6話

 あなたたちは次の階層への入り口を発見した。

 飛び石の只中にぽつんと佇む、小さな石窟への入り口だ。

 ソーラス迷宮の入り口である、1層『大森林』に佇むソレと印象は似ているだろうか。


「5層、6層と来て、正気かと思うくらいに広かったから拍子抜けね?」


「ですね。直線距離で言うと……それこそ10キロも無いのでは?」


「バラケとの遭遇と、その際の戦闘時間、休憩を考えても……そうですね。たしかにそれくらいか、それよりもっと短いかと。お姉様はどう思います?」


 フィリアに問われ、あなたはそれくらいじゃないかなと答えた。

 昨日はサシャの魔力の枯渇で休息に入ったので、活動時間だけで言えば3時間も無いと思われる。

 バラケとの戦闘がなければ、4時間程度でここまで来れたろう。


 戦闘があったにしても、サシャの魔力の枯渇がなければ1日で終わったかも。

 次はレインがもっと頑張るか、サシャが術者としての実力を伸ばせばいい。

 レインとサシャが同程度に魔法を使えば、サシャの方が先に枯渇するのは当たり前だ。


「そうね。このくらいの距離であれば、私がもっと積極的に範囲魔法を使えば、1日で踏破できるかもしれないわ」


「魔法の勉強を頑張ります」


「ま、ほどほどにな。そこな女たらしもいざとなれば使うだろうからな」


 あなたもこの大陸の安心安全な魔法はサシャと同程度までは使用している。

 ただ、魔力量は以前のサシャと同程度、つまり標準的な魔法剣士程度に抑えている。

 なので、『火球』の使用回数はほんの2回と言うことにしてあり、いざという時の保険に残してあるのだ。


「うちってホントに恵まれてますよね……『銀牙』も私とミセラがいたし、アルベルトもハロルドも低位の魔法なら使えたのですごく恵まれてましたが……」


「そうね。うちは恐ろしいことに、全員が魔法使いか魔法剣士って言う贅沢なことこの上ないチームだものね……」


「普通は術者ってこんなゴロゴロいませんからね……」


「まぁ、数自体は居ますけど……腕利きはあんまり、ですからねぇ」


 この大陸ではあちらこちらで魔法の産物を見かける。

 そして種々様々なものに魔法を組み込む創意工夫が見受けられる。

 そのため、魔法使いは種別問わずあちらこちらの工房で引っ張りだこだ。

 まぁ、安全だし、給料も高いしで、そちらの道を選ぶ者は多いだろう。

 母数が少なければ、高位の術者も少なくなるのは当然だし。


 そう言う意味ではなるほど、たしかに『EBTG』は恐ろしく恵まれている。

 『エトラガーモ・タルリス・レム』が苦戦しているこの階層も踏破出来た。

 彼女たちの苦闘は、まさに魔法戦力の薄さが原因だろう。

 この階層の主たる戦闘要員がチーただ1人では厳しいことは間違いない。

 チーはドルイドに近い術師らしく、攻撃魔法は得意ではないらしいし……。

 カイラならまず間違いなく範囲攻撃魔法も使えはするのだろうが。

 たぶん、あなたと同じような理由で実力を制限しているのだろうし。


「まぁ、魔法と魔力の配分に関しては次の課題ね。この階層の全容が見えた事だし、次はもっとうまくやれるわ」


「そうですね。今は次に進みましょうか」


「ああ、次で終わりだといいのだがな」


 そんな調子で、あなたたちはまったく未知の階層たる8層へと足を踏み入れたのだった。

 町中でいくら情報を集めて、8層の情報はなかった。そのため、階層名すら不明である。

 というよりも、記録に残る限りにおいて、あなたたちが初到達なのである。

 つまり、あなたたちが命名をするべき場面なのであった。



 あなたたちは名も無き8層へと足を踏み入れる。

 するとそこは、ひどく無機質で冷たい空間だった。

 足元は独特の柔軟さを備え、滑り易くも、滑り難くもない独特の質感がある。

 壁はコンクリートのようだが、恐ろしく精密かつ滑らかに打たれている。

 広さはさほどではなく、廊下のような印象のある空間だ。

 10メートルほど先に大きな扉があり、そこに入れと言わんばかりだ。


「あら、随分と現代的な感じね」


 あなたに続いて入って来たレインがそんな調子で零す。

 壁のコンクリートは大分昔からあるが、足元の素材がよく分からない。

 そう思ったのだが、床にナイフを刺しているサシャが説明してくれた。


「これ、リノリウムですね。薬師様のところで使ってましたね」


「最新素材じゃないの。洒落た人だったのね」


「そうなんですか? リノリウムには抗菌作用……細菌に強いから採用したと言ってましたが」


