第48話

 団らんの後、朝食を済ませて出発する。

 馬を駆って、と言っても走らせると潰れるので、歩かせての移動だ。

 あなたとしては正直な話、乗馬は疲れるのであまりやりたくないのだが。


「なんであなたそんなに疲れた顔をしてるの?」


 小休止の際、レインにそう問われた。

 単純に疲れているのだ。まぁ、肉体的には大したことはないのだが、精神的に。

 1日くらいならともかく、2日も3日も続くと疲れようものである。


「馬を歩かせてるだけじゃない?」


「乗馬は慣れてると言っていませんでしたか?」


 レインとフィリアが不思議そうにするが、あなたは『ポケット』から愛用のおもちゃを取り出した。

 丸い金属製の球体であり、触れてみると不思議とほのかな熱を感じる……ような気がする。実際には普通に冷たい。


「なにこれ? 大きい鉄の球体?」


「武器……ではないですよね?」


「なにか機械仕掛けみたいですが……お姉様、これは一体?」


 これは『爆裂弾』と呼ばれる道具の一種だ。その最上位品である『ナイン』と呼ばれるものだ。実は『テン』もあるので最上位品ではないのが真実だが、一般にはそう言われている。

 エムド・イルの文明が産んだ究極の破壊兵器のひとつ。技術も力もいらない。スイッチひとつで周囲を破壊しつくす。

 単純な破壊力や殺傷力では究極破壊兵器の中では最下位の存在であるが、その手軽さが常軌を逸しているのだ。

 だれでもスイッチを押すだけで町ひとつ消し飛ばしてしまえる。その手軽さは究極破壊兵器と言って差し支えあるまい。


「町ひとつを消し飛ばす!?」


「あ、危なっ、危ないですよ! なんでこんなの持ってるんですかお姉様!」


 スイッチを入れなければ大丈夫だ。仮にスイッチを入れても起爆までに時間がある。

 そのため、スイッチを入れてしまっても『四次元ポケット』に放り込んでおけば起爆しない。

 しかし、いま重要なのはそこではない。あなたはこれを50個ほど持ち歩いているわけだが。


「町ひとつ消し飛ばす武器を矢と同じ感覚で持たないでちょうだい」


「1個持ってるだけでも相当ですよねこれ」


 そこはとにかくいい。重要なのは、これが大変重いと言うことだ。

 グレートホース1頭分くらいの重さがあるのである。これを50個も持ち歩いている。

 どんなに立派な馬でもそんな重荷を背負わせたら物理的に潰れる。背骨が圧し折れて即死だろう。

 つまり、あなたは乗馬をする際、体を物理的に浮かせて重さを馬にかけずに乗っているのだ。


「今さらりと常時空を飛んでいるという事実が示唆されたわね」


「お姉様、次々と衝撃の事実をワッと浴びせかけてくるのはやめませんか」


「ご主人様凄いです」


「サシャ、あなたももうちょっと突っ込んでちょうだい」


「いえ、もう、ご主人様なので……」


「あなたなんて顔をしているの……」


 サシャがなにやら諦めきったような顔をしていたが、あまり重要ではなかろう。

 ともかく、そうして常時空を飛ぶのは結構きついのだ。肉体的にはさほどではないのだが。

 やはり、程よく飛ばないといけない。そうしないと馬が浮いてしまう。それに神経を使って疲れるのだ。


「と言うか、お姉様さらっと言いましたが、グレートホース50頭分の荷物を持ち歩いているってどういうことですか」


「言われてみると……いえ、あなた、一体どれだけの荷物を持ち歩いているの?」


 実際のところ、すぐに使えるようにしている『ナイン』は1つだけなので、他は『四次元ポケット』の中。

 つまり、重さを感じていない。そのため重さを感じる『ポケット』の中身はほどほどの量だ。

 まぁ、あなた基準のほどほどであるからして、よほどの剛力無双の持ち主でなければ1歩も動けない量だが。

 おおよそであるが、あなたは常時グレートホース13頭分くらい。およそ1500ストーンほど持ち歩いている。


「ストーン?」


 語源や由来は不明であるが、大体だがあなたの体重が8ストーンほどである。

 グレートホースが120ストーンくらいだろうか。個体差はあるが、平均すればその程度だろう。


「……それを平気で持ち歩く身体能力が凄まじいわね」


「と言うか、お姉様は一体どんな魔法でそれを持ち歩いているんですか……?」


 あなたは『ポケット』についてフィリアに簡単に説明した。


「そんなすごい魔法が……便利そうですね」


「便利よ」


 レインは既に使えるので、結構な荷物を『ポケット』に放り込んでいるようだ。

 重さはそのままなので、あなたほど大量ではないのだろうが。

 『ポケット』の魔法は全身に荷重がかかるので、背負ったり手に持つよりも遥かに多くのものを運べるのだ。

 全身鎧を手に持つのと着るのとでは、体にかかる負荷は後者の方が圧倒的に楽なのと同じだ。

 冒険者の馬鹿力の前では誤差だが、体重が増えるのと同じなので打撃の威力も上がる。


「魔法が使えるのって凄いですね……」


 この集団で唯一魔法が使えないサシャが羨ましそうに言った。

 あなたは使いたければいずれ教えてもいいと伝えた。


「ほんとですか!」


「待ちなさい、サシャ。この場合、教えてもらえるのはエルグランドの魔法よ。凄まじく危険よ」


「あぅぅ……」


 『ポケット』の魔法であればそこまで危険ではない。

 と言うか、珍しいことに『ポケット』の魔法はかなりの安全機構がついている。

 いつからある魔法なのか不明だが、現在主流の魔法とはだいぶ性格が違う魔法なのだ。


「そうなの?」


 代わりに効能も低い。そう言うものだ。だから重量がかかるのである。

 現在主流の魔法方式で作られた『四次元ポケット』は重さがかからない。代わりに危険だが。

 そのため、『ポケット』の魔法だけならそこまで危険ではないだろう。


「なるほど……言われてみれば、たしかに私もそこまで違和感を感じずに使えたものね。私たちの魔法とかなり性格が近いんだわ」


「よかったですね、サシャちゃん」


「はい! あの、ご主人様、いつか教えてくださいね!」


 もちろんである。ペットを鍛えるのはあなたのライフワークだ。

 まぁ、ちょっと熱が入り過ぎてペットが爆散することもよくあるが。

 そのあたりはコラテラルダメージと言うやつなのだろう。


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