48話

 6層を4日かけて出口へと戻り、あなたたちは5層『大砂丘』へと舞い戻る。

 こちらも来た時と同様の時間をかけて戻る。

 今回は敵と遭遇しても、実入りのない相手は適当にあしらって通り抜けた。


 残念ながらマンティコアやラセツとは遭遇しなかった。

 そのため、大サソリなどの実入りのない相手を避ける一辺倒で進めた。

 戦闘がなかったためか、来た時の5日よりも1日ほど早く戻ることができた。


 移動中にはカイラに色んな事を教えてもらえた。

 5層のあちらこちらに生えるサボテンには実が生ることがあり、これが美味で高く売れるとか。

 肉厚の葉を持つ植物は、搾ると多量の水分が取れるので水分補給に使えるとか。

 無料で教えてもらっていいのかと思うくらいに有益な情報が多い。

 まぁ、一般的に有益であっても、あなたたちにとって利益のある情報かと言うと微妙だが……。

 

「4層に降りる前に、『水中呼吸』の呪文を使った方がいいですね~。海抜0メートルから4000メートルは無茶無謀ですからね~」


「やはり、高山病になりますか」


「なります~」


 フィリアの疑問にカイラが応える。

 時間をかければ高山病にならないということは、短時間であればあるほどなりやすいということ。

 たしかに、突如として高度4000メートルの山頂に現れたら大変なことになりそうだ。


「あとはもう、スピード勝負ですね~。大急ぎで降ります~。まぁ、帰り道ですからね~。飛行呪文の類を使って一気に移動するのもありですよ~」


「それ下手したらドラゴンに襲われない? 大丈夫?」


「あんまりだいじょばないですね~」


「じゃあ勧めないでよ……」


「まぁ、私なんかだとドラゴンをポキッとやっておしまいですからね~」


「小枝くらいの感覚でドラゴンを倒せるの……」


 そう言えば、帰り道はレインの転移魔法でびゅーんひょいとは行かないのだろうか?

