第49話

「こんな魔法を使うやつは狂人よ」


「これは……これはぁ、ちょっとぉ……私が使えたというのは凄いんですけど、こ、これは……!」


 今日もまたたっぷり移動し、尻を回復されたレインとサシャ。

 その後、夕食前にと言うことで、あなたはエルグランドの魔法をレインとフィリアに教えていた。

 フィリアははじめ、どうせ使えないからと遠慮していたが、気持ちの問題だとか適当言って教えてみた。


 教えたのは基本中の基本たる『魔法の矢』である。

 教えて、構築し、使って見た2人は凄まじく渋い顔をしていた。


「いえ、たしかに凄いわ。威力を高め、追尾性能を高め、効率を高める。本当に1つの魔法として完成されているわ」


「そうですね。そう言う面では本当に凄いんですけど……ここまで使う人間を軽視した魔法と言うのも凄いですね」


「私たちの使う『魔法の矢』と名前こそ同じだけど、威力は3倍か……4倍くらいあるわね。それでいて魔力消費は私たちの『魔法の矢』と同じ」


「でも、これ、迂闊に使うと暴走しますよね、間違いなく。その場合、私はともかくレインさんは……」


「そうね、たぶん死ぬわ」


 フィリアは肉体がレインよりも強靭で、魔力量も多い。そのため、『魔法の矢』1発くらいなら暴走しても問題ないだろう。

 と言うより、3発くらいなら暴走しても問題ないと思われる。ほとんど魔力は枯渇するだろうが。

 レインは1発暴走しただけでアウトだ。ギリギリ生き延びるかもしれないが、魔力が既にある程度減っていたら死ぬだろう。


「エルグランドの冒険者はよく死なないわね」


 普通に死ぬ。あなたもよく死んでいた。


 最初、父に魔法を教えられた時も死んだ。

 魔力の反動の感覚を覚えるように言われ、死ぬまで魔法を使わされたものだ。

 魔法使いの家庭では子供に教えるためによくあることらしい。


「やっぱり死んでるのね……」


「あまりにも過酷過ぎる洗礼ですね……生き延びた人がお姉様級になると考えると納得も行きますけど」


 実際には懲りずに這い上がっては魔法を使い続けた変態だけがあなた級になれる。

 あなたはこちらの常識に合わせ、死人が蘇ってくることは特に説明していない。

 まぁ、蘇生魔法くらいはこちらにもあるのだろうが、一般的ではないのだと思われる。

 少なくとも、エルグランドの他の大陸ではそうだった。


「そのレベルの魔法使いになれるとしても、この魔法を使い続けるのは御免よ」


「そうですね……」


 あなたもお勧めはしない。命の価値が極めて軽いエルグランドだからこそ成り立つ魔法文化である。

 懲りずに爆散しながらも魔法を使い続ける連中でなければ、極めることはできないのである。

 1回死んだらそれで終わりのこの辺りとはワケが違う。だからこそ冒険者たちも程々の強さなのだろう。

 まぁ、敵であるモンスターたちも墓場から這い上がって来ないため、敵も程々なのでつり合いは取れている。


「ふぁ~……ふぁ~……ふぁ、ふぁぁ~……」


 そんな会話をする魔法使いたちがいる一方で、サシャはふにゃふにゃしていた。

 自分も教えて欲しいとのことで『ポケット』の魔法を教え込もうとしたのだが。

 そもそも、サシャは魔法的な感覚自体を持っていないので、教えようにも教えられない。

 そのため、今はサシャに魔力を流し込んで、魔法的な感覚を養っているところだ。独特の感覚に酔っているのである。


 真摯に魔法を探求するのならば邪道なやり方ではあるが、サシャには実践的なやり方をまず教え込む。

 魔力の感覚を覚え、その後、あなたがサシャを通して魔法を構築し、感覚的に魔法の使い方を覚えさせる。

 だいたいのエルグランドの民は、親からそのようにして『ポケット』の魔法などを教わっている。


 理論や知識は後からでもいい。理論や知識を先につけてから教えた方が結果的にはよいのだが……。

 さすがに年単位の講義などやっていられないので、いずれサシャが魔法剣士に転向する頃に教えても遅くはない。


 ふにゃふにゃしているサシャは可愛らしいのでいたずらをしたいところだが、悪いクセになってしまいかねない。

 首を絞めながらでないとイケない、と言う人種がいるように、魔力酔いしながらでないとダメ、と言う人間になられても困る。

 それに今は旅路の中なので自制中でもある。


「でも、エルグランドの魔法は中々刺激的ではあるわ。威力を追求する、と言う一点にかけては参考にすべき点が多々あるもの」


「それは言えてます。さすがにここまで極端なのはアレですが、今までの魔法を改善するのに凄く参考になりそうです」


 それはあなたにも言えることだ。あなたはこちらの大陸の魔法を教えてもらっている。

 威力に見るべき点はないが、便利なものも多いし、なにより安定感が素晴らしい。

 魔法で水を作ることもできるようになったので、今まで持ち運んでいた安全な飲み水も必要ないなど冒険のスタイルを改善できるようになってもいる。

 時間制限付きと言うのは惜しいが、飲む時だけ作ればいい、と考えれば便利は便利とも言える。


 エルグランドにはない、生活のために使うような魔法なども面白い。

 木を変形させる魔法など、いったい何を考えていたら作ろうと思うのだろうか? 謎だが非常に面白い。

 水を氷にしたり、逆に氷を水にしたりなどの魔法も面白い。使い道は思いつかないが、面白い。


 やはり、冒険とはすばらしい。あなたはそのように頷いた。


「冒険って……ああ、そうね。別大陸から来たあなたには、王都に行くまでの道のりでも冒険なのね」


「そっか……私にとっては日常みたいなものですけど、お姉様には冒険だったんですね」


 そう言うことだ。

 仮にレインたちがエルグランドに訪れれば同じように思うだろう。

 あなたにとっては王都まで行くためのちょっとした日常が、レインたちには大冒険に映るに違いない。


「そうね、そうかも。別の国に行くだけでも、きっとそうなるんでしょうから。別大陸なんて行ったら何もかも違うんでしょうね」


「少なくとも、魔法に対する感覚は違いますね」


「ほんとね」


 なんて笑いあいながら、野営の時間は穏やかに過ぎていくのだった。




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