42話

 やっぱり今からでもサーン・ランドに走って向かおうか。

 あなたはそんなことを考えながら魔術師ギルドを後にした。

 走って行けば今からでも間に合う。速度を解放すればの話だが。

 しかし、そこまでして急ぐほどかというと、やや首を傾げる。

 20日の遅れは許容しがたいものの、1日の遅れならば仕方ないと割り切れるだろう。


「定期的に、両替して正貨を用意した方がいいかもしれないですね」


 フィリアがそんなことを言うので、あなたは頷いた。たしかにその通りだ。

 エルグランドの金貨で払えるからと両替をサボっていたのはあなたの落ち度だ。

 ところでだが、マフルージャ金貨と言う名前なのは分かるが、マフルージャとはなんだろうか?

 以前、レインにマフルージャ大金貨なるものについて聞いたが、それと同じもののようだが。


「……ここはマフルージャ王国は王都ベランサです」


 呆れたような顔で言われてしまった。言われてみると、あなたはこの国の名前を把握していなかった。

 以前、サシャに根掘り葉掘り聞いた時に、マフルージャと言う語を聞いた覚えはない。

 おそらく、基本的過ぎる事項なので、わざわざ言及しなかったのだ。まぁ、仕方ないことと言える。


 あなただって、この辺りのことを教えて欲しいと言われたら、わざわざ国の名前から語りはしない。

 まずは現在地周辺の地名を答え、近隣の地名とどのような特色があるかなどを答えるだろう。

 国境付近とかなら国名を答えるところから始めるかもしれないが、スルラは国境付近ではないのだ。


「これからどうします? 屋敷に戻りますか?」


 あなたはちょっと考えた後、馴染みの冒険者チームがいるのであいさつをしてくると答えた。


「なるほど。じゃあ、私はこのまま屋敷に戻りますね」


 フィリアには馴染みのチームはいないのだろうか?


