9話
朝食後、あなたはカイラと町に乗り出した。
まずはデートだ。楽しく、カイラをお姫様にしてあげなくては。
とは言え、あなたはソーラスの町には詳しくない。
そのため、エスコートこそするものの、案内はカイラに任せた。
「いいところがあるんですよ~」
とのことなので、あなたはカイラに言われるがままに移動した。
「実は、あれからいくつか、宿なんかに出資しまして~。私がオーナーのホテルがいくつかあるんですよ~」
なんだか思った以上に凄いことをしている。
「それでいくつかコンセプトを決めたクリエイティビテイ重視のホテルがありまして~。そこが楽しめると思うんです~」
よく分からないが、カイラが行きたいならそこでいいだろう。
そう言うわけで、あなたはそこへと向かった。
町中を歩いている時から目立っていた立派な建物。
カイラは迷うことなくそこへと向かっている。
白大理石で出来たじつに立派な建物で、独特な様式だ。
壁面に多数の窓があるところから、多数の客室がある宿らしいことは分かるのだが。
「人工大理石で作ったんですよ~。合成技術を開発するのに手間取りましたけどね~」
ホテルの名前は『妖精のいるホテル』と言うらしい。
ド直球と言うか、安直と言うか。何も考えてなさそうというか。
どうもカイラのネーミングセンスは直球過ぎてややダサい。
馬車を直付けできるような規模の大きい駐車場が併設されている。
あなたたちは徒歩で来たのでそのまま入店する。
すると、なぜかカウンターには仮面を被った店員が立っていた。
「これは、オーナー。なにかございましたでしょうか」
「今日は普通に客として利用しに来ました~。ロイヤルスイートをよろしく~」
「かしこまりました」
すぐさま客室の鍵が出された。
ホテル内部に設置されている設備で遊ぶということではなかったのだろうか。
首を傾げつつも、あなたはカイラに先導されて客室へ向かった。
大きいベッド。ガラス張りの浴室。
なんかやたら充実した性具、避妊具。
ムーディーな証明になるよう工夫されたランタン。
高級感ある調度と内装だが、これは……。
「どうですか、私のあなた~」
これはつまり、今すぐヤろうと、そう言うことと受け取っていいのだろうか?
高級感あるホテルであっても、その内容はどうみても連れ込み宿だった。
「うふふ~。娼婦を買って、連れ込むのにちょうどいい宿でありつつ高級感のある宿……そんなところを目指したんですが、うまく行きましたね~」
見栄を張りたい層に需要がありそう。
以前あなたが娼婦を奢ってやった学園の童貞冒険者見習いどもとかに。
あるいは、安宿で女を抱くなど我慢できない貴族とか。
「作ってる最中は、私はなんでラブホテルなんか作ってんだと正気に戻りかけたこともありましたが、結構楽しかったです~」
作って楽しめ、利用して楽しめる。
最高と言うほかにない。
あなたはカイラを抱き締めると、耳元で囁いた。
溺れるほどに愛して欲しいのか。
壊れるほどに激しく抱かれたいのか。
どちらがいいかを尋ねた。
「壊れるくらい激しく……たくさん、抱いてください……」
あなたはか細い声で応えたカイラに応じ、ベッドへと押し倒した。
ひたすらに相手を求めあう行為は、愛し合うという美名を冠しながらもその実態は捕食行為に近い。
貪欲に快楽を貪り、相手の媚態を食む。
エロティックでありながら、どこかグロテスク。
そんな激しい行為には、どこか退廃的な美しさがある。
一般的ではない感性かもしれないが、あなたはそう思った。
壊れるほどに愛し合って、やがてカイラが満足した。
ドロドロのグチャグチャになったベッドから離れ、大理石製の立派な湯舟に2人で浸かる。
淫液に汚れた体を清めながらも、その体に刻まれた痴態の痕跡は消えない。
カイラの胸元に浮かんだキスマーク、あなたの首元に刻まれた歯型。
どんなにいい石鹸で洗っても消えない跡。時だけがそれを消してくれる。
それが消えるまでは、自分のものに出来たような。そんな征服欲を感じさせてくれる。
「私のあなた」
2人切りの時にしか使わない、カイラ特有の呼び方。
甘い呼び声だが、それはどこか毒を孕んだような甘さだった。
腐った果物から漂う甘い香りのような。毒花から作られた蜜のような。
そんな毒の混じった甘さで、けれどそれはたしかに甘いのだ。
「ソーラスの迷宮は、私でも深部まで辿り着けていない大迷宮です」
大迷宮。聞き慣れない響きに、そう言うくくりがあるのかとあなたは訪ねた。
