18話

「あぶぶぶ……ひ、ひたいですぅ……」


 散々マロンちゃんにボコられたサシャはひどい有様だ。

 マロンちゃんの攻撃には容赦と言うものがない。


 マロンちゃんは1分あればサシャの急所に5発叩き込めるだろう。

 それを10分かけて丹念に5発叩き込んだので手加減はしてくれているのだ。

 威力は手加減してくれないのでサシャはボロボロだが、元から威力自体が低い。


 マロンちゃんが渾身の力で打ち込んだところであなたはノーダメージ。

 サシャだって急所に5発も喰らっておいて、痛いとか泣き言を言えるくらいだ。


「銀貨5枚」


 あなたは金を要求してきたマロンちゃんに銀貨を10枚渡した。


「5枚多い」


 返そうとしてきたマロンちゃんを押し留め、あなたはサシャに向けて言った。


 サシャ、やれ。


「あ、あうぅ……は、はい……」


 と言うわけで、続行である。

 そのようにマロンちゃんに告げる。


「ふむ……おまえ、些か狂っているぞ」


 べつに狂って居ようがいまいがどうでもいい。

 これが効率的なのでそうする。それだけの話である。


「まぁ、よかろう」


 そう言うわけで、サシャは再度マロンちゃんにボコられた。


「ひん……い、痛いよぉ……」


 うずくまって呻くサシャ。急所に5発貰う前に、手足を痛めつけられているのでつらいのだろう。

 あなたはマロンちゃんに銀貨5枚を支払いつつ、サシャに声援を送った。


「さ……」


 さ?


