第89話

「おかえり……なさいませ? ご主人様? どうされたんですか?」


 悄然として帰って来てベッドに倒れ込んだあなたにサシャが不安げに尋ねて来た。

 あなたは癒された。これこれ、清純なかわいい女の子とはこのようなもの……。

 いや、カイラが不純でかわいくないというわけではないのだが……。


「え、えっと……? あの、フィリアさん、どうしましょう……?」


「えっと……あっ! お姉様、お姉様」


 フィリアがそそくさとあなたに駆け寄って来た。どうしたのだろう。


「だ、大丈夫ですか? お、おっぱい……揉みますか?」


 そう言ってフィリアが自分の胸を下から持ち上げる。

 大迫力だ。すごい。

 あなたはフィリアの胸を揉んだ。

 あなたは癒された。

 惜しむらくはブラ付きなことだろうか。

 やはりブラ越しだと揉み心地が硬い。

 揉むのは生、あるいは薄布一枚越しに限る。


「フィリアさん……?」


「えっ、いや、そのっ、お、お姉様がこうして励ましてくれたら最高にがんばれるって!」


「そ、そうなんですか……私では出来そうにないですね」


 たしかにサシャの胸は揉むほどないので無理である。

 まぁ、揉むことのできない胸はそれはそれでよい。

 柔らかさはあるし、膨らみはたしかにあるのだ。楽しめる。

 胸は揉み心地ではなく滑らかさ、ひいては味である。あなたの持論だ。


「サシャさん、ちょっとこっちに」


「え? はい」


 フィリアがなにやらサシャを部屋の隅に連れて行った。

 なにをしているのだろうと伺うと、サシャが顔を赤くしながらもあなたの傍に寄って来た。

 フィリアはなぜか知らないが、窓際に置いてあった椅子をわざわざあなたのベッドの横に持ってきた。


 座れということだろうか? そう思ったのも束の間、サシャがその椅子の上に上った。

 椅子の上に膝立ちをするのは少々はしたない。特に今日のサシャは短めのスカートであるから余計に。

 まぁ、短めのスカートを履いた少女を下から覗き込むのはそれはそれで格別の楽しみが……。


 そう思っていると、サシャがスカートの裾を摘まんで、そっと持ち上げだすではないか!

 あなたは次第にあらわになっていくサシャの細く滑らかな太ももに眼が釘付けになる。


 そして、あなたはサシャの太ももに黒い線が描いてあることに気付いた。

 スカートが持ち上げられていくに従って、その線が文字であることが分かった。


 がんばったら……ね?


 あなたが文字の意味を読解したところで、脳に極めて強い衝撃を覚えた。

 なんと言う、なんと言う強烈な励ましの言葉だろうか。脳が破壊されたかと思った。

 こんな素晴らしい励ましをされて頑張れないヤツがいるだろうか? いや、いない。


「よかった、成功した……」


「こ、これ、これぇ! 恥ずっ、恥ずかしいですよぉ!」


「でも、お姉様が元気になりましたから……」


「た、たしかにそうなんですけど……」


 しかもこれはフィリアが書いた字だろう。

 少女の太ももに、少女が字を書く。

 なぜか知らないが、その情景は素晴らしく美しく感じる。

 ぜひとも見たかった。あなたは湧き上がる欲動に胸を躍らせた。


 そう言えばとあなたは首を傾げる。

 こういうバカなことをしていたら――いちおうあなたもバカなことをしている自覚はある――ツッコミをしてくれるレインが見当たらない。


「レインさんならまだ寝てますよ」


 そう言ってフィリアが指差す先には、ベッドの中でシーツに埋もれて寝ているレインの姿があった。

 レインは寝ている時も随分と淑やかに眠るタイプだ。今日もお行儀よく寝ている。

 大口を開けて大の字で眠ると言った女子力がゴミのような姿を見せることは無い。


 ちなみにサシャがそう言うタイプだ。基本的に大の字で寝ている。

 シーツは奪っていくし、あなたをベッドの隅に追いやっていく。すごくさむい。

 奴隷もベッドの中では王様になれるというが、そう言う意味ではなかったと思う。


「疲れてたんだと思います」


 まぁ、以前の護衛の仕事の時を見る限り、レインもさほど冒険慣れしていると言った雰囲気ではなかった。

 まったく経験皆無と言うわけではないのだろうが、サシャよりはマシ程度の経験値しかあるまい。

 そして、肉体的には一行の中で最も虚弱。疲れがたまるのも必然と言えばそうである。

 そう言えば、その護衛の仕事を共にしたセアラは元気にしているだろうか? あなたはなんとなしに思った。


「レインさん、あんまり冒険歴長くないみたいですしね。乗馬も慣れてませんでしたし」


「そうなんですか?」


 サシャが確認するように問うてきたので、あなたは頷いた。

 少なくとも長くはないだろう。長かったらもうちょっとこなれている。

 道具類はキッチリ揃えていたので野営の経験自体はそれなりにあるのだろうが。


「そう言えば、お姉様って冒険歴どれくらいなんですか?」


 よく覚えていないとあなたは答えた。

 ただ、冒険者になってからの2年間でエルグランドの動乱の影に隠れた秘密を解き明かして秘宝を手に入れた。

 その後、あなたはエルグランド以外のアルトスレア、ボルボレスアスと言った大陸に見分の旅に出た。

 まぁ、少なくとも5年以上は確実にやっている。


「へぇー……最低でも5年……ベテランなんですね」


「ご主人様って一体何歳で冒険者になったんですか?」


 あなたは11歳で冒険者になった。


「じゃあ、いま16歳なんですね」


 あなたはいま15歳である。


「計算が合わないのですが……いや、11歳になった直後に冒険者になって、いま16歳になる直前とかですか?」


 たぶんそうなのではないだろうか。

 あなたはそんな風にあいまいに頷いた。


「どうして自分の年齢があいまいなんですか……?」


 数えていないからだ。最低5年であるから、もっと長くやっているのは間違いない。

 ただ、100年やっていたような、ほんの10年程度だったような、時間の感覚があいまいなのだ。

 暦もあまりあてにならないのだ。『ミラクルウィッシュ』を使うと時間を捻じ曲げることもできる。


 よその大陸だとタイムスリップ――それも極僅かな時間を限定的に巻き戻すか速めるか――くらいしかできないらしいのだが。

 混沌の大地であるエルグランドでは、大陸の時間を丸ごと巻き戻したり早めたりできる。

 さすがに神にしかできない所業であるが、『ミラクルウィッシュ』は神様にお願いする魔法なので、実質的にあなたにもできる。


 人々の時間までは巻き戻らないのだが……何分大陸の状況は巻き戻るわけで。

 つまり暦も巻き戻ってしまうので、冒険者になってからの経過年数は神ですら分からない。


「なかなか無茶苦茶な話が出てきましたね」


「神様にお願いを聞いてもらう魔法なんてあるんですか……」


 ある。『ミラクルウィッシュ』と言う魔法だ。

 概ねの場合、ワンドとして手に入れ、使う。

 ただ、魔法自体も存在する。あなたはそのストックも持っている。


「願いが叶う魔法……」


「あの、それって、見せて貰ったりは……?」


 サシャがワクワクとした顔で尋ねて来た。

 あなたはもちろんと快く承諾しようとしたところで、眠っているレインに眼をやる。

 レインが寝ている間にやったら恨まれそうだから、起きてからにしようとあなたは告げた。



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