40話

 テントを手早く撤収し、野営の後始末をした後、町へと入る。

 当然と言えばそうだが、特にこれと言って変わったことはないようだ。


 滞在していた宿に戻ると、宿の女将から伝言を受け取った。

 カイラに注文していた剣の制作が終了したらしい。

 伝言には受取先の話もあったので、そちらに出向くことにした。

 レインは寝たいからとのことで留守番をするようだ。



 あなたが出向いた先は、この町における一等街区である。

 つまりはメインストリートのさらに奥、領主の居城などがある近辺だ。

 通常、貴族の臣下などが居を構える近辺の一等地である。


 この町においては高名な冒険者らが徒党と共に住む街区となっているらしい。

 もちろん貴族の家臣も住んでいるようだが、この町の経済の担い手となる冒険者の方が幅を利かせているようだ。

 カイラの力量は明らかにこの町でもトップクラスなので、そのあたりに住んでいることに疑問はない。


 周囲に立ち並ぶ立派な屋敷は王都の屋敷と比べても見劣りしない。

 そのうちの一軒がカイラの居館とのことで、聞いていた目印を頼りに屋敷を探す。

 白とピンクで塗装されているという、実に目立つ屋敷なので目的の屋敷はすぐに見つかった。


「わぁ……凄く可愛い館ですね」


「なんていうか、女の子の憧れ、って感じの館ですね」


 などと言うサシャとフィリアだが、ちょっと呆れ気味の反応である。

 たしかにちょっと少女趣味が過ぎるというか、可愛らし過ぎるというか。

 ともあれ、その門が開け放たれているので訪ねてみると、広々とした庭にあるガゼボから人が出て来た。


「いらっしゃいませ~。お待ちしてましたよ~」


 カイラである。本を小脇に抱えているので、読書をしていたらしい。優雅な時間の過ごし方だ。


「注文されていた剣の受けとりですよね~」


 言いつつ、カイラが『ポケット』から剣を取り出した。

 使いこなし方が既にエルグランドの民と遜色ない。

 魔法を扱うセンスと言うか、経験が並みではないのだろう。


「こちらがその剣です~。どうぞ~」


 差し出された剣を受けとり、あなたはそのままサシャへと渡す。

 サシャの体格に合わせて作られているためか、少々短めの剣だ。

 絶対評価でいうとショートソードになり、相対評価で言うとロングソードになるだろうか。


「総重量4.2キログラム。ちょっと洒落にならないほど重いですが~、サシャちゃんの腕力なら使いこなせると思います~」


「たしかに重いですね。でも、こう、安心感のある重さって言うか……どちらかと言うと、こっちの方がしっくりきます」


 サシャの腕力からすると、普通の剣は軽すぎるのだろう。

 エルグランドではもっと洒落にならない重さの剣を使っている者も多い。

 あなたくらいの超人級冒険者になると100キロ超なんてことも珍しくない。

 そこまで行くと、自分自身の体重も数百キロ級である必要が出て来る。

 筋力が強ければ重い武器を振り回せるというわけではなく、『ポケット』にアホみたいな重さの荷物を入れているからこそ出来るのである。


「お手入れの仕方はアダマンタイト製のものと同じです~。整備に関しては鍛冶師でもできると思いますが~、打ち直しは不可能だと思います~」


「カイラさんなら出来るんですよね?」


「はい、もちろん~。私くらい魔法が使える鍛冶師なら打ちなおせる可能性もありますけどね~」


 同時に、そんな鍛冶師がいるわけがない、とでも言いたげな雰囲気である。

 カイラはこういった技術面に関しては傲慢とすら言えるほどの自信がある。

 だが、それが許されるほどの実績を持っているのはたしかだ。

 あなただって、どうやったらミスリルとアダマンタイトを合金にできるのかさっぱり分からない。


「さぁ、抜いてみてくださいな~」


「はい」


 言われてサシャが剣を抜き払う。アダマンタイト製の刀身は滑るような輝きを放っている。

 反りのない直剣で、軽量化のためか中心には溝が作られている。刀身は薄めだが、アダマンタイト製と言うことを考えるとむしろ厚めか。

 幅およそ2センチ、刃渡り70センチ、刀身の厚みは7ミリ程度だろうか。特に奇をてらった構造ではない。


「刃は厚めに作ってあるので、そう簡単に毀れたりはしないと思います~。その代わり、切れ味はほどほどですよ~。まぁ、アダマンタイトにしては、ですが~」


 刃を厚めに作れば強度が上がる代わりに、切れ味は劣ることになる。

