39話

 サシャにテントの設営の仕方を教えてやりつつ、あなたはテントを設営した。

 あなたの持っているテントは2種類あり、そのうちの極普通のテントだ。

 もう一方はテントと言う名でこそあるが、実態としては要塞とか隠れ家に近い魔法のアイテムだ。

 以前、フィリアを捕まえてお楽しみをした時に使ったのがそれになる。


「ふー、完成ですね!」


 あなたの利用しているテントはハイランダーの伝統的なテントと同じものだ。

 円錐形の構造をしており、一端を束ねた木の棒を広げたものを地面に立てて支柱とし、その上にキャンバス布を被せている。

 本来のハイランダーのテントは獣のなめし皮を被せるが、キャンバス布の方が軽くて設営が楽だ。

 内部に敷物を敷いてやれば、寝床としては十分。天頂部が開口部にもなっているので、一応内部で火も焚ける。


「どことなくエキゾチックなテントね」


 などとレインが言うように、たしかにこの近辺では見ることのない形だろう。

 なお、このテントを使うことはあんまりなかったりする。

 というのも、あなたは雷雨が起ころうが、豪雪が降ろうが、マントを引っ被ればそのまま寝れる。

 つまりテントでわざわざ風雨を防ぐ必要がないほどに肉体が強靭と言うだけだ。


 とは言え、テントは設営した方が快適に過ごせる。

 今回は時間に余裕のある野営なので、遠慮なくテントを設営したわけだ。


 テントを設営した勢いのまま、あなたは鹿肉をローストするための準備を手早く終える。

 まぁ、遠火でじっくりと焼くだけの話である。本当はオーブンがあればいいのだが、そんなものはない。

 そうするとローストではないのでは……? という話になるが、まぁ、細かいことはいいのだ。


 あなたは火加減を調節したり、鹿肉の位置を調節したりと細々と調理をしていく。

 やっていることは捌いただけの鹿肉を丸ごと焼いているだけで、雑な料理に見えるだろう。

 だが、過不足なく丁寧に焼き上げるのは存外に難しいものなのだ。そう簡単に出来るものではない。


 丁寧にじっくり焼き上げることで、鹿肉は最強の味になる。

 2時間近く使ってじっくりと焼き上げたことによって、鹿肉は最強へと至った。

 既に日はとっぷりと暮れ、夕食には少々遅い、だが酒盛りには最適な時間だ。


「待ってました!」


 切り分けた鹿肉はしっかりと火が通り、しかし瑞々しさを失っていない。

 各種の香草も摺り込んであるので、味については保証できる。

 本当は血抜きをもっと丁寧にして、2~3日ほど熟成させるとさらにうまいのだが……。

 ともあれ、さぁ食べようと促すと、みんな勢いよく肉に手を伸ばした。


「あぁ……おいしいですねぇ」


「こんなにたくさん、贅沢ですね!」


「はぁーっ、これ、かなりいいワインじゃないの」


 約1名酒の方に気が行っているが、まぁ好評のようだ。

 あなたは苦笑しつつも、レインの前にスライスされた肉を出した。


「あら、なにこれ? 穴の空いた肉……?」


 鹿の心臓だ。これをスライスして食べると実に美味いのである。

 柔軟な筋肉の塊である心臓はプリプリとした食感が実に楽しい。


「へぇ……大丈夫なのよね?」


 心臓は大丈夫。あなたはそのように保証した。

 少なくともあなたは心臓だけを食べてなにか病気になったと聞いたことはない。

 まぁ、心臓を食べていたらほぼ確実に他の部位も同時に食べてるだろ、という反論は無視するとしてだ。


「へぇ……んふっ、おいしい!」


「えっ、私にも食べさせてくださいよ」


「あ、私も私も」


 鹿の心臓の生スライスはなかなか好評のようである。

 ちなみに、馬肉も生で薄切りにすると美味い。

 というか、生で食べる分には馬肉が最強だろう。

 特にグレートホースが美味いのだ。


「いや、グレートホースを食べるって、もったいないじゃない。高いのよ?」


 そんなことは知っている。だが、それはそれとして美味い。

 ジンジャーとガーリックをつけて食べると、特に美味い。


 そこであなたはふと思い至ることがあった。

 魚の刺身はショウユをつけて食べると美味かった。

 もしや、馬の刺身もショウユをつけて食べると美味い……?


