5話
あなたは手短にサシャたちに説明した。
ブレウはサシャが1人立ちした姿を見て、寂しくなってしまったこと。
そして、ブレウは強いあなたの種が欲しくてたまらなかったこと。
女同士で子供が作れると教えたら、即座に子作りを誘われたのだ。
「……なる、ほど。状況は、理解した……と、思います……」
「ウソ……じゃないのよね?」
「じゃないですね。お姉様は本当のことを言ってます」
フィリアの『真偽探知』により、あなたの言葉の真贋が鑑定されている。
話術でうまくはぐらかすことも可能な呪文だったりするが……。
今回は端的な言い方をしたので、呪文を上手く躱したわけではない。
「ううん……これ、ご主人様はそこまで悪くないですよね……?」
「うん、まぁ、そうね」
「と言うか、あの、そもそもですけど」
「はい?」
「ブレウさんは既婚者なわけですが、夫は5年も行方不明になっていたわけで、実質的に寡婦のようなものだったわけでしょう」
「はい」
「寡婦を孕ませて捨てたら悪党ですが、生活の面倒を見て、孕ませた子を我が子と認知するのは美徳では?」
「それはそう」
フィリアの言葉にレインが深く納得したような態度を見せる。
サシャも言われて気付いた、という顔をしている。
「おい、待て。それならそれで寡婦を娶ってからするべきだろうが。この大陸では違うのか?」
「常識的にはそうなんだけど。寡婦の面倒を見るのって、基本的には寡婦の元夫の知己が多いから……既婚者の場合が多いのよね」
「基本的に重婚って認められてませんからね。なので、寡婦が再婚するって言うのはすごく稀です」
「軍では死んだ上官の妻の面倒を見るのは部下として最も基本的なこととか言う話もあるらしいですし……」
なるほど、文化的というか、制度の穴を突くやり方ではそうなると。
「ですので、お姉様が孕ませたという驚天動地の事実はともかく……倫理的にそこまで悪いことはしていないというか……」
「1年行方不明だったら死んだものと扱うって言う慣習もあるし、5年近く待ったなら十分夫には義理立てしてるわけだし……」
「我が子を認知するのはもちろん、上の子も面倒を見ていると言えなくも無いわけで……」
「そうね……未亡人に対する振る舞いとしては、最上と言えばそうなんじゃ……?」
「強いて言うなら亡夫のお墓を作ってませんが、行方不明者の墓を建てるのは……」
どうもあなたの行いはセーフだったらしい。
意外だ。サシャに刺される覚悟もしていたのだが。
あなたにナイフが刺さるかはともかくとして。
「あの、ご主人様」
なんだろうか。
「遊びでお母さんを孕ませたわけじゃないんですよね」
そんなことはしない。あなたは生まれて来る命には責任を持つ。
我が子として精一杯愛するし、その将来も守ってやりたいと思っている。
もちろん認知しろと言うなら認知する。どうやって認知するかは知らないが。
「よかった……私の妹も、ちゃんと愛して……愛し……あ、あの、あの!」
なんだろうか?
「そ、その、て、手を出したり……しない……ですよね……?」
いくらなんでもそんなことはしない。
それが義理の娘なら手を出したとは思うが、実の娘ではありえない。
「そう、ですよね。いくらなんでも実の娘まで……実の……エルグランドにも、実の娘が……い、居る……?」
「ねぇ、あなた、エルグランドに……いえ、なんでもない……聞きたくないわ……」
「そうですね……我が子が1000人くらいいるとか言われてもおかしくないのが怖いので……」
聞きたくはないとのことなので、黙っていよう。
「でも、そっか。それであなた、産休とか育休とかの制度を作ってたのね」
「ああ、なるほど。私はてっきり、未亡人や妊婦まで囲うのかと……」
「どっちにせよ相当アレではありますね……」
「いいことではあるでしょ。女性の社会進出とか、なんかそう言うアレで」
「でも、妹……妹かぁ……弟も欲しかったけど、妹もいいですよね……ふふ、妹かぁ……」
なんて楽し気に頬を緩めて呟くサシャ。
姉妹とはいいものだ。3人の妹を持つあなたはそう思う。
母娘では分かち合えないものも分かち合えるし、助け合える。
あなたの父も、2人は1人に勝ると常々言っていた。
それが姉妹なら、なおのこと強い力を発揮できるだろう。
父曰く、ツープラトンこそタッグマッチの華らしい。
それが具体的にどういう意味かは知らないが、そうらしいと聞いている。
「それにしても、女同士でも子供が作れるのね……ふうん……そう……」
「凄いですね、エルグランド……女同士でも……」
「女同士で子供を作って、なにか問題とか起きたりは……?」
ないんじゃないかな? あなたは確証はないがと断りつつもそう答えた。
少なくとも、あなたの知る限りにおいて同性同士での妊娠出産に問題が起きたとは聞かない。
あなた自身、その同性同士で出来た子なのだし。
「あなたを実例に出すとしたら、壮絶な問題が起きてると判断することになるんだけど」
「そうですね。人格はともかく、自我の構造に相当な問題があると思います」
「肉体面ではどうやら問題がないようではありますが……」
あなたの人格面はまったく信用されていないらしかった。
「……って言うか、待ちなさい。あなたの両親って2人とも女なの?」
言ってなかったっけ? あなたは首を傾げた。
そう思ったが、考えてみれば同性同士で子が作れるといま初めて説明した。
それを踏まえると、父と言うのが男だと思うのは自然な話だ。
「あー……それで、ご主人様のお父さんって、ものすごく可愛いって話だったんですか……そっか、女性の方ならそうですよね……」
「コレの親だものね……そりゃ可愛いでしょうよ」
「そう言えばお姉様は妹さんも3人いらっしゃるんでしたよね?」
その通りとあなたは頷く。
ただ、冒険者をやっているのは1番上の妹だけだ。
「どんな方なんですか? その……お姉様みたいな異常者ですか?」
あなたが異常者なのはもはや前提であるらしい。
まぁ、いい。エルグランド以外では女同士で子供は作れないのでそう思われても仕方ないだろう。
さておいて、あなたは1番上の妹は子供が大好きだと教えた。
「子供も産めないような幼女を愛好してやまない異常者ってこと?」
違う、そうじゃない。あなたは妹の名誉のために訂正した。
子供なら男女問わず大好きだし、性的に手を出すことをしたりはしない。
子供のためならどんな苦労も厭わぬ良識の持ち主でもあった。
とある農村の無邪気な少女と戯れている姿をよく見たものだ。
その少女に「どうして、そんなことするの?」となじられている姿も見かけたが。
「ほう、素晴らしい人物なのだな」
あの子は本当に子どもが好きだった。子どもなら誰でも好きだった。
なので、町中を行けば、子供好きが来たぞ! 子供を家に隠せ! と叫ばれるほどだった。
まぁ、金髪の女たらしが来たぞ! 女を隠せ! と叫ばれるあなたと血の繋がりを感じさせるというか……。
「姉妹揃って突き抜けた性格らしいことは分かるわね……」
「ですね……」
「まぁでも、子供が好きなのはいいことですよね」
「そうだな」
本当に子どもが大好きで大好きでしかたないやつだった。
ある意味で、あなたとは真逆の嗜好の持ち主だったかもしれない。
あなたは女が大好きだが、性的な意味でしか好きではないので。
歓談に時間を取られたが、あなたたちは再出発の準備をする。
まず、あなたとレウナを除き、再度『空白の心』をかける。
これで昨日今日と合わせ、金貨1800枚の出費である。頭の痛い問題だ。
「普通の人間なら一生遊んで暮らせるような額の大金だものね。考えてみると、私たちって今や貴族の年間予算にも匹敵するような額の大金を冒険に注ぎ込むようにまでなってるのね」
「私は慣れてましたが、そうですね。レインさんやサシャちゃんは学園でレベルアップしたのが中心でしたからね」
「なんて言うか、遠いところまで来ちゃいましたね」
3人は昨日とは違い、機械的と言うほどまでの様子ではない。
いつもに比べればやや感情の動きが鈍いような印象はあるが。
かける時の気合いの入れ具合とかで、感情の抑制度合いとかが違うのだろうか?
魔法自体はスクロールから覚えたので、忘れないうちに実験してみよう。
さておいて、あなたは出発の号令を下す。
さぁ、冒険の再開と行こう。
シェルターから出て、あなたたちは再度『岩漿平原』を征く。
煮え滾るマグマの熱気の中、襲い来るのはバラケばかりだ。
倒しても旨味のまるでない敵なので、回避できそうな時は回避しているが……。
目も耳も鼻もないと言うのに、なぜかやたらと探知能力が高いのだ。
あなたが本気で周辺探知をすれば勝るかもしれないが、少なくともレウナやサシャの探知能力では接近に気付くので精一杯だった。
なんらかの魔法的感覚で察知しているのだろうか? ドラゴンも似たような魔法的知覚能力を持っているが……。
やむなく戦う都度に消費ばかりが積み重なっていく。
2層や3層のように、戦っても益がない。
ここは素早く高速で駆け抜けるべき階層なのだろう。
あなたたちは叶う限り最速での突破を企図した。
そうして進む中、あなたたちはバラケの大群を見た。
小山ができそうなほどのバラケが重なり合い、積み重なり、押し合いへし合いをしている。
しかし、進行しているという様子ではなく、一つ所に留まっている。
「なにかしらあれ……まさか繁殖してるとか言わないわよね」
「不気味なこと言わないでくださいよ……」
「交尾するにしてもどこで後尾するんだろうな……」
蠢き、盛り上がるバラケの大群。
それを見て、あなたはサシャに『火球』を打ち込むよう頼んだ。
もしあなたの予想通りであるなら、面白いものが見れるはずだ。
「? はい。では……『火球』!」
サシャの手から放たれた小さな火の玉が飛翔していく。
そして、それはバラケの大群の只中で炸裂すると、バラケを吹き飛ばした。
その多くが人体のパーツのそれであるから、バラケは軽い。
最も重かろう部位である足でも10キロを超えることはない。人間ですら吹き飛ばす『火球』の一撃はバラケを景気良く吹き飛ばす。
そして、バラケの大群、その下から姿を現したのは、マグマの只中に身を横たえている巨大な魚類の姿だった。
「あれって一体……⁉︎」
レインがその魚類の姿に目を瞠るが、今はバラケの対処が先だ。
あなたは武器を構え、バラケたちとの戦闘に突入した。
バラケの戦闘法は愚直な突進である。
恐れも知性も感じさせない、ただひたすらの肉薄。
本来ならばなんとも御し易い相手だが、何せ足場が悪い。
7層は『岩漿平原』は飛び石状の足場が多数ある空間だ。
マグマに足を突っ込んでも即座に死ぬことはないが、大火傷は避けられない。
しかし、足ではなく重要器官の集合する頭部を突っ込んだら大火傷では済まない。
後ろ向きに歩いて、転んで頭から突っ込んだら最悪は即死である。
そのため、戦闘をしつつも、適宜後ろを向いて移動し、飛び石を超える。
面倒ではあるが、その方が確実で安全だ。転んでマグマに突っ込んで死んだのでは笑い話にもならない。
問題点はそこである。バラケとの戦闘は面制圧が主体であり、魔法が頼りになる。
その魔法の使用には3秒ほどの精神集中が必要で、即座に魔法が使えるわけでもない。
魔法を使うための距離と時間を稼ぐ移動。
戦士が傷を負うことを覚悟してバラケを押し留めることもできない。
ひたすら退いて、魔法で薙ぎ払い、多少の残敵を剣で切り伏せるしかない。
あなたのようにエルグランドの魔法使いならば。
つまり、魔法書によるチャージを精神内に行えるならばいいのだが。
あれならば0.1秒にも満たない時間で起動することができる。
ただ、それをするには魔法書を調達してくる必要がある。
魔法書は基本使い捨てだし、エルグランドの相場では金貨数千枚から数万枚が普通だ。こちらで運用は無理だろう。
ひたすら退いて、行けそうな時は魔法を使い。
討ち漏らしたものを剣士が仕留める。
そんなひたすらにだるい戦闘を繰り返し、バラケを殲滅し終える。
そして、あなたたちは先ほどの巨大な魚類の死骸の元へと戻った。
「見たことない生物ね……」
「魚……ですかね」
魚とも言えるが、竜種にも見える。
体表はヌメヌメとした気色の悪い粘液に満ちている。
マグマに落ちると、それがボコリボコリと泡立っては消えていく。
剣で鱗を突いてみると、金属のように硬質な質感。
マグマの中に適応した魚類というか竜ということだろうか?
レッドドラゴンもマグマの中で生息可能なので、その類例かも知れない。
まぁ、そのあたりの生態的な素性はどうでもいいのだ。
重要なことは、これがバラケに襲われていたこと。
そして、この階層にバラケ以外のモンスターがいたことである。
「6層『熱気林』は、たびたびバラケが遠征してくる以外は何もいないってことだけど……」
「この感じだと、多分いるんでしょうね。現れる都度にバラケに食われてるだけで」
「すると、なんだ。この手のモンスターは、無から現れているということか?」
まぁ、それが自然な理解と言える。
だが、異常なことこの上ない現象ではある。
無から何かが現れることはたびたびあるが、生物までとは。
エルグランドの釣竿も無から生物を生成している疑惑はあるが……。
「バラケは階層を超えてモンスターを捕食しにくる……やはり、外部から侵入してきた異常生物なのかもしれんな」
可能性は高い。2層や3層に定着しなかった理由が不明だが……。
人間は脅威度が高いので、くる可能性の低い6層以降にしか定着していないとかそういうことかも。
「すると、7層以降にもいる可能性が高いってことね……気が滅入るわ」
「魔力がいくらあっても足りませんね……」
「私は手足を失った時のことを考えると魔力は温存しないとですしね」
フィリアには回復の要として魔力の温存を命じている。
信仰魔法に範囲攻撃が数少ないというのも理由ではあるが。
あなたは8層以降がどのような階層なのか……それ次第で、ソーラスの迷宮の攻略を断念する必要性もあるかと不安に感じていた。
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