「作戦タイムを要求します!」


 なるほど、勝ち目がないのでせめて作戦を練ろうと言うことだろうか。

 そう言う慎重なやり方は嫌いではないので、あなたはそれを認めた。


「ご主人様、あの、そのですね、なにをどうしようと勝ち目がないです」


 そんなことは分かっている。

 試合と言うルールの上で挑むなら、あなただってマロンちゃんに勝てるかは怪しい。

 だが、そもそも勝つことが目的で挑んでいるわけではないのだ。

 可能な限り戦い、マロンちゃんから戦技を学ぶのが目的である。

 究極的に言えば、戦闘技術の訓練にさえなればいくらボコられてもいい。


「おぉ……もぉ……」


 サシャが顔を覆って嘆きだした。どうしたのだろうか。


「あの、それ、つまり、私は殴られ放題になってろってことですよね」


 反撃は好きなだけすればいい。それが効果的かはともかく。


「そうなんですけど。あの、その、もうちょっとこう……なにか、あるでしょう!?」


 なにかとはなんだろうか。

 少し考えてから、あなたは十数本のポーションを取り出した。


「えと、これは?」


 このポーションを呑むと潜在能力が覚醒する。

 潜在能力が養われるという説もあるが、結果は同じだ。

 要するに、訓練の効率が飛躍的に向上するのである。


 肉体能力に利くタイプと、技術に利くタイプの2種類があるが、これは後者。

 前者の場合は単に全般的な肉体増強効果で、後者は脳の覚醒作用がある。

 ヤバいお薬だという説もあるが、そんなこと言ったらエルグランドの薬の大半は劇薬なので問題ない。


「そんなすごいポーションが!?」


 そう言うわけなので、これを全部飲めとあなたはサシャに命じた。


「えっ、これを全部」


 1本あたりの容量は100ミリリットル程度だろうか。

 それが20本ほどあるので、2リットルと言うことになる。

 大丈夫大丈夫、胃の容量的には楽勝だから。あなたはそう告げた。


「え、いえ、でも、そんなにたくさん……」


 あなたはニッコリと笑って、サシャに安心させるように告げた。

 吐いても1度飲んだポーションの効果は消えないので、キツくなったら無理せず吐けと。


「ええ……」


 吐きながらポーションを飲みまくるのは修行における嗜みである。

 最早ポーションを飲んでるというより、あなたを介して大地に還っているとかそう言うレベルで吐くのだ。

 なあに、吐いても薬効は取り込んでいる。なんら問題はない。

 そのため、わがままを言うとお仕置きをするとあなたはサシャに厳しく言った。


「うぅ……お、お仕置きってなにをされるんですか……?」


 あなたはちょっと考えた。ベッドの上のお仕置きは最高に楽しい。

 しかし、近頃のサシャに対してそれはお仕置きになるか微妙なところだ。

 お仕置きと称してのそうしたプレイならいいのだが、今回はダメだ。

 今回のお仕置きは、本当にきついお仕置きである必要がある。


 あなたのペットに対する本気のお仕置きは種々様々だが、唯一食事に関してだけはしないと決めている。

 たとえあなたが飢えようともペットにはキチンと食べさせなくては飼い主の品格が問われる。

 そのため、あなたは食事抜きなどのお仕置きだけは絶対にしないと決めているのだ。

 しかし、食事の量と栄養さえ確保すれば、内容に関してはまぁ自由でいいだろう、と言う柔軟性もある。


 あなたは手っ取り早く身体能力その他を伸ばすため、今後1か月ほど食事は全部ハーブにすると告げた。

 訓練の時に食べる、と言う言いつけは未だ守っているが、それ以外の時は見たくもないと言った様子を隠さないハーブ。

 3食におやつまでもが全てハーブになる。そんな地獄めいた日々を想像してか、サシャの顔色が一気に悪くなる。


「飲みます」


 サシャは顔を蒼くしながらもポーションに口をつけた。

 よっぽど嫌だったらしい。あなたも泣いて許しを請うレベルなので疑問でもないが。


「ん、んぐ、んっ、んっ……」


 必死で飲むサシャだが、10本ほど飲んだところで眼に見えて勢いが衰えた。

 それでもがんばって11本目に挑むサシャだが、入っていかずに口の端からポーションが零れる。


「う、うぐっ、うっ、うぶっ……うぶぶ……」


 あなたはジャンプしろとサシャに告げた。ジャンプして胃の中身を攪拌すると、なんとかなることもある。

 ぴょんぴょんとサシャが跳び、それを数度ほど繰り返すと、先ほどよりはなんとか入っていく。

 17本ほど飲んだところでまた眼に見えて勢いが悪くなり、またぴょんぴょん跳び、追加で1本。


「おえっ……うっ、ううっ、ううううう……!」


 しかし、残る2本がどうしても入らない。

