第81話

「おかえり。ちゃんと歩けてるじゃないか」


 『明けの黄金亭』を尋ねると、相変わらずハンターズは飲んだくれていた。

 全員揃いも揃って飲んだくれているあたり、感性はみんな纏めて似たようなものらしい。

 ところでだが、全員が見ている前でメアリがしたいことがあるという。


「すまないが、R-18な光景はちょっと……」


 あーるじゅうはち、というのがなんなのかは知らないが、言わんとするところは分かる。

 メアリといちゃつく姿を見たくないというから、たぶんそう言う類の光景なのだろう。


 メアリが取り出したのは、簡素な革製のチョーカーだった。

 メアリの要望を聞き、材料を購入して先ほど仕立てたものである。


「皆に見ていて欲しいんです。べつにえっちなことじゃないから」


 そう言った後、メアリがあなたへと向き直り、こくりと頷く。

 あなたも頷くと、手にしていたチョーカーをメアリの首へと巻く。

 そして、チョーカーの両端に配された金具同士を、錠前で閉じた。

 ハート形に細工した錠前で可愛らしさを押し出したものだ。

 鍵はあなたが懐に仕舞いこむ。大事なものだ。無くすわけにはいかない。


「お嬢様のものです。たくさん可愛がってくださいね♪」


 メアリの希望はこういうことだった。

 あなたの手で作られたチョーカーを、あなたの手で巻いて欲しかったんだとか。

 指輪も悪くないが、無くしてしまうのが怖いのだという。

 指の過半数を喪った経験が、そう思わせるのだろう。

 右手の小指と、人差し指と親指。それしかなかったのだ。


 メアリがあなたへと抱き着いて来て、上目遣いであなたを見つめた。

 メアリはあなたよりも少し背が低い。だから、ほんの気持ち程度の上目遣いだ。

 あなたはメアリを抱き締め返し、その背を撫でた。


「メアリが、完全に、壊れちゃっ……たぁ!」


「だれあいつ……私しらん……」


「やはり幻術か……でござる……」


「おめでとう! お幸せにね!」


「爆発しろ」


 トモは祝福してくれたが、リンには爆発しろと言われてしまった。

 その他のメンバーはなにやら混乱しているようだ。

 メアリが腕の力を緩めたので、あなたも腕の力を緩める。

 すると、メアリが腰に下げていたポーチからなにかを取り出した。


「お嬢様、これは私から……」


 差し出されたものは水晶だった。翡翠のように緑がかっている。

 加工された気配はなく、掘り出したそのままのような荒々しい形状だ。

 受け取ってみると、仄かな熱が伝わってくるような独特の気配を感じた。


 一見してみればただの水晶であるこれには複数の属性エネルギーが渦巻いている。

 火と水の相反するもの。そして、禍々しいなまでに荒ぶる気配を漂わせる雷。

 たった1つのものにここまで強大なエネルギーが、それも複数秘められているのは珍しい。

 おそらく、意図して付与したわけではないだろう。意図して付与したにしては雰囲気が妙である。


 これ単体で用いる場合、内包されるエネルギーを解放するには砕く以外に方法がなさそうなのだ。

 なにかしらの機械の動力とかにするなら不思議でもない形式であるが、それなら複数属性を付与する必要がない。

 だとすれば、この水晶は掘り出した時点でこうした力を秘めていたのだと考えるのが自然だった。


「それは私が最後に打ち倒した大型モンスターから採取した素材です」


 生物由来のものだったのかとあなたは驚く。

 どこからどう見ても水晶である。触った感じもそうだ。

 生物の体に水晶が生えていたのか、あるいは内部にあったのか。

 あったとした場合、これはつまるところ結石なのだろうか……?


「天を翔けると言われた強大な飛竜でした。私が戦った中で最大の強敵……ほんとは、死ぬつもりだったんです」


 ぽつりとメアリが付け加えたのは、なんとも暗い話だった。


「たくさん無茶をして、まともに狩人を続けられない体になってしまいました。だから、最後に、負けてもいいから、最大の敵に挑んだんです」


 だが、メアリは勝利した。だからこそ今ここに立っている。


「はい。もちろん負けるつもりなんかなかったんですけど……生き延びるつもりもなくて。でも、生き延びてしまいました。随分、自暴自棄に過ごしていたと思います」


 なんて笑うメアリの姿に暗いものはない。

 過去のことと割り切ったような、さっぱりした雰囲気だ。


「お嬢様が、私を満たしてくれました。私に健康な体を返してくれた。そして、たくさん愛してくれました。すごく、幸せなんです」


 なにか暖かいものを抱くように、メアリが自身の胸に手を当てながら微笑んだ。

 たしかに、メアリは幸せそうだった。満たされて、幸福な気持ちに包まれている。

 あなたと絆を結んだことが、メアリにとって救いになったのなら、それはあなたにとっても嬉しいことだった。


「だから、その思い出をお嬢様にさしあげます。私から多くを奪ったモンスターの象徴を、私に全てを与えてくれたお嬢様に」


 あなたは頷き、その水晶を懐へと入れた。

 これはメアリの信頼の証なのだ。

 最大の敵のハンティングトロフィーを渡す。

 それがあなたに向けた最大限の敬意なのだろう。

 あなたには馴染みのない感覚だが、なにを意図してかは不思議と分かった。


 しかし、こんなものを秘めていたモンスターとなれば、相当な強敵だったろう。

 メアリの戦闘方法は知らないが、よくぞ勝てたものである。


「ふふ、これで私しか倒していないとかだったら恰好がつくんですけど、実はモモとトモも倒してるんです。それも2人とも五体満足で」


 あなたは思わずモモとトモに目を向ける。

 それに対し、モモが真顔で言い放った。


「そこのキチガイの発言を真に受けるんじゃねえ。そいつは1人で倒してんだよ。俺はトモと2人で倒したの」


「しかもメアリちゃんガンナーだからね……どうやって1人で倒したんだろ……謎過ぎる……」


「もっと言うと、その時既にメアリの指は両手合わせて6本しかなかったし、眼も脚も1個ずつなかったんだぞ」


 その辺りの条件を聞くと、どう考えてもメアリの方が凄まじいことをしたとしか思えない。

 メアリの方に視線を戻すと、メアリはちょっと照れ臭そうに笑った。


「えへへ……ですので、五体満足のいま、決してお嬢様を失望させないだけの働きは約束しますよ。いつか、機会があったら、一緒に冒険をしましょうね」


 そんなお誘いに対し、あなたは笑顔で頷いた。

 冒険の約束はいつだって胸が躍る。

 あなたたちは冒険者だ。その心はいつでも未知への冒険に燃えていた。

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