14話
カイラを家に招いて3日が経った。
カイラは世話焼き気質なのか、あなたの世話を焼きたがる。
おはようからおやすみまで、すべてを管理しようとする。
むしろ、夜中もたくさん抱き締められて、胸に抱かれているので24時間体制と言うべきか。
もちろんあなたは大喜びで甘やかされていた。
夜中に授乳されていると、自分は赤ん坊ではないという忌避も感じるが……。
闇の中、甘い香りのする布に包まれて乳房を吸うとすべてを委ねたい気持ちにもなって来たりなんかして……。
あなたはカイラによって着々と洗脳されていたが、とりあえずは元気だった。
そして、あなたは関係各所に手配や連絡をするなどして、屋敷の制度を再整備していた。
ブレウの出産はまだ半年は先とは言え、気を抜けば半年などあっと言う間だ。
母乳の出る乳母を常に屋敷に1人雇い入れる体制は作った。
次は、乳児を抱えた母親がメイドとして雇用される際の雇用体制などの整備だ。
妊娠・出産を控えても仕事を継続できるよう、そしてそれを経ても仕事を継続出来るよう。
無論、産休制度も当然のこととして用意するが。
世の中には生来生まれ持った体格のよさや、回復の速さから復帰の早い人間もいる。
そして、働いていないと落ち着かなかったり、金が必要な者もいる。
産休中に給与の満額支給は、フルタイムで勤務している者の不満を招くのでできないし。
早期の復帰、また復帰中の育児支援制度なども考えてやらなくては。
「この屋敷だけ女性の働きやすい職場になってますね~。いいことではありますけど~」
仕事を手伝ってくれているカイラがそんな風に評してくれた。
この手の産休制度とか育休制度、また育児支援について結構造詣が深いのだ。
カイラの提案してくれたミールトレインなどは実によかった。
あなたにはなかった発想だ。さっそく取り入れさせてもらった。
ミールトレインと言うのは、つまり食事を届けることを言うのだが。
住み込みではなく通いで働いているメイドのうち、産休を取った者。
その産後の母親に食事を届けてやることをミールトレインと言う。
考え方としては、エルグランドにおける聖誕祭のご馳走と同じようなものだろうか。
金品を与えると売り飛ばすバカが出るし、金があってもご馳走を作れるとは限らない。
なので、ご馳走を皿ごと与えてやる施しをする慣習があるのだ。
必要なものは金ではなく、すぐに食べれる食事。
なるほど、考えてみれば当然だった。
「あら~、そろそろ3時間経ちますね~」
羊皮紙に産休制度の適用範囲について書き連ねていたところ、カイラがそんなことを言い出した。
あなたも時計を見やり、たしかにそのようだと頷いて立ち上がる。
仕事を開始して3時間……と言うわけではない。まだ1時間くらいだ。
あなたはカイラの座っていたソファーに移動し、カイラの膝枕に寝る。
すると、カイラは胸元をはだけ、あなたの口へと乳房を含ませる。
「はい、おっぱいの時間でちゅよ~? たくさん飲んで大きなってくださいね~♪」
あなたはカイラの希望により、なぜか3時間置きに授乳させられていた。
それも、赤子のようにただ吸うだけである。
この行為、割と普通に意味が分からない。
おそらくカイラは気持ちよくもなんともない。
というより、まず間違いなく痛いだけだと思われる。
なぜかカイラがそのように吸えというのでそのように吸う。
まぁ、こうして吸っていると、本当にカイラの赤ん坊になったかのようでそれはそれで気持ちいい……。
頭を優しく抱かれ、背中を柔らかに撫でられていると、もう泣きたいほどに安らいでしまう。
あなたの理性はそろそろ限界であり、カイラをママと呼んでしまうのも時間の問題だった。
そんな軽い仕事と洗脳以外は、カイラとイチャついたり、ブレウやポーリンとイチャついたり、メイドをつまみ食いしたり、それらの行為でカイラの脳を破壊したり。
そんな穏やかな休暇を過ごしていたあなたの下に、来客があった。
「お久しぶり……というほどではありませんが。お元気でしたか?
