10話
ソーラスベアを雑に葬り去り、しばらく。
熊のぶつ切りを作ったのが効いたのか、熊はさっぱり襲ってこない。
時折近くに寄って来た毒撒き蝶を雑に焼き払ったりしつつ進んだ。
やがて、第2層の入り口である洞窟の前へと辿り着いた。
前回は大分消耗してここに到達したので、小休止を取った。
だが、今回はまさに無人の野を往くがごとく進んで来た。小休止は不要だろう。
話し合うでもなく、あなたたちはそのまま洞窟へと進んだ。
第2層『岩窟』。湿気を含んだ空気に満たされた、名の通りの場所だ。
無明の闇ばかりがある空間のいずこに敵がいるのか、余人には分からない。
あなたは夜目が抜群に効くので問題なく見えているが、他の3人はそうはいかない。
そのため、レインがシャッター付きランタンを取り出し、そのシャッターを開く。
すると、灯芯にかけられた『持続光』のまばゆい光が溢れ出した。
「『光棒』は戦闘となったら使うことにするわ。最悪、毎度使い捨てる羽目になるけど……いいかしら?」
いいのではないだろうか。
1戦闘ごとに銀貨2枚の出費はやや痛いが。
安全な戦闘のためならやむを得ない出費だろう。
加えて、乱戦にならない限りは必要ない。
遠距離攻撃だけで片をつけられれば出費はないということだ。
乱戦になっても破損しなければ回収して再利用可能だし。
「そうね。フィリアに見立ててもらったクロスボウの出番ね」
レインが腰からぶら下げていた小型のクロスボウを手に取る。
フィリアの持つ戦闘用のヘビー・クロスボウと異なり、狩猟用のライト・クロスボウだ。
ライトとは言うものの、決してバカにしていい代物ではない。
シカくらいなら楽勝だし、当たりどころによってはクマも狩れる。
鎧ごと人をブチ抜こうという魂胆のヘビー・クロスボウの方が威力過剰と言うべき代物なのだ。
フィリアはその戦闘用ヘビー・クロスボウを手に取り、サシャは石を。
そして、あなたは『ポケット』からロングボウを取り出した。
以前に王都で買っておいたもので、ごく一般的なロングボウだ。
張力はおよそ70キロほどのもので、手に入るものの中ではこれが一番強かった。
あなたはそれをグイっと曲げて弦を張り、ちょいっと引いてみた。
よくしなって指を押し返して来る。悪くない感触だった。
「結構な強弓でもあなたにかかるとまるで小枝ね。私なんか全然引けなかったのに」
「私も引けますよ……当たりませんけど」
「私は矢を飛ばせないですね……私にはクロスボウがあるからいいんです」
このパーティーでまともにロングボウが使えるのはあなただけだ。
練習すればサシャもフィリアも問題なく使えるようにはなるだろうが。
実戦で問題なく扱いこなせるに至るには、それなりの時間が必要だろう。
サシャは弓を使えるようになりたい意欲もあるのでいずれ使えるようになりそうだ。
レインの場合はまず筋力強化から始める必要があるだろうか?
