34話

「待て、異常者ども」


 ホテルに行こうとしたところで、マロンちゃんに引き留められた。

 これからお愉しみタイムなのだが……ああ、あるいは、もしかして。

 あなたはマロンちゃんにウインクをして、マロンちゃんとはまた今度……とセクシーな流し目を送っておいた。


「いらん。やめておけ。おまえが異常者であることは知っている。だが、それも異常者だ。ろくなことにならん。やめておけ」


 なんだか随分と必死に止められている。どうしたのだろうか?

 あなたは首を傾げ、今までのやり取りを静観していたベルに目を向けた。


 マロンちゃんとの関係がよくわからない、マロンちゃんに瓜二つの少女だ。

 姉妹にしか見えないが、そう言うわけではないらしく。

 指導者なるよく分からない関係にあるらしいが。


 あなたはベルに対し質問を投げかけた。

 いったい、マロンちゃんはなにを警戒しているのだろう?

 どうにもマロンちゃんはキャロラインに当たりが強いし……。


「はい、お答えしましょう、ご友人様。闘士様が、ハント様の何を警戒なさっているのかを」


 ベルはためらう様子もなく、素直に説明をしてくれた。


「ハント様は継血の儀式によって数多の熱血を継承し、その遺志を宿したお方。闘士の遺志を宿す熱き遺血……熱血は偉大な力を齎します」


 2人の言っていた熱血と言うのは性格のことではないらしい。

 まぁ、キャロラインは熱血漢……熱血乙女と言う感じではなさそうだし。

 そうした、行いに由来する状態とか、経緯を指す言葉だったらしい。


 すると、マロンちゃんを指した冷血と言うのも性格のことではないのだろう。

 まぁ、マロンちゃんは冷静そうではあるが、冷血ではない。

 少なくとも、罵られるほど冷たい感情の持ち主ではないだろう。


「ですが……熱血とは死者の遺志を体現するもの。それを自らに混ぜる継血の儀式は、実行者の人格に異常を来すのです……」


 なるほど。納得。そう言うことであればたしかに。

 少なくともキャロラインが正常かと言うとたぶん違うし……。

 しかし、人格に問題があるにせよ、あなたは大して気にしない。

 まぁ、正常と言うか、まともな人間の方がいいのはたしかだが……。

 そのように説明したところで、マロンちゃんが溜息を吐いた。


「……熱血とは死血。死血とはまさに穢れたるもの。熱血は腐敗と病の温床なのだ。キャロラインもまた、常人ならばすでに立つことも叶わぬほど患っている」


 思った以上に筋の通った理由で止めてくれていたらしい。

 継血の儀式とやらがどういうものか知らないが、たしかに腐敗した血に触れれば病になることは多い。

 そして、そうした病と言うのは得てして他人にも感染する病なのだ。

 特に、情事に耽りなどすればかなりの率で患う。止めるのも納得だ。


「継血は死血を針と管で体内に注入します。輸血……そう呼ばれる医療行為です」


「その上で行う儀式を以て、継血の儀式は完遂する……わかるか。おまえもまた死病を患う羽目になろう。やめておけ……」


 あなたは頷いた。その上で、うるせぇヤろう! と叫んだ。

 病気はたしかに怖い。だが、あなたならば早々簡単に病になったりはしない。


「アレはB型肝炎だ。おまえもなる。そして、抱いた女もなる。やめておけ。本当にやめておけ」


 そう言われてあなたはちょっと固まった。

 自分がなる分にはいいが、周囲の人に移すのは問題だ。

 魔法で治療できればいいのだが、絶対に治療できるかは分からない。


 エルグランドならば、ちょっと適当に自殺すればよかった。

 そうすれば病など立ちどころに治るのでそれでよかった。

 しかし、この大陸でちょっと適当に自殺するのはちょっと問題だ。


 自殺した場合、当たり前だが死体が残ってしまう。

 その遺体が発見された時、周囲の人間がどう思うか。

 そして、這い上がって来たあなたがどう思われるかだ。


 故人に瓜二つの人間が現れたとしたら、ふつうの人間はどう思うだろうか。

 普通は騙りを疑う。その手の誤解を解くのはきっと物凄く大変だ。

 最終的にはなんとかなるとは思うが、ものすごくめんどくさそう……。


 あなたはどうにかならないかと必死で頭を捻った。

 その上で、そもそもキャロラインを先に治療すればいいのでは……? と思い至った。


「治ったところで、すぐにまた再感染する。無意味だ。死血に汚染されているのだ。なにより、俺がもっとも恐れている病は治療すらできん」


 やってみなければわからん……!

 そう叫んで、あなたはキャロラインに『病気治療』を放った。

 複数の病を治療した手応えがあり、キャロラインが病なのはたしかだった。


「ほう……なるほど……だが、無意味だ……貴公……私の病は、その魔法で治療できるものではない」


 あなたはキャロラインの発言に首を傾げた。

 今の手応えからすると、すべての病は治療出来たように思う。

 この魔法は特殊な呪いによる病などを除けば治療可能だ。

 ものによっては寄生虫症なども治療可能で、病気ならなんでもいける。


「見ていろ……」


 キャロラインがナイフを取り出し、それを用いて、自分の首を抉った。

 頸動脈を深々と切り裂く自傷であり、常人ならば即死。

 噴水のように勢いよく血が噴き出す重傷……でありながら、血が噴き出すことはなかった。


 キャロラインの首を抉ったナイフに、どろりと血が纏わりついている。

 それは酷く紅く、燃えるかのように鮮やかに脈動をしている……。

 尋常のそれではない血が地面に落ち、ジュッ! と音を立てて煙が上がる。


 まさか、熱血と言うのは本当にそのまんま「熱い」血なのだろうか。

 いやまさかそんな馬鹿な……そう思っていると、キャロラインがナイフを血振りするように振った。

 その血の飛沫の軌跡が、燃え上がる。空中に咲いた火の花は、ぞっとするような血臭を纏っている。


「知り得たか……我ら闘士の熱血たる由縁を。我が血、燃えるなり……」


 そんな馬鹿な。あなたは魔法とかなんかよりもずっと無茶な光景に頭を抱えた。

 いつもは周囲を非常識で振り回すあなたも、未知の常識に直面すればうろたえもする。

 こんなに血が赤熱していたら、体が内側から燃えてしまうだろうに。

 それとも体内にあるうちは温度が低いままで、体外に出すと熱くなるとでも?


 いや、まぁ、それはいい。

 意味は分からないが、そう言うものだととりあえず納得はできる。

 だが、病だという話をしてコレを見せたということは……。


「そうだ……我ら闘士たる熱血、その由縁には病がある……パサファロンに蔓延った熱病……それを乗り越えた者こそが闘士足るのだ……さぁ……貴公も我が穢れた熱血を受け入れ、闘士となるのだ……」


 それはちょっと。あなたは拒否をした。

 血が燃えるとかわけのわからない体質になりたくない。


 皮膚に霜が降りるほど体温が下がったり、鼓膜が厚くなったり、脳が機械化したり。

 そんな不思議な体質変化は体験したが、これは嫌だ。

 血が燃えるほど滾ったこともあるが、マジに燃えるのは勘弁である。


「闘士とは熱血を持つ者。熱血とは、死者の血……死血より蔓延した病は人を狂わせた。やめておけ」


 あなたは意気消沈して、諦めると力なく答えた。

 さすがにこの変な病には感染したくない。しかも治療不能らしいし。

 さすがに自殺したら治るとは思うが、先述の通り自殺はしたくないし。

 キャロラインとエッチなことしたかった……あなたは涙を流した。


 って言うか、この感じだとキャロラインは悪意があって誘いにOKを出したのだろうか。

 つまり、この熱血とか言う病をあなたに感染させるつもりでエロいことOKしたのでは……?

 ……まぁ、エロいことさせてくれるなら別にいいか。


「ふむ……まぁ、よい。貴公がそう言うならば……」


 そこまで積極的に感染させようという気概はないらしい。

 比較的素直に引き下がってくれたので、一応は一安心だ。

 あなたはキャロラインとはダメだったので、マロンちゃんに気持ちいいことしない? と誘いをかけた。


「しない」


 じゃあ、ベルに。


「申し訳ありません、ご友人様……私も熱血の感染者なのです……」


 がーんだな……出鼻がくじかれた。

 あなたは意気消沈して、帰って誰かとエロいことしようと決意した。

 そして、ついでにあなたはキャロラインにうちに来ないかと誘いをかけた。

 キャロラインの友人であるレウナが自宅にいまいるのだ。


「ほう……ならば、その招待に与ろう……くく……古き友人との再会は心地よい……そうだろう……?」


 あなたはその通りだと頷いて、マロンちゃんとベルに別れを告げた。

 また今度遊びに来るので、その時は挑戦させてもらおう。


「挑戦料は銀貨1枚だ」


「またおいでください、ご友人様」


 ベルが可愛らしく手を振ってくれる。

 じつに心洗われる光景だ。あなたはベルの愛らしさを噛み締めた……。




 キャロラインを連れて、家路につく。

 大変小柄なキャロラインの歩幅は小さく、それに合わせてゆっくりと歩く。

 そんなキャロラインに何の気なしに話を振る。

 レウナとはどこで知り合ったの? と。


「貴公は……知っているか……?」


 なにを?


「祝福の名を与えられた大地……エルグランドの冒険者よ……神々の永遠の盟約を、そして、その究極目標を……」


 神々の永遠の盟約は知っているが、目標とやらは知らない。

 と言うより、キャロラインが神々の永遠の盟約を知っていたのが驚きだ。

 エルグランドでも知っている人間はかなり少ないし、他大陸ではなおさらだ。

 と言うか、さっきの質問の答えは?


「次元界イリーズ、そのパサファロンの地にて、我らは生を受けた……そも、闘士とはなにゆえに造られたか……」


 造られた?


「知っているか……人が、弱いものであると……」


 哲学的な話だろうか?


「そうではない……この次元は、特別に人間が強い……本来不要なほどに人間が強く、それに呼応するが如く外敵もまた強い……なにゆえか?」


 理由なんてあるのだろうか? そう言う環境だからそうなったというだけでは?

 エルグランドの冒険者が爆裂に強いのも、爆裂に強い敵がいるからだろう。

 要するに、淘汰されようとするのに抗うがゆえに、そうなると言うだけで。


「神々は、求めている……クク……強き者を……それが、我ら闘士……クク、ククク……! 幾度と繰り返して、その果てが冷血にして純血たる偽りの闘士の誕生とはな! ヒャハッ! ヒャハハッ! 私たちはやったんだぁぁ――――っ!」


 突然狂ったように叫び出した。怖い。

 と言うか、一人で納得しないで欲しい……。

 あなたはキャロラインの肩をゆすって、正気に戻ってくれと頼んだ。


「……おお、貴公だったか」


 そう、あなただ。


「貴公、つまりこうだ……神々の永遠の盟約の究極目標、彼方より来たりし巨神の討伐……それを成せる英雄の創造こそが神々の目標なのだ……」


 初耳の情報である。

 あなたはそれは本当なのかと尋ねた。


「私の知る限りにおいては、イリーズの神々がそのように言った……数多の神々が、数多の手法で以て、強き英雄を創り出さんとした……我ら闘士もまた、そのひとつに過ぎん……」


 まさかそんな目標があったとは。

 彼方より来りし巨神と言うのは『アルメガ』のことだろうか?

 いったいどれほど強大な敵なのだろうか?

 英雄を創り出すところからはじめようだなんて。

 そもそも神自身が征伐すればいいのでは?


「さぁな……私が知る由もない……」


 まぁ、それもそうだ。


「少なくとも……パサファロンにおいてそれは失敗に終わった……神々は人の遺志を継承し、それを継ぎ足し、最強の闘技を持った人間を作らんとした……それが、私だ」


 戦闘力はともかくとして、頭の具合も何とかしてほしかった。

 神々は戦闘力以外は一切考慮しなかったのだろうか? それはちょっとどうかと思う。


「だが、遺志を拒絶し、鋼鉄の意志で全てを討ち破った者がいた……それこそが、マコト・クリノ……」


 知らない名前が出て来た。

 マコトってだれだろう。


「人は彼女を無謀な挑戦者と呼び、幸福に固執せし者と呼んだ……あるいは、継血を拒絶する血狂いの殺戮者と……だが、彼女が成した時、人々は彼女を『チェスナッツの闘士』と呼び讃えた……」


 チェスナッツの闘士。それはたしかマロンちゃんの異名だったはずだ。

 するともしや、マロンちゃんの本名がマコト・クリノ?


「ふむ……? 彼女は名を教えていなかったか……まぁ、私たちの名など、もはや擦り切れて久しい……そのようなもの……」


 聞くなら当人から直接聞きたかったものだ。まぁ、しょうがない。

 マコトと言う名前の響きは、どことなく可愛らしくて素敵だ。

 なんとなく異国情緒を感じさせる響きで、別次元の出身と言う話を思い起こさせる。


「彼女は繰り返した……幾度となく……彼方より来たりし巨神がゆえに、輪廻転生を成せぬならば、巻き戻して繰り返せばよい……その上で、一個体に技と業を凝集する……理にかなった話ではあるな……ククク……」


 繰り返し頑張って戦い、遂にはすべての敵に勝ったということだろうか?

 あれほどの練度を得る執念と、飽くなき錬磨は想像を絶するものだろう。

 その果てに、なにかを成し遂げて、今ここにいると。そのなにかと言うのがなにかは知らないが。


「物質を持ち込めぬがゆえに、遺志を媒介する虫を用いて遺志を持ち込む……それが私と言う、熱血の闘士……そして、記憶を継承し、技量のみを積み上げた……冷血の闘士……それこそが彼女だったのだ」


 対極の間柄だったということだろうか?

 なんだかよく分からないが、いまいち非友好的だったのもなんとなく理解した。

 要するに、2人はやや険悪な中のライバル関係だった、そう言うことだろうか。


「我ら熱血の闘士が指導者を犠牲にしようとし、冷血の闘士たる彼女が、指導者と共に未来を掴まんとした……我らが骨肉の争いに至るのも必然であったと言えような……なに、すべては終わった話だ……案ずることはない……」


 まぁ、先ほどは一触即発と言うほどの状況ではなさそうだった。

 たしかに、心配するほどのことはないのかもしれない。


「なに、すべて、悪い夢のようなものだ……すべて終わったが、あるいは……何も始まっていないのだからな……」


 なんだかよく分からないような話である。

 なんと言うか、妙に勿体ぶったというか、のったりとした喋り方といい。

 常にけむに巻かれているような、不思議な感触のする相手だ。

 ひとつ言えることがあるとするなら、会話するのが疲れる……。


 あなたはしばらく黙ったまま、家路へと向かった。

 家についたら、レウナに引き合わせてあとは任せよう。

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