「正確な区分があるわけではありませんが、5層を超える迷宮をそう呼ぶことが多いですね。7層以上と言うこともありますが……」
ということは、最低でもあと3層はあるわけだ。
3層の『大瀑布』までは到達できる人間も多いという。
「私たちは4層『氷河山』5層『大砂丘』6層『熱気林』を攻略し、7層の『岩漿平原』まで到達しています。私の力だけではなく、リーゼたちの力もあってのことです」
5層までの名は聞いたことがある。
だが、6層以降は初耳だった。
そこまで到達した人間の話を聞けていないのだ。
存在するとは思っていたが、ここにいたようだ。
「ねぇ、私のあなた。酷いことを言うようですけど、あなたのチームはあまりよくないと思います」
手痛い指摘だった。そう、実際にあまりよくはない。
あなたのチームは、直接戦闘に特化しているきらいがある。
周辺探索や索敵、華々しくない部分を打破する能力に欠けるのだ。
そもそもの人数も少なめだというのがある。
「チームを抜けて、『エトラガーモ・タルリス・レム』に来ませんか?」
引き抜き。対外的にはリーダーではないあなたを引き抜いても、一応問題はない。
実質のリーダーであるあなたが抜ければ『EBTG』は瓦解するだろうが。
それでも、道理的には引き抜いてもそう問題はないはずだった。
だが、もちろんあなたは断った。
サシャもフィリアもおいていけないし。
レインのことも見守ってあげたい気持ちでいっぱいなのだ。
「そうですか……まぁ、そうですよね。冒険がしたくて冒険してる人なんか、そんなものですよね」
苦笑して、カイラはあなたの肩へと頭を預けて来た。
しっとりと濡れた黒髪があなたの肩にかかる。
「……いずれ、全滅するような目に遭ったら、その時はお力になりますよ。もちろん、対価はいただきますけれど」
どろりとした特上の甘さ。
そして、特大の毒を孕んだ提案。
あなたの冒険者としての勘が警告を発した。
普段と変わらない態度なのに、カイラの発言になにかの悪意を感じる。
その悪意の由縁。それはソーラスの迷宮にあるのだろう。
おそらく、いずれかの階層に、何か初見殺しの要素がある。
それこそ、あなたでも全滅しかねないような何かが。
それを聞かされて、あなたはますます燃え上がった。面白いではないか。
その時は力を借りるかもしれないが、可能な限り自分で解決しよう。
これはある種、ソーラスの攻略でありながらカイラとの勝負だった。
「……もう。本当に冒険バカなんですから」
毒気のない苦笑。
あなたの返答に力が抜けてしまったらしい。
力が抜けついでにと、あなたはカイラに質問していいかを尋ねた。
「はい~。私に応えられることなら~」
カイル氏がカイラの孫息子と聞いたが、本当だろうかと。
「違います~。孫じゃないです~。私もカイルも、今年で20歳です~」
普通に違ったらしい。なーんだ。
すると、噂の出所はなんなのだろう?
デマにしても、カイル氏の祖母はさすがに荒唐無稽過ぎる。
それを想起させるなにかしらの情報はあったのだろう。
「……セリナさんとケントさんがそう言うウワサをばら撒いたんです~」
セリナもそう言ううわさ話をするらしい。意外といえば意外だ。
ケントと言うのはだれだろう?
「この町の腕利き冒険者で、3層の『大瀑布』から大量の魚を取っては卸してる人ですね~」
もしや、活け造りの食べられるあの店のオーナーだろうか?
「そうですよ~。彼の店に醤油を卸している関係で、ちょっと交友がありまして~……カイルの師匠と言う点から、そう考えたみたいですね~」
つまりただの邪推がまことしやかに語られているというわけか。
カイラが40過ぎの熟女だったらよかったのに。
ロリお母さん的な旨味が染み出して来るので。
「ですので、実際は20歳ですからね~。20歳なんですよ~。間違っても40とか50じゃないですからね~。カイラ39歳でもないです~」
念押ししなくても分かっている。
そうまで必死に否定されると、20と言うのが嘘くさく感じる。
「嘘じゃないです~。本当に嘘じゃないですからね~。私のあなたは私が20歳だって信じてくれますよね~? この張りのあるお肌を見てくださいな~」
本当はカイル氏の祖母で、年齢がバレたくなくて同い年を名乗っているのでは?
そんな疑念があなたの中で首を出して来たが、気にしないことにした。
たとえカイラが何歳でも、あなたの愛は変わらない。めいっぱいカイラを愛そう。
「私のあなた……」
だから、本当は何歳なのかこっそり教えて?