 しかし、アダマンタイトは恐ろしく強度が高い。だからこそ刃を鋭く作れる。

 また、硬さもあるため、その切断力は凄まじく、鉄など比較にもならない。

 鉄とアダマンタイトの剣を打ち合わせたら鉄の方が叩き切られるくらいだ。

 その辺りを加味すると、まず間違いなく鉄製の剣よりも切れ味は上だろう。


「振り心地を試してみてくださいな~」


「いいんですか?」


「どうぞ~」


 カイラの勧めもあり、幾分か距離を取ったサシャが剣を振り回し始める。

 重さに多少振り回されている様子があったが、すぐに修正して過不足なく振り回し始めた。

 こうしてみると、剣を持ってから半年も経っていないとは思えないほど堂に入った姿だ。


「振り心地はいかがですか~?」


「最高です! こう、どっしりした振り心地ですね! でも素直に走ってくれるというか、こう、ブレがないです!」


 剣の重心設定がよほどうまく出来ているのだろう。ひずみのない作りでないとそうはならない。

 また、長さがサシャに合致しているのもある。精妙な剣技には体に合った剣が必須なのだ。


「ご満足いただけましたか~?」


「はい! とっても!」


「それはよかった~。次の注文もお待ちしてますね~」


 あなたは頷いた。いずれサシャの体格が変わったら、また注文することもあるだろう。


「引き渡しは以上ですけど~、よければお茶でも飲んで行ってくださいな~」


 との申し出を受けたので、あなたたちはありがたくお招きに応じたのだった。




 天気もいいからとのことでガゼボに通されると、ガゼボにしては妙に豪華な作りをしていた。

 立派なテーブルが真ん中に置かれ、椅子も配されている。すべて石造りだ。

 椅子のすべてにクッションなどが置かれているあたり、割と頻繁に使っている様子が見受けられる。


 椅子に座ると、クッションの柔らかさが心地いい。

 しかし、なんとも不思議な心地のするクッションだ。

 座ると快く体重を受け止めてくれて、なめらかに形を変える。

 内部になにか、砂のようなものが詰め込まれているようだ。


「不思議な座り心地ですね。でも気持ちいい……」


「わあ……これ、すっごく気持ちいい……」


 サシャとフィリアも心地よさそうだ。あなたも心地よい。

 座り心地が良すぎて、もうこのクッションから離れたくない。


 ガゼボを通り抜けていく風も心地よい。明らかに外気温と合わない爽やかな風だ。

 おそらく、ガゼボ自体に環境耐性の魔法がかけられているのだろう。

 貴族的な魔法の使い方だが、居心地がいいのはたしかである。


 あなたたちがクッションによってダメにされていると、お茶の準備をするとかで席を外していたカイラが戻って来た。

 ワゴンを押しているメイド服の少女も連れているが、見たことのない少女だった。

 ショートカットの茶色の髪に薄緑の瞳をした可愛らしい少女で、顔立ちが非常にカイラに似ている。


「お待たせしました~。あら、クッションが気に入っていただけましたか~」


 あなたは頷いた。このクッション最高。持ち帰りたいくらいである。


「1個金貨2枚です~」


 売ってくれるなら予備も含めて50個くらい買って帰りたい。


「ほんとに買うんですね~……それならお帰りまでに用意させます~。カイル、超特急で50個作っておいてくださいね~」


「えっ。これを、いますぐに? 50個も? え?」


「あら~、無理ならいいんですよ~。私がやりますから~」


「わかった……わかりました……やりますよ……! やればいいんでしょ!」


 泣きそうな顔でメイド服の少女が頷き、ワゴンを置いてダッシュで走り去っていった。


「あらあら~、配膳もしないで立ち去るなんて~。まぁいいですけど~」


 などと言いながらカイラがワゴンからティーセットを取り出してお茶を注いだ。

 いい香りのお茶だ。緑色をしている様子からすると、無発酵のお茶のようである。

 そして、同時に皿に置かれたツヤツヤとした渋皮つきの栗が供された。


「どうぞ~。私の好みのお茶ですけども~」


 あなたは取っ手のない変わったティーカップを持ち上げ、お茶を口へと運ぶ。

 じんわりとした甘みのあるお茶だ。コクがあり、旨味がある。渋みはあまりない。

 不思議な香りがあり、あまり熱くない。実においしいお茶だった。


「わ、初めての味です。なんでしょう、すごく美味しい……」


「このお菓子、すっごく上品な味がします……!」


 サシャが驚いているので、あなたも気になって栗を食べてみることにした。