「へぇ、そんな効果あるの。初めて聞いたわ」


 リノリウムなる床材は近代からある代物らしい。

 コンクリートはざっくり200~300年ほど前からあるだろうか。

 それを考えると、随分と現代的な構造と言える。


「とりあえず、道筋はハッキリしているな。あの扉に入れということだろう」


 まぁ、べつに周囲の壁を掘ってもいいが。さしたる意味はないだろう。

 あなたたちは奇をてらうことなく、その扉へと進んだ。

 金属製の扉で、あなたはそれを掴んで罠の可能性を考えつつもゆっくりと開ける。

 幸いにも罠は何もなかったようで、なにかしらの作動音も無い。


 僅かに開いた隙間から中を覗き込むと、内部は広々とした空間だった。

 ざっと縦横共に50メートルはありそうな空間で、高さも同様だ。

 そして、その広々とした空間に、金属の人型が佇んでいた。


 手には巨大な剣が握られており、分厚そうな金属の板といい、戦士の姿と見える。

 胴体と頭部が一体化したような独特の姿だ。シルエットだけで言えば、頭部がないようにも映る。

 体高はザックリと6~7メートルほどだろうか。超大型、巨人の分類に入る。

 手足の細さや、関節の形状からして、鎧を着込んでいるわけではないのでゴーレムのようだ。

 あなたは背後に振り返ると、超大型サイズのゴーレムが敵のようだ、と伝えた。


「それはまた。厳ついやつが来たわね」


「ゴーレムですか……血が出ない相手は、苦手というか、面白くないというか……」


「超大型サイズの敵はヒャンで慣れてますよ。7メートルなら小さいくらいです」


「ゴーレムは苦手なのだよな……急所と言うものがないから。ちょっと見せてもらえるか? せめて脆弱部位を狙いたい」


 レウナの言葉に従い、あなたは扉を抑えつつも覗くようにと促した。

 レウナがあなたの横について、そっと扉の先を覗き込む。

 数秒ほどじっくりとゴーレムを眺めた後、1歩下がって立ち上がると、目元を揉んだ。


「なんだ今の?」


 なにか衝撃的なことがあったらしい。

 それが気になったのか、他の面々も続々と中を覗き込んだ。


「たしかにすごい独特の形態をしてるわね」


「ですね。なんと言うか、角ばってる感じがするというか」


「ゴーレムと言うと鎧みたいなものだと思ってましたが、生物っぽい姿ですね。目が1つなので、サイクロプスを模したゴーレムでしょうか」


「言われてみるとたしかにそんな感じかもですね」


「もしかしてあの平たい感じの鎧は、木の板を鎧替わりにしてるって表現なのかしら?」


「あーなるほど。金属加工技術がないなら、木の板を四角く平らに切り出すのが一番鎧として役立ちますからね」


 言われてみるとたしかにそんな感じである。

 これは原始的な鎧を纏ったサイクロプスを模したゴーレムだと言われれば納得できる。

 その一方で、レウナはなにやら微妙な表情をしてあなたたちを見ていた。

 あなたはレウナにどうしたのかと尋ねた。


「サイクロプスを模したゴーレムでないことは分かっている。分かっているのだが、これをどうやって説明すればいいのか分からないんだ」


 あなたはいまいち意味が分からないなりにレウナに説明を求めた。

 伝わる伝わらないは考えなくていいから、とりあえず説明してみてくれと。


「絶対わからんと思うが、それでいいのか」


 それでもかまわない。もしかしたらわかるかも。


「量産型の人型ロボットだろあれは」


 人型ロボットならもうちょっと丸みを帯びた形状で作るだろ。

 あなたはレウナの端的な説明に対し、直球にそう返事をした。

 エルグランドにはエムド・イルの超科学文明の遺産があるので、ロボットと言うものの理解はある。

 ロボットにも色々種類があるが、人型となるとアンドロイドと言う小分類がされる。

 アンドロイドは人の形態を模すものなので、もうちょっと人間がましい姿にするはずだ。


「すまない、大雑把に言い過ぎた。あれはドラグーンと呼ばれる種類の量産型の人型ロボットだ」


 ドラグーン。竜騎兵と言う意味であり、騎馬銃兵のことを指すが……。

 聞いたことのないロボットの小分類だが、それでなんとなく分かった。

 これは手足があることを指して人型と言っているのであり、厳密な人型ではないのだろう。

 しかし、そうだとすると、レウナはいったいそれをどこで知ったのだろう。


「星屑戦争の時、傭兵として雇われていた『プレデターズ』と言う傭兵集団が使っていた」


 すると、アルトスレアで造られているということだろうか?

