38話

 あなたたちはソーラス大森林に来ていた。

 冒険をしに来たわけではない。今日やることは、狩りだ。


「ふにゅにゅっ……! や、やっぱり無理ですー!」


 まぁ、そうなるな。

 あなたは愛用のロングボウを必死で引いているサシャを見ながら頷いた。



 獲物の解体と言うのは冒険者にとって必須技能と言えるだろう。

 あなたくらいになると、生きた獲物の臓物を的確に引っこ抜いて欲しい部位を確実に得るほどの技能を持っている。

 そこまで行くと、解体と言っていいのかどうか怪しいところもあるが、一応解体だ。


 ともあれ、サシャとレインには解体に慣れてもらわなくてはならない。

 そのため、ソーラス大森林で適当な獲物を狩って、それを解体しようというわけだ。

 本気で戦闘しようというわけではないので、半ば行楽気分で来ている。


 そのためサシャの弓を使ってみたいとの言葉で弓を使わせているのだが、無理だったようだ。

 一方のレインはと言うと、クロスボウガチ勢のフィリアによる熱血指導を受けている。


「そうです! いいですよ! ビシッと決まってますね! 背筋に針金が通ってますよ!」


「そ、そう、ありがとう」


 フィリアは褒めて伸ばすタイプのようだ。かく言うあなたもそうだが。


「ご主人様……この弓は私には無理です……」


 引き分け力に300キロもの力を必要とする強弓なので、使えない方が普通である。

 ハーブによる肉体増強と、ストリップのおひねりにあげた指輪のお蔭で辛うじて胸あたりまでは引けているが。

 とは言え、無理に引いているので射撃の姿勢は滅茶苦茶。これでは狙った場所には当たるまい。


 胸までしか引いていないので耳を打つ心配はなさそうだが……そもそも頭頂部に耳があるのでそんな心配はいらないのだろうか。

 しかし、胸は打ってしまうかもしれない。あなたの強弓で胸なんか打ったらそこが抉り飛ばされてしまう。

 サシャの可愛いらしい未発達なお乳がマイナスBカップになってしまうのは可哀想だ。

 仕方ないので、あなたはサシャには引き続き石を投げるように命じた。


「そうなりますよね……」


 あなたはサシャの頭を撫で、今度ちょうどよさそうな弓を見繕おうと提案した。

 そもそもサシャはロクな防具も身に着けていないので、そろそろしっかり装備を整えようと思っていたのだ。


「ほんとですか! 楽しみです!」


 などと言って嬉しそうに耳をピコピコ揺らすサシャは可愛い。


「……というか、疑問だったんですけど」


「はい?」


「どうして、サシャちゃんは防具も何もつけてないんですか?」


 フィリアのあまりに真っ当な疑問はもっともだろう。

 あなたは頷くと、サシャには1回死んでもらうつもりだったと答えた。


「え゙」


 1回死ぬと色々と覚悟がキマるのだ。これは間違いない。

 サシャには召喚した獣と戦わせ、幾度となく瀕死にまで追い込んだ。

 これは闘争本能を刺激し、怒りの感情を呼び覚ますためだ。


 生きるために他者をも殺して、生を掴み取る。

 その感覚を養うことで、闘争か逃走かの状況で闘争を選ぶ素地が身につく。


 そして、そこで1回死ぬと、迫りくる死の恐怖が生への執着を生み出す。

 闘争か逃走か、その選択肢を前にした時、冷静に逃走を選べるようになる。

 血気に逸らず、さりとて恐怖に震えない。そんな精神を養うためである。


「……あなたって悪魔かなにかなの?」


 レインが顔を蒼褪めさせているが、そのあとちゃんと蘇生するつもりなので問題ないとあなたは安心させるように言った。


「う、うーん……い、言わんとするところと言うか、狙いどころは……まぁ、わかる、んですけど……や、やり方が、あまりにも……あまりにも、情がなさ過ぎる……!」


 あなたは情がないという点について抗議した。

 効率を最優先するなら、今からサシャを嬲り殺しにするので必死で抵抗しろと命じてから、実際に嬲り殺しにするだろう。

 嬲り殺しにされると、恐怖の感情がもっとも効率的に刺激される。


 またあるいは、唐突に不意打ちでサシャの心臓を一突きだろうか。

 もちろん一気に殺してしまってはいけないので、一突きしたら丁寧に抜く。抉ったりはしない。

 心臓を穿っているので助からないが、数分ほどは生きていられるので、緩やかに死ぬ。

 この絶望的な死の圧迫感は、凄まじい生への執着心を養ってくれる。


