第24話
不寝番は始めはあなたとレインが行うこととなった。
次にセアラとオウロ。最後にあなたとサシャである。
あなたの負担が大きいが、体力的な余裕はあなたが最もある。
そのため、明日はオウロが2回行うこととして、今日はあなたが2回行うのだ。
ちろちろと燃える焚火を眺めながら、まんじりともせずに夜を明かす。
この静かな時間があなたは嫌いではなかった。
エルグランドでは不寝番などまず必要なかったので、中々なかった時間だ。
あなた1人なら寝ている間に襲われてもすぐに気づけるからである。
あなたは鼻歌混じりに焚火を利用して湯を沸かし、紅茶を淹れる。
茶には眠気を覚ます効能があるので、こうした不寝番の際には欠かせない品だ。
濃く入れた紅茶に、あなたのペット産のミルクを加えてミルクティーとする。
湯気の立つそれを口に含むと、ほっとするような心地になれる。
ついでに、『四次元ポケット』から取り出したクッキーを頬張る。
エルグランドではよく見かける、ラチと言う実を混ぜ込んだクッキーだ。
ラチは保存性が高く、糧食としても愛好される品だ。若干渋みがあるが、干すと抜けて甘味が増す。
それをクッキーに混ぜ込むと、貴族の間でも人気のお菓子になるのだ。
そんな優雅なティータイムをレインが実に羨ましそうに見ていた。
紅茶の時点で羨ましそうにしていたが、クッキーを食べ始めると余計に羨ましそうである。
刺すような視線を感じつつも、あなたは気にせず優雅にティータイムを楽しんでいた。
そうしていると、意を決したような表情をして、レインがあなたに一歩歩み寄って来た。
そして、懐から革袋を取り出す。いったい何をするのかと見ていると、革袋からは銀貨が出て来た。
「そのお茶とクッキーを、これで譲ってもらえないかしら……」
買取の交渉だった。拒否する理由もなかったので、あなたは銀貨を受け取ってクッキーを渡した。
紅茶はカップを出せと告げると、言われるがままにレインが袋から木製のカップを取り出したので注いでやる。
「はぁ……温まるわ」
そう言われてみれば、些か寒いようである。あなた自身は装備に気候耐性があるので気にもならないが。
単なる服でしかないものを着ていれば、寒いだろう。たとえ夏でも、屋外の夜ならば寒いということは十分にあり得るのだ。
旅をする中で最もつらいのは、そう言う部分なのだ。困難な道も、危険な敵も、対処する術はある。
だが、気候だけは、どうしても対処し切れるものではない。そう言うものなのだ。だからこそ難しいのだ。
「ねぇ、あなた。あなた、いったいどこに荷物を持っているの?」
あなたは『ポケット』の魔法に物を仕舞っていると答えた。
説明は面倒だが、こちらの魔法使いにはこちらの魔法について色々と聞きたいところではある。
そのため、あなたは渋々ながら自分の魔法について説明した。
「へぇ……異空間に物を収納する魔法……でも、重さはそのまま? 異空間に仕舞ってるのに? いえ、異空間を自分の体に付随させているとしたら、形を失っても真質を喪わないということかしら……」
ブツブツとレインがなにか考えを纏めだす。
「ねぇ、その魔法ってあなたが作ったの?」
もちろんあなたではない。『ポケット』の魔法は遥かな古の時代から存在している。
あなたが生まれるよりはるか以前、おそらくはシ・エラの文明が始まるより以前から存在する魔法だ。
「そうなんだ……あなた、随分遠いところから来たのね。そんな魔法聞いたこともないわ」
だろうな、とあなたは頷く。そして、あなたはレインに尋ねかけた。
こちらの魔法はまだ見たことが無いので、なにか簡単な魔法でも見せてもらえないかと。
「簡単な魔法ね。まぁ、こんなところ?」
ぽっ、とレインの指先に火が灯る。これで何をしようと言うのだろうか?
火力が弱過ぎるので拷問用だろうか。しかし、それならそれで熱した焼き鏝とかの方が便利だ。
「初歩の初歩の魔法よ。火種くらいには使えるわ。あとは水を出したり、砂ぼこりをあげたり……そのくらいの魔法なら1日に何度でも使えるわよ」
使いどころが微妙と言わざるを得ないが、どれだけでも使えるというのは中々に素晴らしい。
エルグランドの魔法は基本的に燃費が悪い。術者の力量が向上するに従い、消費魔力量が増えるからだ。
まぁ、それは威力を底上げするために大量の魔力を込めるからなので、加減すればいいだけの話ではあるのだが……。
「ま、この辺りで見慣れた魔法って言えばこんなものよね」
言いながら、レインが火にかけていたポットに魔法で水を入れた。
それを見て、あなたはもしやと思いながらレインに尋ねかけた。
その魔法で出した水は、飲めるのかと。
「? 当たり前じゃない。飲めない水なんて早々ないわよ」
あなたは驚愕した。
飲めるほど綺麗な水が、魔力を消費するだけで作り放題?