 あなたは無理せずに吐けとサシャに忠告した。


「で、でも、うぷっ……」


 その状態で腹を叩かれたら、最悪胃が破裂する。

 べつに破裂したところでさっさと治せばそれでおしまいだが。

 胃が破裂するとめちゃくちゃ苦しい。おすすめはしない。

 そのため、あなたはサシャの背後に回ると、そっとサシャを後ろから抱きかかえた。


「ご主人様……?」


 あなたはぎゅっと腕を締め、斜め下からサシャの胃袋を刺激するように腕を持ち上げた。


「うっ」


 サシャの乙女の尊厳が放出された。




「ひぃ、ひぃぃ……」


 2本のポーションを追加で飲み干し、サシャが泣きながらマロンちゃんに挑んでいく。

 短剣で挑んだ後は長剣で挑ませ、ついでに素手、それから投石主体でも戦わせた。

 潜在能力向上のポーションは種々の技能に効くため、1度大量に飲んだら一通りの訓練をするのが効果的だ。

 ボロボロになったサシャに回復魔法を施し、一通り終わったね、とあなたはサシャに語り掛けた。


「はひ……」


 あなたは20本の潜在能力向上のポーションを取り出し、これを飲めと告げた。

 飲んだらまた一通り挑むのだ。あと3回くらいやっておきたいところである。


「ああ……!」


 サシャが泣きながら地面に突っ伏してしまった。どうしたのだろうか。


「……おい、今日は店じまいとする。挑むにしても明日にしろ」


 これは失礼をしたとあなたはマロンちゃんに謝罪した。

 考えてみれば、マロンちゃんも連戦続きだったのだ。

 1時間近くも戦いっぱなしだったのだから、苦戦するような相手ではないとはいえ疲労はあるだろう。


 殊に、マロンちゃんの戦闘はかなりの集中力と繊細な身体制御が求められる。

 疲労感は並大抵のものではあるまい。1時間の戦闘でも相当の消耗だろう。

 見る限りそんなに疲れてるようには見えないが、あくまで商売は余力で行っているのかもしれないし。


 では、今日はとりあえず帰ろうとあなたはサシャに告げた。


「はい…………」


 うつろな目でサシャが返事を返し、ふらふらと歩き出す。

 そっちは宿の方向ではないのだが。あなたは苦笑すると、サシャの手を引いて歩き出した。

 なんでか知らないがいっぱいいっぱいといった雰囲気なので、このまま宿で休もう。





 宿に戻るとレインが下の食堂でぼんやりとお茶を飲んでいた。


「あら、おかえり……どうしたの?」


 憔悴しきった、と言う表現が相応しい状態のサシャにレインが訝し気な顔をする。

 あなたはちょっと訓練をしたらこうなってしまったと伝えた。なんでか分からないのだ。


「な、なんでか分からないと仰いましたか……」


 サシャにすごく批難がましい目で見られた。なんでだろう。

 吐きつつも訓練をするのは冒険者の嗜みと言っていい行いだ。


 あなただって潜在能力のポーションを吐くほど飲みまくって鍛えて来た。

 その他にも、なにかしらの能力が鍛えられるポーションがあれば吐くほど飲んだ。

 あなたにとって訓練の中で嘔吐するのは普通のことなのだ。


「ご主人様って……訓練の方法も頭おかしいんですね」


 サシャに直球で貶された。


「ええと……なにがあったの?」


「潜在能力が伸びるというポーションを20本無理やり飲まされて、それで吐いた後に戦闘訓練をさせられて散々嬲られました」


「……もうちょっと加減してあげなさいよ」


 あなたはええー……と嫌そうな声を発したが、仕方がないとも思った。

 これが一番効率的なのだが、サシャの精神的消耗が激しいことも分かった。

 そのため、朝から昼にかけて20本を飲んで、午後に訓練をするという形にしよう。


 これならば短時間で全て飲むのではないため、吐くような事態にはならない。

 効率は下がるものの、考えてみればサシャはあなたほどの超スピードで行動できない。

 今の活動速度がサシャの上限速度なのだ。それを思えばこれが一番効率的かもしれない。


 あなたの場合、常人の何百倍何千倍の活動速度を発揮することが可能である。

 ポーションを飲んで、一通りすべての技術を磨いても1分も経っていないくらいだ。

 加速していればその分だけ腹が減る速度も速くなるが、そうだとしても胃の容量が負ける。

 だから吐いて訓練して吐いて訓練して、と言う無茶をしていたわけだが。


「よ、よかった……ナチュラルに鬼畜な訓練をさせられて、私ご主人様のこと嫌いになりそうでした……」


 あなたは顔を蒼くしてサシャに謝った。そんなにきついとは思わなかったのだ。

 あなたにしてみれば日常だが、サシャにしてみれば非日常だったのである。

 エルグランドの常識はこちらにおける非常識と言うことを忘れていた。


