47話

「まず、あの妙なモンスター。私たちはアレを『バラケ』と呼んでいます~」


 シンプルな名前である。

 バラバラなナニカ。そう言う表現の呼び名だ。

 まぁ、たしかにそう表現するのが妥当ではある。


「バラケは『恍惚化』に似た、けれどより強力な心術を使うんですよね~」


 『恍惚化』。低位の洗脳魔法だ。

 これにかかると、途端にぼんやりと恍惚状態になってしまう。

 たしかに言われてみると、『恍惚化』に似た状態だった。


「そして、バラケは恍惚状態になったものを捕食します。これを回避するには高位の防御術で心を保つ必要があります~」


 あなたはそう言ったものを用意していなかった。

 にも関わらず、恍惚化が効かなかったのはなぜなのか。


「さぁ~?  なんででしょうね~? あれは効かない場合もあるので、それに当てはまっていたのかも~?」


 すると単純に運がよかっただけなのだろうか。

 まぁ、そう言うことは割とよくあることではある。


「人造種族や魔法生命には基本効かないので~、あなたの場合はそれかもしれませんね~。お父上が魔法生物の類だったはずですよね~?」


 あなた自身はハイランダーで、ヒトではある。

 だが、たしかにあなたの父は魔法生命と言える存在だ。

 その特性を受け継いだ結果なのかもしれない。


「まぁ、効く効かないは、割といろいろな条件があるみたいでして~。純粋な人間の私にも効きませんでしたから~、複雑な条件があるんでしょう~」


 そこまで言って、カイラは手を差し出して来た。

 あなたはカイラの手に自分の手を置くと、にゃー、と鳴いてみた。


「きゃ~! かわいい~! 猫ちゃんですね~! にゃあにゃあ、私もねこさんですにゃ~!」


 そう言って猫の手の仕草をするカイラ。

 そっちこそ可愛いではないかとあなたは身悶えする。

 

「ふふふ、冗談はさておきまして~。これ以上の情報は有料です~」


 なるほど、そっち。

 あなたは情報料はいくらかと尋ねた。


「お金には困ってないんですよね~。主にあなたのおかげで~。ですので、なにか希少な道具とかあれば~」


 あなたは少し考えて、ハンマーを取り出した。

 鍛冶用の丸頭ハンマーで、使い古されていることがよく分かる。

 ただ、手入れはしっかりとされており、ボロくはない。

 このハンマーには極めて特殊なエンチャントが施されている。


「これは……なんですか? 見たことのないエンチャント……」


 このエンチャントは、エンチャントを強化する。

 つまり、魔法の武具の性能を向上させるアイテムだ。

 職人の執念と努力の籠ったハンマーを素材に作ると言う希少な品だ。


「すごい……既に付与されたエンチャントを強化するなんて聞いたことがない! これの効果を解析できれば、既存の魔法道具の性能を飛躍的に向上させることができるかもしれない!」


 カイラがあなたの手にするハンマーを奪うように受け取る。

 そして、嬉々として情報を話し出した。


「バラケの一番の凶悪な能力は、捕食能力です~。触れた相手をそのまま捕食するんですよ~。強酸などで侵食しているわけではないので、生身に触れなければ一応大丈夫ですが~」


 しかし、剣で切り付けた先から増殖して襲い掛かって来たが。

 あなたの方は襲われなかったあたり、確実に襲ってくるわけではないのだろうが。


「そこが怖いところなんですよね~。酸や火のエンチャントのされた武器で戦うのが無難ですね~。おすすめは酸です~」


 刀身から湧き出す酸で肉片をそのまま焼き切ってしまうと。

 たしかにそれならば増殖できずに消滅させられるだろう。

 あなたはエンチャントの施された武具の調達に頭を巡らせた。

 ここは順当に、武器にエンチャントをしてくれるよう魔法使いに依頼すべきか……。


「そしてですが、バラケは迷宮内のモンスターを片っ端から捕食します~。この6層にモンスターがほぼいないのはそのせいですね~」


 ということはもしや、バラケは6層にもいる?