「鬼畜過ぎて震えて来たわ」


「どうしてそう悪魔のような訓練方法ばかり思いつくんですか」


「ひぃぃい……」


 サシャは泣きながら震えている。まぁ、そうもなるだろう。

 だが、効果があるのは間違いない。なぜならあなたがされたことなので、実感として知っている。


「されたことがある!?」


「え、いや、え……?」


 あなたは幼い頃に母に嬲り殺しにされたことがあり、父にいきなり心臓を吹き飛ばされたことがある。

 妹たちもされていたので、両親流の教育方針だったのだろう。


「時々、あなたの親の顔が見てみたいと思ってたんだけど、見たくないわ」


「あまりにも恐ろしくて見たいという気持ちが消えました……」


 まぁ、あなたもこんな訓練を娘に施す親がいると聞いたら、見たいとは思わない。

 実の両親だからなんとか納得しているだけであって。だからやらないのだ。

 あくまで穏当に、サシャを見殺しにして1回死んでもらおうと思っていたのだ。


「たしかにその2つに比べたらマシかもしれないですけど、それにしても無茶苦茶ですよ」


 そうかもしれない。とは言え、その予定は変更したので許して欲しい。

 サシャの戦闘に関するセンスはかなり卓越しており、引き際なども弁えている部分がある。

 マロンちゃんとの試合で、絶対に勝ち目がないので作戦タイムを要求するなど、クレバーな部分もある。

 その辺りを踏まえると、サシャの精神修養はそこまで必要ないだろうというのが結論になったのだ。


「そ、そうですか。よかったです……」


「いや、全然よくないわよ。割と最近までサシャを殺すつもりだったのよこいつ」


「そう言えばそうですね……」


 あなたにはもう殺すつもりはないのだが、レインとフィリアは不満があるらしい。

 死が軽すぎるエルグランドで生きていたので、その辺りの感覚がだいぶ違うことは分かっている。

 しかし、蘇生する手立てがある以上、そこまで目くじらを立てることではないと思うのだが。


「ご、ご主人様……ご主人様は、もしかして、私のことが嫌いなんですか……?」


 涙をいっぱいに溜めた眼でそんなことをサシャが言うので、あなたは慌てて否定した。

 あなたはサシャのことが大好きだ。眼に入れても痛くないと言える。あなたにはその覚悟がある。


「一応言っておくんだけど、眼に入れても痛くないって言うのはそう言う比喩表現だからね?」


「エルグランドではもしかしたら違うんでしょうか……?」


 エルグランドでもそう言う意味だ。だが、仮にそうされてもあなたは痛くないと言い切る。

 たとえばサシャが突然あなたの心臓を一突きにしても、あなたは決して怒らない。

 命が猛烈に軽いのも理由だが、サシャがそうしたということはきっとあなたが悪いのだ。

 である以上、サシャの怒りを受け止めて、なんとか許してもらうために努力する所存だ。


「……根本的に、あなたにとって命と言うのは恐ろしく軽いのね」


「そう言うことみたいですね……いえ、よく考えたら実の両親に1回ずつ殺されてるんですよね、お姉様……」


「ああ……」


 あなたの紙ぺらのように軽い命に対する価値観について、納得行く理由を見出したらしい。

 実際のところ、理由はその辺りだけではないのだが、まぁ、納得してもらえたならそれでいい。


「ま、まぁ、もうそのつもりはないみたいだし、防具も買ってもらえるみたいよ。よかったわね、サシャ!」


「そ、そ、そう、ですよねっ! わ、わーい、楽しみだなー!」


 なにやらよく分からないが、納得してもらえたようだ。無理やり気味だが。

 納得いかないことを無理やり納得している姿は、色んな意味で大人の階段を1つ上ったと言ったところか。


「無理やり昇らせておいて何をほざいてるのよ!」


 レインに怒られた。なぜなのか。




 軽く小休止した後、狩りを再開した。

 あなたが獲物を探知し、そこに向かい、サシャが石を投げ、レインがクロスボウを放つ。

 2人がかりで襲っているので、獲物を仕留める成功率は高い。


 その都度解体させているので、2人も相当解体に慣れたようだ。

 少なくとも、血の匂いにたじろいだり、臓物のグロテスクさに圧倒されたりはしなくなった。


「なんだか1年分の肉を得たって気分だわ……」


 などと言いながら鹿を解体するレインは相当こなれた様子だ。

