11話
いまいち釈然としない結果が出て、現場監督は労役刑に処された。
刑期は損害額から算出することになるので現状では未定だ。
その現場監督を使って、鉱山の復旧に入らせる。
こちらの方はあなたに出来ることは何もない。
陣頭指揮を執ろうにも、鉱山は完全に専門外だ。
冒険者として採掘技能は高度なものを会得しているが。
採掘技能だけでは坑道の復旧はどうにもならない。
所詮、穴を作るのが採掘技能だ。穴の維持や安全確保は管轄外だった。
なので、あなたができることは人の差配。
そして、上がって来た報告書を処理し。
必要な物があるという陳情を承諾すること。
要するに、雑務ばかりが仕事になっていた。
鉱山の復旧に関してはそれでいいとして。
次なる問題は、事故に巻き込まれた鉱夫たちだ。
怪我を負った者は数多く、女子供も少数だがいる。
そうした者たちの治療と、治療完了までの補償。
そのあたりのバランスをどうしたものかと頭を悩ませている。
「回復魔法を使えばすぐでも、冒険者でもなければポンと出せる額ではないものね……」
回復魔法は低位のものでも非常に高価だ。
最低ラインとして、魔法の行使には金貨の支払いが必須。
そして、鉱夫と言う職業に就く者が金貨など持っているわけもなく。
「領主として慈悲を垂れるという名目で処理してしまえばよかろう」
と、意見を出して来たのはイミテルだった。
慈悲を垂れると言うことは、治療費を出してやると?
「そうだ。金ならあるのだし、何事も早く済ませる方がいい。無論、些かこちらが損はするが……」
その程度で揺らぐ財布ではあるまい?
イミテルの目線はそう語っていた。
たしかにその通りで、あなたはその程度の出費は惜しくない。
しかし、こういった場面で施していいのだろうか?
いつでも助けてもらえると領民が思うと、それはそれで困るだろう。
あなたも困るが、領民たちの意識に問題が出る……。
「たしかにそう言う問題もあるが、今回は鉱山事故だからな……なにせ規模が大きい。外交面でも、塩の供給が止まるのはまずい」
そっち方面の問題もあったかとあなたは唸る。
「そう言うことだ。農地ならともかく、塩だからな……塩無くして人間は生きていけん」
なるほど、そう言う重要性は人々も身に沁みて分かっている。
なら、岩塩鉱山だから特別扱いされたと考えるか……。
「そうは思わん者もいようが、少数だろう」
ならば、その通りにするとしよう。
施す人間に関してはフィリアに頼みたい。
そう話を振ると、フィリアが首を振った。
「いや。ちょっと。はい。忙しいので。ごめんなさい」
忙しいって……なにが?
まぁ、仕事はいろいろあるだろうが……。
忙しいというほどの仕事はないだろうに。
「まぁ、忙しくて」
妙に要領を得ない返事だった。
まぁ、フィリアがそう言うなら本当に忙しいのだろう。
フィリアの性格的に虚偽と言うこともないだろうし。
具体的に何の仕事で忙しいかは不明だが……。
「えーっと、そうねぇ……アラナマンオストの枢機卿に挨拶に行くので。一緒にいく?」
絶対行かない。あなたは力強く断った。
アラナマンオストに行きたくない。
王都になんか行ったら面倒ごとが向こうからやってくる。
枢機卿の挨拶もそうだ。絶対に面倒ごとが付随する。
「そうでしょう。そう言うわけなので忙しいし、あたしはここを離れるんで。OK?」
まぁ、そう言う事情なら納得できる。
たしかにそれなら忙しかろう。
行く前にパッと治してくれりゃいいのでは? と思わなくもないが。
施療は魔法を施して終わりというわけにもいかないものだ。
ちゃんと完治まで付き合える体の空いた魔法使いが適任ではある。
「どうも。理解してもらえてなによりです。じゃ、おやすみ」
そう言って頭を下げるフィリア。
疲れているのか、返答も妙に淡泊だ。
そして、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
「返事をしてすぐ居眠りとは……よほど疲れているのだな。口調も少し変だったし……」
などと言いながら、どこからともなく毛布を取り出してフィリアの背にかけてやるレウナ。
あとであなたが部屋に運ぶので、今は寝かせておいてやろう。
「まぁ、回復魔法の施しについては神官も多少はいる。そこらに金をばら撒いて集めればよかろう。私が行ってもいいぞ?」
レウナは最高位の回復魔法も使える。
こういう場面でも十分に仕事をこなせるだろう。
が、そこでレインが待ったをかけて来た。
「ああ、レウナ……には、ちょっと、頼みたいことがあるわ」
「うん? 私にか? なんだ?」
「まぁ、ちょっと、頼みたいことがあるわ」
「だから、それはなんだ?」
「頼みたいことがあるのよね」
今度はレインがいまいち要領を得ないことを言う。
「頼みごとがあると言うなら請け負う。だが、内容を聞かんことにはできるともできんとも言えんぞ」
「ええと、そう……ゼオミのじじいに手紙を届けて欲しいわ」
「誰だゼオミのじじいとは」
マフルージャ王国のゼオミ辺境伯のことだろう。
あなたには縁遠いが、レインの生家ザーラン伯爵家の寄親でもある。
手紙を出すのに疑問はないが、何の用事だろう?