「ボルトを使い切る前に、3層までは降りたいわね」
「いくら持ってきました?」
「50よ」
「私は700持ってきました。必要なら分けますよ」
「ありがたいんだけど、戦争でもするつもりなの?」
700はいくらなんでも持って来過ぎではないだろうか。
値段的にはそう大した額ではないが……と言っても金貨14枚分くらいになるが。
「ちなみにあなたは矢を何本持ってるの?」
80本しかない。矢の入手には手間がかかるのでしょうがない。
弓と矢はセットであり、これは張力ごとに変わってくる。
あなたからすると、70キロの弓矢は弱過ぎる。
そのため在庫の矢など持っていなかったのだ。
「へぇ、大変なのね……」
それこそ、弓の弦に対して真っ直ぐ矢を番えることができれば違うのだろうが。
そうするには弓の本体に切り欠きを作る必要がある。
1本の木材から作る弓でそんなことをしたら折れてしまう。
なにかすごい新技術の誕生を待ちたいところだった。
「私はご主人様から借りてる石を……あと、ジャベリンを20本くらい持ってきました」
言いながら、サシャが『ポケット』からジャベリンを取り出す。
重厚な投げ槍であり、1本あたり銀貨1枚もする高額な消耗品だった。
その分だけ威力は折り紙付きで、サシャの膂力で投げればヘビー・クロスボウなど目ではない威力を叩き出す。
「遠距離戦の準備は万端というわけね。じゃあ、行きましょうか」
あなたは頷いて、サシャを先頭にして歩き始めた。
今回のあなたのポジションは前回のフィリアの立ち位置だ。
つまり、サシャとフィリアが前衛。
そして臨機応変に立ち位置をスイッチできる中衛があなた。
残るレインは魔法使いとして後衛に固定だ。
先頭に立つサシャがランタンを掲げ、洞窟内を照らしている。
獣人として感覚の鋭いサシャには遠方がよく見えて居るのだろう。
特に気負った様子もなく、すたすたと歩いている。
「前回はトロールが出たのよね……会いたくないわ」
「今の私なら1人で倒せますよ」
「まぁ、そうでしょうけども。危険度で言ったらソーラスベアの方が危険なんだし……」
洞窟内なので暗いことや、ゴブリンやオークもいること。
そうした点を加味すると厄介さはトロルの方が上なのだろうが。
単体の脅威度で言えば、たしかにソーラスベアの方が危険だろう。
その辺りを踏まえて考えると、この洞窟はそう危険ではないのだろう。
少なくとも、第1層とも言われる大森林を抜けられる実力があれば、戦闘では苦戦しない。
まぁ、洞窟内を探索して、次の階層への階段を見つける能力は問われるが……。
時折、ゴブリンやオーク、そしてトロルと言った脅威に遭遇した。
しかし、全員の遠距離攻撃で瞬く間に圧殺してしまった。
あなたは身体能力は自重しているものの、技量はそう自重していない。
そのため、眼球や口の中に矢を叩き込んで1射1殺をしている。
フィリアのヘビー・クロスボウはどこに当たってもそこが抉れ飛ぶ。
レインのライト・クロスボウはさすがにそこまでではないが、当たれば大怪我だ。
そしてサシャの石は直撃すれば肉が潰れて骨が砕け、ジャベリンは肉を抉り飛ばして致命傷を与える。
遠距離攻撃の充実は大いなる余裕を与えてくれる。
玄室での遭遇戦ではそうもいかなかった。
しかし、それでもさほどの苦戦はなかった。
サシャとフィリアが前衛を張り、必要に応じてあなたが弓と剣で戦闘。
そしてレインが戦況を把握しつつ、クロスボウで援護。必要となれば魔法も使う。
まったく抜け目ない、安定感のある戦い方が出来た。
あなたたちの3年間の学園生活と訓練は無駄ではなかった。
あなたたちは自らの成長を確信し、自信を深めた。
そうして探索を続け、あなたたちは遂に下層への階段を見つけた。
「これが次の階層への……」
「前回は見つけられなかった階段! 私たちの成長の証ですね!」
「ケガもほぼ無いし、物資の消耗も微細……いけますね、お姉様」
フィリアの言う通り、あなたたちはほぼ万端のままだった。
およそ10回ほどの戦闘をし、物資の消耗は極めて軽微だった。
あなたが矢を15本ほど射耗し、フィリアとレインも同様にボルトを数本使った。
サシャはジャベリンを2本投げた以外は、体力くらいしか消耗していないだろう。
「もちろん、進むわよね?」
レインの確信を持った問いに、あなたは頷く。
が、その前に。軽く休憩してから降りようと提案した。
あなたは懐から時計を取り出し、時刻を確認する。
暗くて感覚が鈍るが、探索開始から3時間が経過している。
出発が朝の8時過ぎだったので、既に昼時なのだ。
「もうそんな時間?」
「言われてみると……私おなかペコペコです」
「お昼にしましょうか」
あなたは頷いて、『四次元ポケット』から昼食を取り出した。