 こんな面白そうなもの、アルトスレアを旅した時にはなかった。

 以前旅したのは大分昔なので、それから造られたのかも。


「いや、そうではない。彼女らはジャバウォックと言う空を泳ぐ船を使い、アルテミスと言う遥か彼方からやって来たという」


 空を泳ぐ船。つまり、飛行船とか飛空艇と言うやつだ。

 アルテミスと言うのはちょっと聞いた覚えがないが、おそらく地名だ。

 あなたの行ったことがないファートゥムの地名なのかもしれない。。

 あの大陸は混沌の大陸であると言われ、未知の技術が存在するというが……。

 まぁ、その辺りの考察はとりあえずはいい。考えても分からないし。

 とりあえず、レウナが情報を知っているなら役立てよう。

 あなたはそのドラグーンなる存在の弱点について聞いた。


「あるのかもしれんが、わからん。メモリユニットを破壊すれば、戦闘経験値を喪失するので弱体化するらしいが……アレがそんな尋常の存在かは分からん」


 なるほど、さっぱりわからん。

 あなたは聞き慣れない単語に首を傾げた。


「まぁ、普通に破壊するしかなかろう。銃火器で武装している可能性もあるので気をつけろ」


 そちらは値千金の情報だ。あなたはみんなに警戒を促した。

 そして、後は度胸あるのみだと、戦闘への突入を宣言した。


「話の内容は分からなかったけど、要するに魔法によらないゴーレムってことよね? つまり壊すしかないわけね」


「明白な弱点がないとすると、あの体格からして足を破壊するのが一番ですね。足を重点的に狙うことにします」


「銃火器への対処として、私は術者として戦いますね。矢避けの魔法で銃弾も防げるはずですから」


 全員、意気込みは十分なようだ。

 では行くぞと、あなたは扉を開け、中へと飛び込んだ。




『侵入者を検知。ライデン起動。ライデンソード抜刀。自律モードにて侵入者を排除します』


 ドラグーンなる巨大ゴーレムから、男性の声でそのような声が聞こえた。

 言葉の内容は不明だが、あなたたちの迎撃が目的であることは手にした剣を構える姿から明白だ。

 あなたはサシャと共にゴーレムへと肉薄すると、ゴーレムがあなたへと向けて剣を振るってきた。


『対降下猟兵白兵戦用長剣の装備を確認。対ドラグーン装備目標をトラッカーに入力。指示目標002の排除を優先』


 幅広の巨大刀剣が恐ろしい重さであなたの剣へと叩きつけられてくる。

 無造作に受けたが、威力に耐え切れず、あなたの足が宙へと浮かんだ。

 総重量10トンを超えるあなたを浮かすとは、膂力も凄まじいようだ。

 これでは迂闊に受けられないので、全て躱すのが基本になるだろう。


 あなたは空中で姿勢を制御すると、吹き飛んだ先で着地。

 体に不調はなく、剣も刃毀れひとつない。超高額合金パペテロイ製なだけはある。

 あなたは剣を手に再度ドラグーンへと向かう。


 ドラグーンの剣を躱すべく後ろに跳んだサシャの横をすり抜け、剣を潜り抜ける。

 そして、手にした剣をドラグーンの足へと叩き込まんとする。

 が、その直前にドラグーンが火を噴いて突如として後退。あなたの剣が空を切る。


『身体強化を確認。ナノマシンによる体質強化と推定。対ナノトルーパー戦術をベースに戦術目標を再入力。バトルフレーム装備は未確認、脅威度を下方修正します』


 あなたたちの背後から、レインの放ったであろう雷撃が飛んでくる。

 それはドラグーンに直撃するも、さほどの痛手を与えたようには見えなかった。

 フィリアのクロスボウと、レウナの弓による攻撃も、その装甲に弾かれるばかり。

 あなたは凄まじく堅固な装甲に舌打ちをした。その上で機動力もあるとは厄介極まりない。


『放電兵器による受傷。電子機器保護の貫通は認められず。損害軽微。排除を続行』


 ドラグーンの剣戟があなたへと奔る。

 あなたはそれを躱しざま、ドラグーンの手を斬りつける。

 表面で激しい火花が散り、あなたはそのまま攻撃を潜り抜ける。

 続けざまにドラグーンの振るう剣を躱しながら離脱する。


『右腕マニピュレータに受傷。損害軽微。排除を続行』


 深く切り付けたが、分厚い鉄板を突破することが出来なかった。

 装甲の硬さ自体が凄まじいし、その上で動きが恐ろしく洗練されている。

 刃を当てた瞬間、指の角度をずらして表面を滑らされたのだ。

 だからこそ激しく火花が散った。ドラグーンの指を覆う装甲、その薄皮一枚しか剥がせなかったのである。


「ご主人様の剣が通らない……!?」


 サシャが驚愕している。あなたも驚いている。

 こんなに恐ろしく上手い体の使い方をするゴーレムなんて見たことがない。

 これは強敵だ。面白いではないか。

 あなたは笑うと、ちゃんと戦うかと気合を入れた。


 あなたはサシャに突っ込めと指示を出した。

 サシャの好きなようにやり、後はあなたがうまくやってやる。

 そのような指示であり、サシャはそれをよく弁えている。


「行きます!」


 そして、そうとなったら脇目も振らず、一直線なのがサシャのいいところである。

 サシャは賢く、頭の巡りもよいし、気も利く。細やかな気遣いができる人間だ。

 そのため、戦闘中の繊細な気配りもできるが、必要とあらばそれを全てぶん投げることのできる潔さがあった。


 剣を大上段に構え、全身全霊の突撃。

 その心魂万感をただ一撃に込めると言わんばかりの裂帛の気合。


『対降下猟兵白兵戦用長剣の装備を確認。指示目標001を迎撃』


 ドラグーンの剣が、サシャの胴体を両断する軌道で振るわれる。

 あなたはそれに横から割り込むと、手にした剣をドラグーンの剣へと叩きつけた。

 あなたの溢れる馬鹿力がドラグーンの剣を捻じ伏せ、地面へと激突。


「おおぉぉおっ!」


 その剣を握る手を足場に、サシャが跳躍。

 その勢いのまま、ドラグーンの脚部へと肉薄した。

 全身の筋肉を連動させた、目いっぱいの叩きつけが振るわれる。

 本気で後先を考えていない、捨身も捨身の一撃。

 相手が耐えたら、そのままサシャの負けが確定するくらいの捨身だ。


 その一撃は、ドラグーンの左脚部を深々と切り裂いていた。

 途端にバランスを崩し、転倒しかけるドラグーン。

 だが、すぐさまバランスを取り戻すと、即座に直立状態へと復帰する。


『脚部破損。ゼロ・モーメント・ポイントを再測定。キャリブレーション再設定。歩行システムを再起動します。指示目標001の脅威度を上方修正。白兵戦用長剣にサイコフィールドを認識。目標をサイコソルジャーと認定』


 なにやら長々と喋っているが、警告とか挑発だろうか?

 ほぼ片足のみで立って居るはずだが、不安定さを微塵も感じさせない立ち姿だ。

 だが、ダメージを受けているのは間違いない。そして、同時に複数の身体制御が難しいらしいことも分かった。

 あなたが剣を叩き伏せていたので、足を捩ってダメージを減らすのがうまくできなかったのだろう。

 あなたはまだいけるね? とサシャに声をかけ、次なる連携を指示した。


「はい。次は足を叩き落としてやります」


 いい子だ。あなたはサシャを褒めると、再度の攻撃に打って出た。

 それから数度の連携を経て、あなたとサシャはドラグーンを破壊することに成功した。

 戦いは地味だったが、かなりの難敵だった。

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