「いると言えばいるんですけど。対外折衝はリーダーのアルベルトに任せていたので、あんまり……必要なツテでもないと思いますし」


 まぁ、たしかにその通りかもしれない。

 あなただって、ハンターズとの所縁は女がらみでしかない。

 利用価値と言う冷たい目線で見た時、ハンターズの利用価値はなにか。

 それはあなたとのベッドインに積極的な美女美少女を多数抱えているところだけだ。

 つまり、私人としての目線で見れば途轍もなく魅力的なチームだ。

 しかし、冒険者としての目線で見ればほぼ無価値だ。

 フィリアにとっても、他の冒険者チームはそんなようなものなのだろう。


 まぁ、あいさつ回りを強要する意味もないしと、あなたはそのままフィリアと別れた。




 ハンターズの常宿、明けの黄金亭。

 それなり以上の規模の、酒場併設の宿屋である。

 訪れてみれば、客の姿はほとんどなく、いつもの席には見慣れた2人の姿があった。

 トモとモモである。ゲイのカップル。ちなみにモモがウケである。


 そのトモとモモは、情熱的なキスをしていた。

 なんて愛と熱に溢れたキスなのだろうか。見ているだけで頬が赤くなりそうなくらいだ。

 頬に手を添えられ、熱いキスを贈られているモモの眦から涙がひとすじ零れる。

 感動の涙だろうか。微かな水音が響き、モモの喘ぐような呼吸音が聞こえてくる。


 近場でそれを鑑賞していると、気配を悟ったのか、モモが眼をうっすらと開いた。

 そして、あなたが手を挙げて仕草のみで挨拶すると、その眼がカッと見開かれた。

 直後、トモが水平に吹っ飛んでいった。なかなかよく飛ぶ。


「よ、ようっ。げ、元気かぁ?」


 誤魔化すように変な問いかけをしてくるモモだが、あなたはとりあえず元気だと頷いた。

 突き飛ばされたことで飛翔したトモは、その威力でもって壁をブチ抜いている。


「そうかそうか、それはいいことだな。こっちは俺もみんなも元気だぜ」


 などとのたまうモモだが、見る限り壁にめり込んでいるトモは元気ではなさそうだ。

 まぁ、今日はイチャイチャできそうだったのに……とかぼやいているあたり、死にかけているわけでもなさそうだが。


「え、ええと……ず、随分戻るのが早くないか?」


 あなたは予定を変更して冒険者学園に通うことにしたと答えた。


「はぁん? ああ、連れの子か。まぁ、まだ初心者って感じだったしな。いいよな、学園。俺も後輩の子にセンパイとか呼ばれて、甘酸っぱい青春送りてぇなぁ」


「センパイ……あのね、今日、僕の家、だれもいないんだ……」


「つまり身の危険だから行くなってこったよな? はぁ……男じゃなかったらなぁ……」


 壁から抜け出て来るや、モモの発言を拾ってトモがセンパイ呼びをし出した。

 モモは自分のことを異性愛者だと思い込んでいる同性愛者なので、反応が渋いようだ。

 言ってはなんだが、トモとの情交を本気で嫌がらない時点で異性愛者を名乗るのは無理がある。


 まぁ、その辺りの痴情のもつれはどうでもいい。

 なんだかんだこのカップルは末永くやっていきそうな雰囲気があるし。

 あなたは可愛いペットであるメアリはどこに行ったのかを訪ねた。


「ああ、メアリね。1週間の予定で狩りに行ってるよ。アトリも同行してる」


 ガーンだな。出鼻をくじかれた。あなたは溜息を吐きながら椅子に腰かけた。

 ベッドを共にするまでやるつもりはなかったが、ただいまのキスをして、おかえりのキスが欲しかった。


「リンとキヨならいるぞ」


「や、キヨちゃんは暇潰しに喧嘩してくるってさっき出てったよ」


「暇潰しに喧嘩するなよ……」


 キヨは割とエルグランド適性が高いのかもしれない。

 暇潰しに喧嘩をするなら、暇潰しに殺し合いをするエルグランドでもやっていけそうだ。

 ゆくゆくはキヨとメアリもエルグランドに連れ帰ることを考慮したい。


「つーわけで、リンしかいないらしい」


「噂をしてたら降りて来たよ」


 トモの言う通り、階上からリンが姿を現した。

 小柄な黒髪の少女だが、胸は特盛と言う性癖大爆発と言った感のある少女だ。

 寝ていたわけではないようで、足取りも様子もしっかりしている。


「うん? おまえはこの間の」


 あなたは笑顔でリンに手を振った。

 すると、リンが身を乗り出してあなたの手を掴んだ。

 そして、リンが前合わせの衣服の隙間にあなたの手を誘うではないか!


「やらないか」


 あなたの手にのしかかる大質量!

 でかい! いや、でかい! マジででかい!

 信じられない。なんという圧倒的な迫力なのか。

 この重さたるや、どう考えてもフィリアよりも重い!

 リンがあなたの隣の椅子に腰かけ、あなたの耳元でささやく。


「揉んでいいんだぞ?」


 あなたは遠慮なく揉んだ。しっとりと吸い付くような柔らかさが最高。

 こんなにも素晴らしい時間が訪れるとは。あなたはあいさつに来てよかったと頷いた。


「ところで、しばらく戻らないんじゃなかったのか?」


 あなたは先ほどと同じような説明をした。


「ふうん。つまり、時間はあるということだな」


 たしかに多少の時間はある。とは言え、1日しかないのも事実。

 しかし、このままではベッドインしてしまうことになりそうだ。

 そのため、あなたはリンの胸を揉みつつも、話題を反らすことにした。

 ソーラスの町で聞いた、ハンターズの特色についての話だ。


「なに? 夫?」


 あなたはリンに聞いてみることにした。

 ハンターズが全員元未亡人であるという話について。


「ああ、まぁ、そうだな。私たちは全員未亡人……ではあるが……ううむ? なんとも言い難いところがあるな」


 なにやら煮え切らない返事である。


「うむ……アトリは間違いなく未亡人だ。これは間違いない」


 なるほどと頷く。言ってはなんだが、女相手に遊び歩いている女と言う雰囲気で、まるで未亡人と言う気配はなかったのだが。


「うん、まぁ……アトリは、未亡人オーラを漂わせると幸の薄さがえぐいことになってしまうのでな……うん、その……うん……」


 なにやら煮え切らないというか話にくそうである。

 話にくいようであれば、無理に話さなくとも構わないとあなたは伝えた。


「まぁ、未亡人であることについて最も重傷なのがアトリなので、アトリにその手の話は振るな」


 あなたは頷いた。あなたは女の子を悲しませることは好きではない。

 心の傷を抉るのならば、たとえ拷問されようがその話題を口に出すことはない。

 しかし、割と気軽な調子で語る辺り、リンは夫に対してそこまで思い詰めていないようだ。


「私の夫か? まぁ、いいやつだった。悪いやつと結婚なんぞせんが……」


 なるほどとあなたは頷いた。しかし、夫がいたとなれば気になることがある。

 そのため、あなたは夫との夜の生活の満足度を1から5で評価してください、と訪ねた。


「なんで突然アンケートみたいになった? 1に決まってる」


 あなたはちょっと苦笑した。この場合、5の方が高評価だ。

 1となると低評価の方になってしまう。で、実際のところどうなのだろうか?


