41話

 カイラから剣を受け取ったことで、このソーラスの町への用事はなくなった。

 またこの町を訪れる時は、サシャとレインがいっぱしになったころだろう。

 それが1年後なのか、2年後なのか、はたまたさらに後なのかは分からない。

 だが、そこに迷宮がある限り、あなたは必ずここを再訪するだろう。


「こっちは準備オーケーよ」


「私も大丈夫です」


「いつでもいけます」


 準備は問題ないようだ。

 既に宿の女将に引き払うことは伝えてある。

 他にあいさつ回りをする必要もないだろう。

 あなたは自分の準備も問題ないことを確認すると『引き上げ』の魔法を発動した。

 慣れ親しんだ空間の歪む感覚の後、あなたたちは王都の屋敷へと帰り付いていた。


「ほんとに一瞬ですね~」


 『引き上げ』の魔法初体験のフィリアが感心したような様子を見せる。

 集団での転移は高位の魔法と聞いていたが、フィリアも体験したことはなかったようだ。


「単独転移ならミセラが使えたんですけどね。私は体験したことはなかったです」


 そんなものかとあなたは頷き、とりあえず屋敷に入ろうと促した。




 屋敷で荷解きをした後、あなたは執務室へと入った。

 執務室にはあなたが不在の間に出た裁可を必要とする書類が溜まっていた。

 と言っても、数日前にも戻ったばかりなので、ほんの数枚程度だが。


 それを適当に処理した後、あなたは侍従長のマーサに頼んでおいたパンフレットを手に取った。

 数日しか経っていないのでまだかとも思っていたが、すぐに貰ってきてくれたようだ。

 パンフレットの内容は、冒険者学園の案内である。


 冒険者学園の教育内容などをじっくりと熟読し、入学要綱なども確認する。

 入学の時期はいつでもよいらしいが、授業は当然中途からとなる。

 時期的には春先が授業の初めとして扱われているので、今はちょうどいい時期なのかもしれない。

 既に夏が近い、と言った様子なので、1か月か2か月ほど遅いかもしれないが、半年とかに比べればマシだろう。


 冒険者学園はこの国にはいくつかあるようだ。

 すべて王立とのことなので、国家事業として冒険者の育成は推進されているようだ。

 いざ戦時となったら冒険者を兵力として使うため、つまり国家の潜在的な戦力の涵養のために行われているのだろうか?

 あるいは、そうせざるを得ないほどに冒険者の需要が逼迫しているのだろうか?

 冒険者への過保護ぶりを思うに、どちらかと言えば需要が逼迫しているのだろう。

 なぜそこまで逼迫しているのかは知らないし、興味もないのではあるが。


 あなたは冒険者学園の所在している都市の名を眺め、頷く。

 さっぱり分からない。あなたはこの大陸の地理を知らないし、雰囲気で冒険者をしている。

 以前にサシャにアレコレと聞き出したが、いち都市の貧民でしかない少女が国の地理を把握しているわけもない。

 その辺りに関しては、旅の経験があるフィリアと、貴族としての知識を持つレインに聞くべきだろう。


 あなたはいつもあなたたちが集まる談話室へと向かった。

 談話室ではいつものように全員が集まっていた。

 ちょうどいいので、あなたはパンフレットをローテーブルに置いて、冒険者学園の位置について尋ねた。


「んーと……ザミアン、シャフル、ロモニス、ショルシエ、サーン・ランド。等間隔に配置されてるのね」


「王都からだと、ロモニスがいちばん近いですね」


「そうね。まぁ、場所にこだわりとかはないし、ロモニスでいいんじゃない?」


 あなたはそこで口出しをした。海が近い都市はないだろうかと。


「海? それだとサーン・ランドが港町だったはずよ」


「えーと……たしか、そうですね」


 なら、サーン・ランドの方がいい。

 あなたは冒険者学園に通う間、泳ぎを会得するつもりだった。

 練習場所に事欠かない町の方がいい。


「ああ、なるほど。にしても、泳げないって言うのもまた、珍しい話よね。あなたにも出来ないことがあるのね」


 水面をスピードに物を言わせて走る、呼吸を1時間止める、水底まで水場を凍り付かせるなどで無理やり通る方法はある。

 だが、どうしても水中に入らなくてはいけない場面と言うのも、たぶんどこかしらにある。

 そのため、あなたはなんとしてでも水泳を会得するつもりだった。


「あ、その時は私が教えてあげますよ、ご主人様」


 サシャは泳げるのだろうか?


