20話

「いい宿があるんですよ~」


 とのカイラの言葉で、あなたはカイラに先導されて町を歩いていた。

 この町のことはよく知っているようで、カイラの歩みに迷いはない。

 向かう先は、以前にセリナに案内された町の一等地である。


 躊躇なく高級店に向かうあたり、やはりカイラも金回りはよいらしい。

 あるいは以前、相当な散財を平気でしてみせたあなたの財布を当てにしているのかもしれないが。

 まぁ、それはべつに構わない。女の子に奢るのはあなたの好きなことのひとつだ。


 そして、辿り着いた先はこの町でも相当な高級宿に分類される『雪輝晶の夢亭』である。

 デートの後に女の子を連れ込むならここだな、とあなたがあたりをつけていた宿でもある。

 金さえ払えばコネ無しで宿泊できるという点がポイントだ。


 宿に入ると、すぐさまコンシェルジュがあなたたちを出迎える。


「ようこそおいでくださいました、カイラ様。本日はご宿泊でございますか?」


 カイラは顔が知れているらしい。

 まぁ、紹介しようというあたり不思議でもないが。


「はい、ひと部屋おねがいしますね~。空いてるお部屋はありますか~?」


「はい。ちょうど予約の入っていない部屋がございます」


 とのことで、あなたとカイラは部屋に案内された。

 一階の奥まった位置にある、広々とした部屋である。


 応接用のソファーとローテーブルのある応接室。

 食事を取るためのダイニングがひとつながりになったリビングルーム。

 そこに繋がるのはベッドが置かれた小さな部屋がひとつ。

 その奥にはクイーンサイズのベッドが2つ置かれていた。

 寝室の角へと眼をやれば、洒落たバーなどが設置されている。


 どう見てもロイヤルスイートの類である。

 部屋1つ貸せと言って無造作に貸し出される部屋ではない。

 思った以上にカイラはこの宿におけるVIPのようだ。


「あら~、いいお部屋ですね~。ちなみに料金はおいくらほどですか~?」


「いいえ、とんでもございません。カイラ様から料金など頂けるはずも。どうぞお好きにご利用くださいませ」


「あらあら~。では、お言葉に甘えて~」


「光栄でございます」


 などと言って退室していくコンシェルジュ。

 ロイヤルスイートをタダで使わせてもらえるとは、一体何をしたのだろう。

 凄腕職人かつ、特級冒険者とやらの師匠のほかにも何か肩書がありそうである。


「さて……」


 ここからはカイラとあなただけの時間だ。

 あなたの中で緊張が鎌首をもたげる。

 カイラをあなただけのお姫様にしてあげられなければ、カイラは死ぬ。


 しかも自殺である。割と真剣に意味が分からない。

 エルグランドでならば、笑って流せる話なのだが。

 一発ネタに死ぬ者は少なくなかったし、面倒な飲みの席を死ぬことで回避する者も居た。

 しかし、この辺りでの命の価値は極めて重い。笑って流せるものではない。


「まず、剣について詳しく詰めましょうか~」


 その辺りは真面目にやるらしい。

 あなたは拍子抜けしたような気持ちになりつつも、カイラと真剣に額を突き合わせて話し合った。


 基本は鉱石素材とする。

 主材は重さ、粘り、硬度、強度、その他諸々の条件がある。


 最も基本的なものとして、種々の鋼鉄を複数組み合わせて作る剣。

 粘り強く、よく切れ、折れない。そして見た目にも美しい。

 一般に模様鍛接と言われる剣の鍛造法だ。この鋼鉄の扱い方にこそ剣匠の技がある。


 この模様鍛接の巧みな鍛冶師の作った剣は、最上となると90度ひん曲げても元に戻る。

 よい剣はよくしなる。そして戻る。曲げたら折れる剣は粗悪品だ。本当に良い剣は曲がるのだ。


「ひとまず、試験片をたくさん持ってきましたので、色々試してみてくださいな~」


 そう言ってカイラが指先ほどの大きさの金属片を大量に机の上に並べた。

 パッと見でなんの金属なのか分かるものもあるが、分からないものもある。

 銅や銀と言った普通の代物に、組成が違うと思われる鋼鉄もある。

 アダマンタイトやオリハルコン、ミスリルと言った特殊金属もある。

 だが、それだけでは説明がつかないほどに試験片とやらが多い。


「お勧めはこれですね~。鋼鉄に対して、クロム、モリブデン、バナジウムと言ったものを添加した特殊合金です~。超高硬度合金なので、刃も長持ちですよ~」


 手入れの方はどうなのだろうか。


