第27話
あなたは他の面々が起き出してくるまで魔法書を捲っていた。
魔法書とはエルグランドに特有の魔道具の一種である。
魔法とは動作、詠唱、物質の三要素を纏め上げて行使する技術だ。
魔法書は、それら動作、詠唱、物質の三要素を省略するための道具である。
つまり、魔法書を用いたのならば、対象を指定して使うだけで済む。
極めて高度に訓練され、実戦に身を置いて技術を磨き上げた魔法使いは瞬く間に魔法を行使する。
だが、どれほどの修練を積んだとしても、三要素を経ないで魔法を使う方が速い。
あなたは極限にまで技術を磨き上げ、数え切れないほどの実戦に身を置いて技術を錬磨し続けた。
それほどの経験を以てしても、魔法を用いる儀式の動作、詠唱、物質要素を用いる三要素には1秒前後の時間がかかる。
平均的な魔法使いの三倍近いという凄まじい速度ではあるが、それでもなお魔法書を用いる方が速い。
だからこそ魔法書を理解し、それを己のものとする技術はエルグランドにおいて必須の技術である。
と言うのも、魔法書と言うのは極めて危険な技術でもあるからだ。
なぜなら、魔法書を使えば、誰にでも魔法が使えてしまうからだ。
つまり、それに相応しい技量を有していなくても、魔法が使えてしまう。
エルグランドの魔法には、リミッターとか限度とか、そう言う常識的なものがない。
当然、安全性に配慮するとか、そんな概念ははじめから存在していない。
術者の限界を弁えない魔法の使用は術者を殺す。これは基本原則である。
他大陸に存在する魔法にもそう言った傾向はあったが、そもそもとして使えないような安全策が施されていた。
エルグランドの魔法にそんなものはない。誰にだって使えてしまう。簡単に、とはいかないが。
そのため、魔法書が読めれば極めて危険な魔法が誰にでも使えてしまうのだ。
この場合の危険とは、他者を害する、術者が自滅するの双方を含む。
それを防ぐために、魔法書にはそう簡単に解読できないような複雑な方法での記述が為される。
魔法側にセーフネットが存在しないなら、その魔法を会得するための方法にセーフネットを施す。
そう言う方法がエルグランドでは用いられており、それは広く用いられている技術でもあった。
まぁ、色々と欠陥の多い方法ではあるのだが、これくらいしか安全措置を講じられないのも事実である。
ともあれ、あなたは当然ながら魔法書を理解する技術を深く習熟している。
魔法書の複雑な記述を読み解き、その中に秘められた神秘のエネルギーを己の体に取り込む事はもはや呼吸にも等しい行いだ。
魔法書は魔法の三要素を省略するが、正確なことを言えば、事前に行っているというのが正しい。
魔法の三要素は魔法と言う神秘のエネルギーを現実に現出させるための手続きである。
それはひとつの形に定まったものではなく、種々様々な方法がある。
魔法書の制作者は、書写と言う記述行為の中にそれらを織り交ぜて魔法書を記す。
魔法書とはある意味でそれそのものが魔法そのものなのだ。
その魔法を取り込み、魔法として形を成す寸前のエネルギーを体内に保持しておく。
必要となれば、それを外部へと魔法と言う形に出力して解き放つ。
これが魔法書による三要素省略の理屈である。
魔法書は銃弾に例えられることもあるが、まさにそれは正しい考え方だろう。
魔法書に内蔵された、魔法と言う弾丸を術者の体内に装填する。魔法書とはそう言うものだ。
なお、当然ながら、魔法を構築しておいて体内に保持しておく、と言う手順を踏むことで魔法書と同様のことはできる。
駆け出しの貧乏な魔法使いなんかはそうしていたりもする。だが、面倒臭いのでそう言うことをする冒険者は少ない。
普通の使い方ではないので、その技術によほど習熟しないと魔法書ほど効率的に保持出来ないと言うのもある。
あなたは魔法書と同等、あるいはそれを上回るほどの効率で魔法を蓄積しておくことが出来るが……。
あなたほどの冒険者になると、そんな無駄な時間を使うくらいなら魔法書を金で買い漁った方が楽である。
これはそうした経緯であなたが買い漁った魔法書のひとつである。
内容はなんのことはない、単なる【魔法の矢】である。
魔法使いなら、とりあえず牽制感覚で放つ魔法でもある。
読み終えると、手の中の魔法書はさらさらと崩れて消えていく。
内部に込められた魔力を引きずり出したので、その魔力で形を維持していた魔法書が形を維持できなくなったためだ。
紙とインクでは強力な魔力に耐え切れない。読むまで保てばいいので、内部の魔法の持つ圧力のようなもので無理矢理を保たせる。
魔法書の制作は難しく、特殊技能であるとされるが、その理由がこれだ。
紙とインクを無理やり維持し、本としての形を成立させ続ける。
形を保つための魔法を用いるのではなく、内部に込めた魔法の圧力で維持させるのだ。
【魔法の矢】だろうが【四次元ポケット】だろうが同じく維持させる。
どうやってやるのかあなたには分からないので、あなたにも魔法書の制作は無理だった。
作れればサシャにも手軽に魔法が教えられるのだが、作れないのでは普通に教えるしかない。
あなたは溜息を吐くと、膝の上に残った魔法書の残骸を手で払い落とした。
視線の先では起き出して来たオウロとセアラが朝食の支度を始めている。
商人も目覚めて、保存食の類を齧っている。まずそうだった。
今日もまた冒険が始まる。
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