11話
3層『大瀑布』
それはまさに、大瀑布と言うほかにない圧巻の光景だった。
まばらに木の生えた大地に、無数の滝が重なる光景。
あなたたちの目の前にある滝の高低差はざっと20メートルほどだろうか。
その滝の上にもまたまばらに木の生えた大地があり。そしてまた滝がある。
滝の連なりが無数にあり、5を数えた先の滝は靄に包まれてもはや見えない。
「すごい光景ね……魚が獲れるとは聞いていたけれど、こんなところで魚なんて獲れるの?」
魚自体はいるのだろう。滝壺で魚が飛び跳ねている姿がよく見える。
だが、こんなところで悠長に漁業なんかやっていられまい。
この階層にも、当然ながら敵はいるのだ。
水棲生物と、飛行生物が色々といるらしい。
陸上でだらだらと釣りや投網なんかで魚を取っていたら飛行生物に襲われるし。
かと言って水の中に飛び込めば、水温と水棲生物が容赦なく襲ってくる。
そもそも魚が獲れたところで、どうやって持って帰るのかという話だし。
持って帰ったところで、そうまで高い値が付くとは思えない。
この階層はそれなりに稼げるとは言うが、そこまで劇的ではないという。
それこそ、専用の装備を整えたり、そのために特化したチームを構築したり。
そんな涙ぐましい努力の末に、ようやく安定収入が得られるらしい。
「ここで稼ぐのは無謀かしら」
そうでもない。あなたは滝壺へと指を向けた。
そして、位置指定して『サンダリングボール』を放った。
それは轟音の波動となって滝壺に凄まじい波紋を広げる。
効果範囲内においては、肉をもろもろと崩れさせる凄まじい衝撃波だ。
水中衝撃波となって伝わったそれは、魚の脳髄を揺るがす。
結果、魚がぷかぷかと気絶して浮かび上がって来た。
「わお……凄い魔法ね」
『サンダリングボール』は以前レインに見せた『崩壊の音色』の下位魔法だ。
いわゆる『ファイアボール』や『アイスボール』と言ったボール系魔法の1つである。
「へぇ……まぁ、いいわ。とりあえず魚、取りましょうか」
それもそうかと、あなたはひょいっと浮かび上がる。
水面すれすれを飛んで魚を片っ端から拾った。
しかし、獲れる魚がメチャクチャである。
トラウトやパーチはまだいい。
しかし、シーバスやカッドは海の魚だ。
噴水でドラードを釣るあなたが言えた義理ではないが、この滝壺はメチャクチャだ。
魚を手に戻る。
あなたの手にした魚を見て、各々が目を丸くした。
「見たことない魚が多いわね」
「なんだか地味な色合いの魚ばかりですね」
「食べれるんでしょうか、これ」
寒い地域ではなかなかよくお目にかかる魚が多い。
トラウトやカッドなんかは特にそうではないだろうか。
この大陸でも保存食に加工されたカッドは見かけたので獲れはするのだろう。
カッドはフィッシュフライにして食べるとなかなかおいしい。
「へぇ。じゃあ、売れるのかしら?」
魚体が小さいので値がつかなそうだ。
なにしろ両手に乗ってしまう程度の大きさだ。
カッドは種類にもよるがもっと大きくなる。
最大の種類では、なんと2メートル以上にもなる。
「なかなかのサイズ感ね。もしかして、上の滝壺ほど大きい魚がいるのかしら?」
可能性はあるかもしれない。
すると、稼ぐためには上層の方にいかなくてはいけない。
こんなところを上るなんて並大抵のことではない。
それをやった上で、帰るためには降りる必要もある。
なるほど、稼げなくはないが労力がとんでもないというのは納得だった。
「まずは登らなきゃだけど……」
一応、サシャは空を飛べる魔法が使える。
そしてレインも当然使えるし、あなたは自前で飛べる。
唯一、フィリアだけが自力で飛べない。
だが、それならあなたが持てばよい。楽勝で運べる。
「魔力の消費は痛いけれど、それしかなさそうね。全員にかけられる飛行魔法があればよかったんだけど、あれは私じゃまだ使えないのよ」
あるいはまぁ、ここで稼いで、飛行魔法が使えるアイテムを買うとか。
たしか飛行の魔法は3階梯魔法のはずなので、マジックアイテムとしてもそれほど高価ではないはずだ。
「そうね。相場は金貨1500枚くらいじゃないかしら。ただ、それだと効果時間が足りないわよ」
言われてみればそうだった。あなたは無制限に飛べるが、他はそうはいかない。
サシャやレインの使う魔法にだって、効果時間という制限がある。
「たぶん、サシャだと1段か2段登るので精一杯でしょうね」
「そうですね……魔力量的にも、使い切ったら即休んだとしても、1日に6~7回使えるかどうかくらいですし」
すると、あなたが1人運び、レインも1人運ぶ。
これしかないのではなかろうか。
「そうね。ただ、『飛行』の魔法は重た過ぎると飛べなくなるのよね……」
なるほど、そう言う問題もあった。
あなたはサシャに、いったいどれほど荷物を持っているのか尋ねた。
「えと……だいたいですけど、80キロくらい……かな?」
サシャの体重もプラスすると、ザックリ150キロくらいだろうか。
なるほど、とてもではないが、レインでは持てないだろう。
レインはか弱い少女なので、持ち運べるのは精々50キロくらいだ。
持ち上げるだけとか、背負うだけとかならもう少し持てるだろうが……。
「まぁ、たぶんそれくらいだと思うけど……」
「50キロを持てるのは、一般的な女性だと力持ちな方だと思いますよ」
かもしれないが、冒険者では非力な部類に入るだろう。
しかし、それくらいが精一杯だとすると、どうにもならないのでは?
