19話
魔法の聴診器について説明した後、あなたはほかにも何か便利な道具がないのかと訪ねられていた。
あなたは魔法のロープと、魔法の紐を取り出してそれを見せた。
「普通の縄と紐に見えるけど……」
「そんなに長くないですけど、なにに使えるんですか?」
魔法のロープはいつでもどこでも首を吊ることが可能だ。
エルグランドにおいては、魔法で拡張された空間などにご丁寧に置いてある。
魔法で拡張された空間は、入口と出口が別である場合があり、出口の用意を忘れて中に入ると出られなくなる。
死ねば助かるのに……と言う絶望の対処のために、手軽に死ねる魔法のロープがあるわけだ。
そんな回りくどいことしてないで、普通に出口を用意しておくべきだとは思うのだが。
やはり、出口の位置について拘りたい……と言う者もいるわけだ。
そうした我がままに対して雑に対処するのが魔法の縄と言うわけである。
出口の用意を忘れて中に入った間抜けを煽るためにあるという説もある。
「いつでもどこでも自殺できるとかなんの意味があるのよそれは」
「う、うーん……斬新過ぎる道具ですね……」
こちらでは死んだら終わりなので、このロープの使い道はほぼ無いだろう。
一方の魔法の紐は使い道がまったく異なり、これはお互いの位置を固定するための道具だ。
本来は逃げようとする奴隷を逃がさないための道具なのだが、ペットの犬とか少女とはぐれないために使ったりもする。
やむを得ずにはぐれてしまった場合、引き合って連れ戻してくれる効果もある。
ペットと離れられない、と言うのは割と不便なこともあるのであなたはあまり使わないのだが。
「うーん、なるほど……はぐれたら命取りって言う場面では使い道もありそうね」
「これって、どういう風に引き合うんですか?」
使った側に対して使われた側が一方的に引き寄せられる形となる。
また、使った側からは複数に対して使うことも可能である。
「じゃあ、あなたが私たち全員に使っておいた方がいいんじゃない?」
割と効果範囲が狭いため、かなりの不便があるとあなたは応えた。
一応星の裏側だろうと連れ戻せるほどの効果範囲はあるのだが。
その効果が働き始めるのが、それこそ数メートル程度なのだ。
たとえばこの宿では全員仲良く入浴する羽目になるだろうし、トイレも漏れなく連れションだ。
野営をする際にも、ちょっと森の中で小用を……と言う場面でも全員で行く必要がある。
「ううん……それはたしかに不便ね……必要な時だけにするべきだわ」
そうだろうとあなたが頷いたところで、宿にだれかが入って来た。
そちらにあなたが目を向けると、フィリアがちょうど宿に入ってくるところだった。
「ただいま戻りました。それと、お客さんですよ」
そう言うフィリアが連れて来たのは、先日あなたがナンパした少女、カイラだった。
空気と言うか、あなたの気が重い。
5人で卓を囲み、カイラが訪れた理由を話しているが、あなたの気は鉛でも詰め込まれたのかと言うほどに重い。
お姫様にしてあげなければ自殺する少女、カイラ。
割と意味が分からないが、本当にそうなのだから仕方ない。
とは言え、2人切りの時にお姫様にしてあげなければ……と言うことなので、無理難題ではないのだ。
だが、そうしたクソやべーヤンデレ少女に対して気が重くなるのは仕方ないだろう。
まぁ、気が重くなるだけであって、忌避するとかそう言うことはないのだが。
「えーと、ご主人様?」
疑問気にサシャが声をかけてきたので、あなたは気を取り直す。
そして、カイラが訪れた理由についてちゃんと聞くことにした。
訪れた理由に関してはなんのことはなく、以前にセリナに頼んだことが理由だ。
この町で最も優れた職人カイル、その師匠であるカイラに渡りをつけてもらった。
正直、カイラに渡りをつけるだけならあなたでも出来たのだが、職人だとは知らなかった。
まぁ、カイラに直接渡りをつけるとなると、他の女に対する贈り物を作らせるということになるので死ぬほど気は重かっただろうが。
と言うか、この町で冒険者をしていたカイルと言う人物のことはよく知らないが、その師匠となるとそれなりの年齢のはずだ。
見た目よりも幾分か年嵩であろうとは思っていたのだが、大成した弟子がいるとなると本格的に年齢が分からなくなってきた。
仮にカイルの年齢が20だとした場合、カイラの年齢は少なくとも30歳くらいにはなりそうなのだが……。
「それで、剣の制作を依頼したいとのことですけど~、どなたが使う剣なんでしょうか~?」
問われたのであなたはサシャだと答えた。
「ん~、なるほど~……将来的な部分を見越して大きめに作るか、今現在の最適な剣にしますか~?」
あなたは少し考えこんだ。
剣と言うのは体格に合わせてサイズを決めるものである。
基本的には自身の腕程度の長さ、あるいはそれより少し長め。
身長ごとに厳格に決めるという場合もある。
中には大きい剣を無理やり使うものなどもいるし、元から体格に適合しない剣を使う技術もあるのだが。
サシャはまだ年若いため、今後の成長が見込める。
その成長の終着点を見越して、少し大きめに剣を作るか。
あるいは、現在の体格に最も適合したサイズの剣にするか。
あなたは考え込んだ後、今現在の体格に合わせて欲しいと答えた。
将来的にサシャが成長して剣を変えるとなったら、再度依頼は請けてもらえるのかとも訪ねたが。
「ええ、もちろん構いませんよ~。その時々に依頼料はもらいますけれども~」
などと答えるカイラは普段通り……普段と言うものをよく知るわけではないが、平常と言った感じだ。
2人切りにならない限りは、あなたのお姫様になるつもりはないのだろうか?
