルドの運営層が冒険者ギルドの構成員だったのだ。

 つまり、冒険者ギルドの所属者とは冒険者を食い物にする連中である。

 冒険者に対するリベートがなければ、冒険者そのものに潰されているであろう組織なのだ。


 そうしてみると、フリーギルドとやらはそのようなギルドなのだろう。

 実態としては冒険者ギルド運営層こそが会員制ギルドの構成員に類する立ち位置なのだ。

 所属員とされる冒険者やら探索者は、その連中に食い物にされているが、リベートがあるので黙る。そう言う関係なのだろう。


「そうそう、そう言う感じね。冒険者ギルドの与えてくれる見返りは、仲間と仕事の斡旋。代わりに依頼報酬が中抜きされる。そう言う仕組みよ」


 たしかに本当に最低限である。加えて仕事の難易度もピンキリ。

 そうだとすると、そもそもギルドと言う名を持つこと自体が何かの間違いのような気がする。


「それは確かに言えてるかもしれないわ。組合とか言うべきかしらね」


 まぁ、エルグランドとさほど変わらない、と言う意味では分かりやすくて結構である。


「推薦状とフィリアをリーダーにしたのは、規約を破れば貴族の顔を潰すし、『銀牙』の名を落とすことに繋がるって言う脅しね。迷宮探索の利潤は大きいから」


 冒険者ギルドよりは幾分か縛りが強いということだろうか。

 会員制ギルドよりは緩いが、冒険者ギルドほど緩くはない。


「そうね。冒険者として名が売れていれば実力の保証ができるから、迷宮探索を許可する。迷宮は危険だから、最低限のセーフティネットでもあるわね」


 冒険者の命を守るための行いと言うわけだ。

 本当にこちらは冒険者を大事にしているのだなとあなたは異文化に感慨深いものを感じた。







 その後、あなたは迷宮の情報を手段を問わずに掻き集めた。

 探索者ギルドで売られていた情報は全て買い集め、名の売れている冒険者とコンタクトを取って硬軟織り交ぜた交渉で情報を得た。


「硬軟……?」


 親でも見分けがつかないほどに顔の腫れ上がった男を投げ捨てながら、あなたは譲れる限りのところは譲っているとレインに答えた。


「最終的にあなたが殴って解決してる気がするんだけど」


「あら、だったらレインさん、こいつらに体を売ります? それなら穏やかに情報が手に入りますよ。あ、妊娠したら祝福は任せてくださいね!」


「そう言うことじゃなくて……いえ、まぁ、そうね……私が甘いのよね、この場合」


 フィリアは欠片も動じず、あなたのやることを容認していた。


「最低です! 許せません!」


 サシャは率先して相手を殴っていた。一応手加減するようには言っている。相手は死んでいないので問題ないだろう。

 後遺症が残らないかどうかは知ったことではない。駆け出し冒険者の少女に負ける方が悪い。

 当たり所が悪いと、今生きていても明日あたり死んでいるかもしれないが、まぁ、どうでもいい。


 ほとんどの男性冒険者は情報の提供を求めるあなたに対して、あなた、あるいはあなたの同行者の体を要求してきた。

 もちろん頷くわけがない。あなたはそれ以外の条件に交換を求めたものの、多くの場合は断って来た。

 まぁ、断られるだけならいいのだ。それはしょうがない。あなただって人に言いたくない情報などはある。

 だが、実力行使に訴えて、あなたと懇ろになろうとする連中もいたので、その手の輩は全員殴り倒して情報をタダで吐かせた。


「まぁ、粗方は回ったって感じかしらね」


 レインが手にしている手帳に何かしらのサインを書き込む。

 あちこちで情報収集をして、それなりに名の売れた冒険者の名や所在を書き留めてあるのだ。

 粗方の冒険者とは交渉を終えたので、手に入れられる情報はこの辺りが限界だろう。

 それに、今のところはそこまで深い情報を得ようというわけでもない。

 1か月程度を探索期間と見積もっているので、そこまで深い階層には辿り着けないだろう。


「もう日も暮れるし、今日はこの辺りにしておく?」


 夜は寝る時間である。今日はなんか色んな意味で疲れたので早く寝たい。

 あなたはレインの提案に賛同し、さっさと宿に戻ろうと促した。


「あなたはべつの宿を取るんじゃないの?」


 もちろんそのつもりである。

 あなたはサシャを抱き寄せ、朝の続きがみたいなと促した。


「はい……」


 顔を赤くしつつも、サシャははにかんであなたの求めに応じた。

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