12話

 ヒマに飽かして、散々に魚を釣りまくった。

 フィリアもなかなかの釣果で、カッドやシーバスの大物を釣り上げていた。

 そうして山ほどの魚介類を手に戻る。

 レインとサシャはお茶を嗜んでいるところのようだ。


 と言っても、あなたもよく知る紅茶の類ではない。

 壺茶と呼ばれるこの大陸ではじめてお目にかかったお茶だ。

 かなり苦いが、健康増進に非常に効果があるとかなんとか。


 魔力回復効果のある薬草は非常に苦く、独特の香りがする。

 そのため、元から苦い壺茶に混ぜることが多いという。

 元から苦いんだから、余計に苦くなっても誤差と言うことだろうか。


「はう……苦い……に、苦い……」


「ううっ……舌が割れそうね。でもこれが癖になるのよ」


 2人して銀製のストローで身悶えしながら茶を飲んでいる。

 壺茶はカップに直接茶葉を入れ、そこにお湯を注いで飲む。

 そのままだと口に茶葉が入るため、濾し器の機能も持つストローで飲む。


 魔法使い必携の品とレインは以前に熱く語っていた。

 魔力回復増進作用のある薬草を手軽に飲むためには必要だとか。

 2日酔いにも効果があると力説していたが、主目的はそっちな気がする。


「あら、おかえり。随分とたくさん魚を釣って来たのね」


 今晩の夕食は獲れ立ての魚料理にするつもりだ。

 魚の水煮料理と、主食としてライスを使った炊き込みご飯だ。


「おいしそうね。あなたも飲む?」


 魔力回復に用はないが、お茶は飲みたい気分だ。

 そのため、あなたは頷くと、レインがカップのお茶を飲みほした。

 そして、そこにそのまま新しいお湯を注いで、あなたへと渡して来た。


 このお茶特有の風習らしいが、回し飲みするのが普通らしい。

 べつに、レインと間接キスがしたくて飲みたいと言い出したわけではない。

 だが、それはそれとして楽しまなければ無作法と言うもの……。

 あなたは銀製のストローに口をつけ、舌が痺れるほどに苦い茶を味わった。


 苦味こそ強烈だが、味わい自体はそう悪くない。

 後味もスッキリとしていて、食後のお茶にはちょうどよさそうだ。

 あなたは礼を言いながらレインに壺茶用のカップを返した。

 レインは受け取ると、新たにお湯を注いでまた飲み始めた。


「モンスターもほとんどいなくて、なんだかのどかな調子だわ」


「ほんとうに迷宮なんでしょうか、ここ……」


 あなたもそれには同意なくらい、ここは落ち着いていた。

 たしかに水棲のモンスターもいるようではあるのだが。

 積極的に人を襲おう、というような意図は感じられない。


 先ほど釣りをしていた時も、水中に大型のワニがいた。

 だが、ワニはあなたにはまったく無関心だった。

 むしろあなたが釣り上げている魚の方に興味がある様子だった。

 もちろん、ワニに釣果をくれてやるわけもないのだが。


 この階層のモンスターの多くが、知能の低い種なのだろう。

 それは野生動物に限りなく近しく、人間にはおおむね無関心、あるいは恐怖を抱いてすらいる。

 彼らを積極的に挑発でもしない限り、そう危険なことはないようだった。


「どちらかというと、この階層は単なる移動にあたっての要害と言った様子ね」


 たしかに地勢の急峻さ、そして水による足場の悪さはかなりのものだ。

 滝が幾多にも連なるという異常な地形も相まって、移動の困難さは並大抵ではない。

 あなたたちは魔法によって飛べるからまだいい。

 これを普通に登攀するのはかなり厳しいだろう。


「上の方に行けば、また地形が変わってくるかもしれませんけど……今のところはなにも恐れる必要はありませんね」


 フィリアの言にあなたは頷く。

 単なる戦闘の強さでは解決できない地形だが。

 幸いにも、あなたたちは時間さえかければ安全に登れる。

 べつに急がなければいけない理由もないのだし。

 ヒマではあるが、ゆっくりと登ればいい。




 各々勝手に過ごし、ぼんやりと時間を過ごした。

 サシャは昼寝をして魔力回復に努め。

 レインはお茶を飲んだり、マジックアイテムの作成に勤しんだりしていた。

 フィリアはお祈りをしたり、釣りに凝ってみたり。

 あなたもフィリアと同じく、魚釣りを続けていた。


 ウカノに捧げるドラード・ルージュの在庫はいくらあってもいい。

 それ以外は種々の魚による保存食の作成に凝ってもいい。

 マグロのオイル煮や、サーモンのスモークなどは抜群にうまい。

 保存食だからと言っても、そう味の悪いものではないのだ。


 やがてそうするうちにサシャの魔力が回復し。

 その魔力で『飛行』を使って崖を飛び越え。

 昼と同様、6つの崖を乗り越えた。

 それでもまだ、滝は幾重にも連なっている。


「ほんと、どういう地形してるのよ。下の方も見えないのに」


 登って来た崖を見下ろせば、靄に包まれて入口は見えなくなっている。

 上下ともに靄に包まれ、雲に飲み込まれたような気分になってくる。


「まぁ、いいわ。今日はもう休むのよね?」


 レインの問いにあなたは頷く。

 もう時刻は20時になろうかという頃合いだ。

 あなたはさっさと寝ようと促した。


「そうね」


 各々が野営用の道具を準備をし、寝る支度を始めた。


「不寝番は……いる?」


 あなたは個人的には要らないと思っている。

 この階層はかなり安全なようだし、仮に襲われても敵は野生動物。

 それほど強力な種はいないようだし、襲撃されてから対応しても間に合うだろう。


「うーん……要らない、ってことはないとは思いますが……たしかに、そう警戒しなくてもいいとは思うんですよね」


 フィリアも半分同意、半分反対と言った調子だ。

 あってもいいが、必要不可欠というわけではない。

 実際、肌感で感じられる階層の危険度はそんな感じだ。

 油断はよくないが、警戒し過ぎて疲れ果ててもよくない。



 羽織っていたマントを引っかぶる。

 腰に吊っていた剣に布切れを巻いて枕にする。

 いつもの慣れ親しんだ野営のスタイルだ。


 あとは寝るだけだ。

 あなたはいつでもどこでも寝れる。

 たとえそれが雷雨降り注ぐ平原だろうと。

 豪雪を降りしきる雪山だろうと。

 熱砂に埋め尽くされた砂漠だろうと。


 まぁ、これは冒険者の資質と言うより、あなたの特質だ。

 あなたの父も同様にどこでも寝れるので、遺伝かもだが。


 眠る前に、焚火をする。

 近くにあった立木を叩き切ってそのまま燃した。

 生木なので燃え難いが、火はつく。

 さすがにこの環境で火無しは厳しいだろう。


 そこまで暖かくはならないが、元々低温環境と言うほどでもない。

 おおよそだが、気温20度ほどだろうか。

 湿気が強いので体感気温はもう少し低いが。

 火さえあれば、なんとかなるだろう。


「寒い……ね、ねぇ、みんなで並んで寝ない?」


「実は私も寒くて……」


「そうしましょうそうしましょう。寒くて寒くて……」


 ところが、野営をはじめて1時間ほどでレインがそう言い出した。

 そしてフィリアもサシャも同意し、みんなで寄り添って寝ようと提案しだした。

 あの程度の火では足らなかったらしい。

 温暖な気候の大陸の人間なので、寒さに弱いのかも。


 まぁ、あなたも寄り添って眠ることに否はない。

 そのため、全員で寄り添って、足元に毛布を敷いて眠った。

 足元に毛布を敷くと、地面に体温を奪われないので防寒に役立つ。

 ひとまずはこれでよかろうと、あなたは寝入った。





 翌朝、あなたは清々しい目覚めを感じていた。

 朝の清涼な空気が実に心地よい。

 まぁ、ダンジョン内に朝も夜もないが。


 空に太陽があるわけではないのだが。

 薄曇りの空のような不思議な空間が広がっている。

 そこからぼんやりと光が差し込んでいるのだ。

 そのため、曇り空くらいの十分な光が確保されている。


 あくびをしながら身を起こすと、レインが震えながら火を熾していた。

 サシャとフィリアは自分の体を手で擦って温めていた。

 こういう時は、手で擦るより足踏みをしている方がまだしも温まるのだが。


「おはよう……よく寝てたわね」


 逆にレインはあんまり寝れていない様子だった。

 おそらく、寒さで何度も目が覚めたのだろう。

 誰が起きたかは確認していなかったが、何度も起きては薪を足しているようだった。


「起きてればそこまで寒くはないのよ……だから『環境耐性』を使おうって気にはならないんだけどね……」


 しかし、眠ると体温が下がるので、寒く感じると。

 諦めてさっさと『環境耐性』を使えばとも思ったが。

 温暖なこの大陸の人間には、寒さで『環境耐性』を使うというのに違和感があるのかもしれない。


 まぁ、その辺りに関しては個人の感覚だ。

 とやかく言うこともないと、あなたは羽織っていたマントを外す。


「どこ行くの?」


 せっかく水が豊富なので水浴びをする。


「え? 本気? 寒いわよ?」


 そんなに大したことはない。

 あなたは北から目線でそのように評した。

 実際、気温20度前後はあるし、水温もそれくらいだ。