「はい~。ただ、7層から6層に遠征する形で出現するようなので~。いるときはいるけれど、いないときはいませんね~」


 まさか階層を移動するモンスターまでいようとは。

 しかし、その割に7層から6層まで追いかけて来てはいないようだが。


「そのあたりはなんとも言えないですけど~、バラケはあまり執着はしないようなので~。大きく距離を取れば追跡は諦める傾向がありますね~。バラケ自体の移動能力が低いのも理由だとは思いますが~」


 まぁ、たしかに歩いても逃げれそうな速度だった。

 下手に応戦してしまうよりは、さっさと逃げた方が楽なのかもしれない。

 実際、レウナが腕を捕食されたのも、遠距離戦に徹すれば起き得ないことだったろう。


「あらあら、腕を食べられてしまったんですね~。たしかに捕食された部位を切断するのが一番確実な手立てではありますね~。引き剥がすのはほぼ無理ですから~」


 ということは組み付かれた時点でおしまいということになる。

 かなり厳しい戦いと言える。


「そうですね~。火力でさっさと焼き払ってしまうか、そもそも捕食されないような装備にするか。防護の力場を展開する類の装備が必要ですね~。見たところ、純粋に素材性能で勝負する類の装備ばかりのようですし~」


 たしかにその通りである。EBTGメンバーは全員そうだ。

 高価な魔法の防具になると、カイラの言うように防護力場を展開する類のものがあるのだが。

 あなたの装備品もそのような性質を持つもので固まっている。

 というより、エルグランドの腕利き冒険者はそうなりがちというか。


 致命的な破壊力を持つ魔法が多過ぎるのが理由だろうか。

 迂闊に属性耐性を1つでも開けると、その属性で瞬殺されかねない。

 そのためすべての属性を無効化するための装備で固めるようになるのだ。


 そのためのエンチャントが多重にかかった装備が必要なわけだが……。

 防具につけられるエンチャントには数に限界がある。

 それは物質の持つキャパシティのようなものなのでどうにもしようがない。

 すると、防護力場を展開するような性質のエンチャントは諦められがちなのだ。

 どうせ純粋物理攻撃しか通らないのだから、防具の基礎性能を底上げするのでほぼ同じ効果が得れるし。


「万一組み付かれた際は、その部位を諦めて切り離すことになりますね~。まぁ、フィリアさんでしたか? 彼女は7階梯まで使える神官ですから、『再生』の魔法が使えるでしょう~?」


 加えて言うならレウナも極めて高位の信仰魔法が使える。

 アルトスレアの魔法なのでこちらとは性質が違うが……。

 喪った部位の再生までできる、という点は変わらないので問題ない。


「ひとつ言えることはですが~……7層はすでに、7階梯まで使えるような腕利きでなければ探索不能な場所です~。皆さん、レベルアップが必要な頃合いだと思いますよ~」


 あなたはなかなか難しいものだなと苦笑した。

 3年間、冒険者学園で下積みをしたのだが。

 まぁ、本来なら最初にすべき下積みだったのが遅かっただけではあるが……。


「まぁ、あなたたちの場合は、4層や5層で資金集めがてらに戦って経験を積むだけでいいと思いますよ~。長くても半年やそこらの下積みで済むんじゃないでしょうか~?」


 だと、いいのだが。

 まぁ、サシャを迎え入れた時点で覚悟していたことだ。

 人間の成長と言うのは一朝一夕では済まない。

 それこそ10年単位の長い時間で見なくては。


「後は特に話すようなことはないですね~。バラケは肉体的にはかなり貧弱ですので~。個体差によって属性耐性に違いがあるようですが~……物理攻撃で潰せます~」


 その物理攻撃で潰すにはやや数が多いのが問題ではあるのだが。

 まぁ、魔法で薙ぎ払って、殲滅し切れなかった分を物理攻撃で始末するのが妥当なところだろうか。

 あるいは範囲攻撃に向いた武具を使うことも考えるべきか。


 バラケの強度はちょっと厳密には分かりかねたが。

 あの感触だと、生身の人間とほぼ大差ないように思う。

 すると、ロープでは無理でも、鉄の鎖で殴るだけでも殺せるだろう。

 個々の大きさも大したことがないので薙ぎ払うことも可能に思えるし。


「いずれにせよ~、今までの迷宮とは大きく違った戦略・戦術が要求されます~。一時撤退をすべきでしょうね~」


 あなたはそうだろうなと頷いた。

 それで、バラケの心術はどれくらいで解けるのだろうか?