 鋭角に削り出された木の食器がついているので、それで刺して食べればいいのだろう。

 栗を丸ごと頬張ってみると、上品な甘みがあなたの口いっぱいに広がった。


 砂糖の甘さもあるが、栗のほのかな甘みもたしかな主張を持っている。

 シンプルだが、渋味のない味わいから結構な手間をかけて作っていることがわかる。


「うふふ、気に入っていただけました~?」


 誇らしげに言うカイラにあなたは頷く。これは実においしい。お茶もお菓子もだ。

 見た目はさりげないというか、質素と言っていいくらいだが、その実非常に手間がかかっている。

 なんとも奥ゆかしいお菓子だが、この調子だともしかしたらお茶も実は非常に手間のかかったお茶なのかもしれない。


「ふふ、よかった~」


 満足げにカイラが笑い、自分もお茶を口に運ぶ。

 お茶の湯気で曇った眼鏡を手でパタパタと扇ぎながら、カイラがカップを木製のソーサーに置く。

 そこで、先ほどから何か言いたげだったフィリアが口を開く。


「ところで、あの~……聞いてもいいですか?」


「はい、なんでしょう~」


「さっきの、ワゴンを押してた方……えーと、私の気のせいじゃなければ……カイルさん、じゃ……?」


「そうですよ~。この町の特級冒険者とか言われていますね~。カイルのくせに~」


「あ、はい……ええ……?」


 カイル。この町の特級冒険者にして、この町の娯楽施設や食の発展の貢献者。

 カイラの弟子だとは聞いていたが、同時にこの町には今いないと聞いていたのだが。

 それに男性と聞いていたが、メイド服を着ていた辺り、実は女なのを隠して冒険者をしていたのだろうか。


「いえ、男の子ですけど~」


「ええ……もしかして、そう言う趣味の方ですか……?」


 サシャがちょっと引いたような感じで訪ねる。


「私が罰で着せてます~。師匠から逃げるような弟子には、連れ戻した上で罰が必要ですよね~」


「ええ……」


 カイラは男に女装させる趣味があったらしい。なかなかハイレベルだ。

 まぁ、カイル氏の女装は抜群に似合っていたので、なかなかいい趣味であると言えよう。

 というか、一見して普通に女の子にしか見えなかった。あなたのゲイダーに反応がなかったことからすると、異性愛者なのだろうが。


「どうしてでしょう……冒険者になってからと言うもの、知り合う男性がみんな女装しています……」


 サシャが変な顔をしながら言う。言われてみると、モモとトモも女装をしていた。

 しかし、レインと共に行動していた冒険者の少年は女装をしていなかったはずだが。


「あ、そう言えばそんなのも……」


 サシャの記憶から消えていたらしい。

 まぁ、印象は薄かったのでそんなものだろうか。


「女装してる男性がお知り合いと言うのも凄いですね~」


「あ、あはは……言われてみると……たしかに……まぁ、似合ってたから、いいのカナ……」


 サシャはいまいち飲み込めない事実を無理やり飲み込んだようだ。

 ともあれ、あなたたちはおいしいお茶とお菓子で和やかに談笑を楽しんだ。

 お茶を2杯ほど飲んだところで、そろそろお暇しようかと思うとあなたは伝えた。


「んん~。カイル~? 50個できましたか~?」


 カイラが自分の耳に手を当てると、そんなことを言い出した。

 突然独り言を言い出したように見えるが、内容からするとどこかにいるカイルに声をかけているらしい。


「まだ4個しか出来てないそうです~。まぁ、この短時間だと私でも10個くらいがせいぜいですけど~」


 それに関しては即時の受け取りは希望しないので、次に来るときにでも渡して欲しいとあなたは伝えた。


「そうですか~。わかりました~。ちなみに次はいつ頃になりますか~?」


 あなたは少し考えてから、1週間後にまた来ると伝えた。

 この町は離れるつもりだが、クッションは欲しい。

 『引き上げ』の魔法ですぐに来訪できるのだ。


 それに、定期的にカイラを尋ねないと、突発的に自殺とかしかねない。

 お姫様にしてくれないなら自殺すると言っていたが、この手のタイプは長期間放置してもまずい。

 何をしでかすか分からないから、ちゃんとかわいがらないといけないのだ。


「では、それまでに準備をしておきますね~」


 とのことで、あなたは1週間後の来訪を約してカイラの家を後にした。

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