 たしかにちょっと冷たいかもしれないが。

 そのくらいの温度があれば楽勝だ。


「ああ……そう言えばアイスホールスイミングとか言う正気とは思えない健康法の話もしてたわね……」


 冬期に湖の氷を叩き割り、その下の水に浸かる健康法だ。

 水が凍結しているのだから当然だが、水温は2度から3度前後しかない。

 その環境でゆったり浸かっていられるのだから、水温10度もあれば暖かいくらいだ。



 服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になると滝壺へと飛び込む。

 そして、垢をこすり落とすように布で肌を擦る。

 しばらく泳いだり、水に浮かんだりしてリラックスする。

 ちょっと冷たいが、じつに心地よい水浴びだ。


 20分ほど水浴びを楽しんで上がる。

 手拭いで水気を拭き取り、新しい下着を取り出して身に纏う。

 ついでに『ポケット』から水桶を取り出し、滝壺の水を汲む。

 そこに先ほどまで身に着けていた衣服を放り込み、洗剤も入れて洗う。


 汚れやすい部位を優しく揉み洗いしていく。

 優しく、優しくだ。力を込めたら繊維が傷む。

 って言うかあなたの馬鹿力で擦ったらチェインメイルでも擦り切れる。


 細切れの布を前に、服を綺麗にしたかっただけなのに……と嘆きたくはない。

 力を制御できない悲しき怪物になりたくないのは当然にしても。

 洗濯ひとつまともに出来ない悲しき人間にもなりたくないものだ。


 綺麗になったら、水気を絞って伸ばす。

 その後に『ポケット』へと放り込む。

 ちゃんと伸ばしてから入れれば、入れている間に乾くのだ。



 野営地点に戻ると全員がしみじみとお茶を飲んでいた。

 そんなに寒いだろうか……?

 この3年であなたも随分この大陸に慣れた。

 そのため、エルグランドにいた頃よりも寒さに弱くなった自覚があるのだが。


 まぁ、寒いというなら、ここはやはり暖かいスープだろう。

 あなたは濃厚なクリームをたっぷり使った具沢山スープを朝食にしようと決めた。


 『四次元ポケット』から寸胴鍋を取り出す。

 中を開けてお目当てのものと言うことを確認。

 その後、それを火にかけて温め直す。

 もともとアツアツのまま入れてあったが、念のためにだ。


 そして、あなたは大きなフライパンを火にかける。

 そこにたっぷりと油を入れ、卵にベーコンにポテトケーキを纏めて焼く。

 寒い時には油だ。油をたっぷりと取れば、寒さになど負けない。


 暖かいスープ、たっぷりの油で調理したフライドエッグにベーコンにポテトケーキ。

 これらのセットを堪能すれば、1日頑張る活力が沸いて来るはずだ。


「……凄まじくヘヴィな朝食が出来上がっていくんだけど」


「これを、朝から食べるんですか……ご主人様の強さの秘密なのかな……?」


「まぁ、食べた方が元気はでますよ。たしかにすごい量ですけど」


 みんなは量に怯んでいたが、寒さへの対抗策は食しかない。

 たくさん食べて、運動量を増やし、熱量を増やす。これだ。


 あなたは1人に卵2個、ベーコン5枚、ポテトケーキ4個を供した。

 そして、深皿で具沢山のチャウダーをたっぷりと。

 手のひら大のポテトケーキにはバターも練り込んである。

 たくさん食べて頑張ろうね!

 あなたはそのように皆を励ました。


「い、いただきまーす……」


「食べ切れるかしら……」


「味の心配をしたことはないんですけど、食べ切れる心配をすることになるとは……」


 そんなことをぼやきながら、みんなが朝食に手をつけだした。

 おかわりもあるので、遠慮なく食べて欲しい。


「いやいやいや、無理です無理。食べれません」


「おかわりもあるって言葉がこれほどの攻撃力を発揮するとは思いませんでしたね……」


「エルグランドの民って朝からこんなに食べるの……」


 エルグランドの民なら、ここにジャムたっぷりの紅茶もつける。

 また、ジャムやクリームを塗って食べるクレープもつくだろうか。


「この上まだ食べるの……」


「それだけ食べないとやっていけない過酷な場所なんですね」


「朝からそんなに食べれるなんて……胃が強いんですね」


 まぁ、慣れたら案外なんとでもなるものだ。

 あなたはアツアツカリカリのポテトケーキに顔を綻ぼせながら、たくさん食べることの大切さを語った。

 やっぱりたくさん食べれるやつが最終的には強いのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る