「えーっと、それは、ああ、そうそう、ほら、鉱山に関して助力を乞うとか、なんかそう言う」
自分で言い出したことなのに、なんで内容がぼんやりしてるの……?
あなたはレインのあまりにも適当な発言に首を傾げた。
「実家にも送るけど、ゼオミの方に手紙出したらチョッ早で動いてくれるかもしれないわね。まぁ、寝技ってやつよ、寝技」
なるほど、そう言う意図で。
ザーラン伯爵家は鉱山経営をしている。
である以上、事故の復旧対応の経験もある。
そう言う熟練職人を派遣してもらうのだろう。
「ああ、なるほどな。たしかに、足の速い私が向かうのが一番だが……転移魔法の方が速くないか?」
「あたしゼオミ辺境領に行ったことないし。近くまで送るから、後はそこからレウナにダッシュしてもらうってことで」
「そう言うことか。分かった。任されよう」
たしかにそれならレウナの方が適任だろう。
レウナは非常に足が速い。たぶんEBTGメンバー最速だ。
加速すればあなたも高速で走れるが、加速抜きだと普通くらいの速さだし。
イミテルもかなり足が速いが、まさか身重の人間に走らせるわけにもいくまいし。
「うん、じゃあ、後で手紙書くわね。配達よろしく」
「しかし、帰りはどうする。返信も早い方がよかろうが」
あなたはレウナに『引き上げ』のスクロールを放った。
「これは?」
『引き上げ』のスクロールだ。
マーキングは必要だが、ちゃんとマーキング地点に飛べる。
そしてスクロール自体にもマーキングを固定できる。
既にこのアノール子爵領の屋敷前にマーキングは設定済みだ。
「これを使えばここに戻って来れるわけか。なるほど。使わせてもらう」
これで行ったら戻ってくるだけだ。
何事も解決は早い方がよい。
「よし。じゃ、あたしは疲れたから寝るわ。おやすみ」
「は?」
今度はレインもテーブルに突っ伏して目を閉じた。
疲れたからって……疲れるほどのことをしていただろうか?
フィリアの仕事内容は把握していないが、レインは違う。
あなたの傍で法務関連のことをしていたのだ。
まぁ、過去の判例なんかを引っ張り出しては読み。
首っ引きで手続き書類を作っていたので疲れてはいるだろうが。
夜になったら酒盛りして昼まで寝るような生活なのに……?
「まぁ、疲れはするんだろう、たぶん」
レウナが自分でもやや納得いっていないような顔で一応擁護をする。
「とりあえず、レインを運んでやるか……フィリアの方を頼む」
あなたはよしきたと頷く。
フィリアの方が圧倒的に体格がいい。
身体能力に優れるあなたが運ぶべきだ。
レウナと共に寝入ってしまった2人を運ぶ。
2人に宛がっている個室に運び入れ、ベッドに寝かしつけてやる。
そして、あなたはそのまま仕事に戻った。
回復魔法を施す件について書類を捌いたり。
この領地に居住している魔法使いについて調べたり。
そう言うことをしていると、なぜかレインとフィリアが2人揃ってやってきた。
手元の書類を捌きつつ、おはよう、と声をかける。
「おはよう……???」
「おはよう、ございます……?」
なぜか2人共に不思議そうな顔をしている。
いったいどうしたのだろうか?
「さっきまで、私たちって会議しようとしてたわよね?」
しようとしていたというか、した。
会議中に寝入ったせいで前後の記憶が曖昧にでもなったのだろうか?