フィリアは体重だけで80キロはあるだろう。
鎧も持っているので、それだけで100キロを超えることは確実だ。
レインは自分しか運べず、サシャは多分フィリアも運べるが、すぐに時間切れ。
なるほど、これはなかなかの難題だ。
「なにを嬉しそうにしてるのよ。あなたならどうするの?」
あなたはエルグランドの冒険者だ。
エルグランドの冒険者たるもの、その解決手段はいつも1つ。
「それは?」
努力でゴリ押しこそが冒険者の常。
つまり、滝を真っ向から登る正面突破だ。
あるいは崖の部分を登るかもしれないが、それはそれで正面突破だ。
「実際、それもアリかもしれないわね……」
などと言って、レインが深々と溜息を吐いた。
あとはまぁ、素直にレインとサシャとあなたが飛び、フィリアはあなたが運ぶ。
サシャの魔力切れは、途中で野営をして休むしかないだろう。
エルグランドの魔力の杖で魔力を補充してもいいが、グレーラインな気はする。
「時間がかかるわよ?」
仕方ないのではないだろうか。
あなたなら平地を歩くくらいのノリで滝を登れるが。
身体能力を増強されているサシャはともかく、フィリアとレインがスイスイ登れるとは思えない。
それで登っている最中に襲われたらまずいだろう。
「……そうね。それしかなさそうだわ」
あなたが全員を運ぶという手もなくはないが。
さすがにそこまでやってしまうのはナシだろう。
1人運ぶくらいならセーフな感じはするが、あなたが万事解決するのはナシだ。
「なら、サシャの魔力を最大限温存させてあげないとね」
「そうですね。まぁ、サシャちゃんはもともと剣士でもありますし、そう難しいことではないですよね」
「はい。さっきまでも魔法は使っていませんでしたし」
気の長い話になりそうだが、元より迷宮探索とはそう言うもの。
この階層で1週間やそこらは足止めされる覚悟をしておこう。
それに耐えられるフィジカル、メンタルを併せ持つのも冒険者の資質だ。
崖を登り、さらにもう1つ崖を登り。
そこで効果時間が切れたので、もう1度かけ直し。
そうやって都合6つの崖を乗り越えたところで、サシャの魔力が切れた。
「うぅ、面目ないです……ご主人様もレインさんも余裕綽々って感じなのに……」
「私は専業魔法使いだもの。そこの女たらしはそう言う生命体だし」
けなされているのだろうか。
まぁ、そのように言われても仕方がない程度に無茶苦茶をしている自覚はある。
「お姉様、いま何時ですか?」
フィリアに尋ねられたので、懐から時計を取り出して時刻を確認する。
昼をやや周り、1時過ぎと言ったところだ。
「うーん。野営の準備をするのにはまだ早いですね……」
とは言え、サシャの魔力回復まで何もせずにいるのも問題だ。
あなたはすこし考えてから、地面にポールを2本叩き込んだ。
そのポールに布を張り、簡易なタープを張った。
そこに毛布を敷き、簡易な休憩所を作る。
サシャにはそこで休むように命じた。
「はい。失礼して休ませていただきます……」
「魔力回復に効果のある薬草茶でも淹れましょうか。私も飲んでおきたいし」
「苦いんですよね、あれ……ストローで飲むのも苦手ですし……」
「なに言ってるのよ。体にいいのよ」
火の支度を始めたレインを後目に、あなたは滝壺を見やる。
最初の滝壺とそう変わらない大きさで、湛える水量もそう変わりはないように見える。
そして、パシャリと跳ねた魚の姿を見て頷く。
「大きいですよね、最初の滝壺のよりも」
同じく滝壺を眺めていたフィリアがそのように言う。
あなたもまったく同意だったので頷いた。
跳ねている魚の姿は、明らかに巨大になっている。
やはり、上に来るほどに魚も大きいのだろう。