「はい。スルラの町は近くに湖がありますから。みんなよくそこで遊びます」


 たしかに湖があったなとあなたは思い起こす。

 そこで遊んでいたならば、たしかに泳ぎは達者にもなるだろう。

 逆に、王都にはそんなに大きな湖はなかった気がする。レインはどこで学んだのだろう?


「メインストリートの反対側の方に、王都を貫くマルクヴァーン川があるのよ。上流で水遊びをするのは貴族の夏場の定番ね」


 耳寄りな情報である。川に沿って上流に遡って行けば、水遊びをする貴族の少女が鑑賞できるということだ。

 貴族の少女に手を出すのは危険だが、視姦する分においてはなんらの問題もない。穴が開くほど見てやろう。


「じゃあ、とりあえずサーン・ランドに決定ね」


「サーン・ランドだと、旅程は20日くらいになりますね」


「まぁ、今回は馬車を使う理由もないし、歩いて行きましょうか」


 それでは冒険者学園の授業にさらに遅れてしまうだろう。

 そのため、あなたは自分が1人でサーン・ランドに先行。

 到着したらマーキングした後に転移で戻り、再度みんなを連れて転移するという旅程を提案した。


「速さを求めるならテレポートサービスを使えば? 王都ならいけるわよ」


 テレポートサービスとは?