 6層でも5層でも言い出さなかったので何も言わなかったのだが。


「できるけど……転移先が安全とは限らないのがね……」


 それもそう。あなたは至極もっともな話に頷いた。

 この間は緊急事態だったからそれを無視してやってくれたわけだ。

 時間はかかるが、素直に徒歩で移動するのが安全だ。


「ともあれ、行くぞ。なにしろ6人もいるのだからな。多少無茶したところでリカバリーくらいは効くだろう」


「そ、そうかしら? まぁ、レウナって高位の神官なんだものね。いざってときは頼りにしてるわ!」


「ああ。死んだらちゃんと葬儀を上げてやる」


「そこは蘇生をしてちょうだいよ」


「うちは蘇生とかはやってなくてな。すまないが、他所でやってもらえるか?」


「食事処みたいなノリで神官の秘奥を表現しないでもらえる? できないとかじゃなく、やってないって言うのは初めて聞くわよ」


 まぁ、なにしろ死の神の信徒だ。

 その死から逃れる蘇生の秘術は普通に神への挑戦行為だろう。

 レウナに蘇生魔法が授けられていないのは自然な話とも言える。


「じゃあ、行くぞ」


「行きましょうか~」


 レウナとカイラに促され、あなたたちは4層は『氷河山』へと突入した。




 吹き荒ぶ寒風があなたたちを打ちのめす。

 それはまるで、神話の巨人が唸るがごとく打ち付ける風だ。

 どうやら、ちょうど吹雪いているタイミングで降りてきてしまったらしい。


「ううむ、寒いな」


「あらあら、寒いですね~」


「さ、さ、寒ぅい! は、はーっ……さ、さむ……! はっくしゅ!」


「あっあっ、寒い……寒いです……!」


「わ、私は災いを恐れません……私は災いを恐れません……」


 喚きながら身悶えするレイン。泣きそうな顔で震えるサシャ。聖句を唱えて耐えようとするフィリア。

 なんとなく個性の出る反応だなと思いつつ、あなたは手早く降りようと提案した。


「そうですね~。帰り道は、こっちの峻嶮なルートを飛行魔法で山肌を伝うように降りるのがいいですよ~」


「ひ、飛行魔法の出番ですね……私におまかせください! みなさん、手を繋いでください!」


「ああ、『風渡り』ですね~? 自前で移動した方が速いのでお気になさらず~」


「ああ、私も走った方が速い」


「ええ~……じゃ、じゃあ、こちらだけでも……『風渡り』!」


 フィリアが7階梯の信仰魔法『風渡り』を発動する。

 肉体を雲のような気体に変えて飛行する魔法だ。

 時速100キロ近い高速での移動も可能であり、極めて便利な魔法である。

 最高速だと機動性が最悪となり、一直線にしか飛べない難点はあるが。

 そのため、ある程度加減して時速50キロほどでほどほどの機動性で飛ぶ。


 フィリアとサシャとレインが魔法によって飛翔し。

 あなたとレウナとカイラは自前の足で移動する。

 レウナはごく順当に足が速く、何より身のこなしが軽い。

 斜面を直滑降同然の速度で駆け下りるのだ。なかなかの度胸だ。


 カイラも同様に順当に身体能力任せで降りている。

 治療者、信仰系術者に近い性質なのかと思っていたが。

 どうも様子を見る限り、武僧に近い身体制御技術もあるらしい。

 鋭く機敏な身のこなしと、安定した足運びはまさにそれだ。


 あなたは順当に速度も機動性も完璧な自前の飛行手段で飛ぶだけ。

 特に何の苦労もなく、ただひたすらに飛ぶだけだった。



 峻嶮なルートを駆け下りたので、敵と遭遇することもなく。

 そして速度の速い手段で一気に降りたので、所要時間も短く。

 あなたたちはほんの半日で一気に3層の入り口まで降りることに成功した。


「行きの苦労が何だったのかと思うわね……」


「うーん……まぁ、行きは高山病の順応もあったので……」


「高山病は酸素濃度さえ補えればいいので、『水中呼吸』を潤沢に使うといいですよ~。4層も、飛行魔法も交えれば1日で踏破できます~」


「あまり早く登るのも危険な気はしますけど、5日かかるのも大変ですからアリなのかもしれないですね」


 自分たちで経験則的に導き出していたら、気付くまで相当かかっただろう。

 あるいは、いくら経験したところで気付かぬままに毎度5日かけて登っていたかも。

 あなたは1層から4層の移動時間が、およそ1日から2日に圧縮できることに目算をつけた。


「5層と6層は順当に移動する必要があるけれど、6層はほぼ何もいないのであれば転移で移動できるわね」


「まぁ、バラケがいる可能性もありますけどね~」


「移動中に聞いたけど、強力な心術を使う上で、こっちを取り込んで捕食する凶悪なモンスターがいるとか考えたくないわね……」


 バラケについての情報はあなたからEBTGメンバーに説明している。

 強力な心術への保護対策、そして酸や火などの再生能力持ちの敵を効率的に倒す手段。

 そのあたりはレインが調達について心当たりがあるというので任せる予定だ。


「ルートを策定して、移動手段を熟慮して、素早く移動する……迷宮探索の基本とは言え、ここまで劇的に短縮できるとはね」


 最初は3層を移動するのに3日がかりだった。

 それが今では数時間で踏破できるようになった。

 きっと5層だって何かうまい手立てがある。

 今はまだそれに気付けていないだけだ。

 大抵の場合、足りていないのは発想だけなのだ。


「そうだといいのだけど……まぁ、最悪は周囲を厳に警戒しながらの転移魔法かしらね……それなら2日程度で一気に6層まで踏破できるわ」


 そのようにできる日が来るといいのだが。

 まぁ、実際のところ、そこまで短縮する必要もないのかもしれないが。

 あまり無暗に急いで危険になってもしょうがないのだし……。


「それもそうね。ま、ともかく、あとは3層と2層だけ。消化試合みたいなものよ。パパッといきましょう」


 たしかにあとは順当に降りるだけで、危険もほぼ無い。

 あなたたちはソーラス迷宮表層までの移動を開始した。




 特に何か問題が起きるでもなく、あなたたちはソーラスに帰還した。

 帰り道を含め、1か月には足らないが、それに近いほどの冒険だった。

 さすがにそこまで冒険すると、疲れも溜まるものだ。


 あなたはソーラスの別宅まで帰り着き、リビングに入った。

 仲間たちの憩いの場として作ったリビングに入るとほっとする。

 約1名、カイラがなぜかついて来ているので全員仲間ではないが……。


 椅子やソファに腰を落ち着けたところで、あなたは仲間たちへと宣言した。