取り出したものは寸胴鍋で、あなたたちはそれを真ん中にして車座に座った。
あなたがパカリと寸胴鍋を空けると、芳しい香りが立ち込めた。
あなたが取り出したのは、黄色いシチューだった。
「わ、なにかしらこれ。黄色いシチュー?」
「甘い香りがしますね」
これはホワイトソースを主体とし、ミルクで伸ばした白いシチュー、ホワイトシチューだ。
もちろん、原材料はあなたの自慢のペットたちから取れた自慢のミルク。
そこに軸から削ぎ落して、丁寧に磨り潰して裏漉ししたコーンクリームを加えてある。
スキレットで焼いたコーンブレッドもいっしょに食べれば抜群の味わいだ。
トウモロコシ由来のやわらかな甘さと、トウモロコシのほのかな香り。
コーンブレッドはこの大陸で学んだ料理だが、あなたもお気に入りの一品だ。
皿にたっぷりとシチューをよそい、全員に配分する。
ごろごろと入ったニンジン、ジャガイモ、鶏肉もちゃんと平等に分ける。
コーンブレッドを各々好きなように取り、思い思いに食べる。
気取らない、ほっとした家庭料理だった。
「ん、おいしいです。コーンミールなんですね」
コーングリッツはつぶつぶした食感が味わえていい。
だが、あなたはコーンミールの方が好みなのでそちらにした。
サシャはコーングリッツの方に馴染みが深いようだ。
「なんだかほっとするというか。はじめて食べるはずなのに、なんだかすごく懐かしく感じる味と言うか……」
この大陸では、トウモロコシが食用として盛んに用いられている。
そのため、トウモロコシの風味豊かなシチューはなんとなく懐かしく感じるのだろう。
ホワイトシチューはあなたオリジナルの料理だ。
似たような料理を作った者もいるのかもしれないが。
少なくとも、エルグランドではお目にかかったことがない。
ペット産ミルクを主体にした料理が作りたいとなった時。
家庭料理であるシチューをミルク仕立てで作ろうとするのは自然な発想だろう。
試行錯誤した末に見出された調理手順は、ホワイトシチューをミルクで伸ばす。
つまり、ミルク製品をミルクで加工するというよく分からない工程になった。
そして、出来上がった料理をアレンジしようとしたとき。
なじみ深い食材をとりあえず加えてみるのは、じつに分かりやすい手法だろう。
特にホワイトシチューは癖のない味わいなだけに、アレンジがしやすい。
あなたはホワイトシチューにコーンクリームを加えるアレンジをした。
そこから味を調整したりと多少の試行錯誤の末に生み出されたのが、このシチューだ。
この大陸出身の人間にも、心地よさを感じながら食べられる料理。
それがこのコーンクリームシチューである。
「うん……すごくおいしい。コーンブレッドはあんまり食べないんだけど、このシチューは美味しいわね」
レインがそう言いながら、ほっと溜息を吐いた。
全員あんまり意識していないようだが、この洞窟はやや寒い。
現大陸がとても温暖なので、余計にそう感じるのだろうが。
おそらく気温20度より少し高い程度。
この大陸では涼しく快適な気温で安定しているのだろう。
そのため、シチューが余計に美味しく感じるのだ。
「言われてみると、たしかに少し寒いかしらね」
こうした気温と言うのは意外と難物だ。
敵は強ければ殴り倒せるが、気温は殴り倒せない。
衣服で補うこともできるが、ないものは着れない。
寒さと言うものの恐ろしさをあなたはよく知っている。
その寒さが人の命を容易く奪うエルグランドの民だからこそ。
この洞窟くらいの温度でも、迂闊なことをすると凍死する。
それほどに人と言うのは脆く、気温と言うのは難敵なのだ。
「このくらいの気温で?」
レインが半信半疑と言った様子だが、あなたは頷く。
あなたはエルグランドの民なので寒さには強い。
たとえば全裸で風の吹く外で寝たとしても、この大陸なら平気だ。
それこそ、時期が真冬であってもだ。風邪すら引かないだろう。
「それはそれで生き物としてどうなのよ」
しかし、たとえば大酒を飲んで泥酔していたならば。
そして飲酒によって発汗し、風によって体が冷やされたら。
それが真夏であったとしても、凍死することはあり得る。
「ふぅん……気温ねぇ」
温暖な気候のこの大陸では分かり難い感覚だろう。
あなたは苦笑しつつも、『大瀑布』では苦戦しそうだなと思った。
水に濡れた衣服は体温を容易く奪い去る。
しかも、水場が豊富な場所では気化熱が強力に熱を奪い去る。
それは水が豊富であればあるほどに、そして水の高低の移動があるほどに強力だ。
大とつくほどの瀑布、つまりは滝。
3層が難所と言われるのは、そう言う部分もあるのだろう。
あなたは次の階層に思いを馳せ、胸を高鳴らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます