13話

 たっぷりの朝食を食べ終え、ゆっくりと食休みをした。

 暖かな紅茶に、たっぷりのジャムを添えてのティータイムだ。

 ジャムを舐め、濃く入れた渋めの紅茶を飲む。


 ゆっくりと30分ほどそうしていると、体がぽかぽかと温まって来る。

 たくさん食べたことによる活力の補給。

 そして暖かな紅茶によって温まる体。

 これで1日頑張れる活力が沸いて来るというもの。


「たしかに、たくさん食べた方がいいのね。おなかは重いけど、体がぽかぽかするわ」


「私たちは寒い場所は不慣れですもんね……」


 まぁ、あなたからすると、このくらいは涼しいの分類に入るのだが。

 とは言え、この『大瀑布』の気温は冬期くらいの気温だ。

 それを考えると、たしかにこの大陸の人間には寒いのだろう。

 

 ともあれ、あなたは動く元気が出て来たならさっそく出発しようと促した。

 まぁ、出発と言っても、相変わらず魔法で飛ぶだけなのだが。

 昨日と変わらず、6段ほどの崖を超える。

 そこでまたもサシャの魔力が切れて休憩となる。


「ふへぇ……」


「大丈夫? 魔力回復のお茶飲む?」


「うぅ、飲みたくないけど、ご迷惑はかけられないので飲みます……」


 そこまで気を張らなくてもいいのだが。

 そもそも、魔力回復のお茶の効能に関してあなたは懐疑的だ。

 まぁ、正確に測れるわけでもないので、あくまで懐疑的なだけだが。

 この大陸全体で深く信じられている以上、なにかしら効能はあるのだろう。


 さておいて、あなたは近くの滝壺を覗き込む。

 そして、その中を所狭しと泳いでいる魚を眺める。

 実に立派な魚がゴロゴロといるではないか。

 しばらく眺めていると、フィリアが隣に並んで水中を覗き込み始めた。


「わぁ。すごく大きい……食べ応えは抜群そうですね」


 まったくである。

 2メートル級のカッドのほか、3メートル級のツナ。

 4メートル級のサメや、1メートル級のサーモンなどなど。

 大型魚がうようよと泳いでおり、どれも食べ応えは抜群だ。


 これほどのサイズになると、持って帰るのも一苦労だ。

 そして、これだけのサイズとなると、高値が付くのだろう。

 これだけの大物になると、海で獲れても内陸部に運び込むのは無理だ。

 その点、このソーラスの町なら海から運ぶよりはまだ難易度が低い。


 転移魔法を使えば海から運ぶことはできるのだろうが……。

 さすがに、魚1匹のために金貨数百枚もするサービスを使うのは金満に過ぎるだろう。

 この階層なら技能次第では稼げるという意味も分かった。


 そしてだが、あなたはある点を訝っていた。

 あなたはフィリアに、パスアウェイフィッシュを見たかと尋ねた。


「えっと……見た覚えはないですね。いたんですか?」


 あなたも見ていない。

 だが、ソーラスにある料理店。

 あそこではパスアウェイフィッシュの料理が食べれた。


 まさか海から運んだわけではないだろう。

 そうすると、この階層で獲れるのだと思われるが。

 しかし、いまに至るまで見ていないのだ。


「なるほど……するともしや、環境の違う滝壺がどこかにあるんでしょうか?」


 あるいは、いちばん上まで登ると海があるとか?

 この滝壺の水は真水なので、さすがにそれはないと思うが。


 また、あの店では出たが、滝壺にいない魚が何種かいる。

 タコとかイカがあの店では出たが、滝壺にはいない。

 また、フライにされていた小型の魚も見ていない。大型魚ばかりなのだ。


「大きい魚がいっぱいって喜んでましたけど、たしかに言われてみると……」


 小型の魚でもおいしいものはたくさんある。

 そう言ったおいしい魚があの店では出て来た。

 どれもこの階層で手に入ると思ったのだが、そうではないのだ。

 やはりだが、特別な環境の滝壺があるか、最上部に特別な環境があるのだろう。


 あなたは次に釣りをするのはそこだなと決めた。




 じっくり休憩をし、再度魔法で登る。

 早朝に登って約6~7時間の休憩をしたため、今日はもう1回登れそうだ。

 あなたたちは再度の休憩を取って魔力回復を待った。

 その休憩後に崖を登り……ようやく、あなたたちはこの階層の果てを見た。


 あなたたちが辿り着いた地点から上を見上げても、滝が見えない。

 今までにない環境の違いから、あそこがこの階層の上層と見当がついた。


「崖がないわ。あそこが最上層ってことでいいのかしら」


「みたいですね。どうなってるんでしょう?」


「やっと終わるんですね……」


 結局、崖は30回も登ることになる。

 次に来るまでにはサシャの魔力も増強させておきたいところだ。

 とは言え、魔力量と言うのはそう簡単に増えるものではない。

 どうやって訓練したものかと、あなたは今から悩み出した。


 さておき、既に時刻は22時近い。

 今日はちゃんとした野営をすることにした。

 つまり、ハイランダー伝統様式のテントを張った。


 ハイランダー伝統様式のテントは内部で火を焚くこともできる。

 今回はあなたの『四次元ポケット』に蔵している薪を燃やす。

 昨日は最低限の火があればよかろうと生木を燃やしたが。

 あれでは火力不足のようだったし、さすがにテント内で生木は煙がきつい。


「おお……暖かい……暖かさが段違いじゃないの。なんで昨日は使わなかったのよ?」


 そんな寒くなかったし……あなたは端的にそう答えた。

 普通にマント被っていれば寝れる程度の寒さだった。

 あなたにしてみれば、このくらいの環境でテントを使うのは大袈裟だったのだ。


「寒さに強い人間はこれだから……」


 あなたは南から目線で呆れられた。




 暖かいスープとパン。

 そしてソーセージとチーズ。

 そんなシンプルな夕食を食べた後、眠る。


 テント中央では薪が赤々と燃えている。

 長燃えする広葉樹の太い薪をたっぷりとくべた。

 これでざっと1時間は燃えてくれるだろう。

 テント内も温まるので、ぐっすり眠れるはずだ。


「さすが、北から来た人間のテントね。寒い場所で過ごせるアイデアが満載だわ」


「あったかいですね……気持ちよく寝れそうです……」


 ねむねむしながらフィリアがそんなことを言う。

 昨晩はフィリアも眠りが浅かったのだろう。

 サシャは魔力回復のために昼寝をしていたので、そこまででもなさそうだが。


「でもまぁ、念のため、全員で寄り添って寝ましょう」


「そうですね……寒いですもん」


「私、ご主人様のとなり!」


「あ、ずるい! 私も!」


「出遅れましたか。明日はお姉様と添い寝させてもらいます」


 あなたの両隣が素早くレインとサシャによって占有される。

 フィリアは苦笑しつつも、明日の寝場所を確保していた。




 焚火の熱にぬくもりを感じながら眠りについて、翌朝。

 時折誰かが起き出して、薪を追加していたが。

 それ以外では誰も目覚める様子はなく朝までぐっすりだった。


 最初に目を覚ましたのはあなただった。

 ぐいーっと伸びをし、テントの中を見渡す。

 あなたの周りに集った面々が団子になって寝ている。


 ちょっと深呼吸をしてみると、むせ返るほど濃厚な女臭さが香った。

 エルグランドを思い出して、あなたはすこし懐かしくなった。


 この大陸の人間は綺麗好きが多い。

 高温で多湿な環境が理由なのか。

 水が豊富で、温浴、水浴、どちらも満足にできるからか。

 どうにせよ、この大陸の人間は入浴を欠かさない綺麗好きだ。


 ところが、この階層はこの大陸の人間には寒いようなのだ。

 そのためか、3人揃ってこの階層に到達してから入浴をしていない。

 それゆえに3人の体臭と汗の匂いが入り混じった香りがする。


 こういう匂いの強さもあなたは嫌いではない。

 だが、これが長く続くとさすがに不衛生だ。

 さすがに全員下着くらいは変えていると思いたいが……。


 1度、温浴して体を綺麗にするべきだ。

 あなたは温浴をするために骨を折ることにした。

 あなた自身、久し振りに水浴をして温浴の心地よさが恋しくなったのもある。


 他の面々を起こさないよう、そっとテントを出る。

 そして、すぐ近くの滝壺を眺めて適当なロケーションを決める。

 満足いく場所決めが出来たら、イマイチ使いどころのない魔法を使う。


 その名をズバリ、『壁生成』の魔法である。


 名前通りに壁を創り出す魔法なのだが、いまいち使いどころがない。

 ふつうの冒険者ならば、なかなか渋い使い方のできる魔法ではある。