 これより初秋まで休暇! と。


「初秋まで休暇となると……ざっと2か月から3カ月くらいのお休みですか」


「どでかいバカンスね。まぁ、ここしばらくは根詰めて迷宮に挑んだものね」


「2カ月から3カ月……」


 なお、この2カ月から3カ月の休暇と言うのは迷宮探索のことだ。

 EBTGと言う冒険者チームが迷宮探索のために結成されたので当然ではあるが。


 そのため、外界で行う冒険行の依頼があったりすれば動くこともある。

 もちろんその際には参加を拒んだりすることも問題ない。

 できることなら、経験を得るためにも参加して欲しいが。


 同様に依頼を自分で見つけて来たり、知己からの依頼があれば、メンバーに連絡を取って依頼をこなしてもよい。

 学園在学中のバカンス時も気が向いたら依頼を請けていたりしたように。

 あくまで活動を低調にするだけ、というのが正しいのかもしれない。


「なるほど。個人で依頼を請けて、それの参加者を募る分には問題ないってことね」


「EBTGのネームバリューは今のところほとんどないも同然ですから、依頼が向こうからくることはないでしょうけど、必要な想定ですかね」


 フィリアがそんな調子でぼやくように言うが、カイラが指を振ってその考えを訂正した。


「6層を踏破できた時点で、このソーラスでも一握りのトップクラス冒険者ですよ~。平均的に、6階梯から7階梯が使えるチームになりますからね~」


「ですが、ネームバリューはほぼありませんよ?」


「探索者ギルドに報告すればいいんですよ~。努力義務ですが、到達した階層の報告がありますよね~?」


「まあ、はい……もしかして、領主様に報告が行くんですか?」


「そうですよ~。私も同行したと証言をつければ、名が知れ渡りますよ~。面倒なら報告しないままでもいいと思いますが~」


 あなたはカイラにでは頼むと気軽な調子で頼んだ。

 名声があると不便なこともあるが、便利なこともある。

 現状、EBTGは活動資金が欲しい。そのためには依頼をこなしたい。

 向こうから依頼が舞い込んで来る可能性のある名声はあって困らない。


「そっか。この手の迷宮都市は腕利きの冒険者が多数いるのが抑止力になってる側面もあるのよね……腕利き冒険者の存在は領主が喧伝してくれるんだわ」


「外部からもたらされる依頼を領主が仲介してくれますしね~。貴族経由の依頼はやっぱり金回りがいいんですよね~」


「でしたら、申し訳ありませんがカイラさん、後日同行していただいて、6層踏破の証言をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「はいな~。たしか、名義的にはフィリアさんがリーダーなのでしたね~。おまかせあれ~」


 そのあたりはすまないが任せることになる。

 EBTGの実質のリーダーがあなたなのは誰もが認めるところだが。

 実績的に、あなたはこの大陸では冒険者学園を卒業しただけの駆け出し冒険者と言うことになる。


 実際はヒャンの都市で大活躍もしたのだが。

 外郭部で活動していたこともあり、あなたは多数の眼には触れなかった。

 そのため、なぜかあなたはフィリアの妹と言及されるに留まっていた。

 実際はあなたの方がお姉様なのに……外見的にフィリアの方が姉にしか見えないのは分かるが。


「もしや、今なら駆け出し冒険者として、あなたを安く雇えたりするのか?」


 レウナの言に、一応そうなるかな、とあなたは頷いた。

 実際のところ、しょうもない依頼だったらふつうに断るが。

 どこぞの害獣を駆除してこいとかだったらめんどいのでパスする。


「そうか。では、パンを買って来てくれ」


 それはもはや依頼ではなくただのおつかいである。

 あなたはそんなしょぼい依頼をしないでくれと断った。


「報酬は添い寝。おやすみのキス付き」


 あなたは喜んで買って来ると立ち上がった。

 レウナの方からそんなご褒美を提案してくれるなんて。

 これはレウナが積極的になってくれたと思って相違あるまいか。

 あなたは歓び勇んで家を飛び出し、パン屋で商品を買い漁った。


 帰って来たところ、家中にたまらないよい香りが立ち込めていた。

 あなたは蠱惑的な香りに思わずふらつき、リビングに入る。

 

「お、帰って来たか」


 レウナがリビングのど真ん中で、携帯調理器具を使って鍋を煮込んでいる。

 恐ろしく美味そうな匂いはその鍋から立ち込めている。

 周囲を取り囲む仲間たちは鍋に目線が釘付け、必死で空腹を我慢しているようですらあった。

 あなたはその魅惑の香りがいったいなんなのかと尋ねた。


「なかなかの大冒険だったし、長期休みに入ると言うからな。労ってやろうと思って、特製ソースを出したんだ」


 鍋を覗き込むと、茶褐色のソースが煮込まれている。

 目もくらむような魅惑的な香りが立ち上り、あなたは思わず理性を失いかけた。

 この最高に美味そうなソース、今すぐ啜って食べたいくらいだ。


「牛の骨と肉、いくつかの香味野菜、そしてワインで風味をつけたソースだ。スープが10分の1になるまで煮込み続けて作る」


 正気とは思えない手間のかけ方である。

 明らかにとろみがあるが、骨から出たゼラチン質だけで出したとろみと言うことだろうか。

 10分の1になるまで煮込んだのならば、それもあり得るかとも思うが……。


「このソースを各種肉のローストにかけて食うと、天国が見える。ソースをパンで拭って食っても最高にうまいぞ」


 もしや、あなたがパン屋にパシらされた理由はこれだろうか?


「そう言うわけだ。さぁ、パンも届いたことだ。食べようか」


 レウナがどこからともなく山盛りのロースト肉を取り出す。

 それを皿に盛って、ソースをかける。めまいがするほど旨そう。


 全員が思い思いにロースト肉にソースをかけ、テーブルに着く。

 各々が好きに食前のあいさつをし、食べ始めた。


 後にレウナが説明した内容によると、そのソースの名をドミグラスソース。

 この途方もない完成度を持ったソースに、あなたたちは熱狂した。

 あなたがドミグラスソースの量産を決意するほどの完成度だった。


 それくらいに旨くて、記憶が飛ぶくらいだった。

 気付いたら風呂に入っていたくらいに、旨かったのだ。

 次はもっとちゃんと味わって食べよう……湯に浸かりながら、あなたはそう決意した。

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