ここはひとつ、食料調達でもしていくかとあなたは決めた。
どうせサシャが回復するまではヒマなのだし。
そのため、あなたは適当に『サンダリングボール』を水面へと打ち込んだ。
すると瞬く間に浮き上がってくる魚たち。
「お手軽ですね。この階層、食料には困らなさそうですね」
加えて言うと非常に冷涼で涼しい。
ちゃんと服を着ていれば平気だが、薄着では寒いくらいだろう。
カイラたち『エトラガーモ・タルリス・レム』がここで合宿をしたと言うが。
食料調達のしやすさと、冷涼さが理由だったのだろう。
水も無尽蔵に補給できるので、それこそ年単位で住める。
まぁ、食料が魚ばかりという点に耐えられれば、だが。
あなたはささっと魚を回収し、それらを『四次元ポケット』に放り込んだ。
その後、あなたは釣竿を取り出して滝壺へと投げ込んだ。
「あんなにたくさん獲ったのに、釣りもするんですか?」
フィリアが不思議そうにしていたが、あなたは頷く。
まぁ、これで何が釣れるかは分かったものではないのだが。
深く気にせず、気楽に休んでいて欲しいとフィリアに伝えた。
「私もヒマなので、釣りでもしようかなと」
そう言ってフィリアが魔法のかばんから取り出したのは釣り竿だった。
よく使いこまれているが、手入れもよくされているのが伺える。
以前からの愛用品と言った風情だ。
「手軽なんですよね、釣りって。獲れるかは運任せですけどね」
冒険中の食料調達に使っていたということらしい。
単なる旅人や行商人なら街道から外れる理由もないが。
冒険者はそうもいかず、道なき道を往き、食料補給の目途も立たないことがある。
そうした時に頼れる手段のひとつが釣りだ。
実際、あなたも釣りで糊口を凌いだ経験がある。
飢え死に寸前で釣りをして、釣れた端から魚を食べるのは色々とつらいものがあった。
いまは違い、のんびりと釣りを楽しむ余裕がある。
釣れたか釣れないかを勝負とし、魚とのファイトを楽しむ。
口さがないものは、釣りなんてのはバカの遊びと言うこともある。
実際、魚を食べようというなら魔法を叩き込んだ方が速い。
だが、それはそれ、これはこれ。楽しいからそれでいいのだ。
ヒマなバカがわざわざ釣りなんぞで魚を手に入れようとし。
そして怪しげなエサに食いつくバカを待っていてもいい。
自由とはそう言うことだし、楽しむとはそう言うことなのだ。
「あ、お姉様、引いてますよ」
フィリアの呼びかけに意識を現世に戻すと、たしかに竿が引いていた。
くいくいと引いている釣り竿を、片手でひょいっと上げる。
ざぶんと水しぶきを上げながら引き揚げられたのはソードフィッシュだった。
スティレットのように鋭く尖った吻が非常によく目立つ。
ビチビチと跳ねる細長い魚体には力強いエネルギーを感じた。
あなたは大変大きなソードフィッシュの姿に満足し、これを『四次元ポケット』に放り込んだ。
「…………?????」
フィリアが思いっ切り首を傾げていた。
「あの、お姉様。それってソードフィッシュですよね」
あなたは頷いた。この大陸でもよく釣れる魚だ。
サーン・ランドでも大物としてよく知られていた。
非常に力強い魚で、釣ることをファイトと表現するものもいる。
「それって海の魚じゃ……」
しかし、それを言ったらカッドだって海の魚だ。
そもそも先ほど拾った魚にはシーバスやアンチョビだって含まれていた。
「あ、そう言えばそうでしたね」
うっかり、と言った調子のフィリア。
まぁ、実際はエルグランドの釣り竿がおかしいだけなのだが。
あなたはめんどくさかったので、細かいことはまったく説明しなかった。
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