第25話
夜が深くなりだした頃、オウロとセアラを起こして不寝番の交代となった。
焚火を囲んでのお喋りでレインと少し仲良くなったあなたは、レインを手招きした。
毛布に体を包んで眠ろうとしていたレインは何事かと声には出さずにあなたににじり寄った。
あなたは『ポケット』から取り出したパンをレインへと渡してやる。
あなたが丹精込めて作った、さっくさくのメロンパンだ。甘くて美味しい。
「いいの?」
楽しい魔法談義のお礼だと告げると、あなたは携帯用の寝具に潜り込む。
「……ありがと」
レインの小さな声にひらひらと手を振って、あなたは寝入った。
寝入り際、レインの小さな「うまっ」と言う驚きの声を聞きながら、あなたは暖かな眠りへと落ちた。
あなたは目を覚ました。
むくりと起き上がり、寝具から体を出す。
こちらに歩み寄って来ていたオウロに、交代の時間かと尋ねると、オウロが感嘆したように頷いた。
「近付くだけで目が覚めるなんてすごいな。旅慣れしてるのかい?」
家にいるよりも旅路の方が長い生活を何十年と続けているので当たり前である。
何十年、と答えたあたりでオウロが疑問気な顔をしたが、疲れているのかすぐに眠ると告げて毛布に体を包めていた。
あなたはサシャを揺り起こす。
「あぅ……おかーさん、まだ暗いよぉ……も、ちょっと……」
あなたは心臓に痛みを覚えた。その不可思議なときめきとも、疼痛とも言えるもの。
思わず服をはだけて、あなたは自分の乳房をサシャの口に含ませたい衝動に駆られた。
それを努めて抑えると、あなたはさらにサシャを揺り起こす。
「あぅう……なーにー……?」
こしこしと眼をこすりながらサシャが起き上がり、眼をしょぼしょぼさせる。
あなたはサシャの耳もとに口を寄せる。人間なら普通は顔の横だが、サシャは獣人。
獣人の耳は頭頂部左右に位置するので、サシャの額に顎を当てるような位置となる。
起きないとすっごいことしちゃう。
そう告げると、サシャが眼をぱちぱちさせる。
「はわっ。ご、ご主人様っ」
ようやくサシャはあなたが母親ではなく、女なら見境のないご主人様だと気付いた。
顔を真っ赤にしてぺこぺこ謝るサシャの頭を優しく撫でると、あなたはサシャの口にクッキーを突っ込んだ。
「ふみ? あ、おいひぃ」
さくさくほろほろのクッキーに目を輝かせるサシャ。ミルクたっぷりのミルクティーを注いだカップも渡してやる。
眠気覚ましには少々弱いが、とりあえず腹に何かを入れるというのは大事だ。
食べ過ぎると逆に眠くなるが、胃に何かを入れるだけでだいぶ目が覚めるものだ。
「おいしぃ……はふ……」
このクッキーのレシピはあなたが父から習った自慢のレシピだ。
家族みな大好きであり、父がクッキーばっかり作ってるんだが!? とキレるだけあり、サシャにも好評のようだ。
「ご主人様のお父さん……ですか。どんな方なんですか?」
あなたの父親はとにかく可愛い。とにかくもう可愛い。
父の種族が天性の美しさを持つ、と言われる種族であることを踏まえても可愛いのである。
あなたは自分の父ほど可愛らしい人を見たことがない。
「お父さんなんですよね???」
父親に対する形容とは思われぬ内容にサシャが眼を白黒させる。
しかし、熱っぽく自分の父親の可愛らしさを力説するあなたは気付かなかった。
淡い浅葱色の髪に、鮮やかな緑の瞳。肌は透き通るように美しく、声は草原を撫ぜる風のように愛らしい。
微笑む姿は木漏れ日のように煌めいていて、水辺で戯れる姿は胸を掻き乱されるほどに美しい。
「そう、なんです、か」
サシャの中であなたの父親がどんどんわけの分からない生き物になっていく。
あなたにしてみれば、こう表現しているんだから父親が女だというのは分かるだろうと思っている。
しかし、サシャにとって父親と言うのは男であるのが絶対の存在だ。当たり前だが。
エルグランドでは女同士、男同士でも普通に子供が生まれるなど、別の大陸の人間にしてみれば驚天動地の事実である。
常識と言うのは思春期までに身に着けた偏見のコレクションであるが、あなたもその例外ではなかった。
「あ、あの、じゃあ、お母さんはどんな……?」
あなたの母は蛮族である。
「蛮族!?」
蛮族である。まぁ、種族的にそうであると言われているだけであって、別に母が野蛮と言うわけではないが。
「で、ですよね」
ただ、殺した敵の首を誇らしげにあなたの父、つまりは夫に見せつけたりする癖があるだけだ。
ちなみにその首はきちんと持ち帰り、しっかりと干し首に加工され、我が家に飾られる。
「……蛮族ですよね?」
蛮族だと言ったはずだが、とあなたは首を傾げた。
「野蛮と言うわけではない……? え? 野蛮……? え……?」
異文化交流とは難しいものだな、とあなたは惚けるように呟いた。
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