 あなたは『四次元ポケット』から各種の肉を取り出す。

 馬肉も混じっているはずであるし、馬肉は見た目から分かりやすい。

 あなたは馬肉を的確に見抜くと、それを手早くスライスにした。

 その後、ジンジャーとガーリックを少し載せ、調合したショウユをつけて口へと運んだ。


 あなたは理解した。


 生命とは。

 宇宙とは。

 そして、万物とは。


 空間と時間。

 空間とあなた。

 あなたと時間。

 その関係のすべてが。


 そう、分かって来た。


 なぜ、この全ての命のふるさとたる星に命が満ち溢れたかも。


 神々の永遠の盟約。

 四の黙示騎士兵装。

 はじまりの神剣。


 創造神アルトスレアの背なに築かれし大地。

 滅びと死の大地ファートゥム。

 暴走する生命たるボルボレスアス。

 そして、神に抱かれし大地エルグランド。


 なにもかも、なにかもが、分かって来た。


 こんなにも簡単なことだったのかと、あなたは涙をこぼしながら噛み締めた。

 1たす1はなぜ2なのか。いや、なぜ2であるとされているのか。

 あらゆるすべての答え、あらゆるすべての疑問が、分かって来た。


「ねぇ……それ、そんなに美味しいの?」


 レインに声をかけられたことで、その全ての答えと疑問が霧散した。

 あなたは思わず首を傾げつつも、最高に美味いと答えた。こんなの酒を飲むしかないではないか。

 しかし、このあっさりとしていて脂のとろける感触が味わえる馬の刺身には……白の方が合う。


 あなたは白ワインを瓶で取り出し、それを自分のカップに注いだ。レインにも差し向けた。

 レインは嬉しそうに受けとり、馬の刺身を口へと運んだ。


「ああ……」


 感動したような声で、レインは溜息を洩らした。

 わかる。あなたは馬の刺身を量産しながら頷いた。

 脂のとろける快感がたまらないのだ。とにかくうまい。最高。


「お、お姉様、私にも1口……」


「ご主人様、私にも!」


 遠慮せずに食べなさいとあなたは苦笑した。


「これ、美味しいけど、なにかしらね……このショウユ、なにか一味足りないのよね……なにかしら?」


 こんなにおいしいのに? あなたはそう思いつつも、また一切れ馬の刺身を食べてみた。

 そうして食べてみると、なるほど、たしかに足りない。とりあえず、甘味があるとまとまりが出そうだ。

 あなたは少し考えてから、鍋にショウユを注いだ後、ハチミツを少しばかり注ぎ入れた。

 これを加熱して少し沸かした後、口当たりが強いと思ったのでオリーブオイルを入れてみた。


「あっ……これ、だめだわ……つよい……かてない……」


 試作してみたタレを試したレインがそんなことを打ちのめされたように言う。

 あなたは苦笑しつつも、タレにつけて刺身を食べてみた。

 咀嚼し、飲み込み、あなたはまた苦笑した。

 そして、呟いた。困った……ちょっと勝てない……。


「もっとこう、香ばしい風味の強い油が合いそうね……唐辛子を漬け込んだ油はどう?」


 悪くなさそうだが、パンチの強い味にしてしまうと繊細な馬肉の味が損なわれてしまう。

 もっと薫り高いもの、ゴマを絞った油などがより最強無敵ではないだろうか。


「悪くなさそうね……今度、買って試してみましょう」


 ところでこれはグレートホースの肉なので非常に高価だが。

 あなたは冗談めかしてレインに訪ねてみた。


「でも、おいしいじゃない。おいしいって、強いってことなのよ」


 レインはそのように真顔で答えたので、あなたは頷いた。

 こんなにおいしいものを、ちょっとばかりお金がかかるからと言って諦めることは出来ない。


 というか、グレートホースはたしかに高いが、軍馬として調教されていない個体であればそこまでではない。

 たしかに並みの家畜より格段に高いものではあるのだが、冒険者の収入で買うのを躊躇うほどでもない。


「そうね、いいところ金貨20枚くらいかしら……まぁ、高価ではあるけど、体が大きいから食べる部分は多いし……」


 馬と言うのは名馬になればなるほどに値段が青天井になっていく。

 駿馬と駄馬なら10倍や100倍の差がつくことはざらだ。同じ品種であっても、だ。

 そのように、調教もされていない、とりあえず成体になった、という程度の馬ならば安く買えるのである。

 まぁ、安いと言っても、庶民ではとても手が届かないような高額ではあるのだが。


「たしかにすごくおいしいですけど……そこまでですか?」


「……まぁ、お酒好きな人にとって、いい肴はいくら出しても惜しくないそうですから」


 サシャとフィリアには理解しがたい話であるようだが、あなたとレインは馬の刺身について大いに盛り上がった。

 タレの調合を幾度となく行い、もっと合う酒があるのではないかと試し飲みし。

 やがてレインがベロンベロンになったことで、自然とお開きになった。





 翌朝、レインが盛大に少女らしさを浪費していた。

 少女らしさを浪費とはどういうことか。

 まぁ、すべてに絶望したような表情で蹲り、口から乙女の尊厳を放出する姿でおおよそ分かるだろう。

 要するにだが、レインは壮絶な二日酔いに苛まされているようだ。


「た、たすけて……こ、このあいだの、おえっ……うぷっ……ま、前のやつ……」


 あなたは『軽傷治癒』の魔法をレインに使った。


「ふぅ……助かったわ……」


 この魔法は二日酔いにも効くらしい。

 実のところ、以前に使った時は特に根拠なく適当に使ってみただけなのだ。

 エルグランドでは不調があったらとりあえず『軽傷治癒』を連打するのである。

 効果があったらそのまま連打し続けるのだ。無かったら別の手段を探す。あるいは自殺。


「ああ、死ぬかと思った……しばらくお酒はいいわ」


 数日前にもそんなことを言っていた気がする。

 レインはおそらく酒に関しては学習能力がないのだろう。

 まぁ、地雷女に関する学習能力がないあなたに言えた義理でもないが。

 あるいは、レインにとってのしばらくとは3日程度と言うことだ。


「今日は宿でゆっくりしましょう」


 以前、あなたはレインに貴族もかくやの優雅な生活をしていると苦言を呈されたが。

 散々深酒をした挙句、それを魔法で治療された後は、宿で1日だらける。

 これはこれで相当優雅な部類に入る生活ではないのだろうか。

 まぁ、ある程度の自制心はある酒食ならば、可愛いものだろうか。

 あなたはそんなことを思いつつも、撤収の準備を始めるのだった。



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