「1だ」


 あなたは真顔になった。分かった上で1と答えていたということは。

 つまり、なにか。リンは夫との夜の生活にまったく満足していなかったと言うことだろうか。


「ああ、私の夫はそれはもうへたくそだった。あれで感じる女は特殊性癖がある。あるいは極上のマゾだな」


 それでいいのだろうか。いや、それだけで結婚しない理由になるというのも違うとは思うが。

 しかし、やはり夫婦であるからには、そう言った夜の生活において不満を持って生活するのは大変ではないだろうか。


「ふむ、まぁな……んっ、そう言う意味では、期待しているぞ?」


 なにを?


「手だけで、こんなに昂らせるなら……凄いのだろう? 皆おまえがすごいと言っていた」


 あなたは自分の手を見下ろす。両手共に、リンの服の中に潜り込んでいる。

 その手は肉体に染み付いた動作を完璧に実行し、リンの胸を優しく、やらしく、情熱的に愛撫していた。

 あなたは自分の腕の完璧な仕事ぶりに満足したが、同時に何をやっているのかと自分を叱った。


 リンの頬が上気し、潤んだ瞳で見上げる姿は、もう完璧に誘っていた。

 というか、こんだけ愛情深く愛撫していたら、自分から誘ったというべきである。

 いや、胸を揉ませたのはリンなので、リンから誘ったので合っているのだろうか?


 しかし、ここまで来ていただかないのはリンに対して不誠実だろう。

 昂らせてしまった責任は取らなくてはならない。


「あ、ん……なぁ、もう我慢できない……ベッドに行こう?」


 あなたも我慢できなくなって来たので、あなたは予定を変更してベッドに行くことにした。

 トモとモモに、よい夜を、とあいさつをした後、あなたはリンの部屋へと向かう。もちろん宿に宿泊料金は払った。


 今夜もいい夜になる。







「おい、いいか」


 あなたはなぜかリンに正座をさせられていた。

 まったく意味が分からない。

 リンをたくさん悦ばせたはずだ。

 決して叱られるようなことはしていない。

 リンだってして欲しいと言っていた。


「やかましい! 昨夜のことは口にするな!」


 あなたは頷いた。


「私の強みは男相手にしか発揮されんのだ! 分かるか!?」


 あなたにはよく分からない。

 あなたにだって抜群に効いていた。

 男相手にしかと言うのは間違いだ。


「お、おう……そうか」


 リンが変な顔をしながら頷いた。


「ごほん……ともかくだな……私の最も得意とする技は、男相手にしか使えん。つまり、性転換しろ。あのワンドで出来るんだろう」


 あなたは微妙な顔をした。

 他人を性転換させまくるあなただが、自分自身を性転換することは滅多にない。

 単純な話、性転換すると肉体のバランスが崩れるのだ。

 造形が滅茶苦茶になるとかそう言う話ではなく、重心がズレるのだ。

 普通に活動する分には問題ないが、肉体能力を全開に発揮する際には如実に影響する。


 男になるとあなたの戦闘力は2割ほど低下してしまうのだ。

 この差はあまりにも大きい。易々と喪っていい力ではない。


 訓練を重ねれば問題なく戦闘力を発揮することもできるのだろうが……。

 その場合、生来の肉体での戦闘力が落ちる懸念があるため、あなたはその選択肢を選んだことはない。

 選択肢は可能な限り増やした方がよいが、これは増やさなくてよい選択肢だとあなたは思っている。


「うるさい、大サービスしてやるからさっさと男になれ」


 あなたは速やかに男になった。






 リンの大サービスを受けたあなたは夢見心地のまま階下に降りた。

 本当に大サービスだった。そして、大サービスの内容も凄かった。

 まさか、胸で挟む技にあれほどの威力があったとは知らなかった。


 好き好んで性転換したいとは思わないが、リンとの逢瀬ではしてもいいかもしれない。

 主義を曲げたくなるほどに、リンの大サービスはすごかった。本当にすごかった。


 あなたと同様に夢見心地のリンと共に椅子に腰かけると、なにやら妙になよなよしたモモとトモが既に席についていた。

 昨日よりも距離が近いこと、そして昨晩隣の部屋でモモの可愛らしい声が聞こえて来たことからすると、そう言うことなのだろう。


「おはよう。どうだった?」


「すごい……いや、すごい……」


「語彙力がゴミになってるが、大丈夫か?」


 あなたはリンにたくさんサービスをしてもらってご満悦だった。

 昨日は凄かった。あれほどに奥深い技があるとは知りもしなかった。


「あんたの方はどうだ?」


 あなたはすごかったことを端的に述べた。

 リンの技はすごかった。すごい……いや、すごい……。


「こっちも語彙力がゴミになってるんだが」


 それくらいすごかった。

 本当にすごかった……!

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