 通路を封鎖して、敵を袋小路に追いやったり。

 逆に自分を追跡できないよう遮断したり。

 危険な迷宮内で自分を覆い隠すことで安全に休んだり。

 部屋を分断して遠距離攻撃の射線を塞いだり。


 そんないぶし銀と言った調子の使い方ができるのだが……。

 超人級冒険者になると、壁ごとき一瞬で叩き壊してしまう。

 足止めもクソもないし、安全もなにもない。使いどころなどありもしない。

 なんなら『メテオスウォーム』で周辺の壁すべてを消し飛ばしたりするし。


 だが、今回欲しいのは、区切られた空間だ。

 莫大な水量を区切り、温水を溜めて置ける空間が。

 こうした用途の時に、これほど役立つ魔法もない。


 あなたは滝壺の水に向けて、幾度となく『壁生成』の魔法を使う。

 この大陸でも『石壁』と言うまったく同様の魔法があるらしい。

 やや使い勝手は違うが、内容はほぼ同じだ。


 エルグランドの『壁生成』は分厚い壁を作れるが微調整が効かない。

 この大陸の『石壁』はかなり自由に壁を作れるが、薄い。

 まぁ、薄いと言っても30センチくらいはザラにあるのだが。

 エルグランドの魔法は最低でも1メートルからとヤケクソ気味に厚い。


 あなたが使うのは『壁生成』なので、かなり分厚く、形状も融通が利かない。

 お風呂と言うより、巨大な石棺と言った風情の構造物が出来上がる。

 そして、次にあなたは愛用の採掘道具を取り出す。


 それを用い、あなたは石棺をガシガシ削り取っていく。

 数分ほどの奮闘の後、ほどよく小ぢんまりとした浴槽ができあがった。

 大理石製の浴槽とまではいかないが、なかなか立派で心地よさそうだ。


 あとはお湯だが……あなたは砕いた瓦礫を掻き集め、焚火を始めた。

 よく乾燥した『四次元ポケット』の薪はもったいないので、そこらの生木を使う。

 多少なり温度が低いかもしれないが、火は火。それで十分だ。


「ガンガンうるさいわね……なにしてるのあなた?」


 そこでレインが起き出して来た。

 採掘道具で石を成型した音がうるさかったようだ。

 あなたはレインに温浴の準備をしていると答えた。


「お風呂? 入れるの?」


 あの『水晶の輝き』にも負けない心地よさを約束する。

 あなたは笑ってそんな空手形を切った。

 あのアミューズメントパークの風呂に負けないなど、大口もいいところだ。

 だが、2日ぶりの風呂というだけで最高に気持ちいいはずだ。

 その点だけは保証してもいいくらいだ。


「ま、そうかもしれないわね」


 レインが苦笑気味に笑う。

 髪の毛の油気を気にしている様子からすると、入浴したい気持ちはやまやまだったのだろう。



 焚火でガンガンに瓦礫を熱し。

 その瓦礫を『念動』の呪文で持ち上げ、次々と浴槽へと放り込む。

 ジュウジュウと音を立てて熱される水。

 熱石を放り込む部分と、人が入る部分は分けてあるので安心だ。

 熱石は割れることがあるので、一緒くたにすると割れた石で怪我をしてしまう。


 やがてほどよくお湯が温まった。

 手を突っ込んでみると、思わず頬がにやける心地よさ。

 あなたはレインに手を突っ込んでみろと促した。


「どれどれ……あっ……」


 ふにゃんとレインの顔が緩む。

 寒さに縮こまった体に暖かいお湯ほど効く特効薬はない。


「よし!」


 勢いよくレインが服を脱ぎだした。

 あなたも服を脱ぎつつ、至近距離でガン見を始めた。

 頭を引っ叩かれつつも、あなたは見ることをやめない。


 やがてレインが生まれたままの姿になる。

 そして『ポケット』から入浴道具を取り出した。

 そのうちのひとつ、手桶で豪快にお湯を被った。


「き、気持ちいい~……!」


 噛み締めるようにつぶやくレイン。

 そして手早く体を洗い始めた。

 あなたもレインの背中を流してやった。

 お互いの背中を洗い合い、全身を綺麗にしたら遂に浴槽へ。


「ああ……ああぁぁぁあ~~~……」


 魂が抜けるようなうめき声を発するレイン。

 心底気持ちいいんだろうなぁ……と実感させられる声だ。

 実際、思わず呻き声が出るほどに心地よい。


「最っ高……たしかに、水晶の輝きのお風呂にも負けないくらい気持ちいいわ……」


 自分でやっておいてなんだが、本当に気持ちいい。

 ひんやりした空気を感じながらの入浴がこれほどよいとは。


 かつて旅したボルボレスアスはヒフラ地方。

 あそこの温泉ではここまでではなかったのだが。

 あそこは厳冬地帯で、寒過ぎるからなのだろうか?


 思索に耽りながら、お湯の心地よさに蕩ける。

 レインも同様に、どろりとした調子で蕩けている。

 そうしていると、テントの入り口が開き、サシャとフィリアが出て来た。


「えっ。なにしてるんですか……?」


「お、お風呂……ですか?」


 やや理解を超越した光景だったのか、2人が戸惑ったような様子を見せる。

 だが、あなたとレインの蕩けた調子に、その心地よさは一目瞭然。

 2人は意を決すると、すぐさま服を脱ぎだした。

 もちろんあなたはガン見した。


 3人に揃って頭を引っ叩かれた。

 やや気持ちよかった。

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