「魔術師ギルドがやってるあこぎな商売よ。高い料金を払えば求めた場所に送ってくれるの。あなたがそれで移動して、転移で帰って来て私たちを連れて行けばいいと思うわ」


「あれ、凄く高いですからね……」


 などとフィリアが言うあたり、よほどに高いらしい。

 エルグランドでも似たような商売はあったが、おおむねお手頃価格だった。

 なんとたったの金貨10万枚で好きな場所に送ってくれるのだ。


「普通にとんでもないぼったくり価格なんだけど」


「いえ、エルグランドの金貨は価値が低いので……」


「ああ、そう言えば……たしかにそれだとかなり安いのね。エルグランドの転移魔法が使い易いからなのかしら」


 たぶん理由はその辺りだと思われる。

 まぁ、他にも諸々の理由はあるのだろうが。


「テレポートサービスは万人に開かれたものではないから、それなりの名声とかが必要よ。フィリアに仲介してもらう必要があるかしらね」


「そうですね、それがたぶん確実かなと……ザーラン伯爵家の名前でも行けるとは思いますけど」


「もう嫡流じゃないから微妙よ」


 とのことなので、あなたはフィリアを連れてテレポートサービスとやらを受けに行くことにした。

 向かう先は、この王都における魔術師ギルド。エルグランドの魔術師ギルドはよく知っているが、この大陸の魔術ギルドは初見だ。


「そんなに大きくは変わらないと思いますよ。入会するのに色んな審査や試験があって、ギルド員だけの特別な恩恵があるのは変わらないでしょうから」


 エルグランドにおいては、魔法書を作成する専門職が存在した。

 魔法書の予約注文が出来る、というのが魔術師ギルドにおける分かりやすい恩恵だろうか。

 あとは魔法作成のための儀式を執り行ってくれたり、魔法技術の指導者がいたりと言ったところだ。


「やっぱりあんまり変わらないですね。私も魔術師ギルドについて詳しいわけではないので、ハッキリとは言えないですけど、大体同じですよ」


 その辺りは文化や風習が違っても、人が作る営利目的の互助組織は似通うということだろう。

 娼婦と言う、尊厳を切り売りして金を稼ぐという職業が存在するのと同じようなものだ。

 まぁ、たまにあなたのように尊厳を切り売りせずに楽しんで金を稼ぐ娼婦もいるが……。


「ここですね、魔術師ギルド」


 突然立ち止まったフィリアがそう言って指差したのは、なんの変哲もない建物だった。

 思ったより儲からないのだろうか。エルグランドの魔術師ギルドは壮麗な建築物を所有していた。

 なんか気に食わないから『ナイン』で吹っ飛ばそうぜ、とかやっかみの的になっていたが。


「ん~、魔術師ギルドは研究目的の人が多いですからね……テレポートサービスも、その研究費を稼ぐための商売でしかないらしいですし」


 だからこそぼったくりなのだろうか。客単価を上げれば儲かる。単純な話である。

 魔術師ギルドにしか提供できないサービスの上、魔力の都合で使用回数が限られる。値をつり上げる土壌が揃っている。


「そうかもですね。さ、入りましょう」


 魔術ギルドに入ると、出迎えたのは古い地下室のような香りだった。

 書庫のような雰囲気をロビーで漂わせるとは、ここはなかなか気合の入った魔法狂いどもの住処らしい。

 とは言え、接客をする者までそう言う人種ではないようで、カウンターに座っているのは極普通の印象の人たちだ。


「こんにちは~。テレポートサービスを利用したいのですが、今日は利用できますか?」


 フィリアが手近なカウンターに近寄って、そんなことを気軽な調子で尋ねかけた。


「はい、利用枠の空きを確認いたします。あちらでお待ちください」


 そう言って指し示されたのは、ソファーとローテーブルのある待合所だ。

 貴族趣味な装飾がされているのは、主な客層が貴族だからなのだろうか?

 金に余裕がある者と言えば、貴族というのは間違いのない話だから不思議でもない。


「利用枠の確認が終わり次第、お呼びいたします。お名前をお伺いしても?」


「冒険者チーム『銀牙』のフィリア・ユールスと言います」


「ありがとうございます。では、少々お待ちください」


 そう言って引っ込んでいくギルド職員。

 自然な流れで名前を確認したのは、そう言うことなのだろう。

 わざわざフィリアが、チームの名前まで名乗ったのも、そう言うことなのだろう。


「そう言えば、私たちのチームって、名前ありませんよね」


 待合所のソファに腰掛けながら、フィリアがそんなことを言った。

 言われてみればたしかにない。特に必要だとも思わなかったが。


「今後、実績を上げたら絶対に訪ねられますよ。その都度名前がないって説明するのも面倒ですよ」


 言われてみればその通りである。あなたはちょっと考えた後、EBTGと提案した。


「どういう意味ですか?」


 エヴリシング・バット・ザ・ガール。女の子以外ならなんでも。

 あなたは女の子を殺すことはあんまりしたくない。

 なので、それ以外ならなんでもやる、という意味だ。


「お姉様らしいチーム名ですね」


 なんてフィリアは苦笑気味に肯定してくれた。




 しばらくの後、あなたたちは別室へと通された。

 先ほどの職員とは異なる、如何にも魔法使いと言った雰囲気の男が部屋の中では待ち構えていた。


「お待たせしました。本日はフィリア・ユールス様が当方のテレポートサービスをご利用とのことで……」


「はい。サーン・ランドまでお願いしたいんですけど、大丈夫でしょうか?」


「はい、もちろんでございます。しかし、サーン・ランドとなりますと、これは中々の遠方……上位の魔法を用いる必要がございますので、些か多額の料金となりますが……」


「具体的に、おいくらですか?」


「上位呪文によるテレポートサービスは、金貨1000枚となっております」


 たしかに高いようだ。とは言え、あなたにしてみれば鼻で笑うほどの額だ。

 あなたはエルグランドの金貨を1000枚テーブルの上へとぶちまけた。

 こちらの大陸の金貨ではないが、両替の手間はそちらで払ってもらえるだろうか、と付け加える。


「ふむ、なるほど……申し訳ありませんが、当方ではマフルージャ金貨以外でのお支払いの場合、両替商を通す必要がありますので、即時の提供は少々……」


 ここにきて正貨を求められてしまった。まぁ、いつかは来るだろう問題だとは思っていたが。

 どうしても特定の通貨でなければ払えないということはあるものだ。


 そう言った時のために、両替したこの大陸の金貨もありはするのだが。

 さすがに1000枚もの数を両替はしていない。したかったが、両替商が泣いて許しを請うた。

 これに関しては、もっと払うから融通を利かせろと言ってどうこうなるものでもないだろう。

 ギルドの規定として、正貨以外は受け取らない、というものになっているのだろうから。


「もちろん迅速に両替は致しますが……本日中にはいささか難しいかと」


 あなたは仕方がないと頷いて、ではまた明日来ると答えた。

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