誰にも言わないから。実年齢と外見年齢差を噛み締めて味わうだけだから。
「20歳ですよ! 20歳ったら20歳ですよ! 生後240か月ですよ! 天地がひっくり返っても20歳です~!」
カイラがキレた。そんなに必死に否定しなくても。
あなたはカイラのうるさい口をキスで黙らせ、べつの話題を振ることにした……。
カイラと愛し合って、翌日。
カイラに注文していた剣も受け取り、準備は完璧。
あなたたち『EBTG』はついに冒険の再開へとこぎつけた。
「さぁ、いきましょう!」
勢いよく宣言するサシャ。
意気込みはバッチリだ。
あなたたちはソーラスの迷宮へと進発した。
第一層とも言われる森林には見上げるほどの巨木が無数に立ち並ぶ。
火に強い分厚い樹皮を持つ巨木はソーラス大森林の開拓を困難にする第一の要因でもあった。
「この森の熊は、強敵を襲わない賢い熊なんでしたっけ?」
「そうですね。でも、なにしろ3年も前ですからね……匂いも薄れているでしょうし、襲ってきてもおかしくないですよ」
「油断せずにいきましょう……特に私は熊に襲われたら危ないもの」
レインがややげんなりとした態度で言う。
『EBTG』はメンバー4名中3名が魔法剣士と言うチームだ。
生粋の魔法使いはレインのみであり、ソーラスベアに襲われたら一番危険だった。
あとは毒撒き蝶などの危険生物もいるが、警戒対象とまではいかない。
あれは別段に積極的に人を襲うような類のものではない。
見上げるほどの巨木に囲われた森の中をあなたたちは進む。
自分たちが小人になってしまったような気分になる。
空が塞がれているような圧迫感もあり、駆け出し冒険者にはつらい環境だろう。
この森林は厳密には迷宮に含まれないので、誰でも入れてしまう。
調子に乗った初心者なんぞ熊のごはんになっておしまいだ。
「ご主人様」
そうした冒険者が居たら助けてあげた方がいいのだろうな。
そんなことを考えながら歩いていると、サシャが声をかけて来た。
何事かと視線を向けたところ、あなたたちの向かう先の木の影になにかがいることに気付いた。
おそらくはソーラスベアだろう。以前もこんな感じで奇襲をして来た覚えがある。
しかし、これに気付くとはサシャの気配察知能力も成長したものだ。
「試し切りがしたかったんですよ」
言いながら、サシャが剣帯でぶら下げていた剣を抜く。
光を吸い込むような漆黒の刀身を持った剣だ。
斬撃中心の剣技を使うサシャに合わせ、ファルシオンに近い形態となっている。
現在のサシャの体格に合わせると同時、より剣としてのバランスを求めた形状に最適化されている。
以前の剣は頑丈さを優先し、やや刃を厚めに作ってもらった。
結果、切れ味は落ちた代わりにすばらしい強度を得たのだが。
今回は念のために優先していた頑丈さを落として、切れ味の方を求めた。
以前よりも全体的に刀身が薄くなり、その代わりに切れ味が上がっている。
雑な扱いは出来なくなったが、サシャの剣腕なら既に問題ないだろう。
サシャが駆け出す。そして、木陰から飛び出して来る熊。
「のろま!」
殴りつけて来たソーラスベアをサシャが罵りながら腕を切り飛ばす。
そして、返す刀にその首を刎ね飛ばした。
実にいい切れ味だ。あなたも腰に吊った剣を試すのが楽しみだ。
「いい振り心地……切れ味もすごい……」
陶然としたような声でサシャが呟く。
サシャはレズのサディストなので、攻撃能力が高い剣ほど好みらしい。
「あっさりね。熊ってこんな雑に狩れる獣だったかしら」
「一応、普通の獣の中では象に並んでトップクラスに危険な生物ではあるんですけどね」
しかし、高度な知能を持ち、魔法を使うような獣に比べれば弱い。
たしかにソーラスベアも相当に危険な生物なのだろうが。
少なくとも、熟練した冒険者に掛かればさして危険なものではなかった。
「ところでご主人様、処理はどうしますか?」
ソーラスベアは一応、胆嚢に価値がある。
今回はちゃんと収支をプラスにするように冒険し、そのプラス分で追加物資を購入する形となる。
そのため、毛皮や肉はともかく、胆嚢だけは採取したいところだ。
「じゃあ、胆嚢だけ取りましょう」
言いながらサシャが熊を叩き切った。
下半身と上半身を泣き別れにさせたかと思うと、今度は両足を切り飛ばす。
なかなかスプラッタな光景を作りだしつつ、熊の尻部分だけを切り離し終える。
熊の胆嚢は、尻にほど近い部分にある。
そのため、そのあたりだけを取り外そうという魂胆だろう。
そして、サシャがさらに尻部分を7:3くらいで切り分けたかと思うと、胆嚢を引きずり出した。
「取れました」
あなたは胆嚢を受け取って『ポケット』へと放り込む。
同時に水袋を取り出して、サシャの手に水をかけてやった。
「わ、ありがとうございます」
血まみれの手を洗い流し、サシャもまた『ポケット』からハンカチを取り出して手を拭く。
手を洗い清め終えたら水袋を仕舞い、残った熊の死体を魔法で焼き払って処分した。
骨も焼き尽くす業火で焼き尽くされ、残ったのは僅かな灰のみ。
あなたたちの冒険に立ちふさがる第1の強敵は、こうしてあっさりと葬り去られた。
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