 撤退をするにしても3人全員が朦朧としていては動きようがない。


「物理的な衝撃を加えるか、心理的な衝撃を加える必要がありますね~」


 でもおっぱい鷲掴みにしても意識が戻らなかったよ?

 あなたはそのように告げると、カイラが苦笑した。


「ん~。たとえばですけど~、私がぼうっとしている時にあなたに胸を揉まれたとしたとしましょう~」


 あなたは頷く。自分なら絶対にやるだろう。

 それがどういうシチュエーションでどういうやり口かはケースバイケースだが。

 レウナにはおまえどれだけ人にセクハラしまくっているんだ? と言わんばかりの眼で見られているが、絶対にやるだろう。


「それがたとえば背後から揉まれたなら、ちょっとびっくりするかもしれませんが~。正面から揉まれたら……つまり、あなたにされたという確信があれば、驚きどころか納得でしょうね~」


 つまりなにか。

 サシャもレインもフィリアも、あなたに胸を揉まれることに慣れている。

 そのせいで意識を取り戻すほどの衝撃にならないと。


「べつに意識を喪失してるわけではないですからね~。普段通りの行動ではダメですよ~」


 なるほどとあなたは頷くと、おもむろにサシャのみぞおちに拳を突き込んだ。


「ごへっ! あぐぐ、がぁ……! な、なぜ、ご主人、さま……!」


 本当に意識が戻った。

 なるほど、物理攻撃で問題なくいけるようだ。

 あなたはサシャに意識が戻ったかと尋ねた。


「げっほ、ごっほ……! う゛ぅ゛~ん゛……いだいよぉ゛……! うっ、うっ……!」


「やり過ぎではないか?」


 レウナにそのように突っ込まれた。

 たしかにちょっと強く殴り過ぎたかもしれない。

 ならばと、あなたは鞘に納めた状態の剣でフィリアの脛を叩いた。


「あひっ! あっあっ! 足っ、足が! あっ!」


 フィリアが脛を抑えてぴょんぴょん跳ねている。

 意識はきちんと戻ったようだし、サシャほど呻いていない。成功だ。


「成功だ、じゃないが」


 ではどうしろというのか。

 あなたはカイラに手頃な起こし方があるかと聞いてみた。


「はい~。気付け薬で楽勝ですよ~」


 言いながらカイラが小瓶を取り出した。

 中には液体の染みたスポンジが入っている。

 その蓋を開けて、レインの鼻面に突きつける。


「エンッ!!!」


 レインがのけぞって変な声を上げた。

 そして勢いよく咳き込むも、涙目になったくらいでほかに被害はなさそうだ。


「げほげほ! なによそれ!」


「気付け薬です~。炭酸アンモニウムですね~。スゴイ臭いがします~」


「おえっ……! 本当にすごい臭い……!」


 よっぽどのものらしい。

 ここまで凄い反応をするなら持っておいて不便はなさそうだ。

 あなたはそれがどこで手に入るのかカイラに尋ねた。

 すると、カイラが蓋を閉めた小瓶を投げ渡して来た。


「市場には出していないのでさしあげます~。必要になったらいつでも家を訪ねてくださいな~」


 なるほど、ありがたい。

 あなたは小瓶を『ポケット』にしまい込む。

 さて、では方針も決まったことだ。


 撤退するとしよう。




 あなたたちは撤退に移った。

 迷宮も6層までくると撤退するだけで大仕事だ。

 6層は極めて広大なので、ただ移動するだけでも4日かかった。

 これでモンスターもいれば、もっとかかったことだろう。


「バラケがいる時にかち当たると悲惨ですよ~。この熱帯雨林の中で、小動物くらいのサイズの致死的な攻撃力を持ったモンスターが襲ってくるんですからね~」


「考えたくもないな。すべて焼き払って進みたいところだ」


「難しいですね~。よほどの出力の攻撃魔法でないと、湿気に満ちたジャングルは焼き払えないですから~」


「そこの女たらしは焼き払っていたが……」


「その、よほどの出力を実現できる基礎魔力と、範囲化を実現できる膨大な魔力量ゆえですね~。常人には無理です~」


「そうなのか」


「雑に焼き払うと、窒息しますからね~。魔力だけで一瞬で全てを炭化・昇華させるほどの出力がないと、酸素も使ってしまうんですよ~」