 もうだいぶ熟練したと言っていいのではないだろうか。いつでも猟師になれることだろう。

 ちなみに鹿は肝臓が珍味だ。生で食べると肉なのにプリプリとしていて美味しい。


「へぇ、鹿って生で食べられるのね」


 途轍もなく肉体が頑強でない限りはお勧めできないが、食べられる。

 まぁ、仮になにかの病気になっても魔法で治る。問題はない。


「あのね、それは一般的には食べられないというのよ」


 たしかにそうかもしれない。

 普通に食べる分には、やはり美味しいのは背中。ロースだろう。

 これをじっくりとローストすると、これがもうたまらなく美味しいのだ。


「鹿の背ロース……ねぇ、解体した肉ってどうするの?」


 『四次元ポケット』に保管しているので、適宜調理して食べる。

 今日は豪快に鹿肉などを食べようではないかとあなたは提案した。


「いいですねぇ、鹿のロースト……美味しいんですよね」


「ワインが必要ね。それも、赤が」


 その辺りは分かるのだが、真っ先に酒を呑むことに意識がいくのはどうなのだろうか。

 まぁ、冒険者らしいと言えばそうかもしれないが、淑女としてはどうなのやら。

 と言ってもあなたも鹿のローストとなれば次に浮かぶのは酒であるから人のことは言えない。


「熊はどうするの?」


 もちろん食べる。熊肉は調理が少々むずかしいが、美味しく食べられる。

 まぁ、ソーラスの大熊は人を喰っている可能性が高いので、食べたくないなら全て処分するが。


「う、うーん……どうする?」


「私はちょっと……」


「ひ、人を食べた獣の肉、ですか……うぅん……」


 全員乗り気ではないようなので、無理せずともいいとあなたは伝えた。

 人を食べた熊は美味しくはないはずだ。肉の良し悪しは食性の影響が強い。

 人をたっぷりと食べた熊は不味い可能性が高い。穀物や根菜、果物を主に食べた若い冬時期のクマが旨いのだ。


「そうなのね、じゃあ、処分で」


「処分しましょう」


「美味しくないなら……はい」


 理由が出来たら即決で処分に向かうあたり、乗り気では無いどころか拒否気味だったようだ。

 熊肉はソーラスの町で適当に捌くことにする。もちろん売上金は分配する。


「よしっ、終わったわ」


 話している間に鹿の解体が終わったようだ。

 あなたは吊るしていた鹿を下ろし、枝肉になった鹿を『四次元ポケット』へと放り込んだ。


「そろそろ日も暮れて来たし、帰りましょう」


「そうですね。そろそろ急がないと不味いかも」


 たしかに日もだいぶ暮れてしまっている。

 あなたたちは血まみれのレインとサシャを水で洗い流した後、ソーラスへと急ぎ足で戻った。





 町へと帰りついたあなたたちを出迎えたのは、固く閉ざされた城門だった。

 どうやら今日はちょっと遅かったようだ。


「はぁ……ベッドはお預けか……」


 残念そうに言うレインだが、べつにベッドで寝たければ王都に帰ればいいのだ。

 『引き上げ』の魔法のマーキングは済ませているはずだし、魔力だって余裕はあるはずである。


「言われてみればその通りね……」


 ハッとした顔でレインが言う。その発想がなかったらしい。

 まぁ、使えるようになって間もないのでそんなものだろうか。

 とは言え、今日はせっかくだから野営をしようとあなたは提案した。

 豪快に鹿肉を食べるなら、野外で野営をしている方が都合がいい。


「うーん、たしかにその通りかもしれないけれど……でも、ワインがないわよ。ワインに旅をさせちゃいけないって言うじゃない」


 あなたは『四次元ポケット』からワインを樽で取り出した。

 あなたは『四次元ポケット』の中に各種の酒を備蓄しているのだ。

 料理にも使うし、もちろん飲んでもいい。『四次元ポケット』の中ならワインが劣化することもない。


「わーお……最高よ」


 レインがあなたを抱き締め、頬にキスをした。

 いつにない大サービスに、あなたは思わず驚いた。

 レインにとっては酒が飲めることはそれほどに大きいらしい。

 いつの間にこんな呑んべえになったのだろうか。


「じゃあ、野営をしましょう」


「しましょう」


「じゃあ、私はテント張りますね」


 城門から少し離れた位置で、あなたたちは野営をすることにした。

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