「さて、剣の制作については承りましたけど~……どれくらいのレベルのものを御所望ですか?」
あなたは壊れない剣と答えた。
特別な機能はいらない。とにかく頑丈な剣。
見た目の良さも求めない。切れ味もほどほどでいい。
さすがに皆無では困るが、なまくらと言われる程度でもいい。
現状ではそれ以上のものは要らないだろう。
将来的にはいろいろと求めるものもあるかもしれないが……今はそれでいい。
今は純粋に剣技と、それに伴う技術を学ぶ段階なので、壊れない剣でいいのだ。
「なるほど~……とは言え、絶対不滅のものは存在しませんので~、あくまですごく頑丈な剣になりますけど~」
あなたはそれでいいと頷いた。
元からそこまでのレベルは求めていない。
「わかりました~。素材の指定とかはありますか~?」
特にない。金で解決するなら金で、無理なら自力で調達してくる。
調達するにあたって、その素材の手に入る場所などは教えてもらう必要があるが。
「ん~。そうしますと~、ほとんどお任せですよね~。正直それだと困ってしまうのですが~」
と言うと?
「つまり、壊れないという条件がありますでしょ~? ですけど~、それも常識の範囲内で使って壊れないなのか~、無茶なことをしても壊れないなのか、色々ですよね~」
なるほど、どの程度の壊れなさを求め、どこまで妥協できるかと言うわけだ。
剣と言うのは適切な場面で適切に使う限りにおいて、10年や20年と使い続けることも可能だ。
もちろん形がとりあえず剣になっていればいいや、などと言う雑なものはともかくとして。
キチンとした職人が正しく構造を整えて鍛造したものならば、その程度の耐久性はある。
もちろん毎日バッサバッサと斬りまくって、と言うようなことをすれば10年経つ頃には使い物にならなくなっているだろうが。
しかし、たとえばテコの代わりに使うとか、鈍器代わりに鎧越しに人をガンガン叩くとかすれば、もっと早くダメになる。
そう言う使い方をしてもなお壊れないような凄まじく頑強なものが欲しいのか。
常識の範疇内で10年20年と保つような普通に頑丈な剣が欲しいのか。
『ナイン』の爆心地に叩き込んでも曇りすらしない異次元の強度が欲しいのか。
カイラが訪ねているのはそう言うところだ。
もちろん可能なら『ナイン』の爆心地に置いといても壊れないものがいい。
しかし、そんなものを要求すれば素材も料金もすさまじいものを要求されるだろう。
料金はどうでもいいが、素材に関しては調達が手間取り過ぎれば骨である。
あなたの妥協できる範囲。そこまで手間ではなく、可能な限り金で済む剣。
これはちょっとやそっと話し合うだけでは済まない内容の気がする。
「ですよね~。では、その辺りの条件は後々詰めましょうか~」
長い話になりそうなので否はない。
とりあえず今決められるところを決めておきたい。
「納期はどれくらいが希望ですか~?」
逆にどの程度が必須なのかをまず聞きたい。
その辺りの条件が分からない分には要求のしようがない。
あなたがそのように述べると、カイラは頷いて答えた。
「素材次第ですけど~、単純な鉱石系素材で作るものなら1週間程度ですね~。特殊な加工が必要な素材であれば最長で4か月かかります~」
4か月はさすがに長過ぎる。
そうすると、長大な加工期間が必要な素材も無しになる。
可能なら1か月以内に出来上がるものがいい。
「それでしたら特殊加工が必要ない素材だけになりますね~。生物系素材もやめておきましょう~。単純な鉱石系素材で作る、普通の剣にしましょうか~」
面白味のない結果となった。まぁ、それでいいのだが。
かわいいペットの使う命綱と言うことならおふざけはなしである。
自分なら面白全部で使う武器を選んでもいい。そう死ぬことはないし、死んでも蘇る。