「そ、そうですか……いえ、ほんとにもう、こう……ご主人様が遠い……」


「割と言動はそれなりにまともなせいで時々常軌を逸した真似をすると困惑するのよね」


 しみじみとレインがそのように言うが、あなたにしてみるとどれもこれも常識的な言動のつもりなのだ。

 エルグランドで培った常識と、この大陸の常識があまりにも違う。そう言うことでしかない。


「そう言えば、途中でフィリアに会わなかった? まだ帰ってないのよね」


 あなたは首を振った。フィリアは見かけていない。

 買い物をするにしても、随分とかかっている。

 フィリアの実力であればそう心配はいらないと思うが、なにか面倒ごとに巻き込まれている可能性もあるかもしれない。


 少なくとも町中にいるのは間違いない。

 なぜわかるかと言えば、サシャにも施している生命力の接続をしているからだ。

 これを施すと、ペットがどのあたりにいるかが大雑把にだが分かるのである。


「……初耳なんだけど?」


「前に私がどこにいても分かると言っていたのはそう言う……」


 こちらにだってそう言う類の魔法とか道具くらいはあるだろう。

 あなたはそのように適当に答えたが、レインは首を振った。


「たしかに遠く離れた仲間の状態が分かる魔法はあるわよ。でも、あなたのそれ、サシャが把握してない感じからして永続でしょ?」


 あなたは頷いた。基本的には解除しない限りは永遠にそのままである。


「そんなに高度じゃない奇跡……要するに神官の魔法ね。その中にある『状態確認』の魔法を使えばほとんど同じことはできるけど、効果時間がそんなに長くないのよ。フィリアでも半日くらいが限界じゃないかしら」


 それは不便である。まぁ、別行動をする必要がある際に都度かければいいだけではあるのだろうが。


「それ、お互いに対してやっておいたら便利じゃない?」


 言われてみればたしかにそうかもしれない。

 エルグランドでは常にペットを追随させていたので、場所の把握はほぼ無意味だったのだ。

 あなたとしては生命力の把握が主眼にしか考えていなかった。


 しかし、こちらではペットではない仲間のレインがいる。

 また、こちらの大陸をよく知らないあなたではフィリアの求める道具などを調達できない。

 だからこそいまフィリアはワンドの材料を調達するということで出歩いている。

 そう言った事情を考えれば、お互いの位置を大雑把にだが把握できるのは便利だ。


 あなたは生命力の接続をするための道具を取り出した。


「それがその道具なの?」


 あなたが取り出したものは、聴診器と言われる道具だ。

 本来は心臓の音を聞くための道具だが、心臓の音を聞くとは生命の鼓動を感じるということでもある。

 そうしたなぞらえの形を用いて、相手の生命力を把握することができるわけだ。


「へぇ、聴診器。そう言う形のもあるのね。こう、小さいラッパみたいなやつじゃないのね」


 それはだいぶ古いタイプの聴診器である。

 まぁ、あなたが持っている聴診器もエムド・イルの時代で主流だったもので、新しいものではないが。

 あくまで型がエムド・イルのもので、これ自体は割と新しいものではあるのだが。


「それをどうするの?」


 あなたは聴診器のイヤーピースを耳に差し込むと、サシャに胸元をはだけるように言った。


「ええっ!?」


 ちょっとだけ、さきっちょだけだから。そのように言うと、サシャは少しだけ胸をはだけた。

 恥ずかしそうにしながら、周囲を気にしてはだける姿には格別の滋養がある。

 あなたはその光景を堪能しつつ、サシャの胸にチェストピースと言う部分を当てて心音を聞く。


 恥ずかしくてドキドキしているのだろう。サシャの心臓の鼓動は速い。

 その鼓動を感じていると、魔法の道具特有の感覚を感じる。

 目の前のサシャとの繋がりを切るかどうかと言う感覚だ。もちろん切らない。


 あなたはサシャからチェストピースを外す。

 そして、レインに向かって、このようにやる、と伝えた。


「んん……聴診器って言うからには……そう言う風に使うのが正しい……のよね……」


 あなたがスケベ目的でやったのか、道具本来の使い方なのか、レインが悩んだように言う。

 スケベ目的があるのは事実だが、これが本来の正しい使い方でもあるのだ。素肌につけなくてはならない。

 あくまでも主目的が鼓動を聞くことなので、服越しでもイケるといえばイケるのかもだが……。


「あ、あとで部屋でやりましょう。ええ、寝る前とかに……お風呂に入ったあとでね」


 あなたは頷いた。

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