第26話

 エルグランドには12の文明が隆興し、衰退していった。

 その遺物は今もなお脈々と息づき、ものによっては未だ製造の方法が残っているものも存在する。


 エムド・イルの超文明が産んだ究極の破壊兵器と謳われる品は未だ製法が残っている。

 オゼラの時代が産んだ寵児、マハナ・ハムア・ハーテは今なお神として信仰を集めている。

 ロ・ラの魔科学兵器の極致であるシーザンは未だ空からエルグランドの大地を睥睨している。

 イ・ドの時代にエルグランドの大地を焼き尽くした人造神は面白半分に製造され、遊び半分で破壊されている。

 ローナの叡智の粋を尽くして編み上げられた究極魔法、メテオスウォームは面白全部で濫用されて町が更地になる。


 仲間内で人造神を10体ほど作って、どれが一番強いか試しに戦わせたときなど凄いものだった。

 エルグランドの大地が触れ込み通りに焼き尽くされ、町の多くが更地になったし、山が盆地になるほどだった。

 人造神が口から放つ対軍砲魔ヘルフレイムは文字通りにエルグランドの大地を5つに引き裂いた。

 もちろんあなたたちは大喜びだ。最高に楽しかったし、もっと強いのを作ろうと意気込んだものだ。


 そんな懐かしい記憶を眠気を弄びながら思い起こしていると、朝日が昇り出した。

 朝日とはいつ見ても心地よいものである。眼の奥に突き刺さって来るような痛みを感じたあなたは目元を指先で揉んだ。


「朝ですね、ご主人様」


 朝日に照らされるサシャの姿は愛らしい。これがベッドの上で、身を隠すものはシーツだけ、と言うような状況なら最高なのだが……。

 やはり、お互いの温もりを分け合うようにして目覚めるのが最高に心地よい。

 そのままおっぱじめるのもいいが、暖かいお茶などをいっしょに嗜むのも心地よい。

 あなたは性欲だけに支配されたモンスターではないのだ。そう言った情緒を楽しむ心も一応ある。



 さておいて、あなたは『四次元ポケット』から朝食を取り出す。

 今回の旅に際して必要な食料の類は全て『四次元ポケット』に用意済みだ。

 その場その場で調理してもよいのだが、調理とは臭いを拡散させがちなので割と危険な行為でもあるのだ。


 あなたが取り出したのは、ミンチ肉を成形して焼き上げた料理、ハンバーグだ。

 元は硬い肉を美味しく食べるための調理方法だったと言うが、見た目の悪い肉を美味しく食べる方法でもある。

 エルグランドにおいては主に後者の使い道が多い。モンスターの肉でも平気で食うのがエルグランドの民だ。


「わぁ……これはなんていう料理なんですか?」


 ハンバーグである。伝わって来た地方においては、肉餅とも言われる。


「ところで、これってなんのお肉なんですか?」


 気にするな、とあなたは伝えた。なんの肉なのかはあなたにも分からない。

 『四次元ポケット』に突っ込んであったなんらかの肉だ。有害ではないことだけは分かるし、仮に有害でも直ちに影響はない。

 さほど巨大な肉ではなかったことを考えるに、食用として持ち歩いていたのはたしかなのだから。


「え……あ、あの、その、気にするな、と言うのは?」


 特に害のある肉ではないから問題ないという事である。


「そう、ですか。あの……ご主人様もお食べください」


 いいえ。私は遠慮しておきます。あなたはなぜか敬語で答えた。

 食事を勧められた際の様式美であるらしい。具体的な意味合いは不明だが。


「…………」


 サシャがこわごわとハンバーグをナイフでつつく。

 切り分けると、おいしそうな香りが広がり、肉汁が溢れ出す。

 あなたが手間暇かけて作ったハンバーグだ。美味なのは当然ながら、見た目もそれにふさわしいものである。

 意を決したようにサシャがハンバーグを口に運ぶ。その姿を見て、あなたは何となく呟いた。


 ……本当に食べてしまったのか?


 サシャがハンバーグを吐き出した。一体どうしたというのだろうか。


「これなんのお肉なんですか!? 本当に何のお肉なんですか!」


 凄い剣幕でサシャが詰め寄って来たので、あなたは渋々ながらハンバーグを少し切り分けて口に運んだ。

 クッキーと紅茶を飲み過ぎたせいで、お腹が一杯だったのだ。

 咀嚼して、あなたは馬の肉であると答えた。食べ慣れた肉ならば判別は可能である。


「馬……のお肉、ですか。そう言えば、そんな……感じ……かな? じゃあさっきのセリフなんだったんですか!?」


 昔、あなたが冒険者として駆け出しだった頃に言われた言葉である。

 お腹がぺこぺこの状態で差し出された肉に飛びついたら、食べ終えた後にそう言われた。


「へ、へぇ……ちなみに、それってなんのお肉だったんですか……?」


 あなたは顔を反らし、きカナいホうガいイ、とひっくり返った声で答えた。なんとなく怖がらせてみたかった。


「ひえ……」


 実際、聞かない方がいい類の肉であったのはたしかなので、あなたはそれ以上何も言わなかった。


「……あの、ご主人様にも駆け出しの頃があったんですよね?」


 あたりまえである。誰にだって駆け出しのころは存在する。

 洗うが如き赤貧に喘いだこともあれば、飢えに苦しんだこともある。

 空っぽの財布に涙したり、強大なモンスターに打ちのめされたこともある。


「ご主人様にもそんな頃が……」


 あなたは極めて恵まれた状態でスタートラインに立っていた。


 種族平均から見て、全てにおいて平均を上回る能力。

 しっかりとした教育を受け、最低限度の装備をしっかりと整えていた。

 魔法の手ほどきを受け、魔法を使う技術も、魔法書を解読する技術も持っていた。


 しかし、そんな恵まれたスタートラインに立っていても、苦労した。

 ぶっちゃけて言えば、恵まれたスタートラインなんて誤差である。

 それがエルグランドと言う大地であり、冒険者と言う職業なのである。


「私って、もしかしなくても凄く恵まれてるのでしょうか?」


 あなたは頷いた。サシャは疑いようもなく恵まれたスタートダッシュを切っている。

 少なくともエルグランドであればサシャはとうの昔に死んでいるだろう。


 可愛い女の子だ! 食べちゃいたいね! と言って物理的にか性的に食われるだろう。

 性的に食べた後に物理的に食べる者もいる。少数派だが、物理的に食べた後に性的に食べる者もいる。


 それを思えば、平穏なスタートダッシュを切った上に、凄腕冒険者の指導付きなど誰もが羨む境遇と言える。

 しかも、回復魔法までもバッチリ使いこなす凄腕冒険者であるので、何がどうなろうと回復してもらえるので死ぬ心配もない。

 これだけ恵まれた境遇にいながら幸運でないと言ってしまえば傲慢な意見になってしまうだろう。

 まぁ、あなたと言うイカれ冒険者に買われたことが不運の極みと言えばそうではあるが。


「そうですよね……」


 サシャは難しい顔をして考え込むような仕草を見せた。

 あなたはその考え込むような仕草をするサシャを静かに視姦していた。

 あなたはいつだって平常運転だった。

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