「詳しくは後々詰めるとしまして~、使う人間に合わせる必要がありますので、採寸をお願いしますね~」
「採寸ですか」
「はい~。手足の長さはもちろん、身長とか裄丈とか、色々ですよ~」
「色々測るんですね」
「見る限り、そこまで繊細な剣は使いませんから、それで十分ですよ~。本当に繊細な剣を使う人は、椎間板の形状まで測定しますからね~」
「つ、ついかんばん?」
椎間板とは背骨の椎体の間にある構造物のことである。なんのためにあるかは知らないが。
椎体とは背骨と言われて、分かりやすい円柱状の形状をしている方だ。
まぁ、人体を解体したことのあるものでもないと分かりにくいと思うが。
「背骨のうねりまで意図的に使う人なんかはそこまで測定しますね~」
そんな剣技があるとは知らなかった。
あなたはやはりまだ自分の知らないことは数多いなと頷いた。
知らないことを知るというのは楽しいものだ。
「では、服の上から測定させてもらいますね~」
「あ、はい」
その後、カイラはサシャの各所を測定して、得た数値を紙に書き留めていた。
あなたなら部屋に連れ込んでスケベな真似をしていたのは間違いない展開だった。
いや、ここはサシャのことは自分がよく分かっているかと言って部屋に連れ込んで採寸すべきだったか?
やはりお胸の発育度合いなどは、主人としてナノメートル単位で把握しなくてはならない。
その把握のために人間の持つ皮膚感覚の鋭敏な手、あるいは唇などで丹念に測定する必要があるだろう。
いや、カイラがやった後とは言え、やらねばなるまい。今日のサシャに相応しいプレイは決まった!
「だいたいこんなものでしょう~。さて、あとは話合いが必要なことになりますので~、一晩この方をお借りしてもいいですか~?」
「えっ」
サシャがビックリしたような表情をする。
今朝方にお互いに高めてしまった性感はくすぶったままだ。
この調子で行ってしまうとサシャはお預けとなる。
あなたはサシャの頭を撫でて、一晩いい子でお留守番できるね、と確かめるように言った。
これはサシャの剣のために必要なことだからしかたがない。あなたは心を鬼にした。
そう、サシャのため。あくまでも、サシャのためである。
サシャにお預けプレイさせておいて、自分はカイラと愉しむつもりとかそんなことはない。
サシャを一晩寝かせて熟成させたら最高に美味しかろうとかそんな目論みは一切ない。
あくまで、そう、サシャのためである。
あなたも今晩はサシャと愉しむつもりでいた。
それを断腸の思いで断ち切り、カイラとの話し合いに費やすのだ。
あくまでもサシャのためだ。だからこれは仕方がないことなのだ。
エルグランドの知己なら「はいはいサシャのためサシャのため」などと雑に流されそうな言い訳を内心で展開しつつ、あなたはサシャに諭すように言った。
サシャのための剣を作るのに必要なことなのだ。できる限り早い方がいい。
そのため、明日たくさん遊ぼうね、とサシャの頬を撫でつつ言った。
「……はぃ……わかりました……」
しょんぼりと耳の垂れ下がるさまは反則的に可愛い。
なんだろう、この耳と言うやつは。反則ではなかろうか?
こんなにかわいいお耳をぶら下げていたら、あなたのような金髪の女たらしに食われても文句は言えない。
「明日、そう、明日、たくさん遊びましょうね、ご主人様」
などと健気に笑うサシャ。やっぱり今夜もサシャと遊びたい。
この大陸に来てからと言うもの、あなたはサシャに首ったけである。
あなたは後ろ髪をひかれる思いを感じつつも、カイラとの話し合いのために席を立つのであった。
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