「なるほど……酸素の消費と言う点は考えていなかったな。だが、たしかにそうか……凄まじい火力で一瞬で焼き切ったというのは理解した」


 レウナとカイラがそんな調子で話し込んでいる。

 2人とも体力的な余裕が凄まじくあるからだろう。

 EBTGのメンバーはみんな大小の差はあれどへばって来ているのに。


「ここまで半月近く冒険してますからね……疲労が積み重なって来てます」


 まぁ、そんなものだろう。長期の冒険と言うのは慣れが必要だ。

 帰り道と言うこともあって、気が抜けて疲労感が出てしまったか。

 あなたは迷宮から出れたら、バカンスを兼ねて暑気が和らぐまで休みにするからがんばって、と告げた。

 そろそろ夏真っ盛りなのだ。バカンスがてらの休暇は元々取る予定だった。


「そっか。もう夏なのね……」


「今年のバカンスってどうするんですか?」


 まだ何も考えていない。

 湖水地方でもいいし、べつのところでもいいし。

 涼しさと言う意味なら、『大瀑布』以上のところはない。

 快適さを求めるなら食料を大量に持ち込んで『大瀑布』だろうか。


 しかし、さすがに使用人を連れて来るのは無謀だ。

 その場合、使用人たちには小遣いと長期休暇をやることになるだろうか。

 自衛できる能力があれば構わないが、それだけの実力がある使用人なんかいるわけもなく。


「うーん……たしかに……」


「自衛かぁ……うーん。召喚したクリーチャーを呪縛して仕事させれば……ううん……」


 2人ともに母親も連れて来たいのだろう。

 あなたも連れて来たい気持ちはやまやまではあるのだが……。

 自衛が出来ない人間を迷宮に連れ込むのは危険が過ぎる。


「ところで、知ってますか?」


 話し込んでいるとカイラが突然話を振って来た。

 あなたは知らないと答え、なんの話かを尋ねた。


「3層は『大瀑布』の隠された秘境を」


 そんなのあるの?

 あなたは秘境なる心躍るワードについて詳しく尋ねた。

 やはり、秘密とか秘境とかは冒険者として心が躍る。秘所は女たらしとして胸が躍る。


「上空に危険な飛行モンスターがいるのは知っていますか~?」


 あなたは頷いた。レインの肉を抉り取って殺しかけた鳥だ。

 魔法の防具を貫通する威力は生半なものではない。

 3層にようやくたどり着ける程度の冒険者では対抗不能だろう。


「障害を乗り越えた先には報酬がある~。そう旨い話はないものですけども、あったらいいなぁ、なんて思いますよね~?」


 つまり、なんだろうか。

 あの飛行モンスターの群れを潜り抜けた先に、なにか秘境がある?


「うふふ、そう言うことです~」


 であれば、是が非でもあなたはその秘境を見なくてはいけない。

 まぁ、疲労を無視して探索するつもりもないので、次回にするつもりだが……。


「ちなみに、私たち『エトラガーモ・タルリス・レム』が強化合宿をした場所でもありますね~」


 すると、休暇を過ごすにはいい場所なのだろうか。

 あなたはますます気になった。


「もしよければですけど~。今年のバカンスは、私たち『エトラガーモ・タルリス・レム』とそこで過ごしませんか~?」


 いいね、悪くない。むしろ最高。

 さすがに独断でOKは出せないが、あなたは超乗り気だ。


 べつにひと固まりでバカンスを過ごさなくてはいけない理由もない。

 最悪は、あなただけでも参加したいくらいだ。

 『エトラガーモ・タルリス・レム』メンバーと交友も深めたい。


 彼女らのいる場所でカイラの反応を伺うことで、どれくらいまではOKなのかも探りたい。

 彼女らに手を出してカイラがマジギレしたら困る。

 蘇生不能な自殺の仕方をされるのはすごく困るのだ。


 元より蘇生魔法と言うのは同意がないとできないが。

 蘇生不能な死に方となると、相当悲惨な死に方だろう。

 悲惨な光景には慣れているが、好き好んで見たくもない。


 EBTGメンバーを説得するか、あなただけで参加するか。

 手早く話を纏めてカイラに返事を返さなくてはいけないだろう。

 迷宮から出れた後の差し当たっての予定が決まった。

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