「……かも、しれないです。会議がはじまってからの記憶がなくって……」
「私もなのよね……」
よっぽど疲れていたのだろうか?
疲労と眠気で口調が怪しくなるのは珍しいことではない。
若干2人の言動がおかしかったのはそう言うことだろうか。
「あ、でも、私が提案したことは覚えてるわ」
「私もです」
記憶ないのに?
「頭の中のやるべきことリストに書き込んであるみたいな……?」
どういうことなの?
あなたは不思議な記憶状況に首を傾げた。
「私ってレウナにゼオミ辺境伯のところに行ってもらうように頼んだ……わよね?」
頼んでたね。
「私、アラナマンオストの枢機卿猊下にご挨拶しに行くって言いましたか?」
言ってたね。
「う、ん……うん……」
「そう、ですよね……」
なぜか2人とも納得行っていないような顔をする。
提案した内容はあっているので記憶は多少なり残っている。
そう言うことだと思うのだが、いったいどうしたのだろう?
「……いえ、たしかにゼオミ辺境伯のところに手紙を届ける価値はあるわ。無駄では……ないと思う」
まぁ、レウナを使うほどのことかという微妙だが。
現状のアノール子爵領を襲っている緊急事態。
その一刻も早い解決を望むという意味ではおかしいとも思わない。
レインには骨を折ってもらうことになるが……。
「ええ……そうね。手紙を書くだけのことで、届けるのはレウナだし……大したことじゃ、ないわ……」
自分でも微妙に納得行っていなさそうなレイン。
しかし、自分で口にした以上はやるべきと思ったのだろう。
「そう……ね……」
なにか違和感が?
「いえ……なんだか魔法をかけられたような気分ってだけ……やらなくっちゃ、という気持ちがあるのはたしかだから……やるわ」
そう……?
何か引っかかっているようなレインだが。
まぁ、骨を折ってくれる分にはありがたい。
礼の気持ちは後ほど、酒とかで応えたい。
「ふふ、言ってみるものね。そうか、そうね。あなたならお酒を奢ってくれる……そう言うことね。よし、気合入れて辺境伯に手紙書くわよ!」
レインがガッツポーズして部屋を出ていく。
宣言通り、気合の入った手紙を書いてくれそうだ。
「私は王都アラナマンオストの方に行ってきますね」
フィリアは枢機卿への挨拶に王都へと向かう。
あなたは絶対に行きたくないのでパス。
またぞろダイア女王に変な仕事押し付けられそうだし。
「改めてご挨拶して、腕利きの司祭を送ってもらうよう頼んできます。腕利きの司祭がいれば、私たちがいない時になにか起きても対応してくれるはずですから」
なるほど、そう言う目的のための挨拶だったわけだ。
あなたたちは今回の事態の収拾を目的にしていたが。
フィリアはその先、再発防止と、再発時の被害軽減を目的にしていた。
実際、新教会設立のことを思うと、今動くべき事案だ。
1度誰かが赴任してくると、そう簡単には動かせないのだから。
「そうですよね……今動くべきだから、提案した……はい。そうですね」
自分の発言の意味を再確認するようにフィリアが頷く。
なんだかよくわからないが、目的の再確認は重要なことだ。
気付かないうちに手段が目的化するのを防げる。
「そうですね。私もそう言うつもりで言ったわけですから……はい。では、いってきます」
あなたは頷いて、帰りに使うようにと『引き上げ』のスクロールを渡した。
「わ、ありがとうございます。使わせていただきますね」
道中は気を付けて。
かかった路銀は後で払おう。
この領地のための旅なのでそのくらいは負担すべきだ。
「はい。では、荷づくりをしていってきます」
部屋を出て行ったフィリアを見送り、少し寂しくなるなと頷いた。
レウナとフィリアが出て行き、あなたとレインは仕事詰め……。
『アルバトロス』チームのこともあって人数的な寂しさはないが。
やはり、見知った顔が離れるというのは寂しさを感じさせてくるものだ。
しかし、先ほどの自分の言動の意味を考えるような仕草……。
なんだか、現場監督が自分の言動の意図が分からないと言っていた時と似ていたような。
……まぁ、自分でも思わず言ってしまうなんてことは度々ある。
現場監督のそれは看過し得ない状況でのことだったが。
レインとフィリアのそれは、べつに危機的状況でもない。
特段に追求することでもないだろう。
あなたはそう考え、仕事に戻った……。
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