以前よりもイキイキとした調子の、トイネ王国元王女ダイアだった。
あなたの手によって現在ではクローナ王子がダイアになって王位についているが。
考えてみると、ダイアは割と真剣に意味の分からない立場に置かれている。
「今日はお手紙を持ってまいりました。さぁ、どうぞ」
差し出された分厚い封筒を受け取る。
赤いシーリングワックスで封のされた封筒を開き、中身を改める。
中から出てきたのは数十枚に及ぶ便箋だった。
あなたは紙面に目を落とし、その内容を眼で追った。
……難解だ!
流麗な字体が用いられた文章は酷く美しいことは分かる。
だが、その内容、文字の意味がさっぱり読み取れない。
どうやら、この辺りで用いられている一般的な言語ではないようだ。
「エルフ語はお読みになれませんでしたか?」
なるほど、エルフ語。読めないわけだ。
あなたは今のところ共通語しか読み書きできない。
詩的で幻想的な響きを持つエルフ語は人気のある言語らしいが、会得しようともしていない。
嗜みとしてレインは会得している、それはサシャも同様なので学ぶ先には困らないのだが……。
「代読を出来たらよかったのですが、私は読み書きはさっぱりで……」
なるほど、どうしようもない。
あなたはやむを得ないと『言語理解』の魔法を発動した。
これは理解速度に制限があるが、言語を理解できるようになる魔法だ。
その魔法を用い、あなたは手紙の内容を読み解いていく。
手紙の送り主は、あなたの婚約者であるイミテルだった。
手紙の内容を要約すると「おまえのことなど好きではない」らしい。
同時に「おまえの顔が見たい」「おまえの声が聴きたい」「おまえに抱き締められたい」らしい。
そして「おまえの子供を産みたい」「毎晩おまえを夢に見る」「おまえを想う鼓動で胸が張り裂けそう」らしい。
最後に「おまえのことなど全然好きではない」ので「早く結婚していっしょに住みたい」のだとか。
そうして結ばれたら「当然おまえのことなど好きでもなんでもないのだが……私のことを愛してやまないおまえが可哀想なので、いずれ同じ墓に入って来世でまた結ばれてやってもよい」ようだ。
魔法で理解したせいか分からないが、全体的に意味が支離滅裂な気がする。
エルフ語は詩的な表現を用いるので、慣れていないと読み違えることもあるというが……。
前は素直に好きと言ってくれたのに、しばらく離れてる間にまた照れ隠しをするようになったのだろうか。
「最近、イミテルは花嫁衣裳を着るときのために髪を伸ばすと意気込んでいて、毎日嬉しそうにお手入れをしていますよ。ふふ、恋をしているのですね」
そう言って笑うダイア。以前よりもずっと快活に笑うようになった。
自由な日々は、ダイアにとって何よりも心地よいのだろう。
「ええ。今はまだ、本格的な冒険も出来ていませんが……いずれは他国を渡り歩いてみたいのです。今日も手紙を届けがてら、予行演習と言ったところでしょうか」
なるほど、マフルージャ王国なら隣国だし、比較的近い。
なにより、マフルージャ王国にはあなたがいる。
あなたの下まで辿り着けば、路銀をねだったり、魔法で送り返してもらったりなどが期待できる。
手始めにやってみる冒険としては手頃だろう。
ともあれ、遠いところから訪ねて来てくれた友人は歓迎したいもの。
あなたは今日はぜひとも泊まって行ってくれとダイアを誘った。
旅の疲れをしっかりと癒し、必要ならば帰り道は転移で連れて行ってもいい。
その際にはイミテルの顔も見たいところだ。
まだ別れて半月も経っていないのに顔を見に行くというのも変な話だが。
「まぁ、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。あ、寝る前にお酒をほんの1瓶か2瓶ほどいただければ、あとはもう何も文句はありませんので」
寝酒を所望と言うのも実に慎ましい要求だ。量が豪傑なのはさておいて。
あなたは今晩は酒宴を催すので、浴びるほど飲んでくれと答えた。
「うふふ、ありがとうございます」
ダイアはじつに嬉しそうに笑っていた。
客人と客人がかち合ったならば、紹介するのは当然のことだろう。
事の次第によればそうしないこともあるのかもだが。
少なくとも晩餐の席を共にするのならばそうなる。
その晩餐の席で紹介してもいいが、手早く済ませる方が楽だ。
あなたは冒険者らしく、その手の事態は性急に対応する性質だ。
あなたはダイアを応対していた応接室にカイラを呼んだ。
カイラはすぐにやって来て、滅多に見ないエルフの美女に少し驚いた様子を見せた。
「まぁまぁ~、凄い美人さんですね~。はじめまして~」
「ええ、はじめまして。私はダイアと言います。ええ、ただのダイア……冒険者志望、と言ったところでしょうか」
「そうでしたか~。私はソーラスの町で冒険者をしているカイラと言います~」
あなたはカイラに対し、トイネから訪ねて来てくれた友人だと紹介する。
そして、今日は旅の疲れを癒すためにも滞在してくれる予定で、酒宴も催すと。
「そうでしたか~。んん、私はちょっと諸事情がありまして、お酒はご遠慮しますが~、宴席にはぜひとも参加させてくださいな~」
酒を遠慮するとは、いったい何があったのだろうか?
あなたはなにか健康面に問題でも? と尋ねた。
「はい~。いえほら、あなたのために、最高のおもてなしをすると言ったじゃないですか~」
そう言えばそんな話もした。
勝負下着の話があったので、それはもうさぞかしドエロイ下着で歓迎してくれるのだと思っていたが。
どうも、カイラのおもてなしはそんなものでは済まないらしい。
飲酒を遠慮するもてなしとはいったいなんなのだろう?
「以前、言いましたよね~」
なにを?
「私のミルクが飲みたいって~」
たしかに言ったけど。
あなたが冒険者学園を卒業し、ソーラスを再訪した時のこと。
カイラを訪ねて、お愉しみをした翌朝、朝ご飯の希望を聞かれた。
その時、あなたはカイラに愛情たっぷりのミルクが飲みたいと言った。
たしかに、言ったけど、まさか。出すつもりなのだろうか……?
「ええ、常識的に考えて、そんなことは普通しません。でも、思ったんです」
カイラの眼には固い決意の色。あと、狂気の色。
まぁ、元から割と狂気の色を宿した少女ではあるが……。
今のカイラの眼はより一層強烈な狂気に濁っている。
「母乳は普通、乳飲み子を抱えて居なければ出ません。つまり、女を孕ませることを控えているあなたの周りには、そういないと言うことです」
たしかにそれはそうだ。探せば居はするのだろうが。
雇うことにした乳母役は母乳が出るだろうが、それだけ。
いずれブレウが子を産んだら出るようになるが、それでも2人だ。
「つまり、片手の指で足るほど希少な属性なんです。きっとあなたは夢中で私のおっぱいを吸うはず……!」
あなたはカイラの頭が大分大変なことになっているらしいことを理解した。
理屈は分かるけど、まさかそんなことを本気でやろうとは。
って言うか、母乳は出そうと思って出るものではないが……。
「私は医者ですよ。どうすれば母乳が出るようになるかなんて知っています」
そう自信満々に言うカイラ。
この口ぶりだと……どうも出産は必須ではない……?
「ええ。乳腺発達を促進するプロラクチン、母乳分泌を促進するオキシトシン……この2つの分泌に出産は必須ではなく、授乳刺激と保護本能があれば必要十分……私は本気です」
カイラは狂気のまなざしであなたを見ていた。
あなたはなんでここまで頭おかしくなっちゃったのかなと嘆いていた。
いや、あなたのためを想って、あなたに振り向いてもらいたくてそうしているのは分かる。
分かるのだが、まさかそんなことを本気でやるとは思わなかった。
って言うか、ダイアがいる目の前でする話ではないと思うのだが。
ダイアは王族仕草なのか知らないが、ニコニコと笑顔で話を聞いているが、内心どう思っているかは謎だ。
「つまり、私はいずれあなたのママになります。分かりますか? 私の可愛い赤ちゃんのために、飲酒や喫煙は控える必要があるんです!」
なるほど、カイラは大分手遅れらしい。
「ダイアさん。私は彼女のママなんですよ~? よろしくお願いしますね?」
「まぁ……お母様でいらっしゃったのですね。お若く見えて驚きました」
などと返事をするダイアはさすがは王族と言うべきか。
こういう時は突っ込んでもいいんだよと、あなたは教えたくてしょうがなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます