第30話
盗賊に襲われて以降は特にこれと言った問題も起きることがなく2日目の旅程が終わった。
昨日と同じく交代で不寝番を行い、なんと言うこともなく2日目の夜も明けて行った。
そして、3日目もなんと言うこともなく終わりを迎えようとしていた。
各地にある宿場町に宿泊せずの強行軍であるから、中々の過酷な旅程……と思っていたが、むしろ暇ですらあった。
つまらない。実につまらない。護衛依頼ならもっと襲撃があってもいいはずだ。
「つまらないって……襲われたら大変ですよ?」
大変かも知れないが、ヒマなのである。何か事件が起きて欲しい。
伝説のドラゴンが復活したとか、隣国の軍が攻め寄せて来たとか、そう言う感じの。
「大事件じゃないですか……本当に起きたらどうするんですか」
頑張って戦うだけの話だ。伝説のドラゴンからはさぞや凄いものが出るに違いない。
「鱗とか爪で武器とか防具を作るだけで凄いものになりそうですけど」
あなたはそれを笑い飛ばす。ドラゴンの爪や鱗が優れた品などと言うのは大間違いだ。
少なくとも、あなたの爪の方がドラゴンの爪より強度は優れているし、指で弾けば鱗は木端微塵だ。
ドラゴンの爪や鱗で作った武器防具が優れているというのは、おとぎ話の中の話だ。
もちろん、そこらへんの素材で作ったものよりは幾分マシな性能はしているかもしれないが。
「そう言う方向性でおとぎ話だと断言されるとは思いませんでした……」
少なくとも、あなたにとってドラゴンとは暇潰しで狩ったりする程度の存在だ。
あと、唐突に肉が食べたくなったので食肉として狩ったり。特に意味もなく牧場で増やしてみたりもしたことがある。
「牧場で増やしたことがある」
エルグランドではよくあることだ。ドラゴンとはその程度の存在なのだ。
「意外と簡単に倒せたりするんでしょうか……?」
そんなことはない。ドラゴンと言うのは疑いようもなく強大な存在だ。
畏怖すべき力を持ち、その絶大な力は単なる人間の軍を纏めて捻じ伏せる。
1万の軍勢を用意したとしても、1匹のドラゴンに滅ぼされてしまう。ドラゴンとはそう言う絶対的な力の象徴なのだ。
「ご主人様の強さと言うのがよく分からなくなってきました……」
少なくともサシャよりは強い。それは間違いない。しかし、他の比較対象を出せと言われても困る。
神様と喧嘩出来る程度には強いのだが、それがどの程度なのかを肌感で知るのは同じく神様と喧嘩出来る者だけだ。
サシャの知る最強の存在と比較して、どちらが強いかを問われれば概ね答えられるだろうが、エルグランドにいない生物の強さは分からない。
まして、エルグランドにいる生物であっても、こちらにいる生物と同程度に強いのかは全くの不明なのだ。
もしかしたら、この大陸にいるドラゴンはあなたでも歯が立たないほど圧倒的に強いのかもしれない。
「なるほど……ドラゴンの鱗は城塞に匹敵するほど堅固だと言いますが……」
城塞程度の堅固さなら問題ない。石ころを投げれば突破可能だ。
「城塞を石ころで突破できるんですか」
実際、エルグランドにあった王都の城壁を爆散させたこともある。
「王都の城壁を爆散させた……まさか、戦争に行ったことがあるんですか?」
ヒマだったので城壁に石ころを投げて遊んでいただけだ。
友人たちと一緒に城壁に石ころを投げ、一番城壁を大きく吹っ飛ばしたものが勝ちだ。
「遊びで城壁壊したんですか!?」
何か問題でもあったろうか。
「いえ、大問題ですよね!? 普通、そう言うのって兵士とかに怒られたりしませんか? 下手したら死刑では?」
少なくとも、あなたの記憶にある限り特に何も言われたことはない。
エルグランドとはそういうところだ。そもそも3日もあれば城壁など元通りだ。
王都が更地になっている、と言う情報を他国が得たところで、そこに辿り着くまでに復興は完了している。
「3日で復興が終わる……?」
エルグランドの建築速度はとんでもないことになっているので、そう言うものなのだ。
どうやってやっているのだか知らないが、巨人とかドラゴンとかでも使役しているのだろう。
気付いたら城壁の修復が完了していたりするので、具体的な工事とかは見たことがないのだ。
「ご主人様の故郷って本当にいったい……」
少なくとも常識外の場所であることは保証する。あなたはそう告げた。
「いえ、もうそれは十分にわかります……」
サシャは疲れたように頷いていた。旅の疲れでも出たのだろうか。
3日目も何事もなく終わり、そして4日目も何事もなく終わってしまった。
昼前に目的地の町へと辿り着いてしまい、あなたは溜まりに溜まったフラストレーションを持て余していた。
「あの、ご主人様。これからどうなさるんですか? お仕事も終わって報酬も頂きましたし、帰る……のは時間的に厳しいですよね」
基本出立と言うのは朝にするものだ。それがいちばん移動時間が稼げる。
だからここで泊まる。必然的と言える流れだ。実際は魔法で転移すれば一瞬なのだが。
しかし、もしそうした場合、サシャは死ぬだろう。転移であっても同じことだ。
「私が死ぬ!?」
このまま宿に泊まったとする。4日も我慢した上、退屈な旅路のストレスを発散するゴミも湧いてこなかった。
溜まりに溜まったフラストレーションを叩きつけられた場合、サシャは間違いなく死ぬだろう。
出立前にあった、あの激しい夜よりも何倍も激しい夜が来る。体が保つ自信があるのだろうか?
「やめてください、死んでしまいます」
サシャが顔を蒼くして拒否って来た。あなたはちょっと傷付いた。
あなたは2日ほどこの町に滞在するつもりでいる。そして、1日中娼館で遊び尽くしてフラストレーションを発散する。
娼館がダメならそこらで女を引っかける。どこの町でも、ある程度金を積めば靡く女と言うのは一定数いるものだ。
「は、はぁ……あの、その間、私はどうすれば?」
あなたは金貨をひと掴みサシャに渡し、2日の滞在で全額使い切って来るようにと命じた。
「全額使い切るんですか!?」
高級な宿に泊まれば半分は無くなるし、食事などで豪遊すれば十分に散財可能だろう。
使い切らなかったらベッドの上でお仕置をするとも伝えた。
「全額使い切ってきます……」
全額使い切れたらベッドの上でご褒美を上げるとも伝えた。
「どっちにしろ襲われる……! でも、ご褒美の方がマシな結果になる……の、カナ……」
とぼとぼ、と言った調子で歩いて行ったサシャを見送ると、あなたは張り切って娼館を探しに出かけた。
娼館でたっぷりと楽しんでやるのだ。貸し切りで全ての娼婦を思うさまに食い散らかすのだ。
溜まったフラストレーションを1日がかりで消化する。そのための貸し切りだ。
エルグランドでは自宅に帰れば同じことが出来た。あなたにはたくさんの頼れる仲間がいたのだ。
だが、今あなたの仲間、もとい奴隷はサシャ1人。1人にその負担を押し付ければ死ぬ。
たとえばこれが、あなたが冒険の初めから連れ添い続けた頼れる仲間であれば違ったのだろうが……。
サシャはまだまだ未熟な少女でしかない。一晩中ベッドの上の大乱闘が出来るのはまだまだ先だろう。
そんなことを考えながら歩くあなただが、どうにも目当ての場所が見つからなかった。
どの町にだって娼館の1つや2つくらいはあるのに、それらしい場所がちっとも見つからない。
来るべき方向を間違えてしまったのかもしれないとあなたは嘆息する。
エルグランドでは表通りの方にこそ娼館があったが、この大陸では裏通りの方が普通なのかもしれない。
「ああ、やっと見つけたわ」
どのあたりにあるだろうか? と想像を巡らせていたあなたの背に声がかかる。
振り返ってみれば、そこには翠髪の少女、レインの姿があった。
「ねえ、少し付き合ってくれない?」
あなたは喜んで頷いた。
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