第29話

 盗賊の始末も終え、馬車に追随して歩くあなたはニヘニヘと笑っていた。


「ご主人様、何かいいことでもあったんですか?」


 とてもいいことがありそうだから笑っているのだとあなたはサシャに告げた。

 そう、とてもいいことがありそうなのだ。だから嬉しいし、笑っているのである。


「いいことがありそう……ですか? んー……お天気がいいから……とか?」


 その牧歌的な発想に微笑ましいものを感じ、思わずサシャの頭を撫でる。

 ふにふにとした耳の感触が心地いい。この頭の撫で心地だけでサシャを買った甲斐がある。


 あなたの言ういいことがありそう、というのは、レインの態度である。

 先ほど、わざわざ盗賊の死体を埋めるのを促して来た態度から、半ば確信した。


 レインはあなたの態度を試したのだ。男に対しては少し不愛想で、女には愛想がいい。

 少女の奴隷を買い、それを猫かわいがりする態度から、どうもそう言う人間である、と見たようだ。

 その上で、レインは自分自身に対してあなたがどんな反応をするかも見ていた。


 なにか、あなたに頼みたいことがあるのだ。その、頼みたいことの内容が楽しみでならない。

 たとえばそれが、もっと色んな魔法を教えて欲しい、とかならちょっと微妙だ。

 だが、たとえばとても危険なモンスターの討伐を頼みたいとかなら、すごく楽しみだ。


 そんな危険なモンスターの討伐を依頼されたならば、かなり大きな要求を出してもいいのではないか。

 たとえばそう……ベッドの上で一晩レインを好きにさせてくれるとか! そう言う要求を!

 出来ることなら亡国必至というレベルの強大なモンスターの討伐とかであるならなおよい。

 それならレインどころか、レインの母親とか祖母にまでも同じ要求が出来るかもしれない。居れば姉妹にもだ。


 三代母娘丼と言うのは実にたまらない。可能なら四代とかもやってみたい。

 貴族と言うのは長寿な場合が多いので、五代なんてものも出来る可能性がある。

 レインが貴族ならば、レインの家のメイド全部食べ放題とかさせてもらえるかもしれないし。

 貴族の家に招かれて、好きに過ごしてくれて構わない、と言われればメイドを食い散らかすのがあなただ。って言うか女主人も普通に食い散らかす。

 特に、年嵩で手厳しい場合の多い侍従長なんかを抱くのは最高である。色んな意味で堪らんのである。


「ご主人様、楽しそうですね!」


 最高に楽しい。あなたは笑顔でサシャに頷いたのだった。




 昼時の大休止。あなたが『四次元ポケット』から取り出したのは大鍋だった。

 まだアッツアツの鍋だが、一応焚火を用意して火にかけておく。

 わくわくとした様子のサシャの期待に応え、鍋を開けてやる。


「わぁ……」


 ふわりと広がったのは濃厚なミルクの香り。ミルクと各種の野菜、そして肉で作った贅沢なクリームシチューだった。

 そのクリームシチューとは別に、ふかふかのパンが一杯に盛られたバスケットを取り出す。

 クリームシチューを皿によそってやり、パンもたーくさんお食べ、とサシャに食べさせる。


「あっ、おいしいっ。このシチューおいしいですご主人様!」


 嬉しそうにパクパク食べるサシャ。その仕草だけで大満足だ。

 白くべたつく何かを喜んで食べる少女。なにかこう、劣情を掻き立てられる光景だ。

 こういう時ばかりは女に産まれた自分を悔やむところがなくもなかった。

 あなたも自分の分を皿によそっていると、レインがおずおずと近付いて来て、財布を取り出した。


「いくら払えばそのシチューを1杯譲ってもらえる……?」


 特段金を欲していなかったあなただが、タダで譲るのは良くないということをあなたはよく知っている。

 しかし、シチュー1杯の相場なんて言われても分からない。そこらの食事場で食事などしないからだ。自分で作った方が旨くて安くて速い。

 そのため、銀貨1枚と告げると、ホッとした様子でレインは銀貨を差し出して来た。

 あなたはシチューを皿に大盛でよそってやると、パンも食べていいと告げた。


「いいの? このパン、混ぜ物もない上物じゃない。町でも早々買えないわよ?」


 この辺りのパンは混ぜ物がないほうがよいらしい。エルグランドにおいては混ぜ物をしている方が上等なのだが。

 まぁ、その辺りは混ぜているものが違うのだろう。エルグランドにおける混ぜ物は、クルミとかレーズンとかなので。

 あなたは気にせず食べるように告げた。どうせ錬金術で作ったパンなので元手は金貨1枚であり、タダ同然だ。


「そう、ありがとう」


 セアラとオウロも買い取りを持ち掛けてくるかと思ったが、そう言ったことはなかった。

 有り余っているほどではないが、余裕こそあるので別に譲ってもよかったのだが。



 昼食の後は、また変わり映えのしない旅路が続いた。

 盗賊が全然現れなくて平和である。


「いえ、盗賊自体滅多にいませんけど……」


 エルグランドではいくらでも湧いて出てくるので困ったものである。

 そもそも、3人などと言う小規模な数での遭遇自体が早々無い。


「ご主人様の故郷って……いったいどれくらいの盗賊団が出たんですか?」


 大抵の場合は10人程度の規模である。多い時は20人ほど。

 魔法使いもよく見かける。それらが一斉に襲い掛かって来るわけだ。

 もちろん返り討ちにするわけだが。女盗賊が居た場合は美味しく頂く。


「結構大規模な盗賊団がいたんですね……」


 そして場合によって、その程度の規模の盗賊団に何度も襲われる。


「何度も襲われる」


 そう、何度も襲われる。本当にどこから湧いてきたのかと思うほどに襲われる。

 1日に5~6回襲われるなどザラである。掃いて捨てるほどに盗賊がいるのだ。


「ご主人様の故郷って……」


 盗賊団を容易く返り討ちに出来るようになるまでは色々と苦労もあったものである。

 なにせ盗賊団だ。冒険者よりもなお荒くれた連中なので、女の身では色々な危険も感じたものだ。

 相手が女ならむしろ歓迎なのだが、女盗賊は少数派。大抵は男である。

 無論、男に好き勝手されるなど死んでも御免なあなたは、文字通りに死んで抵抗した。


 まぁ、死んでしまえば死体はその場に残り、自分自身は自宅で蘇生するのがエルグランドなのだが……。

 さすがに死体をどうこうしたかどうかは分からない。現場までいけば穢された自分の死体なども見つかったのかもしれないが。

 とはいえ、大抵の場合で死体が木端微塵になるような自殺をしていたので、おそらくは問題なかったのだろう。

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