「難しいですね~。並の技術と力では磨きをかけるのも難しいです~。手入れは私に任せることになりますね~」


 ではそれはなしになるだろう。常にこの町にいるわけではないのだ。


「なるほど~……であれば、特殊加工が必要なものも無しですね~。これは私でないと研げないので~」


 カイラでないと研げないというのも凄い話である。

 研ぎに関してそんなに難しい技術が必要なのだろうか。


「ん~。厳密に言うと私でなくてもできるんですけど~。研ぐための道具が私でないと作れないので~」


 そう言うことであれば仕方ない。

 しかし、専用の道具が必要とは凄い材料だ。


「ダイヤモンドペーストが作れれば私以外にも研げますよ~。作れるものなら作ってみて欲しいですけどね~」


 そこにはカイラの圧倒的な自負があった。

 自分以外にできるわけがない、と言う絶対的な自信。

 それは慢心とも言えるだろうが、そう言えるだけの凄まじい代物なのだろう。

 ダイヤモンドのペースト、と言うのはあなたにしても想像がつかない代物だ。


 ダイヤモンドをペースト状になるまで砕けと言うことだろうか?

 しかし、鉱物を砕いても粘性が出るわけがない。

 となるとなにかしらの油脂材料に添加しろと言うことだろう。

 だが、ただそれだけなら真似できる者はいるだろう。


 おそらく、それだけではない、何か重大な秘密があるのだ。

 カイラでなければできないような、なにか凄まじい秘密が。


「鋼鉄系でないもので高性能なものとなると、単一材の方がいいですね~。高性能な特殊金属合金はよその町の剣匠の手には余ります~」


 そんなものもあるのかとあなたは興味本位で訪ねた。

 その疑問に、カイラは腰に下げていたカバンからナイフを取り出した。


「どうぞ使ってみてくださいな~」


 とのことなので受け取って、抜いてみる。

 姿を現したのは、滑るような異様な輝きを放つ黒い金属だ。

 一見してみるとアダマンタイトのそれに見える。


 だが、アダマンタイトにはない異様な光沢と輝き。

 指先で刃を弾いてみると、澄んだ高音が響いた。


 信じ難いことだが、これはアダマンタイトとミスリル、それになにかしらの普通金属を混ぜ込んでいるように思える。

 普通、こうした特殊金属は合金にしても意味がないと言われている。

 凄い合金にはなるのだ。だが、凄すぎて加工する方法が存在しない。

 超人の馬鹿力で形状をへし曲げることは可能だが、刃を作ることができない。

 または、瞬く間に劣化してしまうとか、そもそも合金にすることもできないとか、色々とある。


「よく分かりましたね~。アダマンタイト85%、ミスリル10%と言ったところでしょうか~」


 85+10=95で5%ほど足らないのだが、残りの5%はなんだろうか?


「色々ですね~。詳しくは秘密です~。アダマンタイトの強度と、ミスリルの魔力伝導性を確保しています~。ホワイトスチールと、ブラックメタルを足して割らなかった感じですね~」


 そのホワイトスチールとブラックメタルとやらはなんなのだろうか。


「あら、ご存知なかったですか~。ホワイトスチールはミスリルと鉄の合金です~。ブラックメタルはアダマンタイトと鉄の合金ですね~。どっちも作るのは難しいのですが~」


 もしかすると、この大陸の冶金技術はエルグランドよりも上かもしれない。

 エルグランドにはホワイトスチールもブラックメタルも存在しない。

 あるいは存在したのかもしれないが、既にその製造・加工方法は喪われている。

 仮にあったとすれば、エムド・イルの超科学文明がそれを可能としていただろう。


「一応これで剣は作れますよ~。まぁ、加工難易度と製造コストが大変グロいことになっているので~、天文学的な工賃を頂きますけど~」


 具体的にいくらほどだろうか。


「え~、剣にできるほどの良品の地金の歩留まりがおよそ8%ですので~、そうですね~……金貨400万枚ほどになりますね~」


 信じ難いほど高価である。ここはエルグランドだったろうか。

 エルグランドなら疑問ではないが、金貨の価値が極めて高いこの大陸では信じ難い価格である。

 と言うか歩留まり率が酷過ぎる。歩留まりと言うのは、良品と不良品を示すもので、8%と言うことは100個作って8個しか良品がなかったと言うことだ。


「これでも改善したんですよ~。最初は0%でしたからね~。農業と同じくらい天候任せで、漁業と同じくらい結果が分からず、職人芸が必要だから芸術染みてましたね~。半導体製造かな~?」


 ハンドウタイとやらがなにかは知らないが、初期は惨憺たる有様だったことが伺える。

 改善して8%で、それが許容されているということは、よほどの難易度なのだろう。

 であれば仕方がない。金貨400万枚を支払うだけの価値はあるのだろう。


「…………好きです」


 きょとんとした顔をされた後、愛の告白をされた。なぜなのか。


「あっ、いえっ、え、ええ……歩留まりの悪さに納得して、コストに見合った価値があると認められるのは嬉しいことなんだなって思いまして……」


 カイラも割と苦労していたのだろうか。

 まぁ、苦労していたのだろう。


「製造業って言うのはそう言うものなんですよ……ええ……フフ、高性能なCPUと、低性能なCPUの違いってなにか知ってます? 作ってみて性能が良かったやつを高性能CPUとして売って、性能が低かったやつを低性能として売ってるんですよ……」


 しーぴーゆー、と言うのがなにかはよく分からないが、カイラの眼を遠くさせるものなのだろう。

 あなたはとりあえずバーから酒瓶を持って来て、グラスに注いでカイラに差し向けた。

 カイラは受け取ると、それをガバリと一息に開けた。


 酒瓶から漂う酒精のキツさからして、きつめの蒸留酒だ。

 そんなものを一息で飲んだのだから、喉を灼く感触は相当なものだろう。

 カイラは眉根を僅かに顰めつつ、カンッと高い音を響かせながらテーブルにグラスを置いた。

 そして、酒精の混じった吐息を吐いた。魂まで吐き出すような重苦しい吐息だった。なんて男らしい飲み方をするのだろうか。


「いいものを作ろうとしても作れないのが半導体分野なんです。作ってみてよいものだったらよいものとして売る。悪ければ悪いものとして売る。そうするしかできないんです。技術の限界ですね……」


 いつもの間延びしたぽやぽやした口調はどこに行ってしまったのだろう。

 いつの間にか疲れた職人のような、落ち着いているが疲れの滲むような口調になっている。


「まぁ、私は半導体分野の人間ではないので、聞きかじった程度でしかありませんが……同じ製造業としてはその苦しみも分かりますよ……」


 フゥー……とまたもカイラが重苦しい溜息を吐く。


「その、パペテロイの製造も同じですよ……アダマンタイトの驚異的な耐食性は表面の強靭な酸化被膜によるものですが、合金にしてしまうにはそれが邪魔なんです」


 なんかむずかしい話になって来た。あなたはそう思いつつ自分もグラスに酒を注いで呷った。

 あなたは技術分野にはそれなりに明るい方だが、カイラの技術的理解は明らかにあなたを超えている。

 どちらかと言うとあなたは職人的に技術に明るく、カイラは職人的感性を持ちつつ科学者に近い方向性で明るいのだと思われる。


「アダマンタイトは、それ単体では耐食性は大したことありません。酸化被膜です。その酸化被膜があってこそアダマンタイトなんです。それがないとアダマンタイトはすぐ錆びます」


 アダマンタイトが錆びるという話自体が信じ難いのだが、カイラが言うからには錆びるのだろう、たぶん。

 あなたはそのように適当に理解しつつ、カイラの話を聞いた。

 こういう時はとにかく愚痴を聞いてやらなくてはいけない。剣についての話し合いは後回しだ。


「ですが、合金にする時にその酸化被膜は邪魔なんです。アダマンタイトの酸化被膜は強靭過ぎる……酸化被膜が合金としての成立を妨げるんです。混ぜてみたこと、あります?」


 ある。上手く混ざらなかったというのが結果だ。

 なぜそうなるのかは分からなかったが、いくら熱してみても混ざらないのだ。


「驚異的に強靭と言うのはそう言うことです。融点に達して溶けだしても、表面に耐えず酸化被膜が生成され続けているんですよ……合金化を妨げるほど分厚く強靭な酸化被膜がね。信じ難い特性ですよ……ま、その比重も関係しますが……ミスリルが3.6で、アダマンタイトが20.3もありますので」


 よく分からないが、その酸化被膜とやらが邪魔だということはよく分かった。


「ですから、合金にするためには酸化雰囲気下では実質的に不可能……非酸化雰囲気下である必要があります……そう、非酸化雰囲気下であればいいんですよ! そして、その驚異的な強度も!」


 いきなり猛りだした。今日のカイラは情緒が不安定だ。

 まぁ、先日の時も情緒が安定していたかと言うと微妙だが。


「粉末冶金ですよ、粉末冶金! 粉末冶金なら強度も酸化雰囲気も解決できる! 比重は宇宙合金化! まず、アダマンタイトを金属アルミニウムの金属蒸気下で焼結する必要があるんです。この時、タン……あっ」


 カイラがしまった、と言う顔をする。話し過ぎたことに気付いたのかもしれない。

 あなたにしてみればよく分からなかったので話されても意味不明でしかないのだが。

 しかし、カイラにしてみれば重大な秘密を口にしてしまったという認識のようだ。


「あー、えーと……い、いまの、オフレコで~……」


 オフレコと言うのがなにかは知らないが、文脈的に忘れろと言うことだろう。

 あなたは頷き、自分は何も聞かなかった、と宣言した。


「ありがとうございます~……えーと、まぁ、粉末状にしたアダマンタイトを上手いこと焼結すると、なんだかんだミスリルとの合金にできるわけです……」


 言いながらカイラが自分で酒をグラスに注いで、ぐいぐいと飲み干していく。

 前にも思ったが、カイラはかなり酒に強い。


「まぁ、それだけでは上手く行かないんですけどね~……酸化被膜問題が大きくて……もっと高度な科学技術による製造技術があれば、歩留まりだって90%近く改善できるはずなのに……」


 はぁ~、とカイラが重苦しい溜息を吐いた。


「ふぅ……とりあえず、剣はそのパペテロイにしますか~?」


 歩留まりが悪いとなると、製造に必要な素材が確保できないのではないだろうか。


「できますよ~。と言うより、確保済みなんですよ~。操業は常にやってますからね~。あれは製造にさえ成功すれば加工はアダマンタイトと同じでいいので~。お手入れも~」


 アダマンタイト製の剣と言うのは魅力的だ。それでいつつミスリルの特製も持つ。

 そうなると、非実体系の敵に対しても有効であることが想定される。


「はい、たしかにその特性もありますよ~。アダマンタイトの特製とミスリルの特製を併せ持ち、強度はアダマンタイト準拠、魔力伝導性はミスリルよりは劣りますね」


 極めて魅力的な素材だ。納期は如何程になるだろうか?


「ん~。1週間でなんとかなりますよ~。手直しも効きますしね~」


 であれば、それ以外に選択肢はないように思えた。

 あなたは、そのパペテロイとやらで頼むことにした。


「わかりました~。では、工賃その他コミコミで金貨400万枚になります~」


 あなたは持ち合わせはあるが、ここで出したら大変なことになるので後払いでと頼むことにした。


「むしろ金貨400万枚の持ち合わせがあるって何事ですか~……どこに持ってるんですか?」


 あなたは『ポケット』について説明した。

 実演として金貨を数枚取り出しても見せた。


「へぇ……もう1度お願いできます~?」


 カイラの頼みに頷き、あなたは再度金貨を数枚取り出して見せた。

 カイラはその動作をじっと見つめた後、無造作に『ポケット』の魔法を使って見せた。


「あ、なるほど~……こんな感じなんですね~。ちょっとこの発想はなかったですね~。異空間作っちゃう方が楽ですから、特定条件の物質のみ形而上領域に落とし込むのは……なるほどぉ……たしかに金と霊性は相性がいいですからね……」


 『ポケット』に出したり入れたりとしつつ、カイラがなにかを考え込んでいる。

 まぁ、『ポケット』が使えるのであれば話は速い。ならば金貨をこの場で払ってしまおう。


「そうですね~。金貨400万枚なのですが~……私のあなたのためなら、おまけしちゃいますよ~」


 などと言いながら、カイラは色っぽい流し目を送って来た。

 その秋波に答えなくてはあなたと言う女が廃る。

 あなたはカイラを抱き寄せると、耳元で甘く囁いた。


 二度と忘れられないくらい甘い夜にしてあげる、と。


「あっ……! その声、好きぃ……ぞくぞく、しちゃう……」


 あなたの甘い囁きに身悶えするカイラを抱き上げると、あなたはベッドへと誘った。

 カイラをたっぷり可愛がって、この世界で一番のお姫様にしてあげなくてはならない。

 今夜も眠れないな!

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