第88話

 あなたは女性に対する嗅覚が凄まじい。

 女性が触れた水なら100万倍希釈しても匂いで気付けるとかそう言うことではない。さすがに無理だ。


 その女性の立ち居振る舞いを見れば、一体どういう風に育ち、どんな生き方をして来たかを察する能力に長けるのだ。

 化粧の仕方ひとつ取っても分かるものがあるし、食事の仕草、歩き方、物の見方などでもさまざまなことが分かる。

 そうしたさまざまな情報を活用することで、あなたは女をコマしている。


 カイラと言う少女には化粧っけがない。

 それは冒険者と言う点からすれば不自然ではない。

 あなただって冒険中は化粧などしない。

 しかし、まったくなんにもしていないというのは珍しい。


 そして、かわいいと言われ慣れていない。

 カイラは疑いようもなく美形の部類に入る少女だ。

 それでいながら言われ慣れていないというのは珍しい。


 不思議な部分のある少女だ。


 学問を学ぶ中で、全力でそこに打ち込んで来た類型と思える。

 つまり、周りの人間が遊ぶ最中にも図書室に行って本を読みふけったり。

 祭日であろうと家の中で思索を巡らせ、恋人たちが語らうのを尻目に言論を戦わせていたのだろう。


 灰色の青春と言うやつだ。こういうタイプは男に免疫がないせいか、悪い男に騙されやすい。

 そのため、こうした少女を見つけた時、あなたは必ず悪い男から守るために保護していた。

 悪い男ではなく、悪い女に騙されているだけでは? と周囲には言われるが、とにかく保護している。


 こういう少女はもう、とにもかくにもお姫様にしてやるべきである。

 甘やかして可愛がって、綺麗に着せ付けて、ふわふわの可愛いお菓子を食べさせ、メルヘンな飾りで囲む。

 そして、お姫様が眠るような素敵なベッドで、蕩けるようにロマンティックな夜を演出してやるのだ。


 だいたいこれで落とせる。

 落とせた。



 ふわふわの可愛いドレス。甘ぁいお菓子。メルヘンな飾り。

 お姫様が眠るようなビラビラがついたベッド。天蓋と言う名前らしいが。

 アロマを焚いて、可愛いぬいぐるみで囲んで、甘い言葉をささやく。


 そうしたお姫様扱いにカイラは終始恥ずかしがっていたが、満更でもなさそうだった。

 これはイケると踏んだあなたはそのままの勢いでカイラを抱いた。


「ひどい……」


 朝起きるやそのように貶された。普通に非難の色がバリバリに混じっていた。


「あんなに、あんなに女の子にされたら……もう、戻れなくなっちゃうじゃ、ないですか……」


 涙を湛えた眼で、カイラがあなたを睨んでいる。

 威圧感はない。ただ、恨みがましいだけだ。

 複雑な気持ちなのだろう。


「責任取ってくれるんですか?」


 もちろん取る。喜んで取る。なにがなんでも取る。


「どうせ、他にもいっぱい粉かけてる女の子いるんでしょう?」


 その通りなのであなたは頷いた。


「これからも私にやったみたいに、女の子をベッドに連れ込むんでしょう?」


 それが出来なかったらあなたは死ぬ。


「独り占め……できないじゃないですか……」


 そう言って枕に顔を埋めるカイラは心臓が痛みを訴えるほどに可愛らしかった。

 しばらくカイラがうーうー言いながら枕に顔を埋めていたが、突然ピタリと止まった。

 そして、すーっと顔を上げ、あなたにニッコリ微笑んだ。あなたの背中に異様な怖気が奔った。


「ねぇ、私のこと、好きですか?」


 もちろん好きである。可愛い女の子はみんな好きだよ。あなたはそのように答えた。


「そうですか……くやしいけど、私だけじゃ、満足してもらえませんよね……」


 申し訳ないがその通りである。

 あなたの欲望はただ1人で済むようなものではない。

 1人で済んでたらフィリアはもう死んでいるし、レインと行動を共にしてはいない。


「でも、私といっしょに居る時は、私だけを見てくれますよね? 私だけを、あなたのお姫様にしてくれるんですよね?」


 もちろんである。あなたはカイラと共にある時はそのように扱うことを確約した。

 神の名の下に誓ってもよい。それはあなたにとって命よりも重い誓いだ。

 さすがに外では難しいかもしれないが、こうして閨を共にする限りは絶対にだ。

 もしもあなたが誓いを破れば命を持って償ってもいい。


「いえ、そんな重い誓いはしてもらわなくても大丈夫です」


 そうだろうか。


「ただ、ひとつだけ覚えておいて欲しいことがあるんです。これだけは忘れないで欲しいんです」


 そうまでいう以上は何が何でも忘れない。

 メモも取る。あなたは愛用の手帳を取り出して筆記姿勢に入った。


「そんなに難しいことじゃないですよ」


 カイラは笑って手帳を仕舞うように促した。

 一体何を忘れないでいて欲しいのだろうか。


「確認なんですけど、あなたは女の子が大好きで大好きで……もう、命に代えてもいいくらい大好きなんですよね?」


 まさにその通りである。


「それでたとえば……私が死んでしまったら悲しいですよね。それも、自分なら助けられたのに、助けられなかったりしたら、後悔しますよね?」


 あなたに対するカイラの理解度はもう完璧ではなかろうか?

 あなたに過失が0であろうと、助けられる可能性があったならばあなたは確実に後悔する。

 男なら少しは悔やむだろうが、さっさと忘れる。しかし、女ならば間違いなく深く後悔し悲しむ。

 エルグランドならば蘇ってくるが、ここではそうではないのだから。


「ですので、あなたが私だけを見てくれなかったら私は死にます」


 あなたはカイラがなにを言ったか理解できず、もう1度言うように頼んだ。


「一緒にいる時だけでいいから、私だけのあなたでいて欲しいんです。朝になったら消えてしまう、夢のような関係でもいいから……」


 そう言うカイラの姿は、健気極まりないものだと言えるだろう。

 だが、言っている内容が。人質に取っているものが。


「その関係を守ってくれなかったら、私は死にます。あなたが私を殺すんです。どうやっても蘇生できない完璧な自殺をしてあげますね」


 やばい。あなたは戦慄した。

 カイラはマジだった。本気で言っている。本当に自殺する。そう言う凄みと覚悟があった。

 一夜だけの夢の最中、カイラだけをお姫様にできなければ、本当にやる。

 あなたはその暗澹たる未来に震える。完全にあなたのせいで女の子が死ぬ。

 カイラが笑いながら自殺する姿が幻視されるほど、その可能性は現実味を帯びていた。

 呆然とするあなたに、カイラはニッコリと天使のように可愛らしい笑みを浮かべて抱き着いてきた。

 思わず抱き返したところで、カイラがあなたの耳元へと口を寄せて、囁いてきた。


「あなたがちゃんとお姫様にしてあげなかったせいで、あなたの大好きな女の子が死んでしまいましたね? あなたのせいですよ、あ~あ」


 しまった! こいつはヤンデレだ! 自分自身を人質に取りやがった!

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