それは一体どんなパラダイスなのだろうか。エルグランドにそんな便利な魔法は存在しない。
奇跡が舞い降りたと言っても過言ではない衝撃だ。
あなたはその魔法をぜひとも自分に教えてほしいと懇願するようにレインへと頼み込んだ。
「この程度の魔法で? もっと戦いに向いた魔法もあるけど」
エルグランドの魔法ほど戦闘に向いた魔法は存在しないとあなたは考えているのでそれは必要ない。
あまりに戦闘に特化・尖鋭化させ過ぎた結果、まこと殺傷に適した代物となり果てているので事実だ。なにしろ術者すら殺す。
「そう? いい、この魔法の基本は召喚術よ。召喚したエネルギーを属性で表現する。それだけのシンプルな魔法。いわば、形のないものを属性で形づけている。真質のないものに真質を与えるのが根源なのよ」
言いながら実演するレインの魔力と、それによって構築される回路の動きを観察し、あなたはその動作を真似る。
異次元、あるいは別の場所。そこから召喚したエネルギーを、魔力で方向づける。
別に異次元から召喚する必要も感じないので、あなたは自分自身の魔力を変質させ、それを形のないエネルギーとする。
魔法の矢と同じ、純然たる力の塊に変換する工程と同じである。
そこに、水の要素を付与する。やることは極めて単純である。
あなたの手の中に水が溢れ出す。冷たく、清い水だ。口に含んでみれば、綺麗な水そのものの味がした。
「簡単でしょ。そう難しい魔法じゃないもの。ああ、その水、1日くらいで消えるから、汲み置きしても意味ないわよ」
ハイ、クソー。あなたは創り出した水を投げ捨てた。1日で消えるんでは意味がない。なぜエルグランドにこの魔法がないのかよく分かった。
あなたにとって、水の利用価値とは祝福したり呪ったりして汲み置いておくことにある。
祝福された水を振りかけることで、振りかけられたものは祝福される。逆もまた然り。
そう言った利用方法であるので、いつでもどこでも使えるようなものでなければ意味がないのだ。
「そんなに水が欲しいなら、樽にでも詰めておけばいいじゃない。持ち運ぶのは大変だろうけど」
その手があったか。眼から鱗が落ちる思いをあなたは感じた。
あなたにはいつでもどこでも水が手軽に手に入るという状況に縁が一切ない。
そのため、そこらの水を汲んでおく、と言う発想が無かったのだ。
町に戻ったら樽を買い込み、たっぷりと水を汲み置く必要があるだろう。
「ま、これで私は魔法を教えたってことになるわよね。あなたの魔法も教えてもらうわよ」
あなたは頷き、どんな魔法を教えて欲しいのかと尋ねる。
「そうね……その『ポケット』の魔法を教えてもらえないかしら?」
あなたは快く頷き、『ポケット』の使い方を伝授した。
と言ってもさほど難しいことではない。
『ポケット』の魔法は異空間にものを仕舞いこむとは言うが、使う側の感覚では少し異なる。
体に付随する空間を折り畳み、そこにものを巻き込んでおくのだ。
言ってみれば、目に見えないマントを羽織っていて、そのマントにものを包む。
すると、その仕舞いたいものは目に見えなくなるが、マントに包まれているので重さは残る。
そう言う言ってみれば単純な代物であり、魔法の心得があれば存外簡単に使える魔法であった。
「う、ん……なるほど。感覚的には変性術なのね。物品に対してではなく、物品に付随する空間を折り畳む……なるほど。そう言うアプローチの魔法なのね」
言いながら、レインが腰からぶら下げていた薬瓶を手の中で弄び、眼を閉じる。
すると、それがぺたりと平たくなったようになると同時、目に見えなくなった。
『ポケット』の魔法で仕舞いこまれたのと同じ反応である。
「すごい、こんな簡単な魔法なんだ……これを作った人は天才ね。式は複雑なのに、ここまで簡単に制御できるなんて」
手の中に薬瓶を出したり消したりしながらレインは感嘆したように頷いている。
「この魔法、暗殺にも使えそうね。武器の持ち込みが禁じられた場所にも持ちこめそうだわ」
この辺りではそんな不便な場所があるらしい。エルグランドでは王との謁見だろうがフル武装で臨める。
まぁ、それはエルグランドの命が安過ぎるのが理由であろうから、ここらでは禁止なのも納得がいく。
別に王様をぶっ殺したところで、偉い人殺すと仕事が滞ると衛兵の心証が悪くなるくらいのデメリットしかない。
なお、衛兵の心証が大変悪くなると、あいつむかつくから犯罪者ってことにして殺そう、と気軽に殺害計画が立てられる。
「それに、重さは残るみたいだけど、形が消えるというのは凄いわ。かさばる荷物を持ち放題。大きさを無視できるというのが素晴らしいわね」
レインが感動したように言うが、あなたとしては慣れ親しんだ魔法であるだけにいまいちピンとこない。
『ポケット』が存在しない生活は考えられないので、そう言う意味ではうっすらと分からなくもないが。
その後もレインは興奮したように『ポケット』の効能について語り続けた。
効率的に道具を持つ方法について、道具の素材や数などについても熱く語っていた。
エルグランドにおいては努力でゴリ押しするのが正攻法であるので、そう言った考え方は新鮮だった。
無論、あまりに重過ぎるものはゴリ押しにも限界があるが、物品の重さを軽くする魔法も存在するのでそれを使うのが普通だった。
既に喪われた魔法の一種なので、スクロール以外は存在しないので手軽には使えなかったが